真面目VS真面目と意外にまともな不真面目組
自分がミスをしたときよりも、他人のミスを手をこまねいて見ているしかなかったときのほうが焦燥感や痛痒を感じる――プロを自任している人間には往々にして見られる症状である。ことに、内心では危なっかしいと思っていて、それでも自分がくちばしを挟めずにいた場合は、ひとしおだ。
警備部機動課のテレシナ支部長であるセイン=ルーカスは、オペレーションセンターまで押し入ってきた警護課主任のエドワルド=ラッツと顔を突き合わせるという業務外の仕事に辟易しはじめていた。職位ではいちおうルーカスのほうが上役なのだが、財閥継承者の警護責任者を粗略にするのは組織人としてリスクが高い。
ここでやってきたのが警護課の課長だったら、部局をとおせと追い払えたのだが。
「……ですから、内規どおりスクランブル部隊は準備されていたんです。定期メンテナンスの関係で通常の三個部隊ではなく二個部隊でしたが、市内全域一〇分以内急着の体制は保たれていました」
「それならなぜ機動課はこなかったんだ? 現場に到着したのは高強度保安課だぞ、しかも市警より七分遅れてだ。発砲騒ぎを市警が認識してからモールへ突入するまで一三分、都合二〇分たっているわけだがな」
デスクを指先でたたきながら詰問を重ねるラッツに対し、ルーカスは取り調べを受ける容疑者気分を味わいながらも官僚的平静さを保って応じる。
「ショッピングモールの襲撃事件が起きる一五分前に、港湾に入った貨物船が軍用レベルの高性能爆薬を積んでいるという匿名の通報が入っていたんです。市警に振りましたが、湾岸署には強襲・鎮圧能力がなく、酒類・薬物・火器および爆発物取締局捜査官を向かわせても市内への持ち込みを阻止するには間に合わない可能性があるということで、逆に取り締まりを依頼されてしまいました。一部隊をそちらへ出動させざるをえなかったんです。たしかにムルグナイ解放戦線が仕立てた偽装コンテナがあったのですが、中身は煙草と、安ドラッグと、アジ宣伝用のビラでした。陽動を目的にしたガセ情報でしょうね」
「残りの一個部隊はなにをしてた」
「最後の部隊を使ったのはフランツさまですよ。まだお戻りになっていませんね。おたくのカガミくんから緊急通知がきたのは、フランツさまを乗せてヘリが飛び立ったまさに三〇秒後でした」
絶対権力者の名を出されて、さしものラッツもわずかに勢いが鈍った。
「フランツさまが? なぜわざわざ移動に機動課を使う必要がある。ビジネス機だったら、市内の拠点にはどこでもおいてあるだろう。それに、三〇秒しかたっていないなら、フランツさまにお断りしてさゆりさまの救援にまわることはできたはずだ」
「ラッツさん、フランツさまに面と向かって『緊急事態なので降りてください』っていえますか?」
すっかり余裕を取り戻したルーカスはむしろ愉快げに問いかけ、ラッツは鼻白んだ。とはいえまだ引き下がるわけにはいかない。
「即応部隊は三機で一編成だろう。フランツさまは三機全部をお使いになる必要があったというのか?」
「理由? ぼくらがいちいちそんなことを教えてもらえると思いますか? フランツさまご本人か、レイカさまにでもお訊ねください」
「わかった、そうさせてもらう。どうせこのあとレイカさまにお会いするしな」
もし黙っていることがあるならいまのうちだぞ――そう含みを持たせ、きびすを返すまで一瞬の間をおいたラッツだったが、ルーカスの表情は、ようやく小うるさいオッサンから解放されてせいせいした、と、どんな弁舌よりもありありと語っていた。
「……またな」
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空が完全に暗くなる前に、さゆりとケイはお屋敷に帰り着いていた。けっきょく機動課は到着せずじまいで、高強度保安課の車両に乗り込もうとしたところ、レイカがヘリを飛ばしてやってきたのである。
顔を青くして出迎える使用人たちへ心配の無用を鷹揚に告げはしたものの、しかしさゆりはケイ以外の介添えを謝絶して邸宅の戸口をくぐる。主人においていかれて動揺の収まらない使用人たちへ、レイカが目先の仕事を振ってやった。
