早期転生
クレスの話は、さゆりにとって突拍子がなさすぎた。
ケイも、アムウェルから「不死鳥」とカガミの一族には関係がある、とだけは聞かされていたが、ドクター・カナエから事前の講習を受ける機会はなかったので、さゆりよりは予見があったものの、半分も理解することはできなかった。
とりあえず、気にかかった点について問いただす。
「さゆりお嬢さまを狙わせているのは財閥の関係者だというの?」
「詳しいところはグレイス秘書とラッツ主任が調査中だが、俺はフランツ総裁か、それに近い立場のだれかが裏で糸を引いてると思ってる。自作自演といっても、手駒Aと手駒Bを、それぞれ相手の正体が知りえないようにしておいた上で、ぶつかり合うように仕向けた、って感じがするが」
「お祖父さまが……」
じつの祖父が自分に刺客を差し向けていた、と聞かされて、さすがにさゆりも眉が曇った。クレスのほうは、直面しなければならない現実について遠慮なく先をつづける。
「――機動課のチームがこっちに向かってるそうだ。時間がないからこの場では一番重要になる要件について話すぞ」
「……まだあるの」
「さゆりさま、あんたはいましがた、すぐに再生したといってもスラグ弾で射たれてかなり大きな傷を受けた。その血はケイにたっぷりとかかった上に、ケイ自身も普通なら確実に死んでるような状況だった」
「わたしの血がケイに……ルミのときと同じように?」
「あんたはルミエールとは違うタイプだから、いくら出血しても死にはしないけどな。不死鳥にとって、あんたのような宿主は格好の踏み台なんだ。実際に、過去には『不老の血』を求めて大挙して押し寄せ、不死身の人間に直接食らいつきその血をすする群衆、なんてスプラッタな図がときおりあった」
「あたしも不死鳥に寄生された、ということ?」
ケイの言に、クレスはうなずいて、語を接ぐ。
「そういうことだ。そして、不死鳥のつぎの昇天期限は二年後に迫ってる。そのときがきたら、宿主の身体を灼き尽くし、不死鳥の実体が空を舞う。不死鳥の生態を一般的な動物に無理やりあてはめるなら、さしずめ羽化と結婚飛行ってところか。実際には繁殖するワケじゃないようだが、まあ、取り憑かれてる人間にとって迷惑なことには変わりないな」
「不死鳥の宿主の身体が灼き尽くされる――さゆりさまも……!?」
自分の心配よりお嬢さまの身を案じるのがケイのらしいところだったが、クレスは首を横に振った。
「俺がこの場で一番重要、っていったのは、その点だ。不死鳥に寄生されて異なる反応をしめす二種類の人間のうち、昇天期限に発火するのは片方だけ。さゆりのように、不死身化するが寿命は変わらない宿主に取り憑いている不死鳥は、期限がきても脱出できない。その他大勢の、殺せば死ぬけど成長や老化が停止するタイプの宿主だけが灼け死ぬことになる。たとえば、俺とか、ケイ、おまえが」
衝撃的な事実を告げられたはずのケイだったが、心底ほっとした、と大書きされている表情で、
「さゆりさまは不死鳥に殺されたりはしないのね。それならべつに問題ないじゃない。それとも、クレス、あなたはまだ死にたくないとか、やり残したことがあるとか?」
などといい出した。己の生命を路傍の石ころほどにも思っていないその思考回路に、クレスはあきれ顔になる。
「おまえは自分が灼け死ぬのはどうでもいいのか」
「あたしはそもそも真物の人間じゃないし、そもそも生物なのかどうかもあやしいもの。現代の技術なら、あたしと同じような有機自動人形をボディにして、制御系だけコンピュータにするのは大して難しくない。もちろんそのロボットは事前の知識なしじゃ人間と区別がつかないわ。斧で頭をたたき割りでもしない限りね。そんな存在は、べつに死ぬとかどうとかって気にする必要もないんじゃないの」
「おまえは人間だ、間違いなく。人間以外に不死鳥は寄生しない。カガミの能力者は、不死鳥が取り憑いている人間を検知できるんだ。俺にはおまえから不死鳥の反応がビンビンに出てるのが感じられる。おまえのいう、脳みその代わりにコンピュータを詰め込んだ生肉人形は、不死鳥から無視される。試したことはないが断言できるな」
クレスはあえて理詰めで応じた。自分の生命を機械と同一視するケイの精神の幼さに、年長者として純粋に危うさを覚えたからだ。実年齢は三歳なのだから、彼女が生死に重さを感じていないこと自体は仕方がないとはいえ。
だがケイは素朴ながらも素直ではなかった。
「機械じゃないなら、死ぬのは厭だと思うのが当然だっていうの?」
「本当に自分の生命がどうでもいいというなら、俺はこの場で、すくなくとも二年たつ前におまえを殺す必要がある」
