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 王子って一般的にはどうやって話しかけるのが正解なんだろう。

 座っている彼を立ったまま見つめて考えた。山で別れてから時間はそんなに経ってないのに、すごく久しぶりに思える。


 アルは同じように私をじっと見つめたまま動かない。


「えーと、こんにちは」


 考えても分からなかったので何も考えず言ってみた。


「…こんにちは」


 律儀な返事。

 思った通りだ。私知ってるんだ。王子に召使いから声をかけるのも、見下ろして挨拶するのも、「こんにちは」とか言うのも、ほんとはすごく失礼なんだけど、アルはそんなこと気にしない。


 声が聞けて嬉しい。心がぽわぽわあったかくなった。下から見上げてくるアルがなんだか可愛い。このまま抱きついたらだめだろうか。だめだろうな。


 私の危険な思考を察知したわけじゃないだろうが、アルがすっと立ち上がった。


「俺はもう行く。この場所が使いたいなら勝手にしろ」


 あ、もう行っちゃうんだ。


「はーい。あ、えっと、アリスター殿下」

「何だ」

「体調に気をつけてくださいね」


 さっさと行こうとした足が止まった。


「…疲れて見えるか?」

「いえ、お仕事を頑張ってると聞いたので、言ってみました」


 嘘だ。他の人にどう見えるかは知らないが、私と別れてから一睡もしてないんじゃないだろうか。そんなに忙しいのか。


「そうか」


 それとも、私と別れたせいで眠れない、とか。


「だが『仕事を頑張る』など、王子として当たり前のことだ。労ってもらうようなことではないから気にするな」


 今私の心では、愛しさが心から溢れんばかりにむくむくと増殖している。アルはやっぱり真面目。責任感があって頑張り屋さん。二日ほど会っていなかった反動だろうか、この人のためならなんだってできる気がしてきた。


 そういえば彼のこういうところに対して思っていることをちゃんと言ったことはなかったかもしれない。


「いいえ。殿下はとても立派な方です。国のために尽くせる貴方を心から尊敬しています」


 こんな言葉は聞き飽きるほど言われてきたと思うけど。

 彼が少し、ほんの少し目を細めて笑うような顔をしたので、ついドキドキしてしまう。破壊力がすごい。


 落ち着いて私!今ドキドキしちゃうと見た目がBL!


 そのときつい、冷静だったら言わなかったことを言った。


「異世界の方も、早く戻ってくるといいですね!」


 にこにこ言い放ってから激しく後悔した。一瞬で空気が凍りついたからだ。


「ああ……そうだな…」


 普段より一段低い声。押し殺したある感情に満ちていた。

 多分表情も他の人が見たら、「殿下は今どんなことを考えていらっしゃるのかしら」ぐらいしか言わないだろう。

 しかし私には痛いくらい伝わってきた。先程までの浮ついた気持ちがしぼんで、冷や汗も出てきた。


 …あれ?あれれ、れ?


 それは初めてアリスターに見た感情。


 アリスター、何で怒ってるの? 


 ***


 アリスターとどうやって別れたのかあまり覚えていない。ついでにいうと、どうやって寮に帰ってきたかも。

 それくらい衝撃的だった。


 アリスターは絶対に私に対して怒っていた。王宮に送り返したこと、今も連絡していないことがいけないのだろう。

 喧嘩しようとしても一度も怒りなんて見せたことがないあの彼が。あんなにもはっきりと、身体中から私への怒りをほとばしらせていたではないか。


「……怖い…」


 もしかして、私はついに呆れられてしまったんじゃ。

 忙しい忙しいと言うが、こんなに忙しいのはなんでだ。アリスターは何で寝ずに仕事をしているんだ。国王が会議を開くのはなんのためだ。

 もしかして、新しい婚約者を決めるため、とか…


 思考が悪い方に行きかけたとき。部屋の扉がポーンと開いた。

 寮では一人一部屋与えられる。扉を開けたその男は隣の部屋のフィンだ。私がいるのは当たり前だが男子寮である。抵抗はあったが仕方がない。


「よおメグム、元気ねえなあ」

「ウウン、ゲンキゲンキ」

「あっ、わりい。そんなにか」

「ダイジョウブダッテー」


 フィンの用事は寮長からの連絡だった。去り際「ああそういや」と声をかけられる。


「お前今日アリスター殿下と話してなかった?」

「…うん、まあ」

「お前と殿下が一体何を話すんだ」

「うーん…こんにちは、とか…」

「いや会話薄いな」


 …とりあえず、アリスターにはちょっと会いにくくなった。気持ち的に。


 ***


 会いたいときには会えず、会いたくないときには会えるのはこの世の常である。似た文言が日本の仏教にもあった気がする。


 何が言いたいかといえば、私は翌日2日続けてアルに遭遇していた。

 時刻はすでに夕方の4時。アルを見かけた瞬間尻尾を巻いて逃げ、じゃない、方向を変えたんだけど。あっちに見つかってしまった。


 アルは私を見て「ちょうど良いのがいた」と言った。王宮の図書室でいくつか本を探したいらしく、その手伝いをすればいいだけだった。


「『マスタス税制の歴史と問題』…分野は政治、東側の棚のどこかだな。『外交闘争論』…これも同じ場所だ」


 図書室にて、アルがスラスラとメモを読み上げる。私は途方に暮れてしまった。だって、東側の棚って。壁一面、天井まで全て棚じゃないか。地震大国から来た私としては恐ろしい光景だ。


