啜る血が無くなれば枯れるのみ
ダンジョン攻略都市が作られたのは魔王軍の幹部、サルガタナスのダンジョンを攻略するためであった。
軍にダンジョン攻略を命じるにあたり、兵站の供給に苦心すると考えたアルテウス王国の国王、エゼル・ジス・アルテウスは、ダンジョンの真上に築いた兵站基地をそのまま都市化したのである。
エゼルは軍が集めた魔物の素材や、宝箱から出て来るアイテムなどのダンジョンから産出物で潤った資金を元に、武器や食料、職人商人芸人娼婦、あらゆる職種の人々を国の内外から集めると、今度は大陸中からならず者や食いっぱぐれも集まって来る。
それらに武器を安価で売り渡し、あるいは買い与え、ダンジョンへ挑みアイテムを持ち帰った者への報酬を約束すると彼らは濁流の如くダンジョンへ流れ込んだ。
今や都市は大陸中から人々が集まる場所となり。
ダンジョンに挑む者達は自らを冒険者と名乗るようになった。
そこに、魔王を討伐した勇者、アルヴィンが訪れたのは、今から10日前の事である。
◇ ◇ ◇
「勇者殿のダンジョンへの立ち入りを制限させていただく」
「何故ですか! 深部に到達出来そうなんですよ!?」
「だからだ」
エゼルは勇者の言葉に軽い頭痛を覚えながら答えた。
「正直驚いたぞ、まさかたった一度潜っただけでそこまで進んでしまうとはな。流石は魔王を討ち倒した勇者殿だ、だがサルガタナスはまだ討たなくて良い。それよりも今は他の――」
「サルガタナスは今討つべきです! あいつは転移する力を持っています、此処に拘束できている内に殺すべきなんです。俺ならそれが出来る!」
「奴はこの土地からは出られん、悪魔の力を阻害する宝玉を各地に設置しているからな。だが倒して貰っては困る」
「だから! 何故ですか! 貴方はもう何年も此処で奴等と戦っていると聞いています! 俺ならそれを終わらせられます!」
「だから! 今終わらせられては困ると言っておるのだ!!」
エゼルが一喝するとアルヴィンは一瞬気圧された。
「この都市はサルガタナスを倒す為に作られた都市でしょう!? 目的を遂げずにどうするのです!」
「目的を遂げたらこの都市の役目は終わる。そうなれば此処に集まった者達はどうなる?故郷へ帰るか?行く当てのない者は?冒険者や仕事を失った者は一瞬で野盗やならず者に早変わりするぞ」
「ダ、ダンジョンが無くなったとしても、この都市はこの都市で残れば良いでしょう」
「駄目だ……はぁ、説明しよう、奴を倒してはならん理由を」
この都市は確かにダンジョン攻略を目的として作られた都市だった。
最初の頃、戦いは激しかった、出て来るモンスターは力強く、軍が総出で遠征しても進んでは押し返されの繰り返しだった。
だがある時、たった数十人の冒険者の一団が、軍が何百人も入り込んでやっと手に入れるくらいの成果を持ち帰った。
ダンジョンは強い力で押せば強い力で押し返す。
その事に気が付いたエゼルは軍による攻略を中止し、冒険者の一団にクエストと言う形でダンジョンの攻略を依頼した。
そこから状況は一変した。
あれほど守りの硬かったダンジョンが、まるで実りの季節を迎えた森の如く、都市に恩恵を与えた。
集まった冒険者達は毎日蟻の様にダンジョンに潜り、モンスターを倒し、アイテムを回収して来る。
それらは全てサルガタナスの魔力で作られたもので、倒したり、回収すればするほどサルガタナスの力は弱まり、逆に都市は潤い、力を付けて行くはずだった。
いつしか冒険者の持ち帰るアイテムには魔石や宝石まで混じり、ダンジョンから産出されるアイテムを資源に、都市は急速に発展して行く。
