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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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第一秘書と第八秘書


 財閥総裁フランツには、敵も多い。

 というよりは、敵しかいないと表現したほうが適切だろうか。味方は総裁としてのフランツを仰いでいる者ばかりで、財閥の枠を離れてもなお忠誠心や敬意を保ちつづけるかといえば疑わしい。いわゆる世間的『大物』は、なにかの拍子でフランツが話題の俎上に登ると、ルールをわきまえない成りあがり者だとして敵意や対抗心を隠さないようで、ときおり経済誌や新聞の政経面にそうしたコメントが載る。フランツのほうはそんな「旧世紀の亡霊」のことなど歯牙にもかけぬが、一代にして天界にまで駆け昇った超財閥の長は、ほかの雲上人からあまり好感を寄せられていないのはたしかといえた。


 テレシナプロジェクトは財閥が現在手がけている事業の中でもトップクラスの大型案件であるが、総裁であるフランツは従来の拠点である旧大陸にいることのほうが多く、あまりこちらには長居しない。孫娘であるさゆりとも一度オンライン上で――しかもレイカを通じて間接的に――会話しただけで、顔を直接見ることなく、今回の滞在も一週間ほどで当初の予定どおりに終わろうとしていた。


 フランツの代理としてテレシナプロジェクトを取り仕切っている第一秘書レイカ=グレイスは、総裁の出発に先立ちこれまでの経過報告を行うため、普段仕事をしているオフィスから最上階へとあがった。このフロアは、フランツがテレシナを訪れているあいだしか使われない。

 エレベータのドアが開くと、意外にも先客がいた。ここまで入ってくることのできる人間は、財閥の中でも数が限られている。あわてて飛び乗らなくても、ほかに利用者がいないエレベータが行ってしまう心配はないので、ドアの前で立ち話になった。


「やあレイカくん、おつかれさま」

「ひさしぶりじゃないボビィ。フランツさまとご一緒だったの」


 財閥における秘書課職員はその務めの性質上世界各地に散らばっているので、あいさつとしてではなく文字どおりの意味でひさしぶりに見る顔だった。

 秘書というよりはスポーツクラブのインストラクターのように見える青年は、茶目っ気のある表情で肩をすくめる。


「ご指名じゃないけどね。押しかけ金魚のフンさ」

「随伴を断られずにすんだなら、上々よ。つぎの主席はあなたのものかしら」

「いやいや、きみから主席の座を奪えるなんて思ってないよ」


 ロバート=シュルツはフランツの第八秘書であり、若手のホープと目されていた。もっとも、総裁秘書の中ではレイカが一番若く、次点のシュルツでも三十路に手が届いている。現在は第一秘書であるレイカが同時に実質主席であるが、フランツの秘書に明確な序列が存在するわけではなく、第一、第二、という番号も順位を意味はしていない。

 フランツにとっての秘書は一般的なものより政治家の秘書官に性格が近く、総裁があらたな事業や計画を思いついたさいに専任の代理人として立て、個別の指示を現場へ伝えさせ、案件を進めさせる執行役だ。とくにめぼしい働きがなく、ほかの使い道もないと判断された者は、用事がすんだあとは名ばかりの第X秘書として、自主的にか、定年かで財閥を去るまで放っておかれることになる。

 レイカはとあるプロジェクトでフランツの代理を命じられたとき、長年総裁に仕えていたアンドリュー=ヴァレンタインの死去によってたまたま第一秘書が空座になっていたため、そのまま割りあてられたにすぎない。総裁の信任を勝ち得たのは、彼女自身の仕事ぶりの賜物だ。


 フランツのとなりに控えるレイカを目にした人間は、殊に男の場合、F財閥の支配者が彼女を重用しているのには、単なる実務能力以外の理由があるのだろうと勘ぐることがすくなくないが、それは必ずしも的はずれではないもののすべてではない。総裁の右腕が務まるだけの才覚を持ちながらそれを凌駕するほどの魅力を同時に具える女性というのは、空想上の存在であって現実にはありえないだろう。

 仮にレイカがそうであったなら、フランツは彼女を秘書の地位にとどめおきはしない。己の野心のままに財閥を築いてきたフランツは、個人的にも禁欲主義者というわけではなかった。そんな抑制的な人間に、一代で世界を覆えるはずはないのだ。


 若くして優秀、つまり仕事への熱意と功名心にあふれている同僚へ、じつは周囲から思われているほどキャリア命というほどでもない女秘書は、しかし余人の印象どおりの声と内容で話しかけていた。


