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まじかるココナッツ。  作者: いろいろ
1章
89/162

1幕:プロローグ1

次章開始です。

 

 日差しが先月よりも眩しく、そして熱を帯びてきた。

 もうこの時期にもなるとちょっとした作業ではすぐに体を火照らせてしまう。

 初夏の始まりを身を持って感じてしまう日だった。


 幸いにもこの地では安定したほど良い風が一年中吹いており町内から郊外のいたる所に風車が見られる。

 その風車による風の力を利用て水車を回し水を各地に引き入れ畑や生活用水といった普段の営みに利用するのはもちろんのこと。農業牧畜を含めた第一次産業から織物や鍛治などの第二次産業へも巧みに利用されている。

 町の内外の至る所に張り巡らされた小さな河川は昔から様々なことに利用されている。

 最近では小舟巡りのような観光にも取り込もうという動きも見られる。

 それほどこの辺りに住む人々にとって本当になくてはならないものだった。

 大自然の恵みは偉大である。


 ただ今日は珍しく風が途絶えており体感温度が昨日よりも高く感じられる。

 窓を全開にしたところで涼しさは全く感じられなかった。

 そんななんとも言い難いとした過ごしにくさを明確に間近に覚えるこの日、リズは朝から続く支度を忙しなく終えた後、自分用の受付席を軽く注視してから客席からは見えない位置にある愛用の手鏡で自身を見渡した。


 白い長袖の薄いブラウスに赤く小さなタイ。

 黒のスカートに薄手の黒色のタイツ。

 それから綺麗に磨き上げた革靴と小さなピンバッジ。

 栗色の前髪を若干斜めに流しつつ後髪はそのまま肩に下ろしている。

 髪型や制服、バッジと名札の位置を確かめ違和感がないことを確認する。


 田舎とはいえここは冒険者ギルドを含め様々な機関が所属するその出張所の一角である。

 大きな行政施設の建物の中の一角にスペースを間借りしているのだ。

 そして自身はその顔となる冒険者専門の受付職員。

 だらけた格好はふさわしくない。

 それにそんなことは彼女自身が許さなかった。


 額にうっすらと浮かぶ汗を折りたたまれた綺麗なハンカチで拭いラズは再度の身支度を整えた後、一通りその成果を振り返った。


「ふーっこれでお掃除終わり。あとはお茶菓子とそれから昨日の連絡事項を確認っと、、、」


 彼女の名前はラズ。

 今年成人したばかりの冒険者ギルドの新人職員である。

 受付勤務となって早数ヶ月、やっと仕事が板についてきた頃だった。


 成人仕立ての15歳にして卯の月から冒険者ギルドでの職員に採用されたあたり彼女の優秀さが伺えた。通常だと数年ほど他の内勤を得てから受付に回される事がほとんどだという。

 その非凡たる優秀さだけでなく彼女のルックスが悪くはなかったことが幸いにも影響を与えたのかもしれない。人よりも整った顔立ちのためこの人口が少ない田舎でも中々の人気を誇っておりいつも彼女目当ての客足が途絶えることはない。

 もちろん彼女に対しての下心などを目的に何かしら理由をつけては会話を試みようと接してくるものも少なからずだった。


 彼女の物怖じしない性格と度胸、また子供じみた趣味、そして一風変わった特徴などなどがギャップを呼びスタッフ内外だけでなく町の人たちにも冒険者たちからも好まれ可愛がられているということを自覚している訳でもなく。

 まさか彼女のその変わった特徴と仕事っぷりを遠巻きに、もしくは至近距離で見学しようというくだらない理由も含まれているのだと知る由がなくとも彼女の前にはいつも人が詰めかけるのでギルドの顔として油断も余談も許されないのである。


