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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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ケイとウェンディ


 ランチタイムに相席を頼んできてから一週間がすぎ、ウェンディは当初の自称どおり、さゆりにではなくケイにまとわりつきつづけていた。もちろんケイがさゆりのそばを離れることはありえないので、実質的には三人で行動しているようなものだったが。


 ところが、今日はケイとウェンディのふたりだけで、テレシナの東方面へ行く地下鉄にゆられていた。アムウェルが、放課後に研究所へ寄るようケイに連絡をしてきたのだ。定期検査にはまだ半月以上間がある。ケイは首をかしげはしたものの、マスターの指示は優先順位として二番めだ。最優先事項であるさゆりの護衛は、登下校に関してなら警備部に任せて問題ない。車列はもとのとおりの六台体制に戻っている。


「車で送らせるわよ。急がないといけないのなら、ヘリを使ってもいいのだし」


 さゆりはそういってくれたが、


「大丈夫です。急ぎの用件であればテキストメッセージではなく音声通話で呼び出しがあったはずですし、時間もそれほどかからないでしょう。お嬢さまのご夕食までには戻ります。つぎの定期検査がなくなることはありませんから、そのときご一緒しましょう」


 と、ケイはお嬢さまの親切を謝絶した。あまり、自分の用事で警備部の人たちに手間をかけさせたくないのだ。さゆりも、すぐにケイの意図に気づいたのだろう。それ以上重ねていうことなく、校門でケイとウェンディと別れ、警護課スタッフに伴われてリムジンへと乗り込んだ。


 車列を見送ったケイが地下鉄の駅へ向かうべく歩きはじめると、帰りの交通手段が路面リニアのはずのウェンディは、停留所とは逆方面なのになぜかついてくる。


「とくに面白いことってないわよ。部外者はラボまで入れないから、ロビーで待たされるだけになる。たとえさゆりお嬢さまでも」


 べつに、ついてくるな、とまでいうつもりはないけれど、勝手に期待されても困るのでケイは前もって念を押した。


 それに対し、


「さゆりさまをお邪魔だというつもりはないけど、とうとうふたりきりになれたわね」


 と、ウェンディは意味ありげな笑みを浮かべる。


 一緒にくるというなら仕方ない。学校から直接研究所へ行ったことはなかったので、ケイがモバイルで経路を調べようとしたところ、ウェンディがとなりに並びつつ口を開いた。


「検索して出てくるのは環状線南まわりから横貫線に乗り替えるルートだけど、環状線北まわりで独立記念公園駅まで行ったほうがいいわよ。どうせ料金は同じだし」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」


 この時間のテレシナ市中央方面をとおる電車は混むだろうということはわかるので、ケイは素直に礼を述べて改札を通過し、北まわり行きのホームへと降りた。地元住民であるウェンディが交通事情に詳しいのは当然だが、彼女が混雑しないルートをすすめたのにはもうひとつの理由があった、ということが電車に乗り込んでからあきらかになった。

 空いている上に、最短経路よりやや遠まわり――つまり、ウェンディの目的はゆっくり座ってケイと話をする時間を持つことだったのだ。


 両親と母方の祖母、すこし歳の離れたふたりの兄がいる六人家族で、みんながかわいがってくれるのはいいけれど、最近ちょっとわずらわしい。ちやほやされるより、妹みたいな子に対して姉のように振る舞ったり、みんなでアイドルを取り巻いてファン心理を共有するような、輪の中心に立つのではなく、その他大勢のひとりで、ただし群衆の先頭にいたい――ウェンディが自分の話をしているあいだ、ケイはおざなりにあいづちを打っていた。

 家族構成に関しては、すでに知っていることだ。彼女の個人的心理や願望については文字資料には記されていないことなので、話してくれるぶんには、無意味かもしれないが不要な情報というほどでもない。しかし、ケイを妹代わりにしたいか、あるいはさゆりの親衛隊長になりたいということで、少々厄介なパーソナリティの持ち主かもしれなかった。これが自分第一主義のエゴイストであれば、財閥令嬢とその従者という格の違いを見せつけて、あとは捨ておけばすむ話なのだが。


 ウェンディはほどなく自分語りに飽きたのか、ケイのことをあれこれと訊きはじめた。世界の主人公は私であるべき、という意識がないというのはたしかなようだが、ケイとしては聞き役に徹しているほうが楽だったので、すこしばかり面倒な気分になった。そもそも、ケイは自分自身についてあまり話せるようなことがない。

 ケイにとって家族とは、強いていえば設計情報の素であるアムウェルとその弟ブロウズになるのだが、ふたりとの関係に家族としての強い絆があるのかと問われると、正直いってよくわからない。ケイ自身の個人史的エピソードや、将来の夢の話となればなおさらだ。ケイには趣味らしい趣味もとくにない。あえてあげるとすれば、美味しいものを探すことと人間観察なのだが、前者はたまの自由時間に立ち寄る先が、一カ所はオバちゃんのそばスタンドで固定されてしまっているのであまりはかどっておらず、後者はなんだかんだで任務の延長だ。


