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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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アムウェルの信念


 港湾口駅から自動運転のシャトルバスへ乗り継いで、テレシナ総合科学研究所に到着した。生命科学研究棟のエントランスロビーにウェンディを待たせ、B研のラボへ入室したケイを、アムウェルの開口一番が出迎える。


「テレシナ大付属の制服ってかわいいのね」

「マスター、ご用件は?」


 まさか彼女の制服姿を見ようと呼んだのではあるまい。実務一辺倒のケイに、レイカからもらった自動抽出機(オートバリスタ)のボタンを押して、アムウェルは笑う。


「そんなに急いでる?」

「さゆりお嬢さまのご夕食までには戻ると伝えて出てきました。それと、ロビーに人を待たせています」

「仕事熱心な子ねえ、だれに似たのかしら。待たせてる人っていうのは?」

「友人……志望者です。純粋な興味や好意なのか、なにか打算があってのことなのかは、まだわかりません」

「純粋な興味や好意、この人と一緒にいると楽しそう、っていうのもまた、打算といえば打算の一種よ。わざわざ厭な気分になったり苦労をかけさせられるために友達を作るなんてしないし、もしそういう観点からつき合う相手を選ぶなら、それはやっぱり『恵まれないツイてない自分』やら『どうしようもないあんなやつを助けちゃう、駄目なんだけど天使な自分』をロールプレイしてアピールするためで、けっきょくは打算の産物ってことになるんじゃないかしら。――おまたせ、てきとうに座って」


 そういいながら、アムウェルは裏返したタブパッドをトレイ代わりに、カフェラテのカップを二杯並べた。重要なモノもガラクタも、なんでもかんでも乱雑に積みあがっているデスクのすみにタブパッドを押し込んで、強引にスペースを作る。ケイは椅子の上に載っていたレポート用紙の束をとなりのもう一脚の上に重ねて場所を作り、腰かけた。


「いただきます。……人間のすべての言動には打算の裏打ちがあるということですか?」


 カフェラテをひとくち飲んで、ケイは訊ねた。自家製無糖シュガーをカップに入れ、マドラー代わりのガラス撹拌棒で混ぜながら、アムウェルは応じる。


「なにをするにもこと細かな計算をしてるって意味ではないけど、人間に限らず、動物の行動は本能と経験によってある程度幅が決まってる。自由に意志を行使しているつもりでも、実際に脳の基底的部位が意識野へ提示している選択肢はさほどバリエーション豊富ではない、というのはたしかっぽいわ。哲学者の中には、人間には意識など存在していない、われわれが意識、自由意志だと思っているものは、すでに決定ずみの行動選択とその結果が流れているスクリーンにすぎない、と唱えてる人もいる」

「マスターは、ご自分の行動がご自身の意志とは無関係だとお考えでしょうか?」

「わたし自身は決定論に与することはできないわね。決定になにも寄与していないとするなら、意志や思考はあまりにも冗長、無駄だわ。人間が意志で行動を決定していないのなら、そもそも意識なんて、スクリーンとしてすら必要ない」


 といって、アムウェルはカップをかたむけた。そのとおりだな、と思いつつも、観ても観なくても映画の内容が変わったりはしないけど、じゃあ映画鑑賞にはなんの意味もないのだろうか――そんな考えがケイの脳裏に浮かんだ。


 ウェンディと話していた内容と共通するものがあったので、ケイは電車内での彼女とのやりとりをアムウェルに伝えた。


「――マスターは、以前に、神は実在している、というようなことをおっしゃっていましたよね?」


 カフェラテを飲みながらケイの話を聞いていたアムウェルは、カップをタブパッドの上に戻して口を開く。


「いてもおどろかないし、いなくたってショックじゃない、わたしにとってはその程度よ。この世が『神』かなにか、上位存在によって作り出されたモノだとしても、初期の状態でその後のすべてが確定するなら、わざわざシミュレーションする必要はない。わたしたちがシミュレーションを走らせるのは、予測と同じことがコンピュータ上でも起きるのかを、現実世界での実験に先立って確認するためか、あるいは予測不能だったり実験不可能だったりする事象の展開を研究するために、いくらか条件を変えてどうなるか比較観察するため。真のありようがどうなっているのかはともかく、この世が存在していることそのものを否定する合理的証拠はない以上、仮に『神』の実験場にすぎなくとも、不確定の要素があるからこそ実行されているシミュレーションであって、あらかじめ決まっている運命というものはない――わたしはそう思ってる」

