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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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オトナ(?)の時間


 ――ラッツ主任のレポートはそう長いわけではなかった。麻薬問題に関する記述の多さは、もと専門家としての彼のいわば職業病だろう。


 線でつながってはいない、ただの点がいくつかあるだけながら、その内容が示唆していることの重大さは、当然ながらレイカにもクレスにもわかる。


「ミスタ・シュルツがさゆりお嬢さまの身を狙わせている……?」

「しかも総裁フランツの指示、すくなくとも許可がある上で、な」


 レイカは考えがたいと柳眉をひそめるのみだったが、クレスは端的に核心を突いた。秘書の独断を見落とすほどフランツは耄碌していないはずだ。なにより、総裁の孫娘の身に危害を加えてもシュルツに得られるものはない。


「シュルツ氏が流れ星ラ・エストレイヤ・フハースで会っていたのは、やはりスピノーラなのですか?」


 ラッツが訊ねたが、レイカは首を左右に振った。


「知らないわ。私たちは基本的にお互いの専任業務に干渉し合わないもの。でも、二二日に彼がひとりで向かった出先は、主任の聞いた噂のとおりよ」

「あんたなら調べられるだろ、シュルツが実際に会った相手がどいつなのか」


 クレスは、簡単なことじゃないか、と表情でつけ加えていた。しかしレイカの歯切れはよくならない。


「確認するだけならできるけど、私が照会したことはミスタ・シュルツに伝わるわ。専権事項は相互にノータッチ、のぞき見や嗅ぎまわりはNG、それが私たちのルールよ。成績で競わずに弱味の探り合いをするようになったら組織が腐る。疑わしい点は、まずなにについてあやしんでいるのか、きちんとしめしてからじゃないと調査できないの」

「第八秘書のシュルツが、麻薬組織を使ってさゆりお嬢さまを狙っているかもしれないから調べます――俺が内部監査役員なら、病院行って心療内科受診しろってすすめるか、たしかに。フランツ総裁が孫娘の安全を脅かしてるから調べたい――まあ問答無用で措置入院だな」


 まともには取り組めない事件なのだと、クレスも納得した。総裁直属の秘書といっても、なんでもほしいままに振る舞えるわけではないのだ。なにか適当な口実を考えるか、ひそかに私的調査をつづけるか、どちらかにしないといけない。


「私も着手した時点では、反財閥主義者とこの地の犯罪組織が結びついた程度の話だと思っていたんだ。こんなモノが出てくるとは……」


 特ダネを発掘した当人でありながら、ラッツ自身、想像だにしない背景が浮かびあがってきてしまったことで半ば気後れを覚えているようだ。


「フランツさまがさゆりさまに危害を加えようとしているなんて、私にはどうしても考えられない。かといって、ミスタ・シュルツにも動機なんてありそうにないし……」


 レイカもそういって、いやいやをするように頭を巡らせる。


 当事者への思い入れが薄いクレスは、悄然となるふたりを見遣ってやれやれと肩をすくめた。状況を整理するために、さばけた口調で要点を列挙しはじめる。


「さゆりお嬢さまを狙う理由がシュルツにはない。発覚したら即(クビ)どころじゃすまなくなるワケで、やつの独断という線はまずありえねえ。フランツ総裁がやらせてるにしろ、それならどうしてさゆりさまの警護は厳重なままなのか。半年――もう七ヵ月か――前と同じく手薄にしておけば、襲撃は簡単に成功するだろうに。狙っているってのがポーズで、本気じゃないとしたら、なんのためか。テロと戦うレンドール家をアピールするため? だとしたら主任は総裁をぶん殴る権利があるな、自作自演のために生命張らされて、部下を何人殺されたのか。もしくは、シュルツが継承者として内定してて、いずれ制御された大規模なさゆりさま襲撃事件がふたたび起こり、彼が颯爽とそれを鎮圧してお嬢さまを救い出す――そういう台本が準備されてるのか。まったく想像のつかない理由が他にあるのか。あるいは、じつはラッツ主任の勘ぐりすぎ、グレイス秘書の心配しすぎ……だったとしたら、これまでの襲撃は強い財閥への憎悪が背景にあって、今後も終熄しないと予想できる。あんまし事態は改善しない。……さて、どれがありそうだと思うよ、ご両人?」


 話が長くなりそうな気配に、ラッツがマスターへ身振りでもってなにかを告げた。マスターはうなずいて奥へと引っ込み、しばらくしてから戻ってくる。手にしているトレイには、マテ茶ラテとキャラメルクッキーサン(アルファホール)ドが載っていた。カウンターに一番近い席に座っていたクレスが、半身を伸ばしてトレイを受け取る。

