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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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ダンス・イン・バレット・レイン


 お嬢さまが疲れるにはいくらなんでもまだ早いはずで、足をくじいたかと護衛のふたりは肝を冷やしたが、さゆりはしっかりと両足を地についていた。ただ、首を左右に振る。


「ケイ、カガミ、駄目よ。これ以上無関係の人たちに累をおよぼしてはいけないわ」

「お嬢さま、あんたは常にまわりの人間を全員盾にしてるも同然なんだよ、望む望まぬに関係なく」


 クレスが遠慮会釈なく端的な事実を告げ、さゆりは眼を伏して黙り込んだ。いまそんなことをいってる場合じゃないだろうとケイが割り込もうとしたところで、クレスはすぐに身をひるがえし「ÁREA RESTRINGIDA SOLAMENTE PERSONAL AUTORIZADO(この先関係者以外立入禁止)」とある鉄扉へ駆け寄る。

 ノブをまわしてみるが、動かない。すぐ、さゆりのほうへ手を伸ばした。


「〈傘〉を」


 うなずいたさゆりがバッグから〈傘〉を取って差し出すと、クレスはブレードモードで展開し、錠をたたき切った。従業員用の通用口を開いて、さゆりを奥へ行かせ、バリアモードに変更した〈傘〉をケイへ渡す。


「構えてろ」


 ケイの頭の上から腕を伸ばして、クレスは引金をはじいた。拳銃では遠距離精密狙撃とはいかない。あきらかにとおりすがりではない、武器を持った輩を近い順に射っていく。すくなくとも三〇歩は離れている上に、ひどい人混みで、わずかでも狙いが逸れたら一般市民にあたってしまう。まっとうな治安機関の要員であれば、誤射を慮って発砲をためらう場面だ。


 三人射ち倒されているうちに、テロリストたちは弾がどちらのほうから飛んできているのかに気づいた。でたらめだった火線が、集束してくる。クレスは身をかがめてバリアの裏に隠れ、半開きの鉄扉と壁面と〈傘〉にはじけた弾丸が、火花と騒音を散らした。

 テロリストたちが自分たちの所在を認識し、逃げていく、あるいは倒れている人々には目もくれずに向かってくることをたしかめてから、クレスはケイの肩を軽くたたく。


 扉や壁面の一部を削りながら、ケイは〈傘〉を構えたまま後退した。角を曲がって弾が飛んでこなくなったところで、停止させてさゆりへ返し、クレスから受け取っておいた拳銃を両手で把持する。


「危険があったら部屋のすみや壁によって、開けた方向へ向けて〈傘〉を開いていてください。脅威はあたしとカガミが排除します」

「わかったわ。……わがままをいってごめんなさい」


 さゆりが〈傘〉を受け取ってうなずくと、黒いプラスチックの箱を通路の角にひっつけていたクレスが応じた。


「F財閥の令嬢がお忍び中テロリストに襲撃される、巻き添えで市民に死者多数――なんてニュースが流れるのはたしかにまずい。動機が感傷にせよ、正しい判断だ、さゆりさま」


 そういうと、煙草の箱と同じくらいの大きさのそれをもうひとつ取り出す。


「俺の判断はケイに伝える。お嬢さまはケイの指示に従って進むんだ、いくぞ」


 クレスはほとんど音をたてずに走り出し、通路の途中で壁に二個めのプラ箱を張りつけると、一瞬手を振ってたちまち見えなくなった。ケイが「いきます」というので、さゆりはクレスのあとを追って走る。彼の姿が見えなくなったあたりで、壁が途切れていた。階段があったのだ。

 踊り場の手摺りの折り返しから、クレスの手が見えていた。だが、やはりすぐに引っ込む。ケイはちゃんとハンドサインを読み取っているようで、「昇ります」とささやいた。

 つづら折りを四度曲がったところで、下から爆発音が響いてきた。建物もわずかに揺れ、すこしだけ熱を持った、焦げ臭い空気の波があがってくる。フロア表示が「5」とある階で通路に戻る。もう一度爆発音。さっきクレスが壁にくっつけていたものは爆弾だったらしい。


 雰囲気は一階と変わりなかった。きらびやかな客用とは異なる、殺風景な裏方の通用路だ。それなりに幅があるのは、搬入物を運ぶために違いない。警報ベルは鳴りつづけている。遠くの通路を従業員が走っていくのが見えた。こちらへこないのは、客の避難誘導のために表のほうへ向かっているからだろうか。