「神は、そんなに理性的で公正な存在ではないかもしれない――あたしは最近そんな気がするんです」


 ここで、ケイはアムウェルに異を唱えた。神がアムウェルのように合理的で無駄を省く性格であれば、どうしてこの世界はこんなにも不条理で悪意に満ちているのか。不条理と悪意からさゆりを守るという任務があってのいまのケイであるから、べつに「仕様を変えてこの世を平和にしろ」と要求するつもりはないものの、しかし設計者としての神は、人間であるアムウェルより能力が劣っているのか、さもなければふざけている。


「たしかに原理原則そのものへの疑義を忘れないことは重要ね。それでも、基本的には法則の一貫性を前提にするのが科学的態度よ。1+1=2でなくなったら、そのときはまた新しい公理を見出すまでのこと。一瞬たりとて法則が持続しない世界になったら、さっきまでと世界の仕組みが変わっていることにも気がつけないでしょう。その場合は、あらゆることが、定義という意味それ自体からしてまったく異なるモノになる。それでも自分を自分と認識している限り、取り組むに値することは常に見つかるわ」


 アムウェルはあくまで理知的、かつ前向きだった。もちろんケイは遺伝子上の母でありマスターであるアムウェルの薫陶を受けているが、その思想を直接脳に書き込まれて作られたりはしていないし、刷り込み教育もされていない。アムウェルに限らず、周囲の人間と交流することで、今日まで育ってきている。それでもやはり、一般的な血をわけた家族とは重ならない部分はあるものの、ケイにとってアムウェルは母であり、歳の離れた――外見上の差は三、四歳だが――姉のようなものでもあった。


「神だがなんだか知らないけど、そんなのの思惑と自分は関係ない、ということですね」

「まあ、そんなトコ。……ところで話変わるけど、カガミさんって知ってるわよね」


 本当にまるっきり違う話で、ケイは眼をしばたたかせることになったが、アムウェルは質問ではなく確認する口調だった。素直にうなずいて答える。


「はい。さゆりお嬢さまの警護要員のひとりです。腕はたしかですが、なにか得体の知れないところがあります。本人も、財閥に対する忠誠心はべつに持っていない、目的があって入り込んできたのだと否定しませんでした」

「財閥やフランツ総裁に忠誠を誓ってるわけじゃなく、研究費がもらえるから従ってるだけなのはわたしたちも同様だから、べつにそこは目くじら立てるようなことでもないかな」

「詳しい報告が必要でしょうか?」


 そういえばバリアを出せるとか、普通のヒトじゃないみたいだし、違うと思うんだけど、財閥傘下の他セクション製の、人造、あるいは強化人間リィンフォースド・ヒューマンの可能性はあるんだよな……などと思いながらケイは問うたが、アムウェルはあっさりと首を左右に振った。


「あんまりお友達を待たせてもいけないし、ひとつだけ。あなたの第一印象で、カガミさんのことをどう感じた?」

「なにかが起きる、この人はそれにすくなからずかかわってくるような気がする、そんなふうに……理由はとくにないんですが」


 質問の意図がわからないまま正直に答えたケイに対し、アムウェルはうなずく。


「なるほどね。カガミっていう名前は、わたしと弟の故郷ノルデンクにおいては軽からぬ意味があるの。わたしが不死に興味をもったきっかけ、その逸話にまつわる人物の名よ。そういう意味では、あなたが受けた予感も、あながち無根拠じゃない。警戒はしなくていいけど、心のすみにとめておいて」

「不死の逸話にまつわる……」

「そう。もし機会があったら不死鳥について訊いてみると、面白い話が聞けるかも。そのときはわたしにも教えてね」


 ……最後までよくわからないままに、ケイはB研をあとにした。そもそも呼び出された用件がなんだったのか――じつはすんでいたのだが――彼女は気づかずじまいのままだった。


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