不死の秘密
射ち出された四五発の散弾は、影から湧き出したかのようにさゆりと銃口のあいだに割り込んだ白い巨体が受けとめていた。
床が急速に赤く染まっていくが、ケイはまだ生きている。至近距離から五連発でバックショットを浴びれば、成体のゾウかイリエワニならともかく、シロクマでもいずれ失血死はまぬがれえない。即死しないだけでも規格外の頑丈さだ。
さゆりをかばったその信じがたい速度をもってすれば、男がショットガンを放つ前に牙にかけることができたのではないかと思わせたが。
いずれにせよ、もはやケイに戦闘を継続するだけの体力は残っていない。
「へっ……化け物め」
装塡されていたショットシェルを射ち尽くした男は、表情をひきつらせながらも口の端をゆるめ、スラグ弾を銃の側面から滑り込ませるように塡めてポンプを引いた。とどめを刺そうと、ひざが崩れたケイの頭に狙いを定める。
今度の銃声は一度しか聞こえなかったが、弾は二発飛び出していた。べつの場所から、異なる方向へ。
一弾は部屋の外から壁を貫いて男の顎から上を消し飛ばしており、もう一弾は男の死に際にショットガンから放たれて、ケイの上に覆いかぶさったさゆりの右の脇腹をえぐり取っていた。
部屋のドアの蝶番と錠が発砲音とともに打ち壊され、ただの板となって蹴り倒される。
入ってきたのはクレスだった。こちらも右手にショットガンを持っている。壁抜きで男の頭をスイカのように破裂させ、ドアをこじ開けたのはこれだろう。
部屋をざっと見渡し、脚がちぎれかけているがまだ息のある男に目をとめた。スラグ弾をぶち込んで、介錯する。
「窓から人が降ってきたから急いであがってきたんだが……手遅れだったか。やれやれ、まいったぜ」
クレスの口調にはさほど危機感というものがなかった。さゆりが射たれたことにあわててはいないし、彼女が無傷であるのも当然といった顔をしている。
たしかにさゆりのブラウスは右脇腹の部分で裂けており、赤く染まってもいる――もっとも、これはケイの血も混ざっているだろうが――のだけれど。
クレスは上着を脱ぎながら、呆然としているさゆりにではなく、ケイへ話しかける。
「人間の姿に戻れるか? いっつも射たれて変身するのに狼になったら傷がないってことは、逆もしかりだろ」
上着を被せられたケイの身体が縮んでいき、だぶだぶながらいちおうは人間の服をまとった少女に戻った。狼の形態での失血でも影響はあるようで顔は青いが、生命に別状はないように見える。
「さゆりさま……ご無事ですか……?」
「あなたはだいじょうぶなの、ケイ」
「このくらいなら、三日もあれば回復します。さゆりさまは……」
ケイの視線は、たしかに射たれたさゆりの脇腹に釘づけになっていた。肝臓と腸、肺の一部にまで損傷がおよぶほどの大きな銃創だったはずだ。しかし、ブラウスの裂け目からのぞく白い柔肌にはしみひとつない。
「じつはあんたたちふたりは、お互いにかばい合う必要なんてなかったんだ。ケイのほうはプレス機で頭を潰しでもしない限り死なないし、お嬢さまはこのとおり、不死身だからな」
なぜかわけ知りに解説をしたのはクレスだった。さゆりとケイは怪訝そうな目でいまだ正体不詳の青年を見遣る。
「カガミ、あなたはいったいなにを知っているの?」
「俺はここ二年とすこしのあいだ、ずっとあんたのことを監視していたんだ、さゆりさま。最初のうちは、ルミエールの親友のようだから、ついでだったんだが」
「ルミエールって……ルミさんのこと? なんであなたが知ってるの?」
声に出したのはケイのほうだったが、さゆりももちろんおどろいていた。
「ルミエールは、俺にとって腐れ縁、旧敵、あるいは同じ穴の貉……まあ、表現としてはいろいろあると思うが、つき合いはそうだな、もう百年以上にはなってたか」
クレスはどう年嵩に見積もっても二〇代後半、素直な目には二〇歳をいくらも越えていないようにしか思えない。ルミも、さゆりと同じ年のころにしか見えなかった。謎の――遠慮しないいいかたをすれば胡散くさい――青年のいうことは荒唐無稽だったが、さゆりは沈黙でもって先を促す。
さゆり自身、銃で撃たれたのに死ななかったどころか、自分でも弾があたったのかわからないうちに傷が癒えてしまったのだ。しかし命中したのは間違いない、なにせ服には大きな穴が空いている。
だからもう、どんな新事実が出てこようが意外というほどのことはあるまい。
「ちょいとばかり長くなる。もうすこし落ち着くところのほうがいいんじゃないか」
屍体だらけの部屋の惨状にクレスは肩をすくめたが、
「長いのなら、はやくはじめてちょうだい。聞かせるべきでない人間を交えずに話せる時間は、あまりないでしょう」
と、さゆりはじきに警備部の別働隊がやってくると指摘した。その正しさを認めて、クレスもうなずく。
「それもそうだな。まあ、そもそもの最初から話すと朝になっても終わらねえから、極限まで端折ることにはなるんだが――」
