止めてください、アヤムさん
俺の母親の話、俺と二人の夢魔の関係、このダンジョンが置かれている状況。
サルガタナスは様々な話をしてくれた。
「つまり、アンタを倒すとダンジョンの上に作った町が維持できなくなるから王様はまだアンタに止めを刺したくないはずだって事か?」
「そうだな、エゼル王もダンジョンに依存しすぎないよう他の事業を打ち出したり、対策しようとはしているようだが、上手くは行かないだろう。ダンジョンほど富を生み出す産業など早々作り出せる物でもない」
「成程なー、あんた結構策士だな。じゃあ魔王を追って来てる勇者ってのもそんなに心配いらないんじゃない?」
「どうだろうな、勇者が王の意図を組むかどうかはまだ判断出来ない。もしも都市の維持を無視して私や魔王の魂を討つつもりであれば、私だけでは何度か追い返すのが精いっぱいだ。私だけではな」
そう言うとサルガタナスは俺を見てニヤリと笑った。
「魔王の件といい勇者の件といい、全く、面倒事ばかり持ち込んでくれたな。この借りは高くつくぞ」
「うぐ」
魔王の魂に憑りつかれた件も勇者が追って来た件も俺に非が有る訳じゃ無いのに。
生まれる前からでっかい借りが出来てしまった。
「じゃあ、その魔力は返さなくていいよ」
「足りんな」
えー、じゃあどうするのさ、俺まだ生まれたばかりで払える物なんて持ってないよ?
「体で払えって事?」
「察しが良いな」
ピエエエエエエエ、ノリで言ったら肯定されたよ!
俺まだ生後半日も経って無いのに!?
ロリコンってレベルじゃねーぞ!!
「ロリコン!」
「勘違いするなよ、勇者の撃退と都市の攻略を手伝えと言っているんだ」
はぁ?
何言ってんだこいつ。
勇者って魔王を倒すくらい強いんだろ?
生まれたばかりの俺に何をしろと?
「生まれたばかりの俺に何が出来る?と言う顔をしているな。まぁまずは、これを足で思いっきり握ってみろ」
そう言うとサルガタナスはでかくて硬そうな石を魔力で生み出した。
「?」
言われるままに鳥足で石を掴んで握ってみる
「およよ」
硬そうな見た目とは裏腹に石はクッキーみたいに簡単に砕けてしまった。
「ふむ、きちんと母親の特性を受け継いでいるようだな。君の母君も異様に足の力が強かった。こいつなんぞ五回は握り潰されていたぞ」
そう言うとサルガタナスは魔王が封印された宝玉をポンと叩いた。
魔王様雑魚過ぎィ。
何これ、いわゆるチート的な奴かな?
俺のママンが握力チートで俺もその力を受け継いでるって事?
握力チートって何だよ、地味過ぎない?
どうせならもっとかっこいいチートが良かった
「それだけの力が有れば十分役に立つな」
「石握り潰しただけでそんなの分かる?」
「今渡したのはミスリル鉱の原石だ。それが握り潰せるなら、人間の付けている鎧なんぞ紙屑だ」
……マジ?
「次は精製されたオリハルコンでも潰してみるか。これが潰せるなら現状、人類の作る武器防具で君が壊せない物は存在しない」
サルガタナスが腕を振ると橙色のキラキラした金属がテーブルの上に出現した。
「……なー、魔力の無駄使いはダメじゃなかったのか?」
「無駄使いも時と場合による。『これ』が君の魔力を完全に取り込み切る前にある程度消費しておかないと、復活した時に手に負えないだろう?」
そう言うとサルガタナスは宝玉をまたポンと叩いた。
無駄使いするくらいなら返してくれませんかねー。
「アンタほんとに魔王様に忠誠心とか無いのな」
「忠誠心か、そんな物は悪魔には必要無いな」
「ふーん、悪魔ってみんなそうなの?」
「さぁな、悪魔と言っても千差万別だからな。例えばクルムは君に対して特別な執着を持っているように見える。それを忠誠心と呼んで良いのかは分からないがな、まぁ君の母君とクルムは長く一緒に居たようだからな、忘れ形見の君の事を特別に思っていると言うのは分からんでもない」
「ふーん、そう言えば何でクルムちゃんやアヤムちゃんは俺の事兄って呼ぶのかな?」
「本人達に聞け」
◇ ◇ ◇
「じゃあ聞いてこよーっと」そう言ってアスカは元気に扉から出て行った。
後に残された砕けたミスリル鉱と、粘土のようにぐにゃぐにゃになったオリハルコンの残骸を見ると、溜息が漏れる。
通常、ミスリルやオリハルコンは決してこのように簡単に砕けたり曲がったりするものではない。
ミスリルは人間が扱う鉱物の中で最も強度の高い金属であるし、オリハルコンに至っては本来、存在そのものが伝説級の代物だ。
「バケモノの娘はバケモノだな。また地図が書き換わるかもしれん」
呟くと傍らの宝玉に手が伸びた。
もしもあのバケモノを宝玉の中の魔王が取り込んでいたらと思うとゾッとする。
本当に手に負えない怪物が誕生していたかもしれない所だった。
「さてさて。局面が動く前に、魔王様にはもう幾つか嫌がらせをさせて貰うとしようか」
宝玉を指先でくるくると回して席を立つ。
「俺もまだまだ運が有るな」
思わず鼻唄など歌ってしまいそうだ。
◇ ◇ ◇
「何で二人は俺の事兄って呼ぶの?」
オリハルコンをクニュっと握りつぶした後、俺は二人の所に戻って来ていた。
「急にどしたの兄貴、初めて会った時から兄貴って呼んでるじゃん?」
「いや、だから、そもそも何で初対面の時に俺に妹ってウソついたのかなって」
