37幕:ギルドと大人の事情 『静寂な会議室の中で』
静寂な会議室の中で彼女だけが怒気を秘め物静かな対応を崩さない。
その様子に周りの人間は慌てた様に彼女を宥めているのだが、当人が変える様子気配は一切見られない。
冒険者ギルドの大きな部屋の一角で職員総出の会議が開かれていた。
前にはこの街のギルドの上役たちが並び下っ端の職員たちはその目線の先の席に各自が席についている。
いや一人だけ一人の女性だけがその席から身を乗り出し目の前の上役たちに凍てつくほどの冷たい目を向けている。その彼女の背後にはいつものように恐ろしいオーラが漂っており誰しもが彼女を諌めることはしなかった。いやできなかった。
般若を浮かべたかのような雰囲気を纏わせつつ冷静に言葉を選び彼女は異を唱えた。
「何度も言うように私は反対です。越権行為ですしその選択は間違っています。彼自身が言うように表にさらすべきではありません。どう話しを聞いても彼らが何かに巻き込まれる可能性があるのに、原因もよく分からないうちに表に出してどうするんですか?この数ヶ月なんのために私が頭を悩ませながらやってきたと思うんですか?拉致されてきた人間をわざわざ表に晒し出して撒き餌に、囮に、犠牲にするつもりですか?あんな小さい子を?ギルド長を抜きにして話しを進めてどうするつもりですか?責任取れるんですか?専属担当としては認められません」
「まぁまぁ落ち着いてください、ソフィア先輩。先輩の言うことはもっともです。ですが、、、ギルド職員の失踪事件、度重なる魔術テロ事件、新種の発生に魔物の生息域の拡大と被害の増加、隣国やこの国での子供達の誘拐事件。間違いなく頻度が多くなっているし、そして短くなっている。いい加減はっきりと相手側の動きを見据えたほうがいいと思うんですよ。正直な話もう余裕がないと思うんです。それに間違いなくあの子達はその鍵を握っているか、関わっている?それに使える駒は増やすに越したことはないですしね。それとギルド長が不在のときの決定事項は代理の者に権限が与えられるのは仕方ないですよ先輩」
ソフィアに意見を述べた青年は彼女の部下でありつい最近隣町から転属してきたばかりである。銀色の髪がトレードマークで、また高身長でイケメンの上、ギルドの職員、つまり安定した職を持つ人間であるためとても女性受けがいい後輩である。そして弁も立つ。
そんな後輩は知っているのか知らないままなのか本心を表に出さず当たり障りのない意見を述べたようだ。何か別の狙いがあるのだろうか。いや配属されたばかりの後輩が仮にそうだとしても許されることではない。
顔には出さずとも自然と両手に力が入ってしまう。
「あの子はまだ子供なのよ、小さな子供。それに彼はまだ見習いなの、、、わかる?まだ二人ともまだ見習いなのよ。まだ自分たちの身を守ることすら危ういのにどの口がそんなこと言えるのかしら?だからグランドマスターが見守るようにしたんでしょ」
「その見習いがあの檻の中の男を捉えたんでしょうし、だからライセンスを与える判断は間違ってないのでは?それに聞けば女の子はとんでもない才能の持ち主っていうじゃないですか?それにあの男はあの子の師匠で魔導師だっていう噂もありますしね、あれ殺し屋だったかな。それに化け物にも逃げ勝ったんでしょ。少なくとも話に聞く限り凄腕確定なんだろうになんで正体を隠したがっているんだか。とにかくそんな腕利きに正式ライセンスを与えないなんてありえないですよ。それにいつまで遊ばせておくつもりですか。もし殺し屋とかだとしたらそんな怪しいやつ表に引きずり出しとかないなんてありえないでしょ」
確かに一理ある。
あの捕らえられた男はとある組織の構成員であり有名な賞金首でもある。
間違いなく初心者の冒険者が、見習いが倒せるレベルの男ではない。
本人が偶然と言い張ってもありえないほどの奇跡の話であるのだから。
そして話に聞いたとんでもスライムとの死闘から無事生還したことを踏まえても彼らが只者じゃないことが予測できる。それがもし本当だと判断されたのならば、、、
それでもあの二人には特にブルーベルくんはもっと知識を詰め込まないといけない。
今の状況で正式なライセンスを与えてしまうことは二人に選択の幅を与えるが、同時に何倍ものリスクを与えてしまうことに他ならない。つまりそれは死ねと言ってるのに等しいからだ。