「…すまないな」

「いいえ!」


 でも探しているのが他でもないアルなので、私は本気を出さざるを得ない。やってやりますとも、あなたのためなら。会いたくないと思っていたけど、メグムの姿でなら大丈夫そうだ。


 私は右側から、アルは左側から、背表紙たちを順繰りに見ていく。

 舐めるように見回していたら、一番上の棚に『外交闘争論』を発見した。


 こんなに早く見つかるなんて!

 棚はものすごく大きくて、お互い端っこにいるアルはかなり遠いのに。

 意気揚々とハシゴをかけて登って行き、本を手に取った。

 そしたら。


 つるっ

「えっ」


 本の予想外の重さに私の体は簡単に傾き、ハシゴを踏み外した足が宙を蹴った。


「っ、バカッ!」


 内臓が浮く感覚。浮遊感に恐怖で意識が遠のく直前、アルの大きな声が意外と近くに聞こえた気がした。



 目を覚ますと近くに白い服のおじいちゃんが座っていた。

 黄泉の国だろうか?起き上がって辺りを見回す。

 違った。私は知らない部屋の清潔そうなベッドに眠っていて、白衣のおじいちゃんは王宮の医者だろうと察しがついた。


「目を覚ましたかい?痛いところはないかい?待ってるんだよ、殿下に報告してくるからね」


 おじいちゃんは優しくそう言って出て行った。痛いところはない。かなり高いところにいたのに。多分アルが助けてくれたんだろうな。


 ガラッと扉が開いた。アルだ。


「大丈夫か?」

「はい。助けてくれたんですよね、ありがとうございます。アリスター殿下の方が怪我とかしてませんか?」

「俺なら平気だ」


 そうか、ならよかった。

 アルは私の寝ているベッドの横までコツコツと寄ってきた。


「長いこと眠っていたから心配したぞ」

「そうですか、長いこと―――」


 長いこと?


 バッと窓の外を見る。真っ暗だった。血の気が引いた。


「あ、アリスター殿下」

「なんだ」

「今は、何時ですか?」

「ああ…」


 懐中時計を取り出すアル。


「23時59分だ」


 うわあああああ!


「出て行って!出て行ってください!」

「なんだいきなり!押すな!」

「ちょ、早く…もう!」


 押してもビクともしない。やけくそになって頭から布団を被った。


 私は0時になると変身魔法が一旦解ける。

 アルに私だとバレる上に、王宮中にいるらしい陛下の目たちにもバレてしまう。


「何やってるんだ、お前…」


 布の塊と化した私にアルの声が降ってくる。それだけで呆れているのだとわかる私はやはりさすがだが、もう声は出せなかった。

 私の体は布団をかぶると同時に収縮を始め、今まさに、髪は黒く長く伸び、胸は膨らみ、骨ばった四肢は柔らかさを帯びていっている。


「そういえば、お前の名前なんだ」

「…」


 体が完全に元に戻った辺りでまた声がかかった。

 もう出て行ってくれないだろうか。王子の問いかけに無視を決め込む私は懲罰ものだろう。ポニーテールにしていないせいで髪が前に垂れてくすぐったいし。


「…なあ、お前は不思議と話しやすいんだ。1つ相談をいいか」

「…」

「この世で一番大切な人間に呆れられ見損なわれたら、どうすればいい」

「っ、!?」


 危なかった。声が出かけた。

 それが私を指すという自覚くらいはある。私がアルに呆れた?見損なった?何を言っているんだろう。そんな事が、いつ。

 考えてはっとした。私はアルに言った。「以前のあなたなら逃げようとは言わなかった」と、「ごめんね」と。そして王宮に送り返した。


 記憶がないアルでも少し自分の立場や責任をしれば逃げようとは言わなかったはずだから、私のためにそんなことしてほしくなかっただけだった。あなたに変わってほしくない、と。

 それをアルは、あなたは変わってしまった、と捉えたのだろうか。


 ああ、もう。私の馬鹿。胸が痛い。比喩じゃなくもうほんとに痛い。言葉が足りなかった。アルを傷つけた。


 正体を明かすわけにはいない。

 でも、こんな風にポツリと悩みを打ち明けたアルを放っておくなんて、私にできるわけがなかった。


「…」


 右手だけ差し出した。ダボダボになった袖を変に思われないようにまくって、布団の下から握手を求めるみたいに。

 声だとバレてしまうけど、せめて彼に少しでも触れて慰めたかった。

 いくら彼でも片手だけで私だとはわからない。


「――――――は?」


 そう思ったのに。


 アルは次の瞬間、すごい力で私の布団を剥ぎ取った。


「何してるんだ、恵美…」


 布団を手に唖然とするアルとベッドの上で固まる私。

『何』なんてこっちが聞きたい。


 何でわかった、アリスター。

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