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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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テロ対策にはツナとウルフ


 だが扉は開かない。


「自動じゃないのか。〈傘〉貸してくれ。……奥へ行ってろ」


 手探りでさゆりから〈傘〉を受け取り、クレスはバリアモードで展開して突き出した。神経に障る厭な音とともに派手な火花が舞い散り、鉄製の扉が円形に刳り貫かれる。

 そのまま透明な〈傘〉越しに外の確認をすませ、クレスは手招きする。たたんだ〈傘〉をさゆりに持たせ、ケイに「待機ステイ」のハンドサインをしめして、一番近い太い柱へ向けて走り寄った。さらに向こうを一度見てから、ケイに「敵影なし(クリア)」と送る。


 さゆりを先に行かせて、ケイも柱のわきへたどり着いた。一定間隔をあけて太い柱が並んでいる、だだっ広いフロアだ。いま三人がいるところは、一段高いプラットホームになっていて、手押し台車や自動台車がところどころに停まっていた。ホーム下につけているトラックが、荷台のハッチを開けて並んでいる。クレスはリフトを地下まで降ろしたようだ。


 いかにも貨物の積み降ろしの途中といった感じで、作業員だけがいなくなっている。非常ベルが鳴ったから避難したのだろうか。停まっているトラックを一台拝借するのもひとつの策かな、とケイは思いついたが、上階のほうからタイヤが軋む音が聞こえてきた。二台ほど、猛スピードでスロープを降ってきている。財閥警備部の車両とはロードノイズが異なることを、常人よりはるかに優れるケイの聴覚は聞きわけていた。


「敵の新手! 二台に分乗して荷降ろし場につけてくるわ」

「マジかよ面倒くせえ。つっても上にいた連中が階段やエレベータでどんどん追っかけてくるだろうし、車をいただくのはアリかもな。運転はできるか?」

「免許はないけど動かしかたはわかる、たぶん」


 クレスの問いにケイがうなずいたところで、はっきりとゴムトレッドとコンクリート床がこすれる高い音が響いてきた。もういくらもしないで車がこの階にやってくる。


「俺が引きつける、やつらが出払ったらかっぱらえ」


 そういって、クレスはプラットホームから飛び降りると、並んでいた可搬保冷庫の裏に身を隠した。ケイも、荷物が乗っている台車と柱のあいだにさゆりをしゃがませて、段ボール箱の詰まれているパレットの陰からトラックヤードをうかがいつつ、上の階からテロリストたちが降りてこないか気を配る。


 ケイの予告どおり、黒いカーゴバンが二台、高速でヤードに突っ込んできた。うしろばかりかフロントガラスもスモークフィルム張りで、中が見えない。善良な市民の使っている車両でないことはひとわかりだ。

 けたたましくタイヤ痕を黒く曵きながら、大型トラック一台ぶん空いていたプラットホーム前に縦列で急停車する。


 カーゴバンのリアハッチとサイドのスライドドアが開く一瞬前に、クレスがなにかを投げつけていた。投擲物は、二台めのサイドドアが動き出すや、その隙間へ吸い込まれるように消える。一台めに向けてはクレスは残弾を残らず――ここまで六発射っていたのであと七――たたき込み、降車しようとしていたテロリスト第一号はドアが開くと同時に熱烈な歓迎を浴びることになった。

 二台めの開口部からは白煙が吹き出し、追い立てられるようにテロリストたちが飛び降りてくる。どうやらクレスが投じたのは発煙筒だったようだ。


 先手を取られはしたものの、カーゴバンに乗ってきたテロリストたちは、ヘルメットと防弾ベストに身を固めた、どこぞの特殊部隊もかくやの重装備をしていた。容赦ない連射を食ったひとりめはさすがにそのまま動かなくなっており、弾倉を取り換えたクレスは射ち尽くすまでにさらにふたり倒したが、もう一弾一殺というわけにはいかない。貫通力と生体組織破壊効率ストッピングパワーを兼ね備えた強力な実包を放つ軍用モデルといっても、ハンドガンでは火力不足だ。

 防弾プロテクターを着込んだ相手を一発で確実にしとめるには、並の口径ではライフルでも心許ない。至近距離からショットガンで羆射ち用(グリズリーバスター)のスラグ弾をぶち込む必要があるだろう。


 不意打ちと煙幕で攪乱されながらも、テロリストたちは体勢を整え、弾が飛んでくる方向へ反撃を開始した。制圧射撃で相手の火力を抑え込もうと、一斉に発砲する。まだ、クレスひとりだとは気づいていないらしい。


 上の階で通行人にまぎれていたテロリストたちが持っていたのは、拳銃のほかにはアタッシュケースに収まるサブマシンガンだった。いっぽう、隠蔽に気を配る必要のないこいつらの銃はカービンで、短銃身ながらライフルだ。フルオートとはいえ拳銃弾を撒くだけのサブマシンガンとはモノが違う。クレスは保冷庫を防壁にしたが、ステンレスと断熱材で覆われている四角い箱でしかないので、たちまち穴だらけになってしまった。射ち返すどころではない。


 テロリストたちがクレスに気を取られている隙に、ケイは積みあげられている荷物の陰に身をまぎれさせながら、カーゴバンへ忍び寄っていた。……が、プラットホームから飛び降りて姿をさらした途端、二台とも運転台のドアが開く。まだ全員降りていなかったのだ。立ちはだかる大男へ拳銃を擬し、ケイは迷わず引金を絞る。