 なので、以前にさゆりから「あなた何者なの?」と訊かれたときと同様、ありていにさばさばと答えることになった。

 財閥から資金供与を受けたドクター・アムウェル率いる研究ユニットが三年前に作り出した有機自動人形――ケイが己の正体を明かすと、ウェンディは文字どおり口をぽかんと空けてそのまま固まった。


 なるほど、これが一般人の普通の反応なのだな、とケイは脳裏にメモを残す。ケイのことを、どんな超技術を実現していても不思議はないF財閥の関係者であると知らない相手であれば、くだらない冗談だと失笑するか、人をバカにするなと怒り出すところなのだろう。ケイの話はとうてい信じられないが、財閥のことだから、ひょっとすると本当なのかもしれない、と常識的な反応をしようとする心理が抑制されているのだ。


 呆然としていたウェンディはようやく自失から回復したが、その眼には困惑の色が浮かんでいる。


「……え、ケイちゃん……三歳ってことなの? いや、とてもそうは見えないけど」

「人生は絶対に赤ん坊が出発点でなければいけないと決まってはいないということよ。生まれた瞬間から『現在』までの全生活史があまさず必須ではないというワケ。たとえば、いわゆる記憶喪失の人は、症状が出た時点より以前の自分にかかわる記憶を持っていない。それでも通常は言葉を忘れているようなことはないし計算だってできる。自分と直接関係がないなら、過去の社会的事件を憶えている例もめずらしくはない。知識や能力は、体験や学習の記憶と必ずしも直結していなくてもかまわないということね。実際に、自分がどうやって母国語を習得したのか、課程を憶えていて説明ができるなんて人間はまず存在しないそうじゃないの。記憶にない過去の自分が取得した知識と、最初からデータとして直接書き込まれている知識、そのふたつに本質的な違いはないわ」

「それって、つまり……寝て起きたら明日のテストが全問正解できるくらいいきなり賢くなってないかなあ、っていうような、都合のいい話が現実に起こっても、べつにズルくはないってこと?」

「ズル……か。フェアかどうかっていうのは、またすこしべつの話になるわね。いまのところは、後天的にあらたな知識や技能を脳へ書き込む技術は確立されてないんだけど。知識や身体制御能力をあらかじめインプットした状態で有機自動人形を作ることまではできても、一度動きはじめてしまえば、プログラムをアップデートしたりハードウェアを換装したりするのはまだ不可能よ。その代わり、構造や機能としては生身の人間と一緒だから、自分で学習することはできるし、多少の傷は自然治癒する。――あたしはインチキしてるってことになるのかな」


 ウェンディの視点は、ケイにとって思ってもみなかった指摘だった。たしかに、発揮されている方向性に差はあるが、ケイの優秀さはアムウェルの個体特性に依拠するもので、彼女自身の努力や学習の結果はまだ多くを占めてはいない。生まれながらに天才的頭脳を持っていたとはいえ、マスター・アムウェルの知性は生まれてこのかたみがきつづけてきた結果で、最初から世界トップレベルの科学者だったわけではなかった。

 ケイが純粋なアムウェルの複製であった場合にしろ、資質は同じでも、育った環境によってその人格、知性、能力は異なっていたはずだ。現にケイとアムウェルは能力も性格も適正もべつものだが、それは育った環境が異なるからではない。ケイの意志や経験とは関係なく、制作時にB研が意図し、設計したとおりの能力をそなえているからだ。一五歳当時のアムウェルと現在のケイを較べるなら、ケイのほうがより「優秀」だといえるだろう。

 もちろん、科学者としての知識、観察眼、発想力はアムウェルの一五歳時点に遠くおよばないが、アムウェルは昔も今も家事万能ではないし、銃で射たれたら狼に変身して逆襲したりもできない。


 なるほど、いわれてみれば、如何様チートなのかもしれない。


「……ごめんなさい。ケイちゃんが自分で望んでそうなったわけじゃないのに」


 ウェンディは眼を伏したが、ケイはさばけた口調で応じる。


「あやまる必要はないわ。いかなる人間になるか、自ら望みのとおりに産まれてきたなんてヒトは存在しない。それは、自然に産まれてこようと人工的に作られようと同じこと。私がなぜ私なのか、根源的な理由はない。自分が自分でいるのは、たまたまとしかいいようがないのだから」


 とはいえ、この自己存在規定をケイが獲得したのはつい最近のことである。B研があらかじめ与えていたものではなく、さゆりとすごしたこの半年ほど、それももっとも直近の一ヵ月ほどのあいだに急速に芽生え、確立された彼女の精神の柱だ。


 ケイの考えは生まれて三年しかたっていない幼子のそれではないどころか、正規の人生を一七年ほど送ってきているウェンディからみても老成の域に達しているだろう。

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