少なくともあと半年は訓練や実習を経験しなければさせなければ何かが起きてからでは遅いのだから。
ソフィアから見て二人はそこらにいる駆け出しの冒険者と変わらない。
ましてあの小さな女の子は規定の年齢にも達していない幼子である。ソフィアお姉ちゃんソフィアお姉ちゃんと言って甘えてくる可愛い可愛い笑顔の女の子。
そしていつも異国料理と異国のスィーツをご馳走してくれる年下の男の子。ひぃーひぃー言いながら周りに振り回されているいつも困り顔の男の子。
親友から預かっている大切な子たち。
そんな二人を利用して危険な目に合わせるなど許されるはずがない。
彼女の必死の訴えも誰も味方するものはいなかった。
上役でソフィアの肩を持つものはおらず、また同僚もなぜかソフィアの肩を持つ者はこの場にはいなかった。
どうすればいいのか、そんなことを頭の中で考えつつも矢継ぎ早に言葉を繋げていく。
「ですが仮にそうだとしても経験が不足しすぎています、早すぎます」
「先輩、これ以上は話を変えようがありません。上長の言う通り速やかに正式ライセンスの即時発行。ならびにランク決めの選定を真っ先に行わねばなりません。それにもう時間がないかもしれません。直近の傾向からしてそろそろ何かが起きたとしてもおかしくない。ならせめて子供は外したとしてもあの男を囮にしてこっちがこの場を優勢にするべきなんです。それにあの犯罪者が来ているということは未曾有の危機が迫っているということかもしれないんですよ。ひょっとしたら16年前の悲劇が繰り返されるかもしれないんです。私にはその序章が始まってるかもと不安に苛まれるんです、また街が滅ぼされ」
「あのね、、、、何も知らないあなたが軽々しく口にしないで!!」
ソフィアは思わず感情任せに口に出してしまった。
あの悲劇を一度たりとも忘れたことはない。
あのことを知る者はこの場には私だけだ。
知りもせずあの地獄を軽々しく口に出すなどありえないのだから。
「ソフィアくん落ち着きたまえ。これはホルクス支部の最終決定事項だ。彼らをいや彼を囮にして奴を炙り出す。旋律の人形師にこの街の秘密を気づかせてはならんのだよ。上長進めてくれたまえ。」
「部長!?」
「黙りたまえソフィアくん」
「ですが!?」
「わかりました。仕方ないソフィアには専属担当を外れてもらいましょう。それから選定は2週間後ですかな。ギルドの地下訓練施設で行うとして相手は、、、知らない顔がいいですな。隣町の所属の人間を使いましょう。それから他の件は決定どおりで。それからソフィア、君はしばらく自宅で謹慎したまえ、冷静さを欠いては務まるものも務まらん」
「ではこれで会議は終わりとする。次回は何もおこなければ1週間後とする。ギルド長には私から連絡を入れておく。それまで各々慎重に動くように!!では解散」
あれほど白熱した会議室は今は物音一つしない。
あの場に残されたのは意を唱えたソフィアただ一人である。
今まで何度も上司と衝突してきたが今回ばかりは本当に理に反する可笑しな決定事項だった。
筋が通らない。もしギルド長がこの場にいればこんなことはありえなかっただろう。
彼は今、グランドマスターとの会議のため街を離れている。
髪の毛のこととなると途端に女々しさを醸しさ出すが、普段はとても頼りになるこの国のギルドの長でありこの街のギルドの長も兼任している人間でもある。
上長も部長もそんなギルド長の決定を無視しグランドマスターの意向を反故にしたのだろうか。
一体なぜなのだろうか。
一職員であり何の力もない自分の無力さを噛み締めながらソフィアは拳をテーブルに叩きつけたのだった。
●補足説明
・ソフィア ホルクスの街のとびきりの美人職員。蒼葉とココの担当係である。怒らせるととんでもなく怖い。
・部長 ホルクス冒険者ギルドの部長。ソフィアの上司。ギルド長不在の場合、副ギルド長の権限を持つ。
・上長 ホルクス冒険者ギルドの上長。ソフィアの上司。
・ソフィアの部下 ソフィアの後輩。最近、ホルクスの街に配属された銀色の髪がトレードマークの青年。またイケメン。
・旋律の人形師 蒼葉が奇跡的に捕らえた男を操るという謎の男。世界的犯罪者であるらしい。




