43幕:初めての出張とホムホム村1 『北の村へ』
いつものようにゆるふわマイペースで本編再開です。
目下に広がる景色は壮大であり雄大である。
大人は己の小ささを再認識するし子供は滅多に見ることができない光景に心を躍らせる。
澄んだ空気は冷たいが心地よく緑の香りとともに胸いっぱいに広がった。
山の中腹から見渡す光景はこの辺り一帯を見渡すことができた。
麓には小さな村が広がりその周り全てを大きな木製の柵で囲われている。
その村からさらに向こうへまっすぐに続く道も同じように道沿いに柵に覆われ、その道沿いにも一定面積ごとに柵に囲まれた土地が広がっていた。
その中には牛や馬、豚といった家畜も見ることができるし、一方で背丈が大きな作物、草だけが生えた土地、それから何かの果樹園のような場所も見ることができる。
畜産と農業が主産業の村、ホムホム村である。
ホルクスでは北の村、麓の村と呼ばれている。
ここから仕入れる家畜の乳酸品、そして農作物はとても質が良いことが有名でホルクス、そしてイルギルやそのほかの土地へと毎日のように大量に出荷されていた。言い換えれば、それだけこの土地が豊かである証拠でもあった。
ホルクスも街周辺だけでもそれなりに賄えるくらいの農作は行われているし畜産も行われている。近郊の林や森、そして豊富な水資源を利用した果樹園が広がっているし他の産業も行われている。
イルギルでも農作にしろ畜産にしろ行われているが、そこはこの辺りで最大の消費地であり規模の大きな町である。集まる人々、そして住まう人々を支えるため周辺の生産地から大量に物資が運び込まれている。
特にホムホム村からの生産物資はとても貴重なものであり重要なものだった。
そのため出入りする人間は多く村はとても賑わっている。
その中でもやはり商人が大多数を占めているだろうか。他にも物騒な大剣を抱えたものもいるしエルフやドワーフといった種族のような人たちも見ることができる。
ここは山麓に広がる小さな村である。
当然、自然と人との距離がどの町よりも近く、そのため魔物の被害が広がることが多い。
その被害を少しでも減らすため、そしてこの村の資産や人々を守るため冒険者ギルドだけでなく治める領主からも防衛拠点として多くの冒険者が詰めかけていた。
彼らに回される依頼は数多く防衛から魔物の討伐、家畜の放牧の手伝い、草むしりに乳搾りと多岐に渡る。雑務が多い依頼類ではあるが、即現金収入に繋がるし食に困ることはないため意外に人気があった。
蒼葉とココにあった依頼もそんな中の一つである。
蒼葉たちはそのホムホム村から山の方へと登った中腹の牧場へと足を運んでいる。
ここはイルギルの町で困ったお婆ちゃんをお手伝いしたことがきっかけで取引を始めた畜産農家さんである。
先日そのお婆ちゃんからギルドへとある依頼が出され蒼葉たちに声が掛けられた。
、、、というより指名依頼だった。
最低ランクの自分たちへ。
未だに目が冷たく怖いオーガの美人担当官をのらりくらりとやり過ごし、どこぞの次女のさらなる魔の手から逃亡を図る良い機会だった。なお社長からの業務命令として次女に泣く泣く送り出されたので表向きは出張中という扱いになるだろうか。
なお諦めきれず一緒に付いてきたがった直属の上司は社長に突き出して諦めてもらった。
もちろん帰ったらお土産で胡麻を擂る予定である。
今回のここでの滞在期間は3日を予定している。
「「「ひひぃーーーん!!」」」
子供達と馬さんの声が響き渡る。
馬がいるのか。
