身体で洗えばよいでしょう?
ディーツの首が落ちた。
「何で……?」
「ディーツはサーベイルやアルカン・ベリシュアに情報を流していたので……アスカは夢の中で人間国家の地政学的知識も学びましたか?」
フリフリと首を振る。
「ふぅん、流石に国家間のいざこざまでは学べないようですね」
いや、分かんないけど。
もしかしたら社会の授業で習った事がそれに当たるのかもしれないけど。
取り合えずサーベイル?
とか、アルカンなんとかって名前には聞き覚えが無い。
「この都市はダンジョンと港を擁した城塞都市です。元々はサルガタナスのダンジョンを攻略する為に作られた拠点なんですけどね」
「それは、聞いた」
「そうですか、まぁ要するに物凄く潤っている場所と言う事です。無限に財を吐き出すダンジョンと、内海外海を有した漁業と海運の要所。最近では様々な産業も父様によって打ち出されて、それらを目当てに他大陸からも人が集まっています。人類の勢力圏でこの場所より豊かな町はサーベイルの樹街か、フューレインの聖都くらいでしょうね。ですがそれも後数年もすれば追い抜くと言われています」
へー、此処そんなに凄いんだ。
ダンジョンから出た時は綺麗な海とでっかい船と夕日が見えて感動したけど。
「ので、まぁこう言う人間も出て来る訳です。他国に僕の情報を少し流すだけでもいいお小遣い稼ぎになっていたんでしょうね」
「何で、放っておいたの」
「他人に情報を流す人間を一々始末してたらキリがありませんからね、それにそういう人間に嘘の情報を流させる使い道もあります」
「何で、殺したの」
「絶対に漏らしたくない情報を聞かれてしまったからですよ。こんなことなら人払いしておけばよかったのですけれど、新しいペットくらいに思っていた子が、まさか金の卵だったなんてね。おっと、卵からは今日孵ったんでしたか?」
クルトはニコリと笑いつつ、ディーツの首をはねた剣を片付けると顔についた返り血を指で拭った。
「部屋も服も汚れてしまいましたね。片付けさせるまで湯編みをしましょう」
そう言うと俺の身体をヒョイっと抱え上げる。
え? 俺も入るの?
今日二回目だよ……。
◇ ◇ ◇
広い浴室の中、クルトと俺はくつろいでいた。
いや、俺はくつろげねーけど!
脱がされたよ!
さっき会ったばっかりのショタに!
こいつ俺の裸見て鼻で笑ったよ!
いつか殺す!
とか考えてたら「今何を考えましたか?」 って質問されたよ!
もうね、考えてた事まで全部喋らされちゃうよ、隷属の首輪こえええええええ!
まぁこんな首輪はめて無かったら一緒に風呂に入る選択肢も無いんだろうな。
そんな選択肢いらねぇけど。
「アスカは今日生まれたと言っていましたが、親は居ないのですか?」
「居ない、ずっと」
「そうですか。僕も母親が居ません」
コシコシとクルトの身体を羽で洗う。
俺手も指も無いからタオルもブラシもスポンジも持てないんだよ。
そしたら「身体で洗えばよいでしょう?」とか言ってボディソープみたいなのを身体に掛けられた。
出来るかぼけぇ!
と思いつつせめてもの抵抗で翼を泡立てて羽で洗っている。
俺の羽めっちゃ泡立つなー。
クルトも気持ちが良いのか文句は言って来ない。
命令されたらボディーを使わなければならないので結構必死で羽を使う。
身体を洗いながら様々な事を質問された。
こっちに生まれてからの出来事も聞かれたけど、まだ一日しか過ごしていないし、主に向こうでの出来事だ。
俺が知って居る事、覚えて居る事、体験してきたこと、身体を洗わされながら洗い浚い喋らされた。
ちくしょう。
「ふぅん、アスカは夢の世界では男性だったのですか。男性の事を学ぶ為に一回男性として生きると言うのは中々面白い試みですね」
「はい」
パーソナルな情報も結構知られてしまったよ。
学校の勉強以外にもクルムちゃんやアヤムちゃんとのアレコレも全部喋ってしまった。
恥ずかしくて死にたいです。
後喋りすぎて疲れたわ。
「僕の知る限りではハーピーと言う種族は卵をいくつか残しているだけで、現存している成体のハーピーは確認されていません」
「そうなんですか?」
「ええ、もしかしたら他のハーピーも卵の中でアスカのような夢を見ているのかもしれないですね」
◇ ◇ ◇
クルトに抱えられて部屋に戻るとディーツの死体は綺麗に片付けられていた。
血糊の一滴も付いていない、誰が片付けたんだろう。
てか人が死んだばかりの部屋で過ごすの?
王族ってその辺平気なんだろうか?
死体が片付けられた部屋には既に食事が用意してあった。
「アスカは人間の食べ物を食べられるんでしょうか? 生肉とかの方が良いのかな?」
「生肉は、食べた事無い」
あっちでは生レバーとか好きだったけど。
流石に生肉ドーンと用意されて、さぁおたべと言われたらきつい。
普通に火が通った食事が食べたいよ。
ダンジョンの中ではハンバーグ食べたし多分普通の人間の食事も食べれると思う。
「そうですか。ではもう一人分用意させましょう」
クルトがベルをチリンと鳴らすと従者っぽい人がやって来る。
クルトの指示で俺の分の食事と食器が用意された。
んだけど……。
どうやって食べようか。
クルムちゃんもアヤムちゃんも居ないし、俺は両手使えないし。
犬喰い?
この煌びやかな空間で、王族に見られながら犬食い?
抵抗感が凄い。
「ああ、アスカは手が使えないんでしたね。おいで」
「はい」
とてとてと、クルトの隣に座るとクルトがブドウを一粒手に取ってくれた。
「あーん」
「……あーん」
何これ。
さっき呼吸をするように人の首をはねた人間と本当に同一人物か?
クルトは自分が食べるのを後回しにして次々と俺に給仕をしてくれる。
うまーい!
果物。肉類。魚介類。
色々な食材が使われた料理が並べられているがどれも俺があっちの世界で食べた物より美味い。
さっき漁業や海運がどうとか言ってたけど。
肉類は塩や胡椒、ハーブでしっかり味付けと香り付けがされているし果物も新鮮だ。
特に魚介しゅごい、何これ。
食べた事ないよぉー。
17年日本で暮らしててこんなの食べた事無いよぉー。
多分高い寿司屋とかでしか出ないような新鮮な魚だよー。
行ったことないよそんな寿司屋。
「満足しましたか?」
出て来た料理を半分も食べない内に満腹になってしまった。
もう無理、食べらんない。
「無理して食べなくても良いんですよ。余った物は使用人に下げ渡されますから」
そう言うシステムなら先にそう言ってほしかった。
勿体無いと思って限界突破して食べちゃったじゃん?
俺が満腹になるとクルトは自分の分を食べだした。
俺はそれを見てるしか出来ない。
腕が無いからね。
でも風呂入って満腹になった状態でやる事が無いとどうなるか、分かるよね?
特に今日は色々な事がありすぎて疲れたし、船を漕いでも仕方ないと思う。
生まれて、戦って、捕まって、喋って、人が死んだのも初めて見た。
疲れたよ、グゥ
「眠くなりましたか? 今日は沢山話して疲れたでしょうからね。ではベッドに行きましょう」
……ん?
あれ? 俺今日何処に寝るんだろう?
部屋にベッドは一つしかないよ?
……あれー?




