『天才』という存在のつらさを落ちこぼれ天才が語る
天才という言葉を聞くと恐らくはプラスイメージが湧くだろう。
けれど、天才はつらい。
自分はあまりにつらいため正確な知能指数をはかってもらったところ、IQ測定不能の高数値をたたき出した部分とIQ70前後の軽度知的障害の部分が脳内に同居しているのがわかった。
ちなみにIQ測定不能というのはIQ140以上、偏差値で言うと80を超える。
この無茶苦茶な知能分布のせいで私は平均IQ124の、いわゆる天才に片足を突っ込んだ部分にいたのだ。
東大生の平均IQが120であるといえばIQ124がなかなかの高さなのはわかってもらえると思うし、140以上が規格外なのもわかってもらえると思う。
なにしろ規格外すぎてIQ140以上の数値は測定できないのだから。
測定してくれた医師は「頭パーと天才が同居してりゃそりゃつらいねー。こういう人ってパーの部分も福祉の手助けも得られないからねー、しかも天才の部分見ちゃうとパーの部分見られたときにできるくせにバカにしてると思われるからねー」と暢気なことを言っていた。
確かにそうである。
いっそ全IQが70前後なら福祉の手厚い擁護を受けることができる。けれど、「私はこの部分が知的障害なんです!」と主張しても、役所は総IQで判断するため、頭の中にパーが住んでいても「でもIQ120越えてるんでしょ?」と門前払いである。
不公平である。
それに天才のメリットもほとんどない。
塾の講師にでもなればと言われたが、IQが高すぎると問題を見た瞬間に答えがわかる。
その間に思考はないし、なぜその答えになるかも説明できない。AはAである。だって問題文からして答えはそうなるのだから。としか言えないのである。
こんな塾講師はどこにも雇ってもらえない。答えに行きつくまでの説明もできないから教師にもなれない。
フィーリングで問題は解けると言ったら受験生に殴られるだろう。
ちなみに私は入試はパーの分野は暗記でカバーした。
幸いなことに暗記の部分は天才だったので、苦手分野はすべてを暗記したのだ。
この問題文が来たらこう解けばいい。解き方の理屈も何もわからないがひたすら暗記した相似問題に当てはめていく。
受験とは恐ろしい。
私はこれで高校入試も大学入試も何とかなってしまった。
何が言いたいかというと、天才はけして恵まれたものではないということである。
ただ、一部のすべての知能指数が平均的に高い天才が素晴らしい業績を残せる。
それだけのことなのだ。