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8秒間の幸せ  作者: チャッピー
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残り8秒

今日の仕事を終えてパソコンを閉じる。先輩や上司はすでにこの部屋から退出しており、要領の良い同僚もすでに退勤を切って今頃、家で最近発売したとかいうオンラインゲームをプレイしていることだろう。

まわりの同じように残業している人もぼちぼち電源を切ったり、荷物をまとめ始めている。

僕や要領の悪い同僚は別段仕事が遅れているわけではないが、何故だか彼らの仕事も書類も整えていた。「頼りにしているよ」なんて、心にもない言葉で舞い上がるような気持ちはすでにないが、その当時と全く同じように、あるいはもっと雑に仕事を回されるようになっていた。僕は波風を立てるよりは楽だと、仕事を引き受けていた、

とはいえ終業時間から1時間もあれば済む仕事だし、残業代もでる。世に言うブラック企業の基準でいえば、まだマシな方だろう。

車だから電車の時間を気にする必要はない。収入が大したことのない僕の最大のかいものはこの中古の軽自動車だろう。

軽自動車という乗り物は機能的には十分で、最低限を満たしているはずのものなのに、機能美とはかけ離れたデザインに落ち着いているのはどうにも解せなかった。色は最低限僕の好きな青があったことが救いだろうか。

いくら日が落ちるのが遅くなったと言っても20時の道路はすでに街灯の明かりと24時間営業の店の明かりしか頼りになるものがない。

まだまだなれないこの道はナビがなければ右折する場所を間違えそうになる。

自分以外の車もまばらに走っている。この時間の車なんて運送業のトラックか、僕と同じくくたびれたサラリーマンか、そうでなければ、救急車や消防車くらいのものだ。

10分ほど走り、車が少しずつそれぞれの道へ分かれ始めるところで、7のシンボルが印象的なコンビニに寄って、幕内弁当とウーロン茶を買い、自分の城に戻る。噂好きのパートのおばさんや、やたら姿を消す上司、したり顔で自分を評価する先輩などから開放される。

誰もいない家だが、ドアを開け、玄関に入ると人感センサーのライトが主人の帰りを歓迎して玄関を軽く照らす。

 その明かりを頼りに家の電気をつけながら、返事のない「ただいま」をつぶやいて家に入るとまっすぐに水道に向かい、青い方の蛇口をひねって、手を洗う。

窓際に自分のテリトリーを持つ彼女はまだかまだか、と低い背を精一杯伸ばして首を振ってアピールする。それに僕が気づいて目が合うと、彼女は両手を広げ、それぞれ4本の指を一本ずつ折り始める。

「いまやるよ。」

シンプルな作りのジョウロに水を貯めて、彼女のプランターに水をかける。水をかける頃には片方の指は全て握られ、もう片手の2本目、つまり6本目の指が折り終わったところだった。

僕の部屋のプランターの上だけは雨模様となって、乾いていた土は水を受けて濃い色に色合いを変える。

彼女も水を浴び始めると満足そうに微笑むと頭の上の花を小さく開き、どこにそんな機関があるのか、甲高い鈴のような音を身体から鳴らしながら再び手を開き、改めて指を折り始める

冴えない会社員である僕にとって、彼女の数える8秒・・・水やりまで我慢できる時間で、水やりをしなければいけない時間も同じく指折りできる8秒だ。合わせても16秒に収まる。

一日でやるべきことの中で最も短いこの時間は、あるいは彼女が居なければ存在しない時間で、ゲームやネット等を見る時間が16秒減った程度の価値しかない。

言葉も通じない彼女に水をやるだけの1日8秒のコミュニケーションは、それでも僕のささやかな幸せの時間だった。


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