お嬢さまはやっぱり浮世離れしていました
やはり、というべきか、さゆりお嬢さまはずいぶんと浮世離れしていた。
地下鉄駅までの無人シャトルバスは、研究所の職員か、財閥関係者であることをしめすIDタグをかざせば乗車できるのでつつがなくクリアできたが、つぎの関門でさっそく引っかかった。危険物探知機兼改札のゲートの途中で、ICカードをかざす読み取り機をさがしてフラフラした挙句、逆走しようとして遮断機を降ろしてしまったのだ。
駅員が飛んでくる前にケイが呼んで、どうにかことなきを得た。
「ゲートを素どおりするだけでいいんですよ。カードがカバンの中でも、勝手に機械が読み取ってます」
「最近の鉄道の駅は空港みたいなことになっているのね」
「物騒な世の中ですから」
「ところで、ほんとうに武器をちゃんと検知できているのかしら」
そういうさゆりの視線の先には、すんなり改札を通過し終わっていたクレスがいる。今日のケイはお嬢さまのお供をする予定ではなかったので丸腰だが、彼は銃を持っているはずだ。
「運賃引くついでに火器携行許可証も読み取ってるんだとよ」
「へえ、ハイテク」
クレスの説明に、最先端どころではないバイオテクノロジーの産物でありながらケイはそんなことをいった。
三人のうちでこの街にきてからもっとも日にちが浅いながら、すでに一番詳しくなっているかもしれないボディガードのほうは、余計なことをつけ加える。
「もっとも、財閥関係者には発給制限なしのフリーパス。金銭さえ積めばマフィアだろうがテロ屋だろうが不問なんじゃねえのかって感じだが」
「……やなこというなあ。まわりの人間が全部反財閥主義者に見えてくるじゃないの」
「そう思ってやるしかない仕事だろ」
話をしつつも、クレスとケイはしっかりとさゆりを真ん中でガードしながらホームへ向かっていた。テレシナ市営地下鉄――無論ながら実質運営主体は財閥系列の一企業だが――には、南北方面を結ぶ縦貫線と、東西方面に伸びる横貫線、それと中心街の縁をまわる環状線がある。
総合科学研究所の最寄駅は東側のターミナルなので、ホームへ入ってきた電車はそのまま折り返し西方面への始発になる。テレシナの中枢部へ近づくに連れ混雑していくが、まだ乗客はまばらだ。それとなく車内の様子をたしかめながらホームを歩いていたクレスが、四両目で乗車した。目立たないハンドサインで、ケイに座る席を指示する。
電車の中というのは細長い閉鎖空間だ。走行中に襲撃されたら、つぎの駅に到着するまでしのぐか、非常通報ボタンを押して停車させてしまって外へ脱出するか、判断しなければならない。一般乗客と混じって電車移動でのボディガード任務であれば、乗降口から近く、かつ、となりの車両へいつでも乗り移れるよう、連結口からも近い端のほうに陣取るのがセオリーだ。
クレスがしめした席は、五両めとの連結口に一番近い四番車両の六号ドアのわき、三人がけシートだった。向かいには上品そうな白髪の老婆が座っていて、こちら側はまだだれもいない。さゆりを乗降口のほうへ座らせて、ケイはそのとなりに腰かけた。クレスは戸口に立つ。まだ座席はガラガラなのに突っ立ているのは妙だが、これは警備上やむをえない。
……ていうか、あたしら三人ってたぶん浮いてるよね。
と、ケイは自分たちの組み合わせが人目を引きうることを承知していた。さゆりとケイだけなら友達どうしに見えなくもないだろうが、クレスはあきらかにサラリーマンではないといってもでは何者かといわれると答えがたい、正体不詳のあやしい兄ちゃんだ。とはいえ、これで護衛がラッツ主任だったら、もっと不可解な三人組になってしまうだろうが。
もちろん今日のケイはメイド服ではない。水色のワンピースに白のサイハイソックス、ヒールなしのパンプスだ。さゆりもいつもの制服ではなく、白のブラウスに緑のタータンチェックのプリーツスカート、学校指定のものとは違うローファーだった。見ようによってはやっぱりどこかの女子生徒のようでもある。どうというほどでもなさそうなさゆりの恰好だが、ロゴこそつけられていないものの間違いなく超一流ブランドのトップデザイナーの手による一品物であり、金銭に換算したら、見た目よりも三桁くらい高いだろうこと疑いない。
