41幕:バレた魔道使いと東の国の殺し屋4−2
会場中が固唾を飲んで見守っている。
一方的な試合展開に誰もが目を離せないでいた。
「やるな青年、ならこれはどうだ?」
高速の3連斬撃が放たれる。
だが蒼葉は何とかその切っ先をダガーで逸らし往なし身を躱す。
そしてすかさず反撃しようとするのだがその時にはすでに大勢を整え直し一部の隙をも見せない。
圧倒的な技量、実力の前で蒼葉は防戦一方であった。
何度も地面に転がっては立ち上がり挑むものの相手にならない。
ココとマロンとの秘密の特訓がなければ回避できなかっただろう。
「なかなか、、、攻撃はともかく避けたのは正解だな。だがこのまま追撃されていれば追い込まれるが、、、どうするかね青年?」
「はぁはぁ、、、まともにやりあったら勝負にならないことぐらい分かりますとも、、、危なっ!!」
再度の3連撃直後に合わせて蒼葉はカウンターを狙うがその意図を読まれ一瞬だけタイミングを遅らせ同時に脇腹に蹴りが放たれる。
完全に隙を突かれたタイミングだが、蒼葉は体の軸を蹴りの方とは逆に回転させ軸をずらした。
その蹴りは背筋が凍るほど鋭かったのだが運良く避けることができた。
今のは感が外れていたら木剣といえど完全に複雑骨折していただろうと確信できた一撃だった。
たぶん内臓損傷も免れないだろう、、、正直笑えない。
上が見えないほどの剣の腕に合わせて恐ろしいほどの体術。
ものすごく手加減しているとはいえ比較できようがないほどの技量。
手を合わせただけで蒼葉には分かった。
観客席を背に対峙するこの男は今まであった誰よりも実力がある。
勝つのは絶対無理。
だがこの場でその必要はない。
認めさせればいいのだ。
この男を、、、この目の前のマークスという実力者を。
「さぁかかってこい今のままだと資格発行はできないぞ青年」
「はぁはぁ、、、マークスさん、、、」
長い白髪混じりの赤髪を背後で束ねた姿は背格好も相まってとても凛々しく格好いい。
同じ男性からしても羨ましいほどだ。
恵まれた体格から放たれる長剣は鋭く重い。
その上その斬撃に合わせて蹴りが放たれる。
この蹴りがとても厄介だった。
とことん蒼葉の隙を付いてくる。
蒼葉が反撃しようとした隙、回避してバランスを崩した隙、油断した隙をことごとく蹴りでトドメをさそうとしてくる。
まるでそこが弱点だと言わんばかりに教えてくれるかのように。
「誰かあの攻撃を凌げるか?」
誰かがぽつりと口にした。
高速の斬撃は鋭く軽くはない。それを連続で叩き込まれる。
隙があればすかさずその隙を容赦なしに突かれる。
すでに5分間くらいだろうか誰から見ても上出来だった。
5分もあの猛攻を凌げるか?
