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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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謎の美少女


 さゆりとケイは学食の一角、テラス席でランチにしていた。


 財閥令嬢としての立場を離れ、お忍び街歩きをするつもりであったのに一般市民を巻き込んでの銃撃戦が勃発してしまった先日の一件は、外部とのかかわりを思い出しつつあったさゆりの心をふたたび閉ざしてしまいかねないところだった。


 お嬢さまがふさぎ込んでしまうと案じたケイは、安全な範囲でなにか気散じになることはないかと探しまわり、テレシナ大付属高の学食のメニューにそばがラインナップされているのを発見した。味としてはいまふたつのものだったが、このさい贅沢はいっていられない。

 これまでは昼食時になると、お抱え料理人の作った特製折詰めが届けられていて、さゆりはほかの生徒と離れてランチをとっていた。外で警護陣と一緒に待機していたケイが生徒として校内までさゆりについていくようになってからも、しばらくは同様だった。お嬢さまとふたりきりの昼食はケイにとっては楽しい時間だったものの、一般生徒とさゆりのあいだの距離が縮まらない原因のひとつだったかもしれない。


 登校の準備を整えながらケイが誘ってみると、さゆりはあっさりとうなずいて侍従長へ弁当の準備の不要を告げた。余計なことをお嬢さまに吹き込みおって、とトゲのある視線が飛んできたけれど、ケイはまったく気にしなかった。


 爾来三日、生徒でにぎわう学食でさゆりとケイもランチタイムをすごしている。そばのほかにもメニューはいろいろあるので、とうぶん飽きることはなくてすみそうだ。はじめは遠巻きだった一般生徒たちも、今日はとなりのテーブルまで埋めて普段どおりに闊達なおしゃべりをしながら食事をしている。まだ向こうから話しかけてくるようなことはないが……。


 自分たちのテーブルへ近寄ってくる人間の存在を察して、ケイはスプーンの動きをとめた。今日はそばではもの足りない気分だったので、ハッシュドビーフとマカロニシュリンプグラタンというがっつりチョイスだ。さゆりも、ケイの様子に気づいて箸をとめる。ケイはそばばかりに目がいっていたが、どうやらワショク全般でメニューが豊富だったようだ。


 お嬢さまの選択はサイキョーヤキなる魚のミソ漬けのソテーと、ヒジキとかいう謎の黒い物体と豆の煮物、エッグプラントのピクルス、それにライスとミソスープだった。ケイは一三ヵ国語を自在に解するが、旭東皇国ライザントの言葉はその中に入っていないのでネイティブレベルではないし、文物への知識もさほど深くない。

 ミソに漬けた魚は最強においしいのかと思ったらどうやら違う意味のサイキョーらしいし、ヒジキは海藻の一種で、ヒ素が含まれているから一部の国では食品あつかいされていないのだという。


 こちらへ歩いてくる女生徒はクラブハウスサンドをトレイに乗せていた。テラス席はかなり混雑していて、テーブルまるごとはもう空いていない。円テーブルには五、六脚、角テーブルには四脚椅子が備えられている。さゆりとケイは角テーブル席を使っているので、荷物おきにしている一脚を入れても椅子はひとつ空いていた。

 思ったとおり、女生徒がテーブルのわきで足をとめる。


「相席させてもらって、よろしいかしら?」

「もちろん、どうぞ」


 さゆりが了承したので、ケイは自分のとなりの椅子を引いた。


「こちらへ、ウェンディ=インファンテさん」

「あら……私の名前をご存知だったの?」


 おどろいた眼で、ウェンディがケイの顔を見る。琥珀色の髪がやや螺旋状にカールしていて、はしばみ色の眸は大きい。さゆりお嬢さまには到底およばないけど写真よりは実物のほうがずっと美少女だな、と内心で感想を述べてから、ケイは涼しげに応える。


「業務上の必要性から、学校関係者の顔と氏名は把握させてもらってるわ」

「生徒全員、ひとり残らず?」


 トレイをテーブルにおいて、椅子に座りながらウェンディは興味津々といった感じで訊ねてきた。


「教職員も含めて、憶えたつもりよ」

「すごい、本当に? ……じゃあ、左どなりのテーブルの、さっきから大声でやかましい子は?」

「シャーロット・マグダレーナ=リンゼイさん。時計まわりに、マリアンナ=フォーブスさん、キャロライン=シェーファーさん、ヴェロニカ・ロザリンド=スピノーラさん、ナタリア=スアレスさん」

「私より確実に詳しいわね。ニッキィのミドルネームがロザリンドだなんて、初耳。さすがF財閥の選んださゆりさまの従き人ね。でも私はあなたの名前を知らないわ」


 ウェンディが予想外に食いついてきたので、ちょっとひけらかしすぎたかとケイは口の軽さを反省することになった。実際には、出入りの業者からテレシナ大学の在籍生、付属中学の生徒、さらにはその同居家族にいたるまで、一〇万人以上記憶したから、これでも過少申告ではあったのだが。

 大学キャンパスに部外者が入ってくることは日常茶飯事なので、隣接している付属高校の敷地に迷い込んでくる場合もあるだろうし、出入りの業者にだってその日限りの臨時雇いがいる。知らない顔だからといって不審者と決まっているわけではなく、逆にだれが組織に買収されるかもわかったものではないから、知っていても油断はできない。ようするにケイにとっては大したことではなかったので、深く考ずにペラペラとしゃべってしまった。


