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騒然となった会議室。執事に扮していた悪漢の顔を覗き込んだ陛下が驚きの声をあげた。
「驚いた。ジャントの末の王子じゃないか。なるほど、近頃のジャントのおかしな動きは君の一存だったのか」
取り押さえられた男は舌打ちせんばかりだ。
「うちにはお前らを潰すだけの軍備があるのに、父上も兄上も何もしない。だから俺がやったまでだ。マスタスは小国のくせ裕福だから、占領すればうちの国内の問題が軒並み解決するっていうのに!」
「軍事にばかり予算をつぎこむのをやめれば解決できる問題だろう。国民の暴動がいい加減抑えきれなくなってきたかい?それにしても王子本人がこんなところまで来るとは、君についた人間は相当少なかったんだね」
その言葉に末の王子は顔を真っ赤にし、歯を剥いて吠えた。
「戦をしたこともない弱小国が、何を大きな口を叩く!この国で俺の部下が行方不明になった。フィンという男だ、わかるだろ!攻め込む理由はあるのだぞ。今のうちに阿って開戦を避ける努力をしたらどうだ!」
「はは。そうだな、この国の領土が小さいことは認めるよ。十分富んでいるから、これ以上を望んだことがないんだ。だが戦をしたことがないからといって、弱いと決めつけるのは早計だよ、若造」
末の王子は「はったりは効かない」と吐き捨てるように言う。
「お前たちの手のうちは知れている。魔術を使おうが結局は人間、たかが知れている。兵器を前に何ができる」
あくまで不遜な物言いに陛下は苦笑した。
「ああ、他の国には魔術師がほとんどいないからね。君たちの国の魔術師はみな幼い頃にうちから攫った者たちだろう?それならわからないのも無理はない。魔術師の軍が戦争でいかに力を発揮するか。さっき言ったね、たしかにマスタスは建国以来一度も戦をしたことがない。何故だかわかるか?―――誰もうちと戦争をしたくないからだよ。君の父上と兄上はそれを知っているんだろう。実際に聞いてみようか」
陛下がそう言い終えるや否や―――アルが現れた。縄で縛った二人の男を連れている。しかし今現在末の王子を取り押さえているのもアルだ。思わぬ状況に末の王子はもちろん、私と陛下と二人のアル以外の全員が動揺を露わにしていた。
1番に声をあげたのは口のよく回る末の王子だ。
「父上!兄上!」
現れた方のアルが連れてきた男二人に、そう叫んだ。
「ハミル、お前何をやった!」
そして父親の激しい剣幕に口をつぐむ。動揺して、自分が招いた今この状況を飲み込めないでいる。そんな末の王子から、元からいた方のアルが手を離した。彼が一度その場でくるりと回ると、ふわりと光に包まれる。現れたのは、気品に満ち溢れた一人の女性だ。
「御機嫌よう、諸侯の皆様、ジャント国のお三方。友人からの頼みで馳せ参じました、バーニス・カーサーと申しますわ」
その女性、バーニスは私の友人らしい。
瞬間移動の魔術で単身ジャントに乗り込んだアルの影武者として今日の会議に出席していた。アルがヤイナに頼もうとしたら自分から名乗りを上げたのだ。どこからともなく現れて、楽しそうだから出席したい、と。私のことが心配なわけでは決して、断じて無いと言い張る姿が印象的だった。
テーブルについてる人たちのうち、一人だけ眉間を揉んで現実から目を背けている男性が父親のカーサー公爵らしい。
つまり後から現れた方が本物のアル。事もなげに一国の王と王子を誘拐してきた彼は、目視で私の無事を確認すると優しく微笑んでくれる。
漸く『自分は何か間違えた』と思い当たったらしい末の王子と、彼に怒鳴り続けているその父と兄。
陛下は静かに口を開いた。
「この国は戦争をしたことがない。それは力が強かったからだ。だけど、私の代だけは、私が臆病だったからだよ。戦う力はあるのに、どうしても使いたくなかったんだ。どんなに強いと言ったって、戦争になれば人が死ぬ。何としても避けたかった。だからって、息子と娘同然の子の仲を引き裂くなんて、私はどうかしていたな」
私には陛下の言っていることがわからない。だけど何かがあって、それが私に関係していることはなんとなくわかった。
「息子に言われてやっと気づいたんだ。私は逃げていただけだ。力を使わず、結局大事な国民を二人も不幸にするところだった。力があるなら使うべきだ。今回みたいに、誰も死なないよう一生懸命考えながら。そうして平和を作るのが国王の仕事だ。一人の女の子を不幸にして守る平和よりずっといい」
陛下は私の方を向き、笑ってそう言った。