翠の眸に冷たい光をたたえ、しかしクレスの口調はそっけなかった。ケイはまったく動じる色も見せなかったが、さゆりが叫ぶ。
「どういうことよ!? いやよ、わたしはケイを喪いたくない、殺させなんかしない。二年後に灼け死んでしまうなんて、そんなのないわ」
驚愕したのはケイだった。さゆりはケイにすがりつき、侍女を抱きすくめて涙すら流していた。お嬢さまが感情を爆発させる場面など、想像もしたことがなかった。
クレスはむしろ微笑を浮かべていた。凍てつくような眼の冴えも、すでにない。
「お嬢さまの反応こそが健全だ。人間である要件っていうのは、べつに出生や身体の組成じゃない。意思と感情を持ち、他者と交感できる精神こそが本質なんだ。さゆりにこういわせることのできるおまえは、たしかに人間なんだよ、ケイ」
「さゆりさま……。申しわけありません、あたしの思慮の浅さが、お嬢さまを悲しませるだなんて、そんなことすら、あたしは考えいたらない、未熟者なんです」
「いいのよ。あなたはこれからありとあらゆることを学んでいける。わたしのためで、いまはかまわないから、だから自分が死ぬのはどうでもいいだなんて、もう思わないで」
すこしだけ身を離し、ケイの貌を正面から見ながら、さゆりは慈母のような表情でそういった。ケイがこくりとうなずくと、泣き笑いの貌でもう一度強く掻き抱く。常人よりはるかに頑健なケイが、ちょっと苦しいと感じるほどに。
それから、さゆりは表情をあらためてクレスのほうを見遣った。
「二年後の不死鳥の昇天からケイを救える手立てがあるから、あなたはわざわざ話をしたのよね?」
「たしかに、なくもない。ただ、二年後のつぎは五〇〇年後になっちまって、ちょいと極端なことになる。お嬢さまみたいに完全無敵ってほどではないにしろ、ケイはもとからそうとうに頑丈だ。俺は自分の人生と世の中に心底飽き飽きしたら、カガミの務めをほっぽらかして死ぬことはできる。だがケイは、好きなように死ぬことすらできなくなるかもしれない。将来ケイが、どうしてあのとき死なせてくれなかった、なんて恨み言を漏らすようにならないともいえないんだ。……俺は最初、覚悟を決めることができるか、って意味で訊いたんだけどな」
ケイがまるきり自分の生命に無頓着だったので、思わぬ方向へ話が進んでしまったと、クレスは苦笑気味の顔になる。あくまで自分の処遇が焦点のようなので、ケイは小首をかしげた。
「あたしがあと二年で灼け死ぬことになるかどうかってだけが問題なの? クレス、あなたの都合は無関係なワケ?」
「俺はこの百何十年かで、不死鳥のほぼすべてを捕捉し、始末してきた。残りは、本当に片手で数えられるトコまできてたんだ。もちろん、俺に巣食っている不死鳥も、期限がきたらこの身を灼いて表に出てくる。だが、それを阻止するのは難しいことじゃない」
「あなたは……不死鳥をすべて滅ぼして、最後に自ら生命を断つつもりだったの……」
さゆりが、かすれた声でつぶやく。ケイも、絶句していた。当の本人は、悲壮さを微塵も感じさせない表情であっけらかんとつづける。
「残りの不死鳥のうち、一体はお嬢さまと同じような不死身の宿主に捕まっている。殺すことはできないから、あらたに寄生される人間が出ないよう、不死身の超人だと知られて研究者が押しかけてきたり、オカルティストに拉致されないように、注意深く監視をつづけてた。ルミエールだけをすぐに始末してもさして意味がなかったのはそのせいだ。さいわい、その人物は無事老境を迎えて、不死鳥が人知れずその体内で断末魔をあげるのか、当人が寿命となるのか、どっちが先かはともかく、ほぼ心配しなくてよくなった――のがつい最近だった。俺は隙をうかがって、ルミエールと決着をつけようとした。ルミエールさえ片づけば、あとはノルデンクの現大公だけ。大公を殺って、ご老人の最期を確認できれば完璧、無理なら期限ギリギリで手前の処分をすれば完了する――そこまではこぎつけてたんだがな。……まさか、あのルミエールが他人のために自分を犠牲にするなんて、しかも不死鳥が受け渡された上、よりにもよって不死身タイプの宿主になるなんて、計算外もいいトコだった」
いや、まいったね、という程度に、クレスは髪をかきあげた。さらりと口で述べるほどたやすくはなかったろうし、外見上はお気楽そうだが、言語に絶する艱難を重ねてきたのであろうことは、さゆりとケイにもすぐわかった。もちろん、想像するほかないが。