手加減されているのは分かっている。
自分たちが経験が少ない新人だということも分かっている。
この中には実践経験豊富な者もいるだろう、逆に全く素人な人間もいるだろう。
彼が少し実力を出せば地面に倒れる者が誰かはすぐにわかるだろう。
目の前の漢は英傑でありこの国内外に名を轟かせる者の一人。
その名ははるか遠くの国にも及ぶ。
そんな相手を知ってか知らずか答える者はまだいない。
「あの男相手に何分持つ?」
少しして誰かが口にした。
「あのレベルなら3分だ。正直あの男を子連れの優男だとバカにしていた。それは今でも変わらないが、、、信じられん」
エルフは誰かに聞こえるように口にし竜人はバカ真面目に付き合った。
お互いに格上冒険者の実力の餌食に晒された者同士である。
一方は氷漬けにされ一方は水の拳で袋叩きにされた。
それも相性がいいと思っていた見た目の相手に手加減されて。
中には土魔法で雁字搦めに拘束されたものもいれば、徒手空拳で手取り足取り遊ばれたものもいる。
そして全ての挑戦者が怪我一つなく観覧席に戻された。
ギルドにはこの街で聖女と呼ばれる神官が救護所に待機しており出番が終わった冒険者を治癒している。
だから試合が終わった後にこうして最後の試合を無事観覧できている。
全ての冒険者が二人のように出鼻を挫かれプライドをへし折られており意気消沈としていた。
一人だけ違う冒険者もいたのだが、そちらは規格外であり話にならない。
集められた全ての試験管たちが強者揃い。
中でもシルク、そしてマークスという実力者が現れた時は会場中が騒ぎ出した。
どちらも他国に名を轟かすほどの有名な人間である。
だがそれも最初だけであり今では静寂な空気に戻っている。
「マークスさんに認めてもらうだけなら、、、ぐへぇ」
蒼葉は彼を軸に反時計周りに歩きながら盛大に転けた。
身につけていたバッグの中身も合わせるように辺り一面に散乱した。
「いたたた、、、まずい!?マークスさんに襲われる!?」
「ふふふそんな格好で襲うつもりはないぞ青年、、、」
よほどおかしかったのか笑みを浮かべてこちらを眺めている。
一旦仕切り直しである。
こぼれた荷物を中に慌ててしまいこんでからすぐに立ち上がり姿勢を整える。
何点かは取りこぼしたが今は仕方ない。
後で拾えばいい終わった後で。
そして同じように歩き出した。
目の前には目を少しも逸らさないマークスさんがいる。
その背後には観覧席があり、ちょうどそこからまっすぐ見渡せる位置どりだろうか。
再度、戻ったこの位置こそが蒼葉にとって最高の場であり一番見られる最良の位置。
つまり舞台を上げるには最適な立ち位置なのだ。
「全く、、、マークスさん強すぎますよ、、、仕方ない奥の手を使わせてもらいます」
「ほお、、、それは楽しみだぞ青年」
蒼葉は二刀のダガーを鞘に納めると白い布を出現させた。
どこから出したかは誰にも分からないだろう。
白く大きな一枚の布である。
慣れ親しんだ基礎のマジックであるが蒼葉には普段料理するのと変わらない仕草の一つにまで昇華していた。
だから外から見れば何をしたか分からないほどの業である。
それを地面に寝かせダガーを己の腕に刺し血を垂らした。
「!?」
その布は誰が見ても普通の布ではなかった。
描かれていたのは魔法陣。
誰も見たことがない文字が使われていた。
瞬時に塗薬で止血してから蒼葉は両手を地面にかざし聞こえるように唱えた。
「口寄せの術」
白い布は勢いよく燃え出した。
そして中から小さくて黒いスライムが飛び出してきた。
「「「なっ!!???」」」
目の前の光景に一同が信じられないような声を上げた。
「何だあれは?」
「知らないわ、聞いたことがないし見たことない魔術よ」
「それにあのスライム普通じゃない」
「見ただけで分かるわよ。あれ絶対私たちよりも強いわ」
会場中が唐突に騒ぎ出した。
それもそうであろう。
見たことがない魔術から飛び出してきた謎の黒いスライム。
あのスライムには恐ろしいほどの魔力が感じられる。
そして正体不明の術を操る見た目がさえない青年。
今の術に全く魔力を感じなかったのだがそれが謎を呼び何か得体の知れないものを感じさせている。
はっきりと感じるこの感覚は静けさ、、、いや不気味さだろうか。
二人だけでなく目の前の現実に誰しもが追いついていない。
「くそっ!!おのれ本物だったか、、、」
「そうね少なくともあなたより実力はあるわよ、もちろん私よりも。彼の順番が最後なことには納得できたわ」
竜人は目の前の光景に悔しがり、エルフは目の前の現実に納得した。
一方、彼らの近くの席では亜麻色の髪の女の子が席を立ち、わなわなと震え呟いている。
「あ、あれはまさかお兄ちゃんは、、、まさか、、、」
魔力を感じない以上魔法なのか魔術なのかは分からない。
魔力を隠蔽する術があるのかもしれないしそれ以外なのかもしれない。
ただ一つだけわかったことがある。
彼はまだ何かを隠しているのだと二人はそう確信した。