気が付いた時にはダンジョン無しでは成り立たなくなっていた。
今この膨れ上がった状況でダンジョンが無くなってしまえば都市がどうなるのか、都市が立ち行かなくなったらどうなるのか、一体どれだけ被害が出るのか。
それらをエゼルはアルヴィンに丁寧に説明していった。
「つまりこの都市は悪魔の血を啜って茂る薔薇と言う事だ。啜る血が無くなれば枯れるのみよ」
「何と言う事……どうしてそんな状況になっているのですか……」
「してやられた。こちらの戦略を逆手に取られる形になった」
「どうしてそのような策を取ったのですか! 一気呵成に滅ぼしてしまえばよかったのです!」
「そんな事が出来たならとっくにやっておったわ戯け!」
「ではいつまでこのままの状況を続けるのですか、このまま、奴を永遠に生かしておくのですか」
「そうはならん、いずれ決着は付く、サルガタナスの魔力も無限では無いからな。奴の魔力が尽き、ダンジョンが枯れる前に、どうにか落とし処を模索して居る所だ」
「本当ですか? サルガタナスの魔力が尽きないように奴に協力してはいませんか?」
「何?」
「冒険者の一部が帰ってこない事があると聞いています」
「ダンジョンの中は危険故、そのような事もあるやもしれぬな」
「囚人や買い集めた奴隷を――」
「貴様、俺が悪魔とグルだと言いたいのか!? 勇者だからと調子に乗るのもいい加減にしろ!」
エゼルが一喝すると衛兵がアルヴィンを取り囲んだ。
「兎に角、勇者殿のダンジョンへの立ち入りは制限させていただく。こちらの指示が有るまでは、上層、中層の探索までに留めて貰おう。あるいは他国のダンジョン攻略に向かわれるのも良いだろう。此処よりそなたの助けが必要な場所は沢山有るだろうしな。話は以上だ」
◇ ◇ ◇
アルヴィンが王城を出て逗留している宿に帰ろうとすると、仲間のオフャムとアブセントが待っていた。
「お疲れアルヴィン、王様の呼び出しは何だった?? 流石勇者殿だー!! って褒められた??」
「シェリアは晩飯作って待っとるぞ」
オフャムはアルヴィンに飛びつき、ケットシー特有の頬を擦り付けて親愛を示す挨拶をすると。
アブセントはドワーフには珍しくない、禿頭の頭を撫でながら近づいて来た。
「怒られたよ、今後勝手に下層に行くなとさ」
「えー!? ニャンデニャンデ!? あたし達すっごい頑張ったのに! 次の探索であのダンジョン潰す気マンマンだったのに!!」
「この都市とダンジョンは持ちつ持たれつだから勝手に攻略しちゃダメなんだとさ」
アルヴィンがエゼルとの謁見であった事を話すと二人はそれぞれの反応を示した。
「なるほどのぅ、供物を差し出したと見せかけて相手の生命線になるとは、なんとまぁ、頭のキれる悪魔のようだな」
感心したように言うアブセントとは対照的にオフャムはフーッ! と怒りの感情を示した。
「何それ!! やっぱ王様と悪魔ってズブズブって事!? これはもうあれだね、悪徳国王だね!! もう悪魔と一緒に勧善懲悪しニャイと駄目だねコレ!!」
「そうだな、次の遠征でサルガタナスは討伐する」
「何!? 良いのか? この都市はどうするのだ?」
アブセントの言葉に、アルヴィンは攻略都市を見渡した。
商店を行き交う喧騒。
大道芸人にお捻りを投げる通行人達の笑い声。
遠征帰りであろう冒険者達は酒と女を求めて今日は何処の店に行くかと話し合いながらギルドへと入って行き。
母に呼ばれた子供達が、今日の夕食は何かと叫びながらアルヴィン達の横を走り抜けて行った。
それらを眺めてアルヴィンはフン、と息を吐く。
「知った事か」