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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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翠の文様


「迎えがくるにはもうすこしかかりそうね。ケイ、ついてきて」


 その言葉に、ケイは素直に従う。巨大な獣をつれて、さゆりは服飾店の並んでいるモールの一角を歩きはじめた。


「たしか、ここにも入っているはず。……あった、ちょっとそこにいて」


 店先にかかっているプレートを順に見ていき、テナントのひとつの前で立ちどまる。ケイを待たせて、さゆりは店に入ると、奥へと呼ばわった。


「だれか、だれかいないの?」

「……さゆりお嬢さま!?」


 おそるおそる、といった感じで顔をのぞかせた店員が、声の主の正体に気づいて大あわてで飛び出してきた。どうやらこの店舗は財閥傘下のアパレルブランドショップのようだ。


「よかった、顔を憶えておいてもらえて。しばらくぶりねミーナ、スタッフのみんなに怪我はなかった?」

「はい、さいわい。ですが、さゆりさまがなぜこのようなところに? まさかおひとりということは……」

「心配ないわ。市警が到着したから、もう危険もないでしょう。迎えもすぐにくるはず。ただ、護衛がひとり服を駄目にしてしまって。女の子なの、悪いのだけれど、着るものをひとそろいいただいてもいいかしら?」

「もちろんです。サイズをお計りしましょうか」

「だいじょうぶよ、ありがとう。わたしの側仕えの顔を知ってしまうとすこし面倒なことになるから、奥へ行っていて」


 狼の状態のケイを目にすれば説明をしなければならなくなるし、人間の身体に戻ったら戻ったで一糸まとわぬ姿だ。服がちょっと破けてしまったとか、返り血を浴びたというレベルではない。どちらにしても手間が増えるので、余計なものは見せないに限る。


 ミーナというらしい店舗チーフを体よくさがらせ、さゆりはケイを招き入れて試着コーナーをしめした。


「その中にいて。てきとうに投げ込むから、サイズが合うものを着てちょうだい」


 いわれたとおり試着室に入ろうとしたケイだったが、はみ出してしまうので、都会の真ん中にいるには不自然な恰好から人間形態へ姿を変える。もっとも、このままではまだ文明人とはいいがたい。さゆりが目測で選んだのだろう、カーテンレールの上から、着るものが三サイズずつ降ってくる。

 さゆりが着ているような服があるのかなと思っていたのだが、ギャザーがついていたり、ボタンが二列だったり、ベルトがコルセット型だったりする。普段着としては少々装飾過剰の感が強い。まあ、財閥傘下のブランドはひとつやふたつではないのだろうが。


 どうせだったらお嬢さまみたいなシックなのが良かったな、と思いながらも、ぜいたくをいっている場合ではないのでケイは服を着込んだ。けっきょく、ゆるくなかったのはいちばん小さいサイズだった。

 人間としての体裁をどうにか整えて、ケイは試着室から出た。奥のほうで、なにやら恐縮しているチーフ・ミーナとさゆりがやりとりしているのが聞こえてくる。通路に戻ると、そこら中を警官や救急隊員が走りまわっていた。財閥の警備部要員はまだ到着していないようだ。


