旅立ちの日
転生から十五年と少々の月日が流れた。
本日の天候は晴れ。雲一つない気持ちのいい青空。
この日俺――クロノ=アルファルスは、生まれ育った村を出ようとしていた。理由は王都のとある学院の入学試験を受けるため。
そのために俺は、転生してからずっと暮らしてきた村を旅立つ。
思い返せば、この世界に転生してから色々なことがあった。俺が生まれた村は国の辺境のため、前世の暮らしに比べると辛いものだった。
早くこんなところを出て、異世界生活を満喫したい。何度そんなことを願ったか。
しかし実際に村を出る直前になると、何となくここの生活を惜しいなどと考えてしまう。
だが今更そんなことを考えても遅い。だから俺は快活な笑みを作りながら、
「それじゃあみんな、行ってくる!」
元気いっぱいの声音で別れを口にした。
そんな俺の言葉に、村の入り口前まで俺を見送りに来た村人たちは、
「「「「二度と帰ってくるな!」」」」
口を揃えて別れのムードをぶち壊しにするような暴言を吐き出した。
「酷えよ、みんな! 何でそんなこと言うんだよ!?」
「うるさい! お前のせいでウチの村がどれだけの被害を被ったことか!」
「そうだそうだ! むしろお前がいなくなるって考えただけで、俺たちは清々してるよ!」
とてもではないが、これから旅立つ人間に送る言葉ではない。他の村人も諌めるどころか、同意するかのように全員仲良く首を縦に振っている。
こうなってしまったことには、神からもらったスキルが関係している。
俺が要求したスキルは『全魔法適正』のはずだったのに、あのクソアマは全く違うスキルを渡しやがった。
そのスキルは俺にとんでもない身体能力を与えた。十中八九『無敵』だろう。このスキルのせいで、俺の異世界生活はメチャクチャにされた。
おかげで村には置いておけないと言われ、学院に半ば村を追い出される形で向かうことになった。元々異世界生活を満喫するつもりだったから村を出るのはいいが、こういった形は不本意だ。
そんなことを考えている間にも、村人たちの罵詈雑言がやむことはない。
「昔お前が村の周辺を徘徊していた熊を倒した時のこと、覚えてるか!」
覚えている。確かあれは七年くらい前だったか? 熊などモンスターに比べれば可愛らしいものだが、そのモンスターすら滅多に現れないこの村では結構な大事だ。
普通なら村の男たち総出で倒しにかかるものだが、実際に任されたのは当時八歳だった俺。
八歳の子供に熊退治をさせるなど正気の沙汰ではないと言いたいところだが、この頃すでにスキルのせいで色々やらかしてた俺はそんな常識には当てはめてもらえなかった。
熊自体は無傷で倒すことができた。しかし問題だったのは熊の倒し方だ。
力加減が上手くいかず熊にかなり強めの力を振るってしまったのだ。どれくらい強めかと言うと、殴り飛ばした熊が弾丸の如し速度で飛び、その軌道上にあった村の家や畑が木っ端微塵になるくらいだ。
ちなみに熊の死体は吹き飛んでる途中で俺のパンチの威力に耐えられなくなり爆発四散。しばらく肉が食えなくなった。
おかげで熊以上の被害を出してしまい村のみんなにしこたま叱られたのはいい思い出だ。
「お前がやらかしたことは他にもあるぞ! 例えばだな――」
その後もネチネチとみんなの怨みつらみを長々と聞かされる羽目になった。これ、別れの前にやる必要ある?
ちなみにこの怨みつらみはウチの両親も参加していた。普通ここは息子を庇うべきなのに、俺はこの世界でも親に恵まれないのか?
まあことあるごとに家を半壊させた俺が悪いんだけどさ。
「……もう行ってもいいか?」
罵詈雑言がやんだタイミングで、ちょっと涙声で両親に訊ねる。
「おう、行ってこい。そして二度と帰ってくるな」
「帰ってきても、あなたの場所なんてないわよ!」
とても親とは思えない発言。そこは息子の身を案じたりするべきじゃないの? まあ色々と迷惑をかけた俺が言えた義理じゃないけどさ。
色々と残念な気持ちになりながら村を出ようとしたところで、あることに気付いた。
「なあ、俺って王都までどうやって行けばいいんだ?」
「走ればいいだろ?」
訊ねると、父親がさも当然のような顔でとんでもないことをほざきやがった。
「お、おっかしいなあ? 確か王都までは馬を使っても一週間はかかるって聞いてるはずなんだけど……」
「何を言ってるんだ? お前は馬より速いだろ?」
「だからって、これから旅立つ息子を王都まで走らせるか、普通!?」
「お前は普通じゃないだろ。あと、学院の入学試験は五日後だ。急がないと間に合わなくなるぞ」
「クソがああああああああ!」
俺は天に向かって吠えながら走り出した。