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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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さゆりお嬢さま救出作戦・立案


「さゆりお嬢さまがさらわれた? ケイも一緒に?」


 レイカから直接研究室に連絡があったのははじめてだったので、ろくな用件ではないだろうなと思いながら応対したアムウェルだったが、予想から九〇度ばかり斜め上にはずれていた内容に、ただ伝えられたことを反復していた。レイカの切迫したかおからすると、どうやら本当のようだが。

 レイカが画面外のだれかへ指示をしているあいだに気を取り直し、モニタへ目を戻してきた先方へ確認する。


「特殊部隊が一個連隊で襲ってきてケイを殺しさゆりさまを拉致したのではなく、ふたりともさらわれたんですか?」

「正確にいえば車ごとね。車載カメラの映像があります。犯行グループは外部から自動運転を乗っ取ったらしく、気づいたケイちゃんは対処しようとした。そこで、彼女の体調に異変があったように見えるの。内通者はわかっています、おふたりのクラスメイトであるウェンディ=インファンテ。おそらく、彼女がケイちゃんになんらかの薬物を盛った」

「その映像は見られますか?」

「いますぐは無理ですが、安全な回線からそちらへも転送します。一〇分はかかりません」


 映像があるというなら信じるしかない。しかし、アムウェルには拭いがたい疑問点がいくらかあった。


「ケイに一服盛るというのは不可能なはずです。あの子は薬物でもアルコールでも、即座に分解して無害化してしまえるように作ってある」

「もちろん、私たちも、ケイちゃん、ひいてはあなたがたの仕事に瑕疵があると考えているわけではありません。映像が届きしだい、そちらで分析をしていただきたいと思っています。さしあたって必要なのは、おふたりを見つけ出すことです。さゆりさまはケイちゃんの異変を察した時点で発信器を起動させていますが、取りあげられてしまったようで現在位置はわかりません。いま私がいるのは、発信器が捨てられていた現場です。仮にさゆりさまとケイちゃんが別々にされてしまっていても、ケイちゃんだけでも見つけられれば手がかりになる。そちらで、ケイちゃんを探したりすることはできないものかしら?」


 レイカの真の用件はこちらだったようだ。アムウェルは首を左右に振る。


「あの子は人造存在ですが機械ではありません。探知装置に引っかかったりするような性質ではないんです」

「……そうですか」


 落胆するレイカへ、アムウェルは余裕を失っていない表情で口を開いた。


「ケイがいまもさゆりさまと一緒なら、あの子の力で打開できる可能性はあります。どうやら誘拐犯はケイに傷をつけるのは禁忌であると理解しているようだけど、あの子の力の発動トリガーはそれだけじゃない。ケイはわたしの遺伝情報を基盤に作られていますが、根本で違うところがひとつある。わたしは気質的に猫の性だけど、あの子は明確に犬。さゆりさまがちゃんとケイを手懐けていれば、あの子は必ずご主人さまのために真の力を発揮する」

「そう願いたいものですけれど、ケイちゃんだけに頼るわけにもいきません。確認したい事項があったらまた連絡します、そちらからも、なにかわかったらどんな些細なことでも伝えてください」

「わかりました」


 B研にケイを探知する手段はない、という時点でレイカがアムウェルの話を聞き流していたのは明白だった。それは当然の態度だが、アムウェルにとっても他人事ではない。ケイは単なる試験体プロトタイプではなく、愛娘でありスタッフ全員の妹のようなものだ。さゆりの安否にしろ、ただ出資者のお嬢さまというだけではなく、ケイの同級生であり友人なのだから、無関心というわけではない。


 レイカとの通信が切れ、デスクトップ画面に戻った。先方に送られる映像を撮っていたカメラからは死角の位置、ドア口のところで弟のブロウズが腕を組んでいることに気づいて、アムウェルは声をかける。


「話、聞いてた?」

「……姉さん、情報が漏洩してるよこれ。それならケイがしてやられたのも無理ない」

「やっぱそうなのかな。どこからが一番あやしい?」


 アムウェルも、そうおどろきはしない。科学、殊に化学分野は産業スパイが暗躍する一大舞台であり、彼女自身、かつては違う意味でのネズミ駆除に神経を使っていたこともある。情報だけ盗んでも工作精度が伴わなければコピーできない機械分野と違って、適切な試薬投入順序と配合割を再現するだけで素晴らしい新薬が生まれてくることもある可能性の山だからだ。もちろん、その「適切」さを実現するのに高精度の機械が必要な場合も多々あるが。