 たしかに弾丸は命中した。にもかかわらず、テロリストは倒れない。ケイは躊躇せずに連射したので、すぐに弾が切れて遊底が開放状態で動かなくなる。火力に欠いているだけでなく、クレスのように防弾装備の弱いところを狙い射てるほどの技量をケイは持っていなかった。


 バイザーつきのヘルメットで顔は見えないが、テロリストが嘲笑っていることはあきらかだ。現に、銃身を下げたままでいる。ケイはいかにも武器がまだあるとばかりに、ポシェットに手をやりながら半身であとずさりした。

 弾を使うまでもない、という感じのテロリストだったが、標的であるさゆりが見あたらない状況であまり手間をかけるわけにはいかないのだろう。奥に立っていたほうがあごをしゃくり、手前にいるのがおもむろに銃を構え直した。

 ケイは、自分へ向けられた銃口を、不敵に見返す。


 そう、射ちなさい。あたしに、血を――


    ****


 飽和状態だった銃撃音が減っていき、驚愕と恐怖の絶叫が聞こえてきたことで、クレスはカーゴバンのほうでなにが起こったのかすぐに察した。

 弾も飛んでこなくなったので、遮蔽の陰から出る。背後ばかり気にしてこちらへと逃げてくるひとりの脚を払い、腕を極めながら引き倒した。防弾ベストの弱点である腋窩に銃口をあてがい、一発。

 カービンを拝借して、射撃モードを単発に変更し、ケイがまだ始末していなかったテロリストを処分する。もう三人しか残っていなかったが。


 三人倒すのに五射を要し、クレスは舌打ちしてトリガーロックしたカービンを投げ捨てた。


「零点規正がなってねえ。まともだったらこのまま使わせてもらおうと思ったが、駄目か」


 テロリストたちは、弾を垂れ流しにするから精度は厳密でなくてもいいと考えていたようだ。暴力のプロの発想であって、警察業務や治安維持に携われるレベルには達していない。

 ケイは、屍体に変わったテロリストどもからたちまち興味を失って、さゆりのほうへと駈け戻る。


 クレスが数えてみると、特殊部隊風のテロリストは一八人もいた。小型といってもライフルを携えた大の男が九人ずつも詰まったカーゴバンの中は、さぞや窮屈だったろう。この先はもう人口密度を気にする必要はないが。


「最初からわんこになってもらってりゃ手間いらずだったな」


 メンテナンスがなっていないとはいえ軍隊並の装備をした相手を一一人瞬殺するケイの戦闘力のすさまじさに、拳銃と徒手空拳で実質七人倒している自身の化け物ぶりを棚にあげ、クレスは緊張感に欠いた科白をつぶやいた。

 ……と、さっきまで弾よけにしていた保冷庫の惨状が目に入って、さすがのクレスもわずかながら口もとが引きつる。サブマシンガン相手なら鉄壁の陣地だと踏んでいたのに、まさか完全武装の一個小隊が出てくるとは予想外だった。あと二秒弾を撃ち込まれていたら完全に貫徹されていただろう。


 保冷庫の扉はほとんど機能しなくなっており、中身が半分はみ出ていた。


「おお冷凍マグロ(フローズンツナ)、おまえが生命の恩人か」


 ズタズタになりながらも銃弾の嵐を押しとどめていた海の幸へクレスが歎声をかけていると、さゆりを連れて戻ったケイがずいと頭を突き出してきた。


「助けたのはあたしでしょ」


 といっているだろうことはわかる。もちろんこんな阿呆な科白を、本当にひとりだったら口にしたりしない。ケイは姿を狼形態に変えてもこれまでどおりの調子のようだが、さゆりは先ほどより顔色が良くないように見える。

 まあ、ちぎれたり欠けていたり胴が半円に抉り取られたりした人体が転がっているので無理もない。ヘルメットが脱げてしまっているやつはうつぶせになって表情が見えないのでまだしもか。


「ケイ、敵があんまいないルートで地上まで先導してくれ。お嬢さまは俺が引き受ける」


 クレスが声をかけると、ケイはちらとさゆりのほうを見て、プラットホームの下で身をかがめた。意図を諒解したさゆりがその背中に乗ってホームの縁に手をかけると、ケイは脚を伸ばす。おかげで、スカートの裾をめくりあげることなくさゆりは上へと登れた。

 ケイはテロリストたちが乗ってきた車には目もくれない。狼の姿になってしまった彼女は後部キャビンに乗るしかないし自分でドアの開け閉めができないので戦術的な理由か、あるいはさらにテロリストの増援が乗りつけてくる気配がするということなのか。クレスは三歩助走してプラットホームへ飛びあがる。


 垂直に軽くジャンプするだけでホーム上に登ったケイは、狼の姿になってより感覚が鋭敏になっているのだろう、迷いなく進んでいった。振り向くこともなく、さゆりがついていけるペースで脚を運ぶ。

 荷捌き場をすこし行くと階段があった。ケイはすべるように昇っていく。平地とまったく変わらないどころかそれ以上のスピードで、しっぽの先も見えなくなってしまった。うしろのことを忘れたわけではなく、あえて急歩になったのだとすぐにわかる。

 なにかが引き倒される音に、ごく短い悲鳴、一発のみであとがつづかないサブマシンガンの発砲音がして、沈黙が降りた。


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