 財閥職員の身分証をかざして警官を追い払っていたクレスが、ケイの姿に気づく。


「どうしたんだその恰好」

「はいはい、似合ってないんでしょ。でもさゆりお嬢さまが選んでくださったんだし、そもそもこんな感じのしかおいてないお店だったし」


 じつはケイとしては、着てみたら着てみたで、わりとかわいいので気に入ったのだが、その浮つきを読み取られたように感じて、つい早口になってしまった。


「なんだ、ガキっぽい服だからふて腐れてんのか?」

「え、つまり――ガキにはガキっぽい服が似合ってるって意味?」

「おいおい、似合ってるといおうが似合ってないといおうが気に食わないってのか」

「ああもう、そんなことはどうでもいい。訊きたいことがあるからきたの」


 訊くというよりは詰問にきたような感じだが、クレスは肩をすくめてケイの質疑を待った。


「あなた、さっきバリア出してたよね」


 と、ケイは単刀直入に切り込む。


「見てたのか。財閥製の試作品だ」


 クレスは左手の甲をケイへ向けて、応じた。淡いみどり色の輝線として浮かびあがったのは、翼もつ十字架にも、剣にも、あるいは天使を意匠化したようにも思える紋様だった。


 暫時クレスの左手を見ていたケイは、視線をはずして軽くかぶりを振る。


「嘘ね。それがタトゥーだとして、バリア発生装置なら、エネルギー源は生体からとってるはずだけど、その手の技術はうちのマスターが専門だもの。でもあたしはそんな話聞いたことない。仮にタトゥー型バリア発生装置が開発されていたとしても、あなたを被験者にはしないわ。素姓のわからない人間に持たせるには強力すぎる」

「俺の素姓があやしいと断言する根拠はなんだい?」

「だれかに訊かなくたってわかるわ。ラッツ主任の顔とか見てれば」


 理論的とはいえないものの、ケイの疑いに一定の整合性があると認め、クレスはわずかに眼を眇めた。


「なるほど。それで、どうする」

「この前もいったけど、あたしにはなんの権限もない。これはタダの勘だけど、あなたの力は財閥とは無関係じゃないかしら。なにか目的がある、お金や名声とは違う、でも具体的にはわからない」

「悪いが秘密だ。話せない理由も込みで。だが、勘がいい、とはいっとく」


 もっとしっかり疑え、といわんばかりのクレスもクレスなら、


「さゆりお嬢さまに危害を加えるつもりがないなら、あとはなんだっていいわ」


 と、ケイもケイで、それ以外ならだれを煮ようが焼こうがかまわないといっているに等しかった。


 そこへ、立ち去ったはずの警官が戻ってきた。苦々しげな顔のところを見るに、どうやら財閥警備部が到着したらしい。


「邪魔だから集団でうろちょろするなっていうんだろ。はいはい、すぐ引き揚げる。レポートはまとめておくから、知りたいことはあとで財閥総務か警備部まで問い合わせてくれ」


 そういいながらクレスがぱたぱたと手を振って、警官はさらに口へ苦虫を追加されたような面相になる。ケイは服屋へ取って返し、迎えがきたことをさゆりへ伝えた。


    ****


 これまでレイカのオフィスが騒がしかった例しはなかったので、カナエはものを映すことのない青い眼をしばたたかせた。


 いつもは優雅な女主人が取り仕切っている、オフィスというよりサロンのような空間なのだが、今日は電話の呼び出し音が鳴り響き、だれかがキーコンソールをたたいては大声でがなりたてていて、ある意味ではそれらしい喧噪に包まれている。もっとも、仕事がバリバリこなされているオフィス、というステロタイプのイメージとしては、すでに古臭いが。

 大型の買収案件が進んでいる商社でも、特ダネが飛び込んできた報道機関でも、オフィスの中がやかましくなることはない。淡々と、通信端末とコンピュータが業務を処理していくだけだ。


 テロリスト、安否、市警、機動課――断片的に耳に飛び込んでくる単語から、カナエはおぼろげながら状況を把握した。どうやら財閥関係者を狙ったテロ事件が発生したらしい。レイカは現場へ向かったようだ。先日にさゆりお嬢さまの通学車列が襲撃されたときでもオフィスで情報収集に務めていたレイカが自ら出るとは、それほど深刻な事態なのだろうか。


 自身の用件は急を要するものではなかったので、オカ研主任は持ってきたレポートをレイカのデスクの上において帰ることにした。まったく物音をたてないカナエの存在に、秘書補たちが気づく様子はないが、入退室の履歴と警備モニタの録画は残るから問題ないはずだ。


 もっとも、カナエの姿が本当にカメラに映るのか、当然ながら、彼女自身はたしかめたことがないけれど。


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