22幕:ココと蒼葉の5のサイン1 『弾除けは多い方がいい』
「それでブルーベルくん、、、どういうつもりでそんな嘘を並べたの?悪魔のスライムに襲われて命からがら逃げて戦闘になってってどこの小説かしら?証拠はあるの?間近で見た目撃者は?戦闘禁止って伝えてるのに規約を破ったってどういうことかな?ナタデココちゃんをあんな小さな子を戦闘に参加させたの?そもそもスライムが変身した上に人の言葉を話す?信じられない。ブルーベルくんたちは訓練生ってこと忘れてない?どうして報告を忘れたのかな?私、ずっと待ってたのに。」
無機質のように冷たく果物ナイフのように鋭利な言葉が次々と蒼葉を攻め立てている。
食堂の椅子の上で縮こまり眉ひとつ瞬きひとつすることはなく、微塵も動くことはない。
物音ひとつしない空間の静寂さがより一層その雰囲気の悪さを物語っていた。
蒼葉の精神は今、生死を彷徨っている。
その一言一言がとてつもない一撃を秘めており彼は悲鳴を上げていた。
巷ではこれをご褒美というそうだが、それだけはないと蒼葉は確信している。
この時間は天国ではない、まさに地獄である。
ギルド姫の一言は彼の精神を容赦なく削り殺している。
テーブル越しに見える彼女の視線はまるでメヂューサのようである。
そして次の一言が蒼葉の生死を決めるだろう、そしてその一言を蒼葉が放つ時間をソフィアは黙って眺めている。
そう、蒼葉がどんな言い訳を用意しているのか冷めた顔で観察しているのである。
ソフィアさんがめっちゃ怖いし、このままこんな時間過ごすの無理。何言っても信じてくれないし、、、この美人えげつないよ、、、
メヂューサに睨まれてからそんなに長い時間が経っているのではない。
夕暮れ時、偶然食堂にいた蒼葉は、これまた偶然、、、いや必然に訪れたソフィアに捕まった。
今日のクエストの件で訪れたのだと言う。
バケモノを命からがら倒してから帰ってきた蒼葉たちはクエスト終了報告をせずに亜麻猫亭に帰ってきていた。
決して忘れていたのではない。忘れていたわけではないのだが、、、
食堂から漏れ出すオーラはどす黒いオーラを放ち普段訪れる常連客や宿泊客も周囲には近づく者はいなかったようだ。
だから一人蒼葉はこのオーラの中でメヂューサの視線を何とかかわし続けているのである。
そんな息が詰まる中、食堂の裏手から声が上がった。
「ソフィアさん、こんばんは。えーとごゆっくり?では私はこれで、、、」
入ってソフィアの顔を見た途端、すぐさま外へ戻ろうとしている。
亜麻猫亭の次女であり蒼葉の自称上司(主任)、ルーリである。
蒼葉はすぐに追いかけて彼女の柔らかな腕を両手ですがるように掴んだ。
風呂上がりの彼女からは果実系の石鹸のいい香りが立ち込めており、濡れた髪と薄手の服装からはとても色っぽさが漂っている。ダボダボした部屋着姿だが体の凹凸がはっきりと分かる上にいつもよりとても柔らかそうであり女性らしい魅力が見てとれる。
自分の伴侶であったなら迷わず抱きついたことだろう。もちろんこんな美少女に相手してもらえると思うほど蒼葉は自惚れていないし相手にはされないだろう。
今の彼女の格好は普段ならとても眼福なことなのだが、彼には今余裕がなかった。
だから風呂上がりに偶然、立ち寄ったであろう彼女を全力で引き止める。
こんな時は持ちつ保たれつである。one for all , all for one.である。
苦しみはみんなで分かち合った方がいいのだ。
だからセクハラだろうが何であろうがこの手を離すわけがないのだ。
それに般若を前にしてこの場から一人だけ逃げようなんてそんなことを蒼葉がさせるはずがない。
たとえ蒼葉に原因があろうともどうにしかして助かりたいのだ。
溺れる者は藁も掴むのである。それが年下の女の子であろうが、仕事先の上司だろうが女性特有の柔らかな腕を心の底から手を離すわけにはいかない。
「ルーリさん、、、主任、ルーリ主任、、、助けて、、、。美味しいの作るから。」
「えーーどうしよっかなぁ。」【ちょっと笑顔】
「デザート付きだから。」
「もう一声」【にやけた笑顔】
「何でも言うことひとつ聞くから、、、。ルーリさま、、、死地からどうかお救いください。」
「もー蒼葉くん。何やったのか分からないけど、、、あんなソフィアさん久しぶりに見たよ。あーなるとほんとに怖いんだからね、、、」
「さすがルーリさま。こんな上司の下で働けるなんてこの下男とても幸せなことでございます。」
「もおー仕方ないなぁ。今回だけだよ。」
「ありがと、ふふふ、、、もう逃がさないからねルーリさん。」【してやったりのいい笑顔】
「蒼葉くん、ほんといい笑顔だなぁ。」
呆れた顔のルーリと間の抜けた顔で下心を隠そうともしない蒼葉である。
だがメヂューサはその鋭い視線を逸らしてはいなかった。
「ブルーベルくん、小芝居は辞めてこっちに座りなさい。それからルーリちゃんもいらっしゃい。そーいえば、ルーリちゃんにも言わなきゃいけないことを思い出したのよね。この前のあれの件忘れてたでしょ?まだ何も聞いてないんだけど、、、報告忘れてたのかな、、、どうなったのかな?期限いつまでだったか覚えてる?その分私残業しなきゃいけないんだけど?どういうつもりなの?」
「あれ?私にも飛び火?えーと、、、あれ、、、やばっ忘れてた」
「た、助かった?」
顔面蒼白のルーリとほっとした蒼葉。
だがソフィアの追求は止まることを知らない。
目の前の黒い何かを掴み取り右手でブチュっと潰しながらメガネを掛け直している。
彼女の追求はこれから始まるのだから。
そんな時、裏扉越しに陽気な声が響いた。
「青年!?青年いるか?宴会をしようじゃないか。ちゃんと酒と材料をたくさん買って、、、」
それから馴染みの人間が入ってきた。
蒼葉とココの恩人であり亜麻猫亭の常連マークスさんだ。
しかし飛んで火にいる夏の虫とはこのことである。彼もまたソフィアが亜麻猫亭を訪れた原因のひとつであるからだ。
「あーら、、、マークス久しぶりね。どうしてギルドに顔を出さないのかしら?」
「おーっと青年、今日は急用があったのを忘れていた。ではまたな。」
「どこ行くのかしらマークス?あなたもこちらへ座りなさいよ。」
「いや私は用事が急用があるのだソフィア。」
「酒飲みの急用でしょ?お生憎様私も急用なのよ、最近全くギルドに顔を出さないから色々と溜まってるのよ、言いたいことが」
「しかしソフィア、残念だが、今から急用を片付けねばならんのだ。さらばだルーリ、青年よ。」
そそくさと逃げ出そうとする彼の腕をガシッと掴んだ者がいた。
むろん蒼葉とルーリである。
弾除けは多い方がいい。
二人は心の底から確信している。
だからこの時の二人の顔はそれはそれは実にいい笑顔であった。




