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 昇ったばかりのお日さまが眩しい爽やかな朝のことだった。マスタス王国王宮の廊下を、一人の少女が転がるように疾走していた。


 彼女はこの国の有名人である。トレードマークは頭の高い位置で一つに纏められた黒髪と焦げ茶の瞳。彼女が元居た世界ではありふれた色合いだったが、この世界では大変珍しい。


 少女は1年前何の前触れもなく空から降ってきた。名をエミと名乗り、周りは彼女を『異世界人』と呼んだ。その当時17歳、現在は先日18歳の節目を迎え、成人扱いである。


 落ちてきた少女には役目があった。古来からマスタス王国には時折異世界人が来訪する。確認されているだけでも150年に一人は落ちてくる。

 原因は世界の『気』の流れの不調と言われており、異世界人はその不調を正すため聖なる山に登る義務がある。また異世界から人が来るのを防ぐためだ。

 義務が果たされなかった前例もあるので放置していてもそれほど問題はないのだが、やるに越したことはない。


 その登山はさして過酷なものではない。王都から3日もあれば山頂にたどり着く。

 ただ、当代の王位継承者が同行するのが決まりだった。何代目かの王の妃が異世界人だったことに由来するこれといった意味はない決まりなのだが、伝統は伝統だ。


 今から約8ヶ月前、第一王子アリスター・マスタスは少女と共に山に登り何事もなく帰ってきた。強いて問題を挙げるなら、出発が通例より2ヶ月ほど遅かったことだろうか。

 無事に世界の『気』を正した少女は国の重要人物として王宮に住むことを許された。


 ここまで、国民にとっては「まあたまにあるし、へえ」くらいの出来事である。そんなことより物価や隣国の軍事大国との情勢の方がよっぽど重要だ。


 しかし今。この国で決して「へえ」で済ますことのできない事態が起こっていた。少女は先程国トップレベルの機密を特別に明かされ、素っ頓狂な声を上げて駆け出した。


 そして冒頭へとつながる。



***



 初めまして。私はこの世界ではエミと呼ばれている。

 現在進行形で全力疾走しているわけだがあまり気にしないでほしい。日本では運動部だったのでこのくらいは慣れっこだ。ついでに、そんな私を見てため息を吐くだけの召使いや侍女のみなさんも慣れっこだ。いつも落ち着きがなくて大変申し訳ない。


 でも許してほしい。今は緊急事態だ。


 何たって、私の大事な人が一切の記憶を全てなくしたらしいのだ。


 宰相様に耳打ちされた時も今も、信じられない気持ちでいっぱいだ。思考を置いて足だけが動き出した。

 非常に入り組んだ廊下を進み切り、やっと目的の部屋にたどり着いた。両開きの扉をバタンと開け放つ。


 まず目に入ったのは国王陛下、王妃陛下、なぜ先に着いていらっしゃるのか宰相様。そうそうたる顔ぶれである。


 そして彼。

 椅子に深く腰掛け長い足を組んでこちらを見ている。まるで一枚の絵画みたいなこの光景、すごいデジャブだ。

 それは一年前。この世界に来た直後のこと。ここの扉を開けたらこの人がいて、肘掛に頬杖をつき、感情の読み取れない目で私を見ていた。


『…名乗れ』


 その声はまだ王子なのに王様感たっぷりで、いやもはや謎の皇帝感たっぷりで。見事な銀髪銀目に目を奪われた覚えがある。


 ただ、あの時みたいに、なんだかすごい人がいるからとりあえず跪いて服従の意を示しておこう、などとは思わない。そんなことをするにはこの男のことをよく知りすぎている。


 私はそんな彼を頭のてっぺんからつま先まで眺め回し、胸を撫で下ろした。


 なんだ。何も変わってないじゃん。


 顔も身長も座り方も全部一緒だ。唯一違うところと言えば、昨日までの親しさが微塵も感じられないことくらいだ。良かった良かった。そうだよね、1年かけてあんなに仲良くなったのにまさか忘れたりしない。確か昨日かけてくれた最後の言葉は「ああ、待ってろ」だったな。その続きから入るに違いない。


「………名乗れ」


 ほら、静かな低い声も変わっていない。良かった良かった。



 ――――じゃない。


「嘘でしょ!?またそっから!?」


 大きな声を出したら途端に珍獣を見るような目で見られた。その目懐かしい!最初の頃よくされた!


「冗談きついって、大親友」


 へらへら笑って昨日までの彼との関係を教えてあげたらものすごく胡乱げな視線を送られた。「なに言ってんだこのちんちくりん?」と思われている気がするのは私の被害妄想だろうか。

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