「ちょっとサロンを借りるから、お茶を用意してちょうだい。――クレス、すこしお話を聞かせてもらっていいわよね?」
ハッチを開けてお嬢さまの降機を見送りはしたものの、仕事はここまでとばかりに引きあげる気満々でヘリのタラップ脇に立っていた警護要員は、けだるげに応じる。
「なら、俺の代わりに報告書出しといてくれるか? 面倒くせえ」
「警備部内用と市警提出用、両方作っておくわ」
ラッツ主任がいたら目を剥いたであろうことを、レイカはあっさりと請け合った。かったるそうな顔のままながら、クレスは足を屋敷のほうへと向ける。
「……書類仕事するよりはマシか」
テレシナ市を見おろすこの丘からは、都市化が進む前は港を一望することができた。旧世界の植民地だったころ、テレシナ総督によって建てられた由緒ある様式の邸宅であるが、さゆりが来客を迎えることはないので、ここしばらくその大部分は使われていない。もちろん手入れは欠かされておらず、三〇〇年過去の貴族の世界が当時と変わりなく遺されていた。
かつては一国とそこに住む人々の運命が、チェスの駒のように、しかし雰囲気は優雅な中で決定されていたが、現代において旧時代の王侯貴族以上の影響力を持つ財閥総裁の第一秘書は、その権能の行使にあたって儀礼や格式に囚われたりしない。仮にレイカの職場がサロンであっても、フォーマルドレスを着ていれば女伯爵といってとおりそうだったが。
不必要な派手さのないスーツ姿のレイカは、オフィスにいるのと同様のゆるみない所作でマホガニー材のテーブル上にタブボードをおいた。先ほどまでクレスたちが大立ちまわりの舞台にしていたショッピングモールの三次元図面が展開される。
偽装自撮り棒を持ったふたり組に声をかけられた地点から、どこをどう進み、テロリストを何人倒したか、クレスは電子ペンで経路を記しながら、簡にして要を押さえ説明していった。
「――最初のふたりは確実に、もしかすると携帯爆弾に巻き込んだ中にも生きてるやつがいるかもしれない。確保の情報はないのか?」
「市警によると収容された遺体は八二人。負傷者はまだ集計中。お嬢さまに声をかけようとした少女ふたり組が入ってるかはわからないわね。――いま手配したわ」
タブボードの表示を切り替え、二、三操作をしてからレイカは腕を組んで語を接ぐ。
「市の中心部でこんな大規模な攻撃を実行できるなんて……どこに隠れてたのかしら?」
「ひとつの組織じゃない。連携して襲撃計画を立てたのか、もう一個の組織が便乗してきたのかはわからねえが」
「どういうこと?」
柳眉をひそめたレイカへ、クレスは通行人にまぎれて襲ってきた最初の攻撃と、地下駐車場へカーゴバンで乗りつけてきた重武装の連中の出元が同じとは思えないと指摘した。
「――どっちもそれなりの訓練をしてたようだが、駐車場に突っ込んできたやつらはかかってる金銭の桁が違ってた。プロ志向のアマチュアだろうと思ってたが、いまになって考えてみると、逆のほうが可能性が高そうだな、と」
「マフィアやテロ組織が訓練を積んだのではなく、真物の特殊部隊が武装勢力を偽装してたというの?」
「まあ、貧乏国の特殊部隊と麻薬で潤ってる組織の精鋭じゃあ、区別がつかないっていうか後者のほうが練度が高けりゃ装備も良いかも知れねえけど」
クレスは相変わらず飄々とした、さっきのランチに出てきた「鴨のテリーヌ」は本当に鴨肉だったのか、鶏肉じゃなかったか、といった程度の口調でいた。いっぽう、レイカの表情と声はすっかり固くなっている。
「もしあなたの見立てのとおりなら、大問題よ。財閥が先頭に立ってのテレシナ再建、苦々しく思っているだろう筋は当然ながら存在するし、目星もついてるけど、主権国家が軍を動かしてさゆりお嬢さまの身に危害を加えようとしているなら……」
「証拠はねえさ。敵がガチなら、それこそ足がつくようなヘマもしてないだろうよ」
「いずれにしても、調べないわけにはいかないわね」
頭痛の種が増えた、とレイカはため息をつく。クレスは「深刻」などという単語は辞書に載っていないかのようにカップを取って紅茶を口にしたが、気づいたすべてをレイカに明かしてもいなかった。