「完全にバーなのにカフェみたいなモンが出てくるな」

「われわれのような客のための裏メニューだ」


 呑みながら片づけるわけにはいかない、頭の痛い問題を話し合うのにうってつけの糖分補給の備えということだろう。


 練乳キャラメルがたっぷりとサンドされ、さらにチョコレートでコーティングされているアルファホールはスイーツとしてはかなりヘヴィだ。左党一辺倒ではないようで、クレスは遠慮なくひとつ取る。ラッツはアルファホールには触れず、マテラテに蜂蜜をそそいだ。


 レイカもアルファホールを手にしたが、口が占有される前に語を紡ぐ。


「私からひとついえるのは、ミスタ・シュルツは財閥の継承者ではないってことね。フランツさまが直々に否定なさった。あのかたは傲慢で、誇り高い。自分より下の人間に、わざわざ嘘をつくなど無駄だと思っている。伏せるべき真実があるなら、おまえが知る必要はない、考える意味などない、そうおっしゃるわ」

「シュルツ氏がフランツさまから受けている指示は、裏社会とのパイプを活かしてさゆりさまの安全をより確実にすること――であってくれればいいと思ってしまいますね」


 といったラッツへ、口が塞がったレイカの代わりに、さっさとアルファホールを片づけていたクレスが応じる。


「だったらあんたたちふたりに黙ってやるはずない。……だが、お嬢さまの安全を確保するためにせよ逆に脅かすためにせよ、シュルツのやつが現場に残ってないのは気になるな。組織の連中がそんなに信用できるはずはねえんだが」

「どちらに転んでもかまわない、そういうことなのか」

「そいつはありそうな線だな。お嬢さまに対する攻撃が阻止されつづけるなら、市民からの財閥およびレンドール家への支持は高いまま。もし財閥最後の継承者がテロに倒れるようなことがあれば、反社会勢力を一挙に排除する口実になる。それこそ、チマチマ作り直すのなんざ放り出して、地殻埋伏爆弾や隕石でこの大陸を丸ごと更地にするくらいのことはやりかねない。フランツ印による創世記のはじまりってワケだ」


 クレスは飄々と放言したが、総裁フランツに限っては絶対ありえないともいい切れない、それはレイカとラッツもわかっている。


 アルファホールを嚥み下し、マテラテで口を整えたレイカが首を振る。


「不可能ではないにしろ、やる理由はないわ。すべてをご破算にしてゼロから作り直すのと、あらゆる要素が相互に干渉し合って混沌極まっている現状の解きほぐし、どちらがより簡単で時間がかからないのかといえば、計算不可能よ。不老不死イモータルプロジェクトに明確な答えが出ていないいまの段階で、フランツさまは期限の定かでない計画を新規に打ち出したりはなさらない。そういうかたなの」

「もし総裁が、現時点で自分の寿命が無限だと確信してたら、どっちを選ぶ? いずれのルートでも完成形が見えているから、コツコツやるか一度ちゃぶ台ひっくり返すかは大した差でもないと考えてるんじゃないか? そうでなきゃ、孫娘に対するこの無神経は、すくなくとも説明できないだろう」

「……たしかにフランツさまはさまざまな意味で並の人間ではないわ。でも、人非人だと決めてかかるのなら、それは違う。自分が永遠に生きられるのなら継承者も血縁者も不要、と考えるようなかたではない。富と権力を残す相手は血族に限る、というほど狭量でもないし、損得と理屈だけで動くような人じゃないわ」

「それは俺もわかってるつもりだ。フランツ・ジェイド=レンドールは、人間と、それが織りなす社会に大いなる関心がある。俺だったらこんな財閥の運営に人生を賭したりしねえ。死ぬまで食うぶんが確保できたら、さっさと株を全部売っぱらって楽隠居するさ」


 クレスはそういって、ラッツが手をつけずにいたふたつめのアルファホールを食みはじめる。クレスのようにその為人へ断定的な分析をする気になれず、かといってレイカのように総裁に近い立場でもないラッツは、もと警察官らしい、慎重かつ疑念の追及は徹底する態度で口を開いた。


「火種になるネタを持ち込んだ当人である私がいうのもなんですが、仮定の話をこれ以上進めても意味はないでしょう。さゆりお嬢さまの身辺警護はこれまで以上に固めつつ、シュルツ氏の動きに関しては、たとえ内規違反になっても秘密裏に調べるしかない。スピノーラのような人物とのつながりは、いずれにしても好ましいことではないのですから」

「建前ではそうだけど。実際にテレシナ市の行政やインフラ整備をやっていくとなると、まるきり無視というわけにもいかないのよね。そもそも植民地だったころからの自警団が取り仕切っていたところに、あとから法律がかぶさってきたって面もあるし。裏社会との関係ってだけでたたかれれば、私だって埃のひとつやふたつは出てくるわ」

