始まりのおはなし2
プロローグの2
「アンコール!!アンコール!!」
手拍子とともに再度コールが上がった。
こちらもこうなることは分かっているのでいつものアレを準備している。憂鬱だ。
バックバンドのドラムがソロで暴れまわり、それからエンドロールでよく使うスネアロールを始めた。今のうちに最後の準備とタイミングを合わせろとの合図だ。
ステージにコスプレ特集で見るようなマジカルコスを着た小さな女の子が乱入してきた。
マジカルドロップオーナーの娘さんだ。茶色っけのある髪を両脇にうさぎさん付きのゴムで止めた姿が実に可愛らしい美少女(美幼女?)だ。さらにマジカルコスが彼女の魅力を最大限に引き立てている。マジカルコスっ娘月華ちゃんはとある有名劇団に所属している歌って踊れるスーパー小学生。現小学低学年だが、とにかく男の子にモテまくるそうで、、、。将来、この子に泣かされる男性が後を立たなくなるだろうと思う。それほど可愛らしい女の子なのだ。
「お兄ちゃんいくよーー!!」
月華ちゃんが右手を勢いよく突き出してきた。
こちらも左手で応じる。
パンッ!!というハイタッチが始まりの合図だ。
曲は魔法少女の大人気アニメ『マジキュア』の子供達の大ヒットソング『マジキュアハートフル』。子供がいる家庭なら誰でも知っているという国民的アニメのオープニングソングだそうだ。
キャッチーなフレーズとリズムにステップを合わせ右に左に上下、前に後ろに間髪入れず身体を踊らせる。休む暇がない。歌いながらこんなことをやるなんて、、、アイドルの凄さを改めて知りましたよ。
おっと決めのハイタッチからのポージングだ。
危なげなくできるようになったものだ。月華ちゃんに着いていくだけでどれほど苦労したか。半年前にオーナーからお願いされてずーっと練習して最近何とかできるようになったのだ。ピアノを小さい時から習わされて音感はあったし身体を動かすのは好きだったのでよく外で遊んでいた。
下地はすでにあったのだと信じたい。
ラストもハイタッチからのポージングで終了だ。
疲れた。この日一番疲れた。
お客さんの相手は月華ちゃんに任せてこちらはバックヤードに逃げ込む。彼女は誰からも好まれるので対応には問題ない。保護欲全開の皆さまによくしていただけることだろう。
こちらはお茶を飲み干してから椅子の上で少しだけ目を閉じる。15分ほど仮眠だ。
ステージイベントの後は、お店の仕事に戻る。夜はまだ長いのだ。
以前、特殊な働き方だとか話しを多少盛ったが、ステージイベントでのパフォーマンスは出来高制。割りがいいと言った理由は思った以上にチップが入るから。そして今からはバイトだ。生活に必須の固定収入を稼ぐ時間だ。今日はホールは人が足りているので調理場に入ることになると思う。
だからそれまでは休憩、、、。
「お兄ちゃん、あのね、、、月華、お兄ちゃんのご飯が食べたいな♪」
膝の上から可愛い声が届いた。目を開けると膝の上に天使がいた。上目遣いの視線があざとすぎる。本人に自覚がないのが実に信じられない。
それにしても本当に優しい娘だ。気を利かせてくれて少し長めに寝てくれたのだろう。15分といわず30分近く寝ていたようだ。
「お兄ちゃん、今日すごくダンス良かったよー。バッチリだった。本当エライエライです♪」
天使から頭を撫でられた。小さくて可愛い手だ。
会うたびにいつも彼女の頭を撫でていたのだが今日はやり返されてしまった。そんな大人顔負けの女の子の大人びた仕草が実に可愛らしい。心がほっこりする。
「あー私の初めてを奪った癖にもう他の女の子に手を出してる人がいるー。もうこの誓約書を忘れたのかな!?ロリコンのお、に、い、ち、ゃ、ん?」
「ぶふぉっ!?」
いきなりすぎて吹き出しそうになる。この誤解を招きそうな発言はリアさんだ。
「お兄ちゃんは私のなので、りあお姉ちゃんにはレンタルしか取り扱いしません。30分だけです。」