ココが大魔法を乱発して以降、メガネの奥から覗く眼差しは冷たいままだ。お婆ちゃんからの圧力と黙秘権を理由に詳細は伝えていないことが理由かもしれない。少し前に考案した新作の物語『ギルドのオーガ物語』を子供達に披露したことはバレてはいないだろう。商人ギルド経由で関連グッズを秘密で販売しようとしただけなのでバレる訳がない。ちなみにそれを嗅ぎつけたどこぞの上司の顔がなぜか不気味なほど黒い笑顔になった。
蒼葉は草むらに寝転がって居眠りをし、ココとローロとマロンは家畜の牛さんと遊んでいた。そこでは小さな女の子一人が仲間入りしている。
道中、山の中で拾った女の子である。身につけているもの、そして服や小物類、本人の気品から高貴な生まれではないかと推測している。
どうやら彼女はあっという間にココたちと仲良くなったらしい。
「「「もおぉーーーぉ!!」」」
3人の女の子と牛さんたちの大らかな叫び声が響き渡る。
のどかだ。
まるでここだけが時間が止まったかのようなそんな雰囲気が漂っている。
蒼葉が企んできたことをついに実行するための日、いわゆる縁日まであと少しである。
関係各所に根回し済み、協力者手配済み、書類等処理済み、雑務等処理済み、残すは素材と指名依頼だけ。指名依頼も時間がかかるので今は待機中である。
ほとんど完了した。
あとは蒼葉とココとマロンとローロのことだけだ。
ずーっと練習してきたし、あと1週間もあれば大丈夫だろう。
「「「ぶーーーーーっ!!!」」」
可愛い鳴き声だ。
寝転がりながら横目で麓を見渡すと村から続く道には馬車が往来する姿が小指のように小さく写っている。
相変わらず出入りが多い村である。
蒼葉たちがお世話になっている牧場と比べればその差は歴然だ。
ここには牛と馬といった家畜だけ。あとは近くに数世帯のみ。それも農家と木こりと狩猟者と酒作りをしているという人だけ。
聞こえるのは家畜の鳴き声、風が吹く歌、植物が鳴らす声、あとは鳥たちの囀りだろうか。
こんなに落ち着く場所はない。
「「「こけこっこー!!」」」
今度は鶏さんの真似である。
これから先、ここは蒼葉の逃亡先の一つとしてたまにお世話になろうと思う。
この大自然が蒼葉の心の闇を、上司からの圧力を、育児の現実を、全てを浄化しれくれるのである。
ふははっは、大自然よ私は帰ってきた!!
「貴様、さきほどから寝てばかりではないか。仕事をせんか、仕事を!!」
遠くから怒気を含んだ竜人の声が響き渡る。
その声の主は蒼葉のだらけた姿に腹をたてたのかドカドカと足音を立て近づいてきてるようだ。
蒼葉はバッグから生ミルクキャラメルを取り出し放り投げてから手で追い払う素振りを見せた。
「ブルーベル、、、仕方ないわね。排除してくるわ」
安い。
生ミルクキャラメル一つで言うことを聞いてくれるなんてなんて。
実に安い。
「邪魔をするなアイスラ、、、この男だけなぜサボっているのだ!?花鳥だろうがなんだろうが一人だけ甘やかすな!!それにお前も仕事しろ!!」
「何言ってるの?私の仕事は護衛、ご、え、い!!あなたの仕事はこの辺りの魔物の討伐。それに彼の仕事はまた別でしょうが。早く行ってきなさい!!あなたのせいでこっちはずーっと待機せざる得ないのよ。あなたの仕事が遅いからこちらは待機してるの。風の精霊よ我が身に宿りし力を以ってその力を我が身に宿したまえ、、、ウィンドアロー!!」
「こら、ちょっ待て、、、急に危ないだろうが!!」
「いいから早く仕事に行ってこい!!」
「「「ぎゃおぉーーー!!!」」」
少し遠くで物騒な音が聞こえるが微笑ましい。
今はまだ待つ時間なのだから気にしてはいけない。
蒼葉は風が優しい歌声を聴きながらゆったりと時が過ぎるのを待つのだった。
重い。
腕が重い。お腹が重い。
まだ重い瞼を引きずって少しだけ開けてみた。
左腕の上で亜麻色の小さな頭が一つと赤茶色の小さな頭がもう一つ。
それから右腕に金色の小さな頭が一つ。
