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王都の朝は早い。小国だが豊かなマスタス王国は食べ物に困らないから、市場では様々なものが売り買いされている。
私は陛下にもらったお金をジャラジャラ言わせつつ馬を借りに行った。この旅の目的地は王都の最北のその先だ。歩くのはつらい。
他に必要なのは食べ物と寝袋、雨具。あと怪我をしたときのためのものをいくつかと、それらが入るカバン。できればリュックがいい。
活気に溢れた市場を練り歩くと四方八方から声がかかる。
やれこれを買わないかいだの、やれそこの馬を連れたお嬢さんだの。
ついつい目移りしながら進む。今私のポニーテールは隣の本物の馬の尻尾よろしくびょんびょん揺れているはずだ。
「すごいね、アリスター!ここ見覚えある?私と来るのは二度目なんだよ!」
「いや…特にピンと来るものはない。それよりおい、落ち着け、ぶつかるだろ」
興奮しながらも声を押し殺して話しかけた。アリスターは姿を消しているから、大きな声で話しかけたら私が変な人になるのだ。
ちなみに私は帽子をかぶっていて、黒髪はあまり目立たない。
リュックを手に入れた頃、隣から「そうだ」と声がした。
「俺とお前が親友っていうの、信じてないからな」
「ええっ!ついてきたのに!?」
「ああ」
「ショック!」
未だに信じてもらえてなかったとは!
驚いたが考えてみれば当たり前だった。アリスターからすれば私は昨日初めて会った女だ。
心の距離を全力で嘆きつつ市場を抜けると、そこから先は馬の出番だ。今日は王都の北端まで進んでそこで宿を取りたい。
「さ、アリスター!馬に乗るよ!」
「ああ。…………何だ?」
「? 乗せて?」
「えっ」
「えっ」
アリスターがいるであろう方を向いて両腕を広げる。なのにいつまでたっても抱き上げてくれない。
「…いつもこうだったのか?」
「うん。ありがと!」
「…俺はお前を抱えて乗るのか?」
「そうだよ!」
「…そうか」
これが私たち親友の距離だったのだ。こうなったからにはごり押しして慣れてもらおうと思う。
まあ、いつもはアリスターが私を抱えてさっと乗ってしまっていたから、両腕を広げて待機したことなんてなかったけど。ちょっと恥ずかしかった。
途中で休憩を挟んでは市場で買ったものを2人で食べた。
お尻が痛くなってきた頃、王都北端に位置する宿屋に到着した。景色を楽しみつつ進んだのもあってすでに夕方になっていた。
実は宿屋があったのは偶然ではない。知っていた。使ったことがあるからだ。
夕飯を済ませお風呂をもらってゆっくりしたあとは早めに就寝する。昨日の睡眠不足と今日の疲れが出ているし、明日は朝早い。
部屋は1つだ。ベッドが2つ鎮座している。
姿を消す魔術をといたアリスターが片方に寝転んでいる。もう片方を綺麗に無視してアリスターがいる方にもぐりこみ、明かりを消した。
「じゃ、おやすみ!」
「いやおかしいだろ!」
消したと思ったらまた点いた。
起き上がって、え、なに?と言わんばかりの表情を作る。やっぱだめかあ、と思いながら。
「アリスターは私が眠れないといつもお布団に入れてくれたんだよ」
枕を抱きしめながらへらへら笑ったら、険しい顔のアリスターは一段と険しい顔になった。
「1つ聞いていいか?本当に、いつもこうだったのか?」
首をひねる。何が聞きたいんだろう。だからそう言ってるじゃんと答えるには彼の表情が真剣すぎる気がした。
「うん」
よくわからないまま答える。返事は「そうか」だけだった。
何だろう?彼の表情を見て真意を探りたかったが、明かりが再び消されてそれは叶わなかった。
アリスターは私に布団をかぶせて自分もすぐ隣に横になった。手がぽんぽんと私の背を叩いている。
そう、それそれ。やっぱり記憶がなくなってもアリスターだなあ。
宿代を奮発しただけあってお布団はふかふかだ。
その気持ち良さ、諸々の疲労、慣れた仕草の三コンボで意識はあっという間にとろけ、私は深い眠りに落ちていった。
***
夜中急に目が覚めた。何で起きてしまったんだろう?暗い部屋でぱちりと瞬きする。
目の前には行儀よく目と口を閉じて寝ているアリスター。軽く見回しても特に変なことはない。
外で何か音でもしたのかもしれないな。そう結論づけてすぐにまた寝てしまった。
だから気づかなかった。私が再び寝息を立て始めるのを確認するなり、隣の彼が薄く目を開いたことに。