「あなたが専従してた東ヌロンドの選挙区線引きの案件って、ひと段落ついたのよね。部族紛争終熄、選挙実施へ、とかいうニュースを先週見たもの。現地のダイアモンド鉱山の採掘権も、引きつづきEGMアスラン・グローバル・マインが確保することで決まったって聞いたわ。お手柄ね、おめでとう。いまはなにをしてるの?」

「手すきになったからこうしてフランツさまの随員をやれてるってわけだけど、いちおうつぎの仕事の目星としては、財閥全体の次期五〇ヵ年計画に手をつけられるといいかな、って考えてる」

「次期五〇ヵ年? ずいぶん壮大な話ね」


 シュルツの発言に、レイカは目を丸くした。もちろん財閥の世界戦略には長期計画が存在する。しかしせいぜい五ヵ年、一〇ヵ年、最大でも有人惑星探査計画の二〇ヵ年だ。四〇、五〇年の歳月がすぎれば、そもそもの前提となる国際情勢そのものが変わってしまう。財閥の方針は硬直的ではなく、前提条件の変化に随時応じる可塑性を持っていた。もちろん、いまや財閥は世界そのものの方向性にすら決定力をおよぼしうるレベルとなってはいるが。


「だから、レイカくんと情報共有したい部分もあるんだ」

「テレシナプロジェクトに、財閥の今後五〇年とかかわりのあるようなことあったかしら?」


 小首をかしげたレイカに対し、シュルツは秘書というより、本当にインストラクターやトレーナーのような口調で今後の展望を語りはじめた。


不老不死計画イモータルプロジェクトだよ。きみのとこのロゼット・ユニット、見込みあるのかな? フランツさまが本当に永続的に財閥を率いていくことができるなら、そうでない場合と長期計画はまるで変わってくる。フランツさまのもとで財閥が一枚岩でありつづけるなら、つぎの五〇年はそれこそ全面的な系内宇宙開発時代さ。完全にSFの世界だよね。……でも、F財閥総裁といえど人間の枠を超えることができないなら、今後は管理の分割を考えないといけない。どの事業を傘下に残してなにを切り離すか、さゆりさまには財産のうちどれくらいを残すのか……。憂鬱な上に地味な書類仕事に加えて、各国税務当局と全面戦争だよ。まあ、フランツさまが永遠の生命を確保されるならそれはそれで、法的にどうあつかうのか、表向きは人間として亡くなられたことにするのか、フランツさまは何歳まで生きることにするか、そういうところを考えなきゃいけなくなるけどね」


 希望の未来に声を明るく、気の塞ぐ陰気な将来を沈痛に、抑揚を利かせたシュルツの大演説を、レイカは冷めた心持ちで聞いていた。王政の国を実質的に支配している宰相さながら、天下国家を語って君主の人間性への配慮がない考えかたと同質だ。

 肩書き、椅子に従っているのであって、その相手が何者であるかには頓着していない。シュルツなら実際に絶対君主の懐刀を巧みに務めるだろう。王冠をかぶっているのが赤子でも、白痴でも、バカ殿でも、それこそ犬でも関係ないに違いない。


「アムウェル、ブロウズ両博士は優秀よ。本当に永遠の生命を実現できるかどうかはともかく、若返りや寿命の五割増くらいはもう射程に入ってる。だからまあ、五〇ヵ年計画っていうのも立案する価値はあるかもしれない。煮詰めておいて、ころあいを見てフランツさまに話してみるといいんじゃないかしら」


 フランツにもっとも近い第一秘書から及第点をもらったと、シュルツの表情に少年のような得意げな笑みが浮かんだ。総裁の心が読めないことは自覚しているからこっちに話したのかと、レイカはシュルツの思惑に納得する。


「じつは必要な材料はもうだいぶ溜め込んであるんだ。要点をまとめたら、計画責任者をやらせてもらえないかおうかがいしてみるよ。それじゃ……ああ、フランツさまからお話があるだろうから先にいっちゃうけど、また二週間くらいでこっちへ戻ってくる。そのときまでに不老不死計画の資料をまとめておいてもらえると助かるな」

「準備しておくわ」


 シュルツが乗り込み、エレベータのドアが閉まったところで、総裁フランツのことを世界でもっとも知る女は声には出さずつぶやいた。


「ボビィ、あなたが仕えているかたは、単なる王者ではない。君臨するだけでなくすべてを統治する真の帝王よ。五〇ヵ年計画、なるほど、お使いになるかもしれない。だけど、腕を振るうのはあなたじゃない、フランツさまが自らご差配なさる。もし永遠の生命が技術的に確立しても、いまのあなたじゃお相伴にあずかることはできないわよ」


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