28幕:ココと蒼葉と魔法屋のおばあちゃん2 『おじちゃんとは中々効くものだ』
こそこそしているココを抱きかかえて蒼葉は奥の部屋へと足を運んだ。
暗い部屋の中にロウソクの光と魔鉱石の明かりが等間隔に並び床だけを照らしている。何かがおかしい光景ではあるのだが蒼葉たちには特定することはできない。
それだけ歪な雰囲気が場を支配している。
床には巻物の魔法陣と何かの塗料で描かれた魔法陣の二つが二人にも分かるように部屋の中央に並べられている。
おそらく契約時に使用するものだろうか。二つとも独特の紋様と文字で描かれており僅かだか発光しているように見える。
その赤い光に刃物を突きつけられたかのような何かを蒼葉は感じ取った。
そんな雰囲気を持つ魔法陣を踏まないように隅の方からシルク婆さんに近づく。
「では始めるかのー、二人ともこっちの方の中央へきんなはれ、すぐ終わるでのー。スライムはそっちじゃからなー」
言われた通り蒼葉とココは大きな方の魔法陣の中央に立ち寄った。それからけるべろすを巻物の魔法陣の上へと誘導する。
2組が所定位置についた後、鈍い赤色の光が白く輝きだして辺り一面を覆いし尽くす。
だが輝いたのは一瞬であった。
「終わりじゃのー、もう大丈夫じゃー」
「もう終わり?早いんですね」
「完成された魔術じゃと魔力を込めて起動させるだけじゃからなー」
「ということは魔法だと制御とか大変なんですかね」
「そういうことじゃのー、何でも住み分けが大事ということかのー」
それにしても実に数秒のあっという間の出来後だった。
物は使いようなのだろう。
だからこそ魔術と魔法どちらにも一長一短あるのだと推測できる。
今のところ一度も使えていない蒼葉には身も蓋もない話ではあるが、二人の今後を考えればちゃんと理解する必要があるのかもしれない。
「シルク婆ちゃん、二人とも使い魔の主人になったということですか?」
「そうじゃのー、細かいことはそのスライムと話しするがよろしいのー」
「人語が理解できるから簡略化できるのか、、、そしたら意思疎通苦手なやつだと儀式契約事態が大変になる、もしくは複雑化するということか、、、つまり契約主に一定条件の強制力が生じている、、、」
「説明いらずで何よりじゃなー」
長く輝くような綺麗な銀髪、透き通るような白い肌、不思議な感じがするオッドアイの瞳の持ち主はゆっくりと顎を上下にさせて場を弛緩させる。
蒼葉よりも少し低いくらいの身長であり、そしてスリムな体つきは全く老人っぽさを感じさせない。
口調以外は。
マークスさん曰く、このエルフのお婆ちゃんは数百年という高齢の方らしいのだが見た目はすごく綺麗なマダムの女性である。
こんな方に優しくされたいものである、蒼葉は心底そう思う。
彼女から良い香りがするお茶と美味しそうな焼き菓子を出してもらい蒼葉はまったりした時間を過ごしている。
日当たりの良い場所は他にもあり、儀式部屋の奥のバルコニーで腰を下ろしている。
そこで今のうちに魔法や魔術のこと、スライムのこと、救出した子供のことと消えた帽子のこと、好きなお菓子や料理のこと、エルフのこと、マークスさんがギルドから戻ってくるまでの間に色々なことを話した。
もちろん情報の取捨選択は忘れていない。不必要なことは絶対に漏らすわけがないし必要な情報の収集も忘れない。無知なことは恐ろしいことなのだから。
話した内容聞き出した情報を頭のなかで吟味しながら香ばしい香りの焼き菓子を堪能しているとガッシャーンと派手な音がした。
ガラスのようなものが派手に割れた音に似ている。
蒼葉は瞬時にココが何かしたのだろうと悟り慌てて表の方へと駆けつけた。
シルク婆ちゃんが提供してくれたティータイムのあまりの心地よさに彼は見落としていた。
