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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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メイド服とPDW

Phoenix Syndrome

by Kuzuha Ohshima

Original Copyright © 1998~2000,2002 Mugenka

Destructive recomposed by Kazukata Jin

Illustration by Tasuku Konoe


*大島くずはは仁の実姉です。許諾は取っています。

*目次掲載の主演3人助演2人を描いてくれた近衛祐は仁の旧盟友(現在別行動中)です。古い上に未完成のラフ画の使用許可をしていただき感謝します。


 またひとり、個人携行用防衛火器( P D W )を構えていた警備員がアスファルト上に倒れ伏した。重厚な防弾ガラスと複合装甲鈑で覆われた車内にいるからこそ、バンドマンの群れがこぞってドラムロールの練習でもしているのかと思わせる程度の騒々しさですんでいるものの、一歩外に出れば、耳がおかしくなるどころか骨まで響くほどの轟音に圧し包まれるだろう。


 三発めのロケット弾が飛んできて、左側面を守っていた警備車両が爆散した。車体を防壁に応戦していた警備スタッフたちは着弾前に車両から跳び離れていたが、遮蔽が失われたところを見計らった斉射に薙ぎ倒される。四人。


 残る護衛は七名――


「警備部の増援はなにやってんのよ……」


 表情を硬くしてつぶやいたのは、唯一乗客がいた中央の車両、後部のソファシートに座っているふたりの少女のうちのひとりだった。肩にかかるくらいの長さの薄い色の銀髪が、燃え盛る火焔を照り返して淡紅色に染まっている。


 少女はメイド服のスカートの裾をまくると、ガーターベルトに吊るしてあるホルスターから自動式(オートマティック)の拳銃を抜き出した。遊底(スライド)を引いて、薬室(チャンバー)へ初弾を送り込む。

 窓越しに外の様子をうかがうメイド服の少女へ、同乗のもうひとりが声をかけた。


「出る必要はないわ。この中にいれば安全よ」


 落ち着いた、というより、抑揚に欠けた口調。整いすぎているほどのその(かお)にも、恐怖どころか一切の感情は浮かんでいなかった。つややかな長い黒髪にはくせがなく、(はだ)は白磁のように血色が薄い。セーラー服を着ていなければ、年齢不詳の美女、といったおもむきだ。


「もちろん彼らはさゆりお嬢さまを射ちはしないでしょう。狙いはお嬢さまの身柄。財閥になにを要求するつもりなのかは知りませんが」


 そこまでいって、メイド服の少女は自分の仕える主人のほうへ向き直った。


「ようするに、自分のために出るんです。ここでお嬢さまを誘拐されようものなら、よくて(クビ)ですから。下手に無傷で生き残れば内通者あつかいされるかもしれない」


 と、やや皮肉げながら笑顔すら見せる。さゆりは、予想していなかった侍女の言動にとまどった。ただ、とまどっているという事実を面相に反映させることはできないでいた。

 すぐに窓の外へ視線を戻し、飛び出すタイミングを図りはじめたメイド服の少女に対し、さゆりは思い切ってふたたび口を開く。


「ケイ、まって」

「……なんですか」


 かすかながらわずらわしさを隠せずに首をめぐらせてきたケイへ、さゆりは通学カバンからなにかを取り出し、手渡した。


「傘、持っていって。使いかた、わかるわよね」

「助かります。お借りしていきますね」


 表情をゆるめたケイは礼をいって受け取るが、その物体は、持ち手の部分だけで、傘布が張られていないどころか骨すらなかった。ケイは拳銃を一度ポケットに突っ込んで、柄をひねる。と、伸縮式の軸が展開した。

 貧相なステッキ、といった様相になった〈傘〉を左手に、右手でドアをわずかに開けて、ケイはすべるように車外へ出た。〈傘〉を前へ突き出し、バックハンドで素早くドアを閉める。重機関銃どころかATM(対戦車ミサイル)すら防ぐ、シェルターのそれ並にぶ厚くて重いドアだが、パワーアシストのおかげで少女が片手で押し引きするだけでちゃんと動く。


 小柄なケイは身をかがめずとも装甲リムジンの屋根から頭が出てしまう心配がなく、すぐに運転手のところまで行き着くことができた。強行突破はかなわないと見るや降車して応戦を試みた、その判断力と財閥への忠誠心は讃えられるべきだろうが、前部座席のふたりのうち、助手席のスタッフは兇弾を受けてボンネットの上に身をもたせかけていた。