「30分もレンタルしてくれるんだ。ではでは月華ちゃんも一緒にレンタルしまーす。うりゃっ!!」
「きゃっ!!もうお姉ちゃんくすぐったいよー。」
お尻を痛めたお姉さんが天使を束縛した。
二人でスキンシップをとってる様は実に良い。心からほっこりする。
さてさて今のうちに仕事に戻りますか。手始めは天使と女神への特別な夕食からですかね。それからロリコンじゃありませんから。性的な思考などありませんよ、子供相手に。
「ご注文は?」
「「いつもので♪」」
微笑ましい二人からのご注文だ。
苦労して習得したふわとろオムレツ特性バージョン。少し前に話題になったオムレツの中央をナイフで切り開くとパカッと開く半熟トロトロのオムレツを使ったレシピにアレンジを加える。チーズにデミグラスソースにハンバーグをまとめてバターライスの上に飾れば特製オムライスのできあがりである。
「畏まりましたお嬢様方。少々お待ちくださいませ。」
二人にいつもの特製オムライスを。それからお姉さんには生のグラスビールを、お嬢さんにはミルクを差し出す。ではでは存分に味わってください。
「お兄ちゃんご馳走様でした。それであのねあと一つお願いがあるの。」
食後、相変わらずらず上目遣いな娘に相談された。
こんな可愛らしい子供にお願いされたらお兄ちゃんは断れません。
「あの、、、私もバラバラをやってみたいです。」
そーいえば他の簡単なマジックは少し教えたことはあったのだが、分断系統はやらせたことなかったんだよね。この数ヶ月のダンスレッスンのお礼もしなきゃだから、、、
「いつやろうか?今日だと遅くなっちゃうから来週がいいのかな?」
「やった、お兄ちゃんありがとう。お店終わってからダメですか?」
「時間遅くなるけどお父さんの許可もらった?」
「パパにはさっきpineでもらったよ、お兄ちゃん。宜しくお願いします。」
この子の笑顔が眩しいよ。ほんとに。
「おーい私もやりたいよー。お姉さんと一緒にやろう月華ちゃん。いいでしょ?」
「うんお姉ちゃんとなら月華うれしいな♪」
「リアさん、、、」
「ん?もうさっきの件忘れたのかな?」
お姉さんの右手には先ほどの誓約書が握られている。
「なるほどお尻の仇をとる気ですね?」
「私の初めてを奪ったロリコンの初めてを獲らせていただきます。てへっ。」
そんな二人を傍から眺めて居た天使はふと何か疑問に思ったようだ。
「あ、そうだ!?お姉ちゃんの初めてをとったってなにをとったの?お尻になにしたの?ロリコンってなに?」
、、、。
「それお姉ちゃんが知ってるよ。じゃ後からねー。」
「ちょっと待てー。」
その場から逃げ出すことにした。
家出することにした。
父様も祖父様も邪魔ばかり。二人とも大嫌いだもん。
召喚の魔法陣と見せかけて傍で街へのテレポートの魔法陣を描いた。
でもこれも布石、念のための囮。
魔術と見せかけてテレポートの魔法を準備する。すでに荷物は一通りまとめてある。
もちろん認識阻害や外部からの干渉防止の魔術式を魔法陣に組み込んである。
魔法陣系には魔力を通すだけ。魔術を行使しながら魔法を使ったり同時にはまだできない。魔術を構築するのには慣れた。でも魔法はまだ慣れていない。正直すごく難しい。
だから魔術を用いる魔法陣系統は自動行使できるように構築して、魔法だけに心血を注ぐ。
父様も祖父様も教えてないのでビックリするはず。本当は二人の目の前でやってみせて褒めてもらいたいけど口うるさいのはもう嫌。だから、だから、、、家出することにした。そして誰も私を知るひとがいない街に行くのだ。行き先は、、、人間の国。えーと確か魔導大国と言われるところ。ここなら自分の魔法でなんとか生活できるはず、、、
少女は想像すらできなかった。
素敵な未来を思い浮かべていたから。
数多の困難が彼女を待ち受けていることを。
そして世界中の全てを、、、
プロローグの2