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あらためて、俺の名はクレス=カガミ。偽名じゃなく、本名だ。生まれはケイのマスターと同じ、ノルデンク公国。生年は公国歴一〇二二年、今年で二〇三歳ってことになるかな。
カガミの一族はノルデンクで特別な務めを負っていた。大公家の守り神である不死鳥に仕え、その恩寵が途絶えることのないよう不死鳥を護持し、不正にその力を盗んだ者を討つ――というのがカガミの役目だとされていた。
不死鳥とはなんぞや、という話だが、ややこしい上に俺自身はっきりしたことは知らないからいまは割愛する。不死鳥に仕える者がその仕える対象についてよくわかってないってのもお笑い草だが、知らないものは知らなくてな。俺より、財閥お抱えの研究者のほうが詳しいだろうから、気になったらそっちをあたってくれ。
細かいところは俺自身がまだガキでよくわかってなかったし、時間もないから省くが、俺は一〇いくつかの歳でノルデンクから出ることになった。脱出、逐電、追放――どれもすべてあてはまり、同時に正確な表現じゃない。
おおまかな事情としては、国を支配する大公と、その守護神である不死鳥を司る一族の、まあ、権力の綱引きだったんだろう。不死鳥を司る一族がそのまま不死鳥の加護を受けて支配者になるほうが単純じゃないか――そういう発想が、おそらくあった。結果として、反乱は失敗し、大公の勝利に終わった……と思われる。うまくいってたら、俺は国に残って一族のために働かされてたはずだからな。
それからルミエールと出くわすまでは何十年かかかるんだが、途中も省略する。色々あったし、不死鳥と縁を断ったはずが文字どおり切っても切れない関係になっちまったのもこの時期なんだが、お嬢さまとルミエールにはひとまず無縁の話になるんでね。
ルミエールは不死鳥の血を盗みおおせた、匪賊の頭だった。頭領の娘っていうのはカモフラージュで、実際にはルミエールこそが首魁だった。流浪の民っていうのもそのせいだ。ルミエールは自分がいつまでも若いままであることに周囲の人々が気づく前に拠点を移していた。
不死鳥の血を盗んだ女――カガミの本来の務めからすれば、誅戮すべき相手だ。しかし俺自身がカガミの者でありながら不死鳥の加護だか呪詛だかで逆賊になっていたし、ルミエールをただ殺すだけでことが解決するというわけでもなくなっていた。
ここで補足が必要か。カガミの能力は、代々受け継がれていくものじゃないんだ。三〇〇年ぶりくらいに発現した能力者である俺がノルデンク国外へ出て、その先で不死鳥の血に触れてしまった。俺は自分の代に課せられている――と聞かされただけで、本当なのかは定かじゃないんだが――仕事を果たそうとしたものの、その前にどうやらノルデンク本国のカガミ家が断絶してしまったらしいと風の噂に聞いた。
おかげで、もうカガミの能力者が未来に現われることはなくなっちまったんだ。能力者自身は継承者を生み出すことができないそうなんでな。俺は最後のカガミの能力者として、不死鳥をすべて始末しないと自分も死ぬわけにはいかなくなっちまった。
……なに、余計わからなくなった? まあ、そうかもな。要点は、不死鳥は五〇〇年ごとに天に昇るってことなんだが、そのときあまりに大量の不死鳥が飛び立っても厄介だし、不死鳥の血を受けた人間を完全に狩り尽くせば、不死鳥もまた滅びるってわけなんだ。不死鳥の個体数を調整するのがカガミの役割だとも考えられる。
ノルデンク大公からすれば、自分の一族の支配の力の源である不死鳥に、制御不能な拡散をしてもらっちゃ困る、かといって不死鳥が滅ぶようなことになってもいけない、ってトコだろうな。ノルデンク大公家は百代以上に渡ってつづいてるってことになってるが、実際にはずっと数がすくない。場合によっちゃ初代から二、三人しか替わってないかもしれねえ。
人間っていう生き物は、大きく二種類にわけることができる。不死鳥に寄生されると五〇〇年ごとの昇天のときまで肉体時間が固定され、しかし殺せば死ぬのが一種。もう一種は、不死鳥の作用を受けても肉体は成長して老化して寿命で死ぬが、病気にならず、射たれても斬られても灼かれても絶対に死ななくなる。
人間のうち、九九・九九パーセント以上は前者にあてはまる。一〇〇万人にひとりよりもすくない、未知の因子を持っているわずかな人間は、天命からは逃れられないが不死身になる。
さゆりお嬢さま、あんたがそうだ。
ルミエールは殺されるか昇天のときがくるまで不変の若さを保っていたが、どういうわけかあんたにほだされて自らの生命を投げ出した。あんたはルミエールの血を全身に浴びた状態で射たれ、不死鳥のあらたな宿主になり、ルミエールとは違う形態でその反応が現われることになった。
いまのあんたは不死身の存在、囮にするにはこれ以上ない適任だよな。もしもの心配しなくていいんだから。