わざと二級品以下の装備を使うことで出自を隠蔽するのは、どこの特務でもやっている。潜入工作中のエージェントは、現地のゲリラや反政府武装勢力のあいだで広く出まわっている銃を使って、身分を伏せ、同時に補給の便をまかなっている。そしてそれは、先進国の情報機関や特殊部隊だけの話ではない。民間軍事会社でも同じだ。もちろん、財閥警備部も例外とはなりえまい。
カップをおいて、クレスは話題を変えた。
「フランツじーさんは、なんだってこんな世紀末シティに孫娘を住まわせてるんだ」
クレスの無礼千万の言そのものを咎めることはなく、レイカは真面目な表情で答える。
「財閥はこの街を見捨てないというメッセージよ。市政当局より財閥のほうが真剣に街の正常化に取り組んでいる、お嬢さまはその象徴。実際、財閥に対する一般市民からの支持率は高いわ、政府や市当局よりもずっとね」
「それを頭から信じるっていうのは素直すぎるぜ。お嬢さまは財閥唯一の継承者、そのはずだよな。どこぞに隠し子がいて、孫娘が邪魔だからとか、そういうワケでもなさそうなのに、じーさん、どうかしてる」
「フランツさまは血統主義者ではないわ。ジョセフさまを呼び戻したのも、主導したのは顧問弁護団や上位持ち株会社の幹部連で、フランツさまは最後まで積極的じゃなかった。……まあ、私が入社する前の話だから、また聞きだけど。なんにしても、フランツさまはさゆりさまを危険な目に遭わせたいと思っていらっしゃるわけじゃない。もし後継からはずすのであれば、婉曲なことはせずにはっきりと言明し、手つづきをなさるわ」
「実力主義で後継者を選ぶなんていっても、派閥が割れに割れて収拾がつかないからだろ」
理詰めで説くレイカに対し、クレスは面白味も意外性もない、とひと口で片づけた。声には出さず、ジョセフのほかに兄弟が何人いたかは知らねえが、骨肉の争いに嫌気がさして強硬手段で後継候補を絞ろうとした結果だったとしてもおどろくには値しないね――とつけ加える。
レイカは無論ながら、穿ちすぎのクレスの見解に気づきようもなかった。
「テレシナプロジェクトは採算面からすれば割に合わない事業よ。失敗都市計画の立て直しなんて、普通は営利企業が乗り出すようなことじゃないわ。施政能力の獲得が目あてなのかなと思えなくはないけど。……フランツさま、もしかしたら本気で世界を救うおつもりだったりするのかしら」
「ボロ儲けはボロ儲けでも、そりゃ宗教の域だな。そうなっちまえば、いくら後継者選びに神経すり減らしても無駄だ。開祖が死んだあとは必ず分裂する」
あきれ顔でそういったクレスだったが、自分自身の言葉の意味にあとから眼を光らせることになった。レイカの様子をうかがい、なにか勘に引っかかるものがあったようだと気取られていると察する。
都合のいいことに聴覚が外部の動きを捉えてくれたので、椅子から立ちあがって窓辺へ歩み寄った。
「走らすだけ無駄だった囮車列が帰ってきたな。顔合わすと面倒くせえことになるから、おいとまさせてくれ。主任がいるととくに厄介だ」
「いいわよ、ヘリに乗ってく? その代わり、夕食、つき合ってもらえるかしら」
レイカからビジネスモードが抜け落ち、艶然とした微笑みがクレスへ向けられた。凛としていた声は甘みを帯びて響く。うまくミスリードできたのか、重要なことに思いいたったとバレたのか、確信しかねてクレスは内心でくちびるをなめた。単純と見せて、この女はなかなかどうしてひとすじ縄でいかない。
「明日も朝からお嬢さまの護衛だ。食後に洒落たバーで一杯とかは無理だな」
「あらん、残念。ま、私も仕事だけどね。楽しいことは、いずれ時間が作れたときまで取っておくわ」
「俺は早晩馘になってもおかしくないが、あんたがヒマになるのは財閥が消滅するときじゃないのか?」
精神的肩こりを自覚しながらもそれっぽい会話を心がけてみたクレスだったが、
「最近、そういう世界も悪くないかな、って考えも浮かぶようになってきたのよねえ」
と、レイカからは冗談なのか疲れているのかよくわからない応えが返ってきた。