 ブロウズはデスクに載っているコンピュータを指で弾いて、独り言のようにつぶやく。


「わかってる人間からすれば、これの中身は地球の裏側からだって丸見えなんだよね」

「不審なアクセスがあったか調べられる?」

「僕は専門家じゃないからなあ。だいたい、不審なアクセスじゃないかもしれないし」


 しかるべき権限が「ある」ことになっていれば、アムウェルやブロウズ、B研のスタッフでなくとも、データを閲覧したりコピーしたり、あらたに書き込んだりするのは可能だ。現にあと一〇分もすれば、お嬢さまとケイが誘拐されたときの映像とやらが転送されてくる。


「でもこの室ではきみが一番詳しいでしょ」

「まあ、たぶんね」


 姉に水を向けられ、ブロウズは肩をすくめた。

 薬品や実験器具の取りあつかいは巧みだがコンピュータは不得手なスタッフに使いかたをレクチャーしているのはブロウズだし、アムウェルもわからないことがあったら弟に訊いている。


「やるだけやってみて」

「はいな」


 いまとなっては旧式デバイスである物理キーボードを引っ張り出してUTJポートへ接続し、ブロウズはコンピュータの操作をはじめた。うしろで見守っていてもべつにはかどるわけではないので、アムウェルは自分の仕事を再開する。


 コンピュータとネットワークを手配し管理しているのは、当然ながら、財閥の情報システム部だ。


    ****


 第八秘書ロバート=シュルツは、ごく平静にテレシナ市内とその周辺に点在する、非合法組織および違法ではないが要注意団体の拠点に関する情報を開示していた。中には、これまで情報部門が把握していなかったところもある。


「ある意味では、こうなることを待っていたともいえる。彼らを強襲する口実ができた」

「シュルツさま、それは、さゆりお嬢さまを故意に危険にさらした、という意味でしょうか」


 会議に参加している警備部要員の中でもっとも位階が低い、つまりは一座の末席から、ラッツは恐れを知らぬ発言をしていた。警護課長が血相を変えて振り返ったが、課長が叱責の語を発するよりも先に前方のスクリーンが像を結ぶ。直接出席はできないまでも、総裁フランツにもこの会議は中継される、と最初に伝えられていたが。

 シュルツは、西太洋を四〇分で飛び越える極超音速機で急行してきた。大陸間弾道弾におさおさ劣らぬ速度で天を翔ける半宇宙機は搭乗者の身体への負担が大きいので、フランツはまだ旧大陸だ。


 スクリーン上に現われた総裁に、警護課長はラッツから視線をはずし平伏する。上座のレイカとシュルツも、椅子を回転させて後背のスクリーンに正対し居住まいをあらためた。

 前おきなく、フランツはいつもどおりの狷介な無表情で口を開いた。


「さゆりの所在、警護状況その他が故意に外部へ伝えられたことは一切ない。だが探ろうとする動きすべてを防ぐよう指示しなかったことも事実だ。我が一族にうしろ暗いところはない、逃げ隠れなどせぬ。やつらは、直接わしを狙えばよかったものを。――さゆりの救出が第一だが、財閥に対する敵対意思を裏づける証拠を確保せよ。断固とした措置を採る」

「承知いたしました」


 レイカがうやうやしく拝命し、可及的速やかにテレシナヘ向かう、といい残してフランツとの中継は切れた。


 すぐに警備部情報課と調査課の分析要員たちが、シュルツの提供した新情報もふまえ、さゆりお嬢さま救出作戦の策定に取りかかった。幹線道路はすでに市警によって封鎖されているが、テレシナの地下には多くのトンネルがある。

 暑さが嫌いだった古代の皇帝が掘らせた地下大路から、旧大陸からの侵略があったさいに原住民たちが抵抗のため行き交った秘密通路、そして近年のマフィア戦争期に至るまで、連綿と拡張されており、その全容を知る者はいない。それでも、自動車がとおれるような広さのトンネルは限られる。

 現に、さゆりが持っていた発信器は地上で発見された。そこから行ける範囲はなお狭くはないが、手に負えないほど広大でもない。犯行グループが空中を移動していないことは、エル・アンゼリーナ連邦軍と警備部自前のレーダーネットワークで確認ずみだった。


 α(アルファ)からο(オミクロン)まで、一五ヵ所の制圧目標がリストアップされた。

 これらのどこにもさゆりがいないとなれば、今回の襲撃のためにあらたに自動車が通行できるトンネルを整備したか、軍用レーダーでも補足できない隠密機を持ってきたということで、もはや反財閥運動などというレベルではない。敵は一級の軍事力を持つ先進国のいずれかか、あるいは地底人アガルタニアンないし宇宙人エイリアンのたぐいだ。そんなフィクションの怪物が現われようとも、財閥の総力を挙げれば対処不可能ではないが、現状で考慮すべき想定ではなかろう。


 高強度保安課と機動課が、強襲チームの割り振りを議論する。しかし今夜のうちに招集し投入できる人員では、七班が限界だった。USR(ステイツ)支社から増援を出してもらえば数はそろうが、明日になってしまう。