常と同じ服装なのはクレスだけだが、着崩しっぷりも普段どおりで、財閥と日ごろからつき合いのある人であっても、こいつが正規職員、しかもエリート中のエリートである警備部警護課の所属だとは思わなかろう。まさか、そういう意図を持ってクレスがラフな風体を装っているということはないだろうし、たとえ効果が認められようともラッツ主任が推奨するはずもあるまいが。
電車に揺られること二〇分ほど、テレシナ中央駅のみっつ手前の駅のホームに電車が差しかかったところで、ケイはさゆりをうながして立ちあがった。車内は全部座席が埋まり、立っている乗客も肩が触れるか触れないか程度の密度にまで増えていたので、クレスが人をかきわけようとしかけたが、その前にケイが、
「すみません、おりまーす!」
と元気よく大声をあげたので、ここで降車しない人も一度ホームまで出てくれた。
「ありがとうございます」
先に立つクレスと前後からお嬢さまを守るポジションを取るためにさゆりの背中を押しながら、ケイは降り口を開けてくれた人たちへ礼をいう。ホーム上をエスカレータへ向かいながら、さゆりへ人ごみで立ちまわるコツを伝授する。
「女の子がはっきりとお願いすれば、聞いてもらえないことは滅多にありません。とくに人目が多いところでは」
「わたしだったら終点まで降りられなかったでしょうね、いまの電車」
「まわりに聞こえるように大きめに、それと実際に行動しながらいうのがポイントですね。目の前の人だけに聞こえても、その人だって動こうに動けないことありますし、中にはかぼそい声で『……どいてください』なんていってる女の子がいたら、逆に意地悪したい気分になってくる変態もいますから」
「……そうなの」
「あたしがそういう系だと勘違いしたのが迫ってきたのは一回ありますね。誤解をとくついでに鉄道警察に引き渡してから帰りましたけど」
そんなことをしれっというケイに、やっぱりこの街って危ないところなのじゃないかしら、とさゆりは一抹の不安を覚えたが、エスカレータに差しかかって足がとまったクレスが話に入ってきた。
「財閥令嬢だとわかってるやつなら目的なり分別があるから手荒なことはしてこないが、ただの若い娘だと見て襲ってくる阿呆だっているだろうからな。護身術を習おうと思ったことはないのか」
「ケイが教えてくれるならやってみようかしら」
そういえばこの男がはっきりと自分へ向けて声をかけてくるのははじめてだった。仮にも仕える対象を相手にするには非礼であろうその不躾さに、おどろきつつも新鮮味を感じて、さゆりは答えていた。
「そいつが知ってるのは護身術じゃない。完全に近接制圧術。暴漢の手首をへし折るお嬢さまとか新しいな」
なにか面白かったのか、ケイを見て一瞬にやりとしたクレスに、当の本人が抗議というか、先輩従者として注意する。
「そいつとかいうな。だいたいあなた、さゆりお嬢さまに対して失礼よ」
「ふむん、宮仕えは難しいな。大変ご無礼いたしました、さゆりお嬢さま」
クレスはあきらかにふざけているが、大仰に一礼しようとする前にさゆりは口を開いていた。
「これまでどおりで問題ないわ。ケイ、あなたも、そんなにかしこまった話しかたをしなくてもいいのよ。だれが聞いても、すぐにわたしが何者かわかってしまう」
「わかりました。公共の場所では、お嬢さま、とお呼びするのはひかえます。……でも、その男はそういう計算をしているのではなくて、ただちゃらんぽらんなだけです」
「ありゃ、バレてるか」
とまでいったところで、エスカレータが終点に達したのでクレスは半身になっていた体勢を戻して足を動かすことを再開した。もちろんここまでも、無駄話だけをしていたのではなく周囲に不審者がいないか目を配りつづけている。
そのまま数歩進んだが、ふと立ちどまった。ケイはわずかばかり警戒を強めて、訊ねる。
「なにかありそう?」
「いや、俺は行き先知らないんだが」
「あ、そうか。じゃあうしろお願い。――さゆりさま、ショッピングモールと眺めのいい展望台、どっちから行きますか?」
さゆりへ訊いてみたケイだったが、返ってきたのは、
「その前に、ケイ、あなたお腹減っているのじゃない?」
という気遣いの言葉だった。図星だったので、ケイはまじまじとお嬢さまの顔を見返す。
「……どうしてわかるんですか?」
「検査があったから朝からなにも食べていないのでないかと思っただけよ。お腹が鳴る音が聞こえたわけじゃないわ」
「それじゃあ、先にご飯食べさせてもらっていいですか?」
「ぜひ、おすすめのお店を教えて」




