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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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帝王の器


 表情を同僚向けから主人用にあらため、無人の廊下を進んで、レイカは総裁室の前に立った。時刻を確認して――思いのほかシュルツの話が長かったので、余裕を持っておいたのに若干ながらオーバーだ――、ノックし扉を開ける。


「失礼します。申しわけありません、三〇秒遅刻しました」


 フランツは窓の向こうに大パノラマで広がるテレシナ湾を眼下に望みながら、振り返ることなく応じた。


「なにかあったのか」

「いえ、そこでミスタ・シュルツとすれ違っただけです」


 老人の声音に、わずかながら嗤いの波動が混じった。


「シュルツか。やつは己を過大評価している。わしの跡を継げるつもりで思いあがっておる」

「彼が? さゆりお嬢さまの婿どのの座でも狙っているのでしょうか」


 シュルツの野心がそこまで不遜な域に達しているとは感じていなかったレイカは、おどろくことになった。フランツの跡目を血縁でも重役でもないシュルツが継ごうというなら、さゆりの女婿になるくらいしかない。それに、シュルツ自身、フランツが寿命の限界を超え長期に渡って財閥を引きつづき支配するのが、もっとも可能性の大きな――確率としても、そして彼自身の将来にとっても――未来だと語っていなかったか。


 フランツから嘲りの調子が消え、わずかな慈しみを込めた、しかしきっぱりと決定ずみであることを宣告する響きで孫娘へ言及した。


「さゆり自身が望むのならばともかく、そうでないならあれに財閥を背負わせようとは思わん。重すぎる」

「フランツさま……」


 総裁が自分亡きあとの話をしているように感じてレイカは不安になったが、フランツはかすかに肘かけの上で左手を振った。その動きを読み取って、ラウンジチェアが回転する。チェアといっても、ほとんど個人用リクライニングカプセルだ。必要とあればこのまま道を走ることもできる。もっとも、フランツはまだ全自動車椅子の世話になるほど老いてはいないが。


「おまえならどうする」


 向かい合いになって発せられたフランツの言葉はそっけなく、省略がはなはだしかったものの、仕えなれているレイカはその意を正確に汲んでいた。


「わたくしでしたら、傘下企業の七〇パーセントを譲渡するか解散させて処分します。手に負えません」


 第一秘書の答えに、総裁は満足げにうなずいた。


「シュルツよりは現実が見えている。わし以外には制御できん。怪物を作ってしまった。いまの財閥は大きすぎる」

「フランツさま、あなたが事業の縮小や清算をお考えになっておいでとは思えませんが」

「わしでなければ維持することも適わぬ。おまえの報告如何では、財閥の解体に着手することになる。潰すだけでも二〇年かかるぞ。若返り程度では、わしは最期の仕事としてこの怪物の葬送をする時間しか得られない」


 完全に人生の終焉を見すえた老人の科白であったが、その表面上ほど、フランツの声に疲れや諦念はない。手の届きうる範囲すべてを掌管しようとする、徹底して己を恃む傲慢なまでの自負心がそこにはあった。命脈尽きるのであれば、いつどこでどのように死を迎えるのか自ら決定する。運命の導きなど、神の御心など受け入れない。自分亡きあとに下らない争いが生じることすら許さない、そんな諍いの芽など摘んでから死ぬ。その強烈な意志があった。


 愛すべき覇気がまだ萎え衰えていないことに悦びを覚えて、レイカはロゼットチームの挙げている成果、カナエチームが提示するかもしれない神霊的な面からのアプローチについて報告をはじめた。


    ****


 警護課主任のラッツは、ただでさえ激務である二四時間態勢のシフトの隙間を縫いながら、残業代の出ない仕事に眉間のしわを深くしていた。任務と関係の深い件ではあったが、しかし時間外に記録を調べていることをほかの部署に知られるわけにはいかなかった。すくなくとも、正式に調査の許可が出ていないいまのところは。


 市内各所の監視・防犯カメラの録画や、警備部の現場要員、オペレータらの交信を録音した一次記録。それを基に作成された報告書や状況見分書といった二次記録。テレシナ市警はじめとする各地各国の治安当局が把握している、合法非合法を問わず要監視組織の資料―思いあたる限りの情報を、入手できる限り集めていく。