「それは私にしても同様です。蛇の道を行くには蛇の案内が一番早い。今回の調べごとも、真っ白な手段のみではできなかったことですから」

「いっそフランツさまに正面切ってお訊ねしてみようかしら。ミスタ・シュルツにフリューデ・カルテルを動かさせて、なにをなさるおつもりですかって。はぐらかしやいい逃れはされない人だし」


 まんざら冗談でもなさそうな口調でレイカはそういったが、クレスが横から割り込んだ。


「やめとけやめとけ。そこまでわかっているなら手出し無用、黙って見ていろ、なんて答えられたら薮蛇だろ」

「……クレス、あなたさっきからフランツさまの心理をずいぶん的確に捉えてるわね。直接お会いしたことはなかったはずよね、たしか」


 眼をしばたたかせてレイカはクレスを見遣った。ラッツも、第一秘書がいうならそうなのだろうと、いつの間にやら自分より総裁を理解しているらしい新入りへ視線を照射する。


「そうだな、できれば直接会いたくはない、絶対仲良くなれねえだろうから、ってえくらいにはフランツ老の人物像が見えてるかもな」


 相変わらずの不躾さでそういって、クレスはマテラテのカップをかたむけた。まだ馴れたわけではないのだが、レイカに一向咎める気配がないので、ラッツはその態度を糾弾するのは保留にして当面の方策を提言する。


「さゆりお嬢さまの警護体制を一度見直すことにします。シュルツ氏の動きと、フランツさまの真意をたしかめるのはそれからでも遅くはない」

「そうね。もし、間接的にでもさゆりさまの身辺警護が手薄になるような干渉があったら、それが何者からの働きかけにせよすぐ私に伝えてちょうだい。たとえフランツさま直々のご指示であっても」


 と、レイカがはっきりと述べ、ラッツは表情にまでおどろきが表れることになった。総裁フランツへ絶対的な忠誠を捧げ、その無謬性を疑うこともないのだと勝手にイメージしていたが、そんなに単純なものではなかったようだ。


 クレスのほうはとくに意外そうな顔もしないまま、ひとつ指摘を加える。


「警護妨害ならもう一回あっただろ。ショッピングモールでの襲撃のとき、五分で飛んでくるはずの機動課はこなかった。ヘリを押さえてたのはだれだったんだ?」

「フランツさまだ。その件はすでにレイカさまにご報告してある。独断になったとしても、さゆりさまの警護体制と、襲撃の背後関係を検証し直す必要を私が感じた直接の要因でもある。……だが、いまもって、私もフランツさまにさゆりさまへの害意があるとは思えないし、思いたくない」

「総裁の真意うんぬんはあとまわしでいいって、さっき自分でいったじゃねえか、主任。報告がすんでるならべつにいい。俺たちの明日の仕事に変わりはないってことだ。――もうこの場で話し込んでどうこうなることはなさそうだな。マスターのおすすめカクテルをいただきたい気分になってきたぜ」


 これは不真面目な発言ではなく、いま考えすぎても意味はない、というまっとうな科白であることはラッツにもわかった。クレスは終始部外者面をしているが、財閥の人間、という意識を持っていないというのはたしかにせよ、レイカやラッツの視点では気づかない部分をフォローするためにあえてやっているところもあるのだろう。

 緊張感がほどけ、本来のこの場に相応しい、大人の宵の空気がただよいはじめた。


「私もお酒にしたいわ。……できれば酔い潰れるまで呑みたい」


 そういうレイカへ、


「どうせ明日も仕事だろ。こっちも同様。歩けない、なんていっても送っていってやらねえからな」


 とクレスはすげない。


「業務外でここまできたならあなたたち電車移動でしょ。私のマンションはテレシナ中央駅の真上なんだから、どうあっても送っていってもらいます」

「ここからだと地下鉄の駅は15thStキーンセイ・ストリートが近いんだ。縦貫線でみっつめがテレシナ中央だな。こっちは横貫線に乗り換え」

「やーだ、やっぱり歩けなくなるまで呑んでくから、うちまで連れてきなさい」

「へべれけになったらタクシーに放り込んでおくか。ツバメ(ゴロンドリーナ)ロゴのクルマが財閥系だったよな。さすがに変なことはしないだろ」

「ちょっと、ちゃんとエスコートしていきなさいよ」


 軽口の応酬をするクレスとレイカを横目に、戯れるのがうまい色男だな、と、半ばあきれ、半ば感心しながら、ラッツはマスターへおすすめカクテルを三杯注文した。


「酔っぱらい背負うのは嫌いなんだ、重いし、漏らすし」

「そのかわいい耳に噛みついてあげる」

「なるほど、主任の顔のわりにゃあかわいい耳に歯形がつくってことだな」

「……歩いて帰ってくださいよ」

「もお、ふたりそろって朴念仁なんだから。デリカシーのない」


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