 スプーンを握りなおし、


「あたしはケイ=ヴィネット、ケイって呼んで。苗字のほうをいわれると、自分のことだと思わなかったりするから」


 といって、舌がまわりすぎないよう、ハッシュドビーフでふたをした。ウェンディはつけ合わせのフライドポテトをかじるだけで、すぐに口の機能を話すほうへとスイッチする。


「ケイね、よろしく。私のことはウェンでもディーでも、普通にウェンディでもいいわ。さゆりさまは……さゆりさまよね」

「できれば『さま』はよしてほしいけれど、レディ・レンドールとかいわれるよりはずっとよいから、呼びやすいようにしてくれてかまわないわ」


 うかがうような目線のウェンディに対し、さゆりは偉ぶったところはないながらも狎れ狎れしくはならないよう、また、そうした態度を拒む誇りが言外ににじむ声で応えた。黙々とハッシュドビーフを平らげながら、ケイもウェンディの資質をあらためるべく、それとなく観察する。彼女がどういう意図で接近してきたのか、さゆりの友人としてふさわしいか、見きわめなければならない。


「よかったあ。じつは私、F財閥のご令嬢とコネを作っておこうとか、そういう下心があるわけじゃなくって。気になってたのはケイちゃんのほうだったの。……でも、だれもそうは見てくれないわよね。さゆりさまに近寄るのが目的に決まってるって。ま、いまもそう思われてるでしょうけど」

「……あたしが気になる?」


 意外な展開に、予定より一〇回以上咀嚼回数が足りないままハッシュドビーフを呑みくだして、ケイは首をめぐらせた。眼が合ったウェンディは、意味ありげに微笑むとそのままケイのかおへ視線を照射しつづける。


「あたしの顔、デミグラスソースでもついてる?」

「近くであらためて見ると、ほんときれいでかわいいなって」

「外見なんてヒヨコの色と同じで、生まれつきだったものにせよあとから手直ししたものにせよ、本人の実相とはなんの関係もない。めずらしい色の虫を見かけたっていう程度の理由であたしが気になるワケ」


 もとより決して愛想のよいほうではないケイだが、常にも増してかわいげのない応対になった。財閥令嬢ではなくその侍女のほうが目あてだ、といわれても、にわかにはうなずきがたい。城を攻めるなら外堀から、将を射んとすればまず馬から、本命を伏せて周辺へ迫るのは常套手段だ。


 しかしウェンディはますますにまにまとして、ケイを遠慮なく見つめる。


「そうそう、それがいいの。数学の時間に教科書もノートも開きもしないでいて、先生にどうして板書を写さないのかって訊かれたときに、あなた『全部わかるから必要ありません』って答えた。実際に演習問題みんな解いちゃって、先生のぽかんとした顔ときたら……。それから私は、ずっとあなたのことを知りたいと思ってた」

「べつに取り立てて面白いもんじゃないわよ」


 見せモノじゃない、とケイはやや不機嫌げにグラタン皿からエビをすくいとる。そのままぞんざいにぷりっとする身を嚙み裂いたとたん、濃密でありながらまったく生臭みのない旨味が爆発のように広がったので、びっくりして目と口もとがすぐにゆるんでしまった。海が近いおかげか、魚介類は新鮮なものが出まわっているようだ。


 ウェンディのことをすっかり忘れて――忘れられたほうは腹を立てるどころか、いよいよ愉快げに観察をつづけているのだが――マカロニシュリンプグラタンに舌鼓を打つケイへ、対面席のさゆりが声をかけた。


「わたしも、あなたのことをもっと知りたいわ、ケイ」

「……あたし、なにか、お嬢さまに伏せているようなことがあるでしょうか?」


 グラタンを嚥下して、ケイは大真面目に訊ねる。さゆりは微苦笑してかぶりを振った。


「そういうわけではないわ。わたしはあなたを全面的に信頼することができる。それとはべつに、なにが好きでなにが嫌いか……海と山ならどちらがいいか、犬と猫なら、夏と冬は、音楽は聞く? 聞くならどういうジャンルか、流行りものでお気に入りのアーティストはいるか、自分でも演奏するか……ほかにもいろいろ、どんなことに関しても。もちろん、あなたならあらゆる項目をひとつひとつ明確に答えることができるでしょうけれど、わたしにはできないし、知るというのは箇条書きにした嗜好リストを提出してもらうのとはちがう。ようするに、データとしてあなたを把握したいのではなくて、わたしのことも、データとしてではない意味で知ってもらいたい。……言葉にすると難しいけれど、だれかのことを知りたいと思うのは、こういう気持ちで、仲良くなりたい、友達になりたいと感じるのも、だいたい同じなのではないかしら」

「わかる……と思います」


 お嬢さまの長広舌におどろきつつも、ケイはうなずいた。さゆりとならそういう関係になりたいと、はっきり自覚しながら。そして、ふたりだけのときにいって欲しかった、どうして第三者がいるときにこんな話をするの、と、かすかに不満を抱きながら。


 先日は侍女の心の声を読み取っているような節のあったさゆりだが、いまは聞こえないのか、周囲に人間が多すぎると駄目なのか、はたまたケイの側の発信能力が狼形態のときだけあがるのか、彼女の気持ちに気づくことなくウェンディのほうへ話を振る。


「インファンテさんがケイについて知りたいと思っているのも、そういうこと……でよいのかしら?」

「ウェンディ、とは呼んでもらえないんですね」


 と、ウェンディはため息まじりにさゆりへうかがうような視線を投げる。


「名前で呼べる日が早くくれば良いと思うわ」


 さゆりの応えは、ウェンディが接近してくることを拒否はしないが、気を許すかどうかはまだべつの話、という意向の表明だった。


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