 テレシナにおいてはじめて財閥に対する攻撃があった、先月の登校車列襲撃事件のさい、ラッツは直接車列の指揮を執ってはいなかった。車列付警護員とテロリストの交戦状況から、襲撃側が軍用レベルの防弾ベストを着用していると推定され、援護配置についていたラッツとカガミの狙撃班に対し、ヘッドショットでないと有効打は期待できないと通知されてきた。

 軍用防弾装備のヘルメットには、砂漠部族がかぶるターバンのようなゆったりとしたフードが付属しているもので、これは単なる飾りではなく、頭部のシルエットをぼやかすことで射手を惑わす、対狙撃用の措置なのだが、カガミは一発もはずさずに一七人の頭部を射ち抜いた。そのすさまじい腕前はともかくとして、見分書からも、テロリストたちが防弾ベストを身に着けていたことが確認されていた。

 つまるところ、さゆりお嬢さま付の侍女であるケイ=ヴィネットが狼の姿に変身する前に拳銃で足首を射って負傷させていた男も、防弾衣を着ていたはずなのだ。にもかかわらず、そいつは「流れ弾」で死んでいる。


 肝心なその銃弾なのだが、彼の口から飛び込み、頭蓋骨の丸みに沿って脳髄をかき混ぜながら頭の中を一周し、あごから抜けてアスファルトに直撃したとされていた。その衝撃で弾丸は損傷し、わずかな断片しか回収できなかった。ただし、残留物の簡易鑑定から、テロリストが使用していたアサルトライフルの弾ではない可能性が否定できない、と付記がされている。

 ラッツの経験則からいけば、あのときの交戦状況はかなり距離が近く、アサルトライフルの弾が頭蓋骨を貫通できないほど減衰することは考えがたい。また、回収された弾体片も、ライフル弾というよりは拳銃弾の特徴を有しているように見える。しかし拳銃弾であれば、アスファルトに激突して特定困難になるような破損をするほど高速に達することは滅多にないのだが。人ひとりの頭部の内側をぐるりとまわったあとなら、なおさらだ。

 可能性としては、強力な軍用拳銃であれば、入射角しだいで頭骨を射ち抜くことなく、かつアスファルトとの衝突で弾体のほとんどを失うような速度を持ちえるかもしれない。


 ――財閥警備部が副次武装として採用している拳銃も、その例外ではない。


 なぜ詳細な科学分析を行わないのかと、ラッツは苛立ちを覚えてファイルの束をデスクにたたきつけた。このあいだレイカが口にしていた、あけっ広げに内部調査をしがたい事情というのはわからないでもないが、もはや状況が変わった。にもかかわらず、一週間前にショッピングモールで大規模襲撃事件が発生してもなお、本格的な調査がはじまる気配はないのだ。

 武装組織が以前からテレシナ市内に潜伏していたということは疑いないが、総裁フランツの鶴の一声で唐突に許可されたさゆりのお忍び行脚を即座に察知して行動するなど、財閥内部からの情報漏洩があったとしか思えない。


 テレシナの、エル・アンゼリーナ連邦の、そしてその周辺での反財閥勢力の広がり、財閥内部の不穏分子の特定、これらを把握して対応措置を講じなければ、レンドール家の安全を守ることはできない。もうフランツとさゆりしか生き残りはいないのだ。


「フランツさまはご自身とご家族の安全にあまりに無頓着でいらっしゃる……」


 財閥警備部の情報課、調査課、警護課の能力は、国家組織の情報機関や警察公安部、シークレットサービスに劣るものではない。それどころか、そのへんの国の治安当局よりはるかに優秀だ。もっと徹底しようと思えばできないわけはない。


 フランツがネズミのようにこそこそすることを好まない、という面はたしかにあった。身の安全だけを図るなら、独裁者や裏社会のボスのように、ひらけた場所に決して出てこなければいいのだ。超大国の大統領、あるいは世界的宗教の主導者は、たとえ暗殺者の兇弾に狙われるリスクがあったとしても、民衆の面前にその身を晒し、歓呼の声に手を振って応える義務がある。フランツは自らを営利私企業のトップではなく、世界的指導者の一角として任じているのだろうか。だがそれでも、せめて孫娘であるさゆりの安全には、十全の配慮をしてくれてもよいだろうに。


 できれば直接フランツ総裁に、すくなくとももう一度レイカに話をしよう――いまの地位を失う可能性も覚悟して、ラッツは席を立った。


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