 今日の準備も完璧。

 あとはあとは連絡事項の確認。

 それから、、、


「こら!!ラズ最初に確認することはこっちからよ。受付担当は情報が命だからね」

「すみませーん、先輩」


 同じ受付業務を担当しているラズの先輩だった。

 彼女の担当は主に商業ギルドの業務であり、そのほとんどを一手に受けている。

 それに加えラズから見ても中々の美人さんでありグラマラスな体型を持つ大人の女性だった。

 仕事はできるし頭の回転も早い。

 もちろん冒険者たちからも街の人たちからの人気も信頼も厚い。


 それに彼女の仕事っぷりとメリハリの効いた膨よかな体型はラズにとって憧れそのものだった。

 自身の幼児体型っぷりを心から呪いながら彼女は手渡された朝刊と資料を自身の冒険者用の受付席に腰を下ろし見渡した。


 いつもと変わらない連絡事項の数々。

 最近増えつつある魔物退治の依頼と失踪事件。

 隣町の出来事から都会の流行り物やこの田舎町の微笑ましい出来事。

 彼女が世話になっている大家さんのお孫さんが最近言葉を話せるようになったなんて記事も載っている。

 刺激がない田舎なのでちょっとしたことでも記事になるのだ。


 刺激といえば最近噂に聞く『英雄街壊滅』の見出しがついた記事があった覚えがある。

 はるか遠くの国で起きた大事件であったらしい。

 かの有名な『戦慄の人形師』の傘下である『十指』と呼ばれる凄腕集団。その一人である『怒り狂う中指』が関わった事件だと記憶している。Sクラスの大犯罪者が関わったという近年稀に見る悲惨な大事件だったらしい。こんな遠い異国の都市部でも『災厄』と呼ばれる魔物が復活したのではないかという憶測や噂が飛び交っているそうだ。


 しかしこの遠い田舎町となるとそんな情報も何週間も遅れて届くことは珍しくない。

『英雄街壊滅』という大事件もすでに何週間も前の情報でありすでに過去の出来事なのだ。

 それに彼女にとって『英雄街』とは名前だけならよく聞くがはるか遠い国の話であり知識もほとんどなくやはり外の出来事だった。ラズには『英雄街』よりも、やはりあの有名な絵本のことの方がはるかに身近に感じられた。小さいころから読んで聞かされたあの『絵本』の舞台であり『災厄』と呼ばれる魔物を対峙し『女の子』を救ったたあの街の『英雄』の物語。


 実はかの『英雄』は凄腕のイケメン剣士であり実在しているらしいということがどんなに心を踊らされたことだろうか。


 あぁ~一度はそんな凄腕のイケメン剣士に声を掛けられてあんなことやこんなことを、、、、

 あぁ~そんな王子様に手を引かれ一夏の恋を、、、

 あぁ~こんな田舎町の受付嬢にもそのうち、、、いえ今にでも王子様がやってきて、、、


 ラズがそんな妄想を募らせているとポカンと頭を何かで軽く叩かれる音が響いた。


「コラ幸せそうな顔をして、、、声に出てるわよ。こっちは手配書や依頼書張り出し終わったからねってラズ!!妄想は後からにしなさい。もぉー隙あらば一人で現実から目を背けるんだから、、、」

「はぁーい先輩、今日も現実と向き合いながら頑張ります、、、」


 呆れた顔をした先輩を隣にラズは残りの資料を見渡した。

 どれも大した内容ではないが一応頭の隅に留めておく。

 すぐに役立つ情報は少ないがこの先必要になる情報になるかもしれないからだ。

 近隣地域で不思議な詐称事件や窃盗事件があったらしく黒い噂が絶えない貴族や商人たちが大被害を被っているらしい。

 他にもマフィアが運営するカジノが軒並み荒らされたもある。

 次のページには小さなニャンコがすごく可愛いとか大きなワンコは見ていて落ち着くだとか動物の記事が組まれており、読んでいて心が癒された。ほかに魔物に襲われてオーガに助けてもらっただとかトレントに木ノ実をプレゼントしてもらったなんて記事もある。


 世界はなんだかんだで平和に満ちているらしい。

 そんなラズに隣から呆れたような声が掛かった。


「ラズ、そろそろ受付開始するわよ。今日は珍しく誰もいないからって、、、その溶ろけた顔を引き締めなさい」

「はぁーい先輩」


 顔を仕事モードに切り替えラズが立ち上がった時だった。

 正面入口の扉が静かに開かれた。


「ごめんくださーい」


 若干不安そうな若い男性の声が屋内に響いた。

 本日最初の尋人である。


「ようこそ、ラクスラスクの町へ」


 ほぼ反射的にラズは笑みを浮かべながら声を張り上げたのだった。


妄想に生きるラズ:(○´∀`).。o○王子様〜♩


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