「お兄様、私から説明いたします。お兄様の夢に入り込んだ時、お兄様の心は見ず知らずの他人を受け入れられる状態ではありませんでした」
「疑心暗鬼の塊みたいだったからねー」
「ですから私たちはまずお兄様の妹であると言う設定にする事でお兄様の心の壁を一枚くぐる事にしたのです」
「血の繋がりの有る身内だと心の距離が無条件で縮まるよね、そうすればうちらのヒュプノの掛かりも良くなるって事」
「……ふーむ、でもそれだと妹じゃなくて姉でもよかったんじゃない?」
「はい、どちらでも良かったのです。ですからそこはお兄様の志向に合わせた設定にさせていただきました」
「兄貴は姉萌え<妹萌え」
おい止めろアヤム。
「後は家族愛や他人との接触に飢えていたお兄様にヒュプノシスを交えつつ徐々に親睦を深めたのです」
「徐々にって言うか、出会ったその日にもうヤッてたけどね。兄貴ちょろ過ぎだったよ」
止めてください、アヤムさん。
「うーん、じゃあ二人が俺の妹って言うのはあくまであの世界の中での設定って事か」
「そだねー、だから兄貴が兄貴って呼ばれるのが嫌ならこれからはアスカちゃんって呼ぶよ」
「まぁ、それは可愛らしいですわね。では私もそう呼ばせていただきましょう」
「却下で、俺まだ感覚は男なんでちゃん呼びは無理だわ」
そう言うと夢魔姉妹は視線を交わらせた。
「……お兄様、今はそれでも構いません。お兄様は今日お生まれになったばかりなのですから。しかしいつかはご自分の使命に向き合わなければなりません」
「使命?」
「次代のハーピーの長として群れを率い。子を産み。育んで行かねばならないと言う事です」
「……ふぁ!?」
「え? 当然っしょ? 他に兄貴やる事ある?」
いやいやいやいや。
え?
マジ?
俺が群れを率いる?
いやそれは良いわ、いや良くは無いけどまず横に置いておくわ。
子を産み?
育む?
無理無理無理無理。
俺がハーピーで、子を産むって事はあれだろ? 男とヤるって事だろ?
やだやだやだやだ。
男と恋愛も生殖も無理だよ、だって俺も男だし、心が。
男と男がアレしたらアレでしょほら。
ホモでは?
「そもそも何で俺はあっちの世界で男として生まれてたの? こっちの世界でハーピーならあっちの世界で女として生まれてないとだめじゃん?」
「……お兄様、それにはちゃんとした理由があるのです」
「こっちの世界のハーピーは、もう殆ど滅びかけてるんだよ」
「滅び行く原因はハーピーにありました。彼女たちは個体としても群れとしても人よりも強く、当時共存関係にあった人間の事を軽く見ていました」
「何でうちらあんな雑魚と助け合ってんの? ってなったわけね」
「人間を軽んじる態度に当時の人間たちは段々とハーピーと距離を置くようになりました。しかしハーピーは生殖の為に人間と交わらなければなりません」
「ハーピーからしたらお前らみたいな雑魚を私らが守ってやってるんだぞ。人間からしたら俺達のおかげでお前らは存在してるんだぞってなったんだね」
「人間との間の溝が徐々に深まって行く事に、当時の女王は焦りを感じているようでした」
「まぁ人間に見限られたらハーピーは存続が難しくなるからねー」
「ですから、女王は次代の長を卵から生まれる前に、一度人間の人生を歩ませる。と言う方法を取ったのです」
「人間の男に生まれたのは人間の男を勉強させるためだったんだねー。兄貴が人間の男として生きる事で、こっちの世界に帰って来た時に人間の男の心理が解って居れば、群れの存続の為になるって考えたんだよ」
「女王はかつて自分が生きていた世界を魔力によってトレースし、卵の中で眠るお兄様はその中で一度人間の男性としての人生を全うするはずでした」
「でもそのせいで魔力を使いすぎた女王は力尽きちゃったんだよ」
「その後、卵が魔王に憑りつかれると、夢の中のお兄様も精神的に影響を受けて行きました。お兄様が夢の世界でその……精神的に不安定だったのは魔王の魂の影響も有ったのかもしれません」
「…………」
何か思ったよりしっかりした設定が出て来てショックだった。
何だよ、じゃあ俺マジで男と子づくりしないといけないの?
「お兄様、無理をしなくても、これから徐々にこの世界に慣れて行きましょう。私達はその為に母様に作られたのです」
「うちらは母様、あー、兄貴のお母さんに作られて、兄貴とハーピーの事を託されたんだよ。だからまぁ、うちらは兄貴のおねーちゃんと言っても過言では無いよね」
「母様は私に命も、魂も、妹も、そしてお兄様も与えて下さいました。私はその恩義に報いたいのです」
「サルガタナスはアヤムちゃんはクルムちゃんが作ったんじゃないかって言ってたけど違うの?」
「違うよ、私は母様に作られたの。母様は死の間際に姉貴に魂の譲渡をして存在をこの世界に確立させたんだよ。その後うちは母様から姉貴の眷属になったの」
ふーむ、魂とはなんぞや。
「魂、と言うのはこの世界に確立する為の証の様な物では無いかと思っています。魂を持たない物は魂を持つ者を寄る辺にしなければ、いずれ消滅して行く定めになります」
「じゃあアヤムちゃんはクルムちゃんが居ないといずれ消えちゃうって事?」
「そそ、だから兄貴はいざとなったら姉貴を守ってあげてね。うちは姉貴と兄貴を守るから」
「まぁ、アヤムったら」
そう言うとクルムはアヤムと頬を摺り寄せた。
百合百合じゃのう。
俺も混ざりたい。