「増援は?」


 爆音に抗するため、ケイはほとんど絶叫しなければならなかった。


「もうくるはずだが……くそっ!」


 運転手が悪態をついたのもむべなるかな、騒音をふり撒いていたPDWがぴたりとおとなしくなる。弾が切れたのだ。

 倒れた警備員の銃がリムジンのバンパーの前に落ちているだろうとあたりをつけ、ケイは頭を低くして足を踏み出した。


「おい、それ以上進むな!」


 なにかいっているように聞こえるが、相手をしてはいられない。〈傘〉を構えて、一気にリムジンの前へ。遮蔽物のないところへ出るや、火線が集中してきた。右前方でまだ警備車両が一台がんばっているので、左と正面からしか弾が飛んでこないのはせめてものさいわいだ。


 ケイの眼前で、青白い光が奔った。銃弾が〈傘〉の発する力場の壁に阻まれて砕け散る。実際に雨をしのぐことができ、紫外線も完全カットする「フォース・アン・テュー・カ」は財閥系列の一企業がほこる看板商品だが、これには通常品に仕込まれているリミッターが入っていない。そもそも携帯型バリア発生装置として開発されたものを、傘として使えるようにしたのだ。

 思ったとおり、ボンネットに伏しているスタッフのPDWが路上に転がっていた。携行性を高めている軽量モデルといっても少女にとってはなお重い銃を、ケイはかかとで押すように蹴って動かした。安全装置が厳重なおかげで暴発しないのはありがたいことだった。リムジンのノーズの陰に戻って、運転手のほうへPDWをすべらせる。


「弾倉抜いて自分の銃に挿したほうがいいわ。そいつがそのまま使えるかあやしい」


 といって、ケイはエプロンのポケットに突っ込んでおいた自分の銃を手に取った。〈傘〉を停止させ、地面へおく。ケイの華奢な身体では、護身用の小型拳銃といっても片手でまともに射つのは無理だ。安全装置を解除。

 身を伏せて、リムジンの前輪を盾に車体の下から発砲する。四射めが、弾幕で警備側を抑え込めたとみて、前進しようとしていた襲撃者のひとりの足首を貫いた。地面すれすれに弾が飛んでくるとは思っていなかっただろう。

 弾倉を交換し終えた運転手が、リムジンのノーズとAピラーの継ぎ目から銃身を突き出して射ちはじめた。最後の弾倉を無駄にしないよう、指切りで刻みながら点射する。


 ケイは車体中央部分まで戻って立ちあがった。二重の防弾ガラス越しに見たところ、襲撃者たちはビルの陰に一度後退したようだ。ケイに足を射たれたひとりは取り残され、主に味方の射撃に阻まれて頭をあげることができず、地べたを這いずっている。薄情な連中だ。


「いまのうちに弾取ってくる」

「すまん、頼んだ」


 ケイは安全装置をかけ直した拳銃をポケットに放り込むと〈傘〉を再度展開させて、右前方の警備車両のほうへと走った。そちらではふたりのスタッフが応戦している。VIPが乗っているわけではないセダンには容赦なく銃弾がぶち込まれており、まだ形状こそ保っているが、もはや廃車になる運命はまぬがれえないこと請け合いだ。

 射たれたらしいスタッフがひとり、後輪のわきに寝かされている。四人詰めの車両だったはずだが残りの一名はどうしたのか。


「弾がなくなった!」


 大声で叫んだケイに対し、スタッフの片方が振り返ることなく応える。


「後部座席の足もとにあるカバンの中だ。ついでに俺たちのぶんも取ってくれ!」

「わかった」


 開けっ放しの後部ドアから車内へ入り、重たいカバンを両手で持ちあげる。外に引っ張り出してからファスナーを開け、とりあえず拳銃が入っていない左ポケットに弾倉をひとつ詰めた。


「ここにおいておく!」

「助かる」


 ひとりが素早くやってきて、自分の銃の弾倉を交換。それを仲間に渡し、代わりに受け取ったもう一梃の弾倉も取り替える。ケイも〈傘〉を開き直し、空いた左手に二個めの弾倉を持ってリムジンのほうへ戻ろうとしたところで。


 四度めの爆裂音が轟いた。車列の後方を守っていた警備車両が吹き飛ばされたのだ。敵はいったいどれだけ重武装をしているのか。二台のセダンと一台のリムジンでどうにか持ちこたえてきた、三角形の防衛陣が決壊する。

「げ、マジ……」


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