 クレスのあとについて角をふたつ折れ、ドアを開けるとカウンターの裏側に出た。どうやら時計店のようだ。ケイに従って、カウンターの陰で身を低くする。おかげで、さゆりからは表の様子をうかがっているらしいクレスの姿は見えない。ケイは戸口で中腰に構え、従業員通路を警戒しながらクレスの手もとを注視している。


「さゆりさま、こっちへ!」


 ケイが声を発した瞬間には、さゆりは立ちあがっていた。ずっとケイの横顔を見ていたので、彼女が眉をしかめたのもすぐわかったのだ。クレスが行く手がふさがれていると伝えてきたのだろう。


 騒々しい音とともに、ガラス戸とショーケースが砕け散った。陳列されていた高級腕時計もいくらか台なしになったが、気にするような人間はこの場にいない。裏口のほうへ退がりながら、クレスが二発射つ。連鎖的な発砲音がいったん静まった。すぐに再開され、店内の被害が拡大していく。

 ケイはひとつ角を取って返したところで左右に一度ずつ首をめぐらせて、すぐにもときたほうを指さした。


「こっち。向こうからはくるよ」


 時計店から従業員通路に戻ってきたクレスが入れ替わって先頭に立ち、そのままのペースで前を行く。これまでは先を行くクレスとのあいだに、角から角、あるいは戸口までの距離を空けていたのだが、じっくり確認していられなくなったことはさゆりにもわかった。


「あいつら、バックヤードも込みでここの内部構造を把握してるな」

「ただのゴロツキの群れじゃないね」

「だな。精鋭ってほどではないにしろ、ちゃんと訓練されてやがる」


 さゆりはほとんど全力疾走なのだが、クレスとケイはまったく息を乱すことなく会話までしていた。このペースでは長く保たない――と口にしようとしたところで、ケイが叫ぶ。


「ストップ! 正面からもくる」

「店の並んでる側はもうちょい上の階まで吹き抜けだ。いいトコに見張りが陣取ったんだろうな、出てくとすぐバレる」


 左手には一定間隔で各テナントへつながっているだろう通用口が並んでいるが、クレスがいうには、どこに飛び込んでもさっきの時計店のさいと同様になるとのことらしい。

 そんなのズルい、といわんばかりに、ケイは理不尽な点を指摘する。


「こっちは妨害されてるのに、なんであいつらは通信できるのよ」

「周波数が違うのか、向こうは頭数がそろってるから、赤外線(IR)リレーでもしてるんだろ。――これ使うか」


 クレスが目をつけたのは、右側に設置されていた昇降機の扉だ。都合のいいことに、この階で停まっている。もちろん人間用ではないが、この状況で贅沢はいっていられない。


「こういうのってカゴの中には操作パネルついてないでしょ」


 ケイはそういったが、


「いいから入れ」


 と、クレスは扉開放キーを押し、さゆりを乗り込ませる。下にはちゃんと床があるが、側面と上は鉄のフレームむき出しで壁や天井はない。文字どおりにカゴだ。


「まさか、自分は残って行き先ボタン押すつもり?」

「俺に自己犠牲の精神があるように見えるか?」


 こんな場合だというのにいつまでも懐疑的なケイへ、クレスは飄々と問い返した。


「見えない」


 これにはケイも即答してカゴに収まる。貨物用のリフトなので明かりはなく、扉が閉まると真っ暗になった。クレスは降りボタンを押したようで、カゴが下へ動きはじめる。それと同時に、鈍い音がしてふたたび光が射し込んできた。線状だった光が四角形に広がると、人のシルエットがはっきりと映る。


 つぎの瞬間、発砲音が連続し、人影が飛び降りてきた。扉はたちまち閉まって視界は漆闇に染まり、ほぼ一フロアぶん動いていたので、降ってきた人の衝撃でカゴが揺れる。それでも停まることはなかった。

 まったく見えないが、声はクレスのものだった。


「あぶね、もうちょいで弾食らうとこだったぜ。危機一髪」

「リフトのドアをこじ開けるなんて、あんがいバカ力ね」


 ケイはそういったが、顔が見えないので却ってかすかに安堵していることが隠せず、ちょっと癪だった。


 クレスがフレームの横棒につかまって、懸垂の要領で床へ降りてくる。上からは鉄板をたたく音が二、三度したかと思うと、つづいて銃声が響いてきた。強引にぶち破ろうというのだろう。しかしその前にリフトが停止した。行き先のフロアについたらしい。


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