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 夜中になるのを待って、王宮にある自分の部屋を抜け出した。陛下は十分すぎるほどのお金をくれた。大体どんなところにも高飛びできる金額だ。


 夜の王宮を闊歩しながら思う。王宮というのは孤独を感じるのが不可能な場所だ。見張りの騎士が多すぎる。夜もまた然り。アリスターの部屋まで行くのに沢山の騎士の横を通った。だが警備体制はいつもと同じのようだ。それもそのはず、アリスターの記憶喪失はほとんどの人間に秘匿されている。


 アリスターの部屋の前で警備をしている騎士は、何の疑問もなくいつも通りに私を通した。この半年間、心細くなった夜はアリスターの部屋を訪れるのが私の習慣だったからだ。最初こそ難色を示した騎士たちだったが、ギャン泣きしたら根負けして通してくれた。

 アリスターはといえば特に渋りもせずに私を迎え入れる。ベッドに入れて腕を貸し、背中をトントン叩いて寝かしつけてくれるのだ。親友というより母親である。


 ただ今夜はいつもとは違い、できるだけ音を立てずに滑り込む。動きやすいものをと選んだふわふわのロングスカートが広がった。

 抜き足差し足ベッドへ忍び寄ると、アリスターはちゃんと眠っていた。寝息も深い。


 恋人一歩手前の親友への別れの挨拶は何が適切か。一般論は知らないが、私がこの数ヶ月で慣れたのはこれだ。前髪の向こうの額に軽く口づけを落とす。


 行ってきます。


 口には出さず踵を返した。しかし立ち去ることはできなかった。私の右手首を掴んだものがあった。振り返ると目が合う。ベッドに寝たまましっかりと目を開けこちらを見ているアリスター。今起きたというわけではなさそうだ。


 ていうか、あれ?私これは痴女に見えないか?


「待って!違う!」

「どこへ行く」


 必死の弁明には興味がないらしい。ふざけるのはやめて向き直った。暗闇で見る銀の目はどこまでも静かだ。


「ちょっとの間王宮を出るけど、すぐに戻ってくるよ」


 今度こそ立ち去りたいのに、彼の手はまだ私を掴んだままだった。


「また一人でいなくなる気か」


 ――――え?


 信じられない言葉が聞こえた。まさかと思って目の前の彼を見つめるが、やはり昨日までの彼ではない。

 無意識に口から出たんだろうか?今の自分の発言のおかしさに気づいてもいないらしい。


 アリスターは起き上がってベッドから出た。


「俺も行く」

「―――――は?」

「はあ…なんなんだろうな。自分でも不思議なんだ。お前のことなんて何も知らないのに」


 ポカンとする私。対するアリスターは至って冷静だった。



「お前を一人にするのがとてつもなく嫌なんだ」



 息を呑んだ。まさか、記憶をなくしてもいつかの約束を守ろうとしているのか。


 ……心の底から嬉しいと思ってしまったのは、仕方のないことだろう。



***



 とはいえ、王子がいなくなったりしたらとんでもない騒ぎになるのは目に見えている。私には考えがあった。パン、と手を叩く。


「ヤイナ」

「はい」


 天井から素早く影が降りてきて、私とアリスターの前に跪いた。それは暗闇に同化する黒い衣装に身を包んだ15歳の少女だ。顔を隠す布から空色の瞳がのぞいている。


「ずっと誰かに見られていると思った。お前か」


 アリスターが納得したように言った。


 ヤイナはアリスター直属の部下、つまり国王や国ではなくアリスター自身に仕えている従者だ。幼い頃からいつでも隠れて近くにいる。アリスターが記憶をなくす前に「恵美の命令も俺の命令と思え」と指示したため、私の言うことも聞いてくれる。


「ヤイナ、お願い。アリスターの影武者をやってほしい。一週間で戻るから」

「御意に」


 ヤイナは答えるが早いか魔術を使った。キラキラした光が控えめにあふれ部屋の中を照らした。


 そこに現れたのはアリスターと全く同じ見た目の人間。変身の魔術は彼女の十八番で、そうそう見破られない。加えてアリスターのことを幼い頃から近くで見ていた彼女だから、真似をさせれば彼女の右に出るものはいないのだ。ヤイナを影武者にたて、あとはアリスターを人に見られさえしなければ、王宮から出ることができる。


 隣のアリスターは魔術を見て驚いているようだが、記憶をなくす前は彼も当たり前に使っていた。ちなみに私は使えない。生粋の日本人なもので、魔力というものをそもそも持っていないのだ。


「アリスター、姿が消える魔術使えない?無理?」

「…どうやるんだ?」

「えっとね、なんかこう…身体中にギュッて力を入れて念じればいけるって前に言ってたよ」

「なんだそりゃ…」


 アリスターは意味がわからないと言った風だ。だけどため息をつきつつ目をつぶった瞬間、彼が消えて「あ」という声だけ聞こえた。

 いや、できるんかい。そういえば魔術の才能は人一倍だった。


 アリスターの格好で跪いているヤイナに「ごめんね、ありがとう」と声をかけた。


 そのまま部屋から出ようとした私たちを引き止めた声があった。


「お守りできず、申し訳ありませんでした」


 そう言ったヤイナの声は泣いていた。振り返り、うつむくその姿を見つめる。

 彼女はいつでもアリスターの近くにいる。


 つまり、きっと、アリスターが記憶を奪われた時も。


 しかし相手は国王とそのお抱えの魔術師だ。彼女になにができたというのか。

 ヤイナのところまで戻ってしゃがみこんだ。


 私とアリスターのことを応援してくれていた優しい女の子。この前15才の誕生日にアリスターと一緒にケーキを作ってプレゼントしたときも、喜びのあまり泣いていたっけ。


「すぐ戻ってくるからね」


 泣き虫な妹分をぎゅっと抱きしめると、涙声で「はい」と返ってきた。



 王宮の門は開いていた。私が出られるように事前に陛下から何らかの指示があったのだろう。

 空はもう白み始めていて、少し遅くなってしまったが、予定通り王都まで降りる頃には朝になっているはずだ。門をくぐる時ふと、王宮を出るのはアリスターと山に登った時以来だと思い出した。


 そうして私は王宮から出て行った。姿を消したままのアリスターを連れて。

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