「市警と連邦軍に応援要請をすべきかしら」


 メンツの問題で警備部のほうからは口にしがたいことを、すんなりレイカは質していた。顔を見合わせる高強度保安課と機動課の面々を尻目に、ラッツがふたたび発言する。


「一ヵ所はわれわれ警護課があたる。横のつながりがある拠点に同時攻撃をしかけ、空振りだったらそのまま近隣目標へ転針すればいい。それでも八チームでは足りないのか?」

「それでしたら、プランは立てられます。ですが、さゆりお嬢さまの身にかかるリスクが上昇することは否めません」


 分析要員のひとりの答えに、ラッツは鼻を鳴らす。


「それは一五ヵ所に同時攻撃をしたところで大して変わらんだろう。過半数を市警のSWATや連邦軍の特務作戦群が担当するならなおさらだ。戦闘力は問題ないが、連中は繊細な作戦が苦手だからな。カルテル幹部の首を獲るのは得意だが、人質救出作戦は毎度悲惨な結果に終わっている」


 ラッツの指摘の正しさを認めて、分析要員の眉間に苦渋のしわが刻まれた。まず生きている人間に一発ずつ銃弾をぶち込むのがこの大陸流の制圧術だ。誘拐事件で機微を働かせたいなら、ネゴシエーターを介して身代金交渉をするか、交換したい人質の名を聞き出してから、その身柄を押さえている国の上層部へ政治的配慮を求めて献金の約束をするなり、警察幹部と刑務所の所長に賄賂を渡すなり、またはその両方の手段を講じるのがセオリーになっている。


 さゆりを誘拐したのが現地の勢力であれば、目的は金銭、あるいは逮捕拘禁されている大物との交換かもしれない。だが、ジョセフとヨリコが亡くなった事件のときと同じ組織が関係しているのなら、金銭面や、この大陸の反社会的団体の事情には興味を持っていないだろう。彼らの目的は財閥そのものへのある種の復讐だ。そして、フランツは息子夫婦と孫娘を見殺しにする結果となろうともそうした要求は拒否する。前回さゆりが生還したのは、奇跡というほかに形容のしようはない。


「それなら、現状で動かすことのできる戦力でさゆりさまを救出できる可能性が最も高い作戦を即座に実行するか、万全の一五チームを編成できるまで待つか、どちらかね。待機の選択も決して間違いじゃないと思うわ。そのあいだに先方から要求がくるかもしれない。……身代金や人質交換ですむならそれに越したことはないし」


 と、レイカが述べたところで、会議冒頭以降発言していなかったシュルツが沈黙を破った。


「成り行き上このあたりのカルテルやゲリラと接触した僕の感覚からいわせてもらえば、手を打つのは早いほうがいいと思う。彼らだけでこんなことはできない。以前からの反財閥主義者の入れ知恵の気配がするよ。そうだとしたらこちらが折れることのできる交渉にはならないし、時間をおいたら最悪さゆりさまは国外に連れ去られてしまうかもしれない。この大陸の財閥ネットワークはエル・アンゼリーナのほかではまだ盤石といえないから、さゆりさまを見つけ出すのが困難になる」


 シュルツがなにはばかるところもなく組織との関係を口にしたので、レイカとラッツは一瞬視線を交わしていた。業務の一環であって、指弾されるようなことはない、というわけなのか。


「ミスタ・シュルツ、いま候補にあがっている目標は同一の組織の拠点ではないけれど、反財閥主義者が仲介して彼らを合同させたというようなことはありえるのかしら?」

「それはたぶんないと思う。もちろん一〇〇パーセントとはいえないけど、マティーノ真教国正統政府とマティーノ赤色党はイデオロギー的に相容れないし、フリューデ・カルテルとエル・ゼダスは三〇年来の敵対関係にある。反財閥で大同盟は成立しないはずだ。さいわいというか、財閥はまだそんなに嫌われるほどの期間この大陸では活動してないからね」


 シュルツの答えはレイカ自身の見立てとも矛盾しないものだった。ひとつうなずいて、分析チームへ指示を下す。


「協力関係が成立する可能性を否定できない組織の拠点をグループ化してちょうだい。個別の集合要素が最大で八ヵ所以内に収まるなら、制圧作戦を実行します。第一波で八ヵ所を同時に攻撃し、さゆりさまが見つからなければ残りの七ヵ所も制圧。夜明け前に第二波も完了するようにして」

『了解』


 情報課と調査課のチームは地図と端末を広げて作業に取りかかり、高強度保安課と機動課は制圧班の装備を整えるべく会議室から退出していく。ラッツも、警護課で一チームを編成するために部下から志願者を募ることにした。さゆりお嬢さまの救出作戦だといえば、手を挙げる者は十二分にそろうだろう。


 たとえ首を横に振ろうが、カガミを連れて行くしかないのは多少気が重いが。


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