14幕:ココと蒼葉の素敵な料理 『職業 料理人の実力』
手続きを済ませ、面倒ごとを片付けた蒼葉とルーリはソフィアに挨拶をしてからココを探している。
ただ蒼葉だけが以前浮かない表情のままである。
問題はこれからきっちりと片付けなければならない。
蒼葉は完全な当事者であるし、ルーリはその当事者の問題に興味本位で片足を突っ込んでしまった。
いやそもそもすでに蒼葉たちを従業員として招き入れた時点ですでに手遅れなのであるが。
蒼葉としても他に誰も巻き込むつもりはなかった。
だがそれは周りからの視点と同じだとは限らない。これは蒼葉が最悪に近いことを念のため想定しているからに過ぎないからなのであるが。
今のうちにギルドを巻き込んで保険をかけておく必要がある、蒼葉はそう確信した。
もしことが起これば迷惑をかけるのは恐らく間違いない、ただせめて想定内のうちに起きたとしてもその内容が軽くなるようにできれば、いやそもそも迷惑にならないよう今の内から保険だけは掛けるつもりなのである。
そう思いながら蒼葉は登録書類をルーリに代筆してもらいながら大まかな決事をその場で迅速に手際よく処理してしまった。
ギルドで頂いた冒険者登録等の書類の他に、少し上等な紙を使った一枚の書面にはギルド長とたまたま居合わせたらしいギルドマスターのサインがしてある。
今ギルドでできることは片付けた。
1Fでココを探し、受付で挨拶と自分たちでできるようなクエストの斡旋をお願いしてからギルドを後にする。
ココは冒険者の方々にお世話になってずいぶん良くしてもらったようだ。
彼女の小さくて柔らかそうな両ほほがぽっこり