「……ねえ、あたしのことは気にしなくてもいいよ。二年あるんでしょう? それなら、マスターがきっとなんとかしてくれる。あたしはべつの身体に移って、不死鳥に寄生されてるこの身体は廃棄しちゃえばいいんだし。なんなら、あなたもあたらしい身体に乗り換えたら? もう二〇〇年も生きてるなら未練はないかもしれないけど、不死鳥を封じ込めるために自殺するっていうのは、なんか、バカらしいじゃない」
ケイの提案はなかなかに滅茶苦茶だった。しかし実効性はある。アムウェル=ロゼットの愛娘、その血は争えないということだろうか。
クレスは真顔で聞いていたが、ゆっくりとかぶりを振る。
「検討に値する意見かもしれねえ。だが、俺としてはリスクは取れないな。なにかの拍子で、俺が、カガミの能力者が完全にこの世から消えたあとに不死鳥が生き延びてしまったら、もう制御できなくなる。人間という人間が、殺さない限りこの世から退場してくれなくなったりしたら、大混乱になるのは目に見えてるからな」
「それってさ、あなたの最初の計算どおりにことが運んでたとしても、くだんのご老人が二年後も健在だったら同じなんじゃないの?」
ケイの指摘を、クレスは半分肯定した。
「昇天期限がきたときに不死身の宿主に取り込まれてる不死鳥は、単に脱出できないだけじゃないんだ。俺がさっき『断末魔』っていったのは比喩じゃなくて、実際に不死鳥はそこで滅びる。ただ、それでも一〇〇%じゃないってのは、おまえのいうとおりだ。五〇〇年ごとの話だから、さすがに何時何秒って細かいところまではわからない。日付だけを目安に、その日がきたら自裁しておかないとならないだろうからな。それからの数時間で、不死鳥が遺漏しないという絶対確実な保証はない」
「それなら、たとえこのままでも、わたしは二年後には普通の人間に戻るということかしら」
さゆりがそういい、クレスはうなずいたが、そこで窓のほうへ目をやった。
「おっと、長話しすぎたな。機動課がきちまった。たとえ死ねなくなったとしても、ケイの寿命が二年後で期限を切られるなんてことはナシ、それでいいな?」
クレスが問い、それに対しはっきりと答えたのはさゆりだった。
「ケイの恨み言だったら、わたしが聞くわ」
「そうか。じゃ、ちょっとこっちにきてくれ」
といって、クレスは左手を頭上に掲げた。その甲が強烈に輝き、部屋中を翠の光が満たす。臆することなく進み出てきたさゆりの胸もとに左手を添えて、クレスの口はなにか呪文のようなものを紡ぎはじめた。
一三ヶ国語をネイティブレベルで解し、その二倍ほどの数の言語に関してもいちおうは読み書きと会話ができるケイにも、まったくわからず、どの系統の語族なのかも見当がつかない、おそらくは太古に喪われた言葉。
さゆりの全身から光がにじみ出てきたと思うや、紅く色づき、球体と双曲線の組み合わせとなると、彗星のように尾を曳きながら爆発的に頭上へと突きあがった。天井と屋根が吹き飛ばされ、火の粉と熱風が舞う。
「こいつが、おそらくはカガミ本来の務めだ。檻に封じ込められ滅びに瀕した不死鳥を解放し、昇天期限をふたたび五〇〇年後に設定し直す。――早期転生」
カーペットや調度が燃えはじめる中、天を――飛び去った不死鳥の軌跡を見つめながら、クレスはだれに向けるでもなくそういった。それもつかの間、呆然と立ち尽くすさゆりとケイへ向け、いつもの顔で事後説明をはじめる。
「さゆり、これであんたはもう普通の人間だ、不死身じゃなくなったから無茶はするなよ。ケイ、俺とおまえでお嬢さまの救出には成功したが、追い詰めたテロリストのひとりが自爆した。この爆発でクレス=カガミは戦闘中行方不明、いいな。――そういうワケで、悪いが、上着返してくれ」
「え……やっ!?」
借りていた服を剥ぎ取られて悲鳴をあげるケイを尻目に、クレスは上着を羽織りながら走り去ろうとする。その背へ向け、さゆりは声を張った。
「まって。カガミ、あなたこれからどうするつもりなの?」
「ゲームは延長戦に突入だ。二〇〇年足らずで完封目前までこれたんだから、もう五〇〇年あってやれないことはないだろうよ。心配すんな、まだ人生にもこの世にも飽きちゃいねえ」
今度こそ駆け出したクレスへ、ケイはさよなら代わりに半ば本気の怒号を浴びせる。
「このスケベ! つぎに会ったら蹴っ飛ばしてやるんだから!!」
階下から慌ただしい音が聞こえてきた。機動課の空挺チームが突入してきたのだろう。ケイは周囲を見まわして、燃えかけていたカーテンを引きずりおろし、はたいて火を消すと急いで身体に巻きつけた。
……一方、空挺チームのメンバーと鉢合わせしないよう闇にまぎれながら、クレスは遠い目になって独語を漏らしていた。耳にする者がいたなら、だれかへ語りかけているように聞こえただろう。
「先生、宿題終わりませんでしたよ。もうちょいだったのになあ……」