こんなおいしいお菓子があるのにあの小さい子がいないわけがないからだ。食べること大好きっ子が参加しないわけない。
お店の中を見渡すと大の字に倒れているココ、そしてバラバラにになった人形とが散乱していた。他にも変な仮面や素朴そうな箱も近くにある。
「こらココ、勝手に触っちゃダメだって。ちゃんとお婆ちゃんに聞いてからにすること」
「うぅぅ」
ココをよいしょっと立ち上がらせて怪我がないかを確認した後、商品を点検しながら元の位置に戻していく。
どうやら壊れたものはないようだ。
人形以外は、、、これはお婆ちゃんに謝ろう。一体いくらだろうか。
「おばあちゃんごめんなさい」
「おばあちゃんすみません、これいくらですか?」
萎れた顔をしたココの頭を撫でながら遅れてきたお婆ちゃんに恐る恐る確認を取る。
「大丈夫じゃーこれ安いからのーせっかくじゃから契約ついでにギルドに払わせるからのー。それよりもココちゃん怪我はないかのー?」
「うん、ココけがないよ、、、」
「そりゃよかったのー、じゃああっちでお菓子を食べながら書類作るでなー、そのままにしておいでなー」
「うん、、、」
「ココちゃん、おいしいお菓子いっぱいだからなーちゃんと食べなー」
「うん」
少しだけ笑顔を取り戻したココの手を取り蒼葉はゆっくりとバルコニーに戻って行った。
散乱したバラバラの人形だけを残して。
「じゃあどっちがいい?」
マロンとチョコル
蒼葉が考えてひねり出した可愛らしい名前である。
ちなみに『けるべろす』は彼自身が却下した。
ぶんぶんと顔を左右に振るスライムに、ぜったい『けるべろす』だもんと言い張る女の子。
ココはほっぺをぷくーっとしてからずーっと不満そうにしているのだが、こればかりは仕方ない。
『けるべろす』は嫌だとスライムは主張しているのだから。
ギルドに提出する書類には多くの事柄を記載して提出しなければならない。その中で最後まで難儀したことが彼の名前であった。
ココと『けるべろす』の押し問答の末、なぜか蒼葉が名前をつけてあげることになったのだが。ココは自身の初めての使い魔ということもあり到底受けいることができなさそうだった。そんな彼女とスライムの間に入り名前の候補を考え妥協できそうな、、、いや皆が納得がいくよう蒼葉は思案する。
「やはりマロンだな、待たせたな青年とココ」
「あー!!マークスおじちゃんおそいー」
バルコニーの扉から白髪混じりの長い赤髪を束ねた男性が二人を見上げていた。
「ぐふっ、、、おじちゃんとは中々効くものだ」
彼女からだと30代のマークスさんはおじちゃんとなるらしい。
蒼葉は心に傷を負ったおじちゃんを労わるためにテーブルに招いてお茶を差し出した。
いい香りがする香草茶である。
シルクお婆ちゃんのオリジナルブレンドらしい。透き通るような味は深くまろやかで心身ともにリラックスできる効果があるそうだ。
「用事終わりました?」
「ありがとう青年、やはりギルドの方はだいぶ時間かかるみたいだな。情報が少なすぎて対応に決めあぐねているらしい。」
「そうですか。」
マークスさんは昨日の蒼葉とココのモンスター襲撃事件、そしてギルド側の立会い人の失踪事件、それから以前、蒼葉が捉えたあの男の件などの情報を仕入れに行ってくれていた。彼自身もギルドに用事があったらしく先にギルドに寄ってから魔法屋に来る手はずとなっていた。
それから彼は香草茶をゆっくりと飲み干すと二人にこう切り出した。
「蒼葉、ココ、今から隣町に行くが付いてくるか?」
ニヤリと微笑む彼を前にして蒼葉とココはお互いを見遣った。
バルコニーに差し込む太陽の光は遠いがまだ低い。
蒼葉はお茶を飲み干し、ココはお菓子を口いっぱいに詰め込んだ。
シルク婆はそんな二人を落ち着かせるように促しお代わりのお茶とお菓子を用意した。
それもそのはず1日は始まったばかりなのだから。