右手の平に黒い小さな野球ボールがあれば、、、お腹に透き通るような水色の頭が、、、重いわけだ。あと他にものしかかっているような、、、
なぜ自分を枕に、、、いやこれは布団だろ。
そして蒼葉の意識は完全に途切れた。
夕食後、蒼葉は牧場の調理場を借りていた。
牛の生乳と今日取れた卵などなど鮮度抜群の素材を使いあるものを調理した。
その味は優しく繊細にして濃厚で深い。
「勝てる、、、これで勝てるぞ。ふははっははは、、、」
これうますぎる。まじうま過ぎる。今度のデザート決定でしょ。
素材が良過ぎるから何作ってもうまいや。たぶん余計なことしない方がいいかな。シンプルベストでしょ、すでにメインも決定したし、、、お菓子類も飲み物も終わったでしょ。あとは念のため予備の料理を考察すればいいかな。正直これ単品だけで店出せるレベルじゃん。これルーリさんに見つかったら確実に決定とか言い出すから絶対黙ってよう。生産の都合上無理だし。これお店でこそっと出して様子みてみるかな。とりあえず縁日で確かめよう。
めちゃくちゃ悔しがる上司の顔が思い浮かぶ。
その光景を眺めながら蒼葉はドヤ顔で彼女に一口だけ味見をさせてあげ、そして稼いだお金を数える姿を見せつけるのだ。
一枚一枚丁寧にじっくりと。
それから目の前でそのお金で彼女の頬をビンタするのもよし。扇ぐのもよし。上から目線で見下すののもよし。
想像して見てほしい、、、自分をあの手この手で利用する可愛い美少女が本気で悔しがる顔を。
ただ下克上ざまぁである。
絶対に彼女に先日やられた借りを返すことを誓い蒼葉は一人高笑いをあげた。
大人気ない?そんなことはない。冒険者たるもの舐められたら終わりだと教官がいつも言ってるから気にする必要はない。
このまま順調にいけばグルメフェスでも各賞は総舐めできるのではないだろうか。
蒼葉は心で高笑いしながらスプーンを人数分だけすくってそっと横に突き出す。
「おいしい?」
「「「「「んーーーーー♫♩♫」」」」」
声にならない歓声が響き渡る。
聞くまでもない。
子供たちである。
ココもローロちゃんも拾った女の子も牧場の男の子も顔がマロンのように溶ろけている。側にいる美人の駄エルフも似たようなものだ。
ふふふ、、、これで完全にこのエルフを掌握した。
凛々しかったギルドのランク選定の時の勇姿はどこに消えたのだろうか?
先日の試食会以来、彼女はブルーベルスィーツの虜である。
蒼葉は一人黒い笑みを浮かべながら買収した彼女に感想を求めた。
「アイスラさんはどう?」
「最高だわ、里でも食べられないこの味この香り全てがまるで新世界、、、」
長いので左から右へと聞き流しながら蒼葉は作った品々を器に盛り運ぶように子供達に促した。
これで蒼葉の計画が実行できる。
すでにナマ乳の活用法という指名依頼の件は消化しつつあるので残り滞在しているうちにほかの試作と素材の確保とさらなる味の発見を行わなければならない。
まぁ小さい子どもを拾っただの、ココたちが何か拾い物しただの、味見という名の摘み食いが未だに止まらないなど大した問題ではない。
ギルドのオーガのスピンオフと関連グッズを秘密で販売しようとしてるだの、ここの牧場のお乳を使った独自スィーツブランドを黙って立ち上げただの、ブルーベル流が子供達に大流行しているだの、他の物語の絵本も販売を狙っているだの、街中の子供達からなぜか頭領や頭と呼ばれ始めただの、、、
所詮は大事の前の小事。
全てはドヤ顔で上司を見下すためなのだから。
アイスラ:次は何を食べさせてくれるのかしら? (`・ω´・)ワクワク
恐れ入りますが、、、、ココに癒されたい方、蒼葉のように現実を直視したくない方は、もしよろしければ評価やブックマーク等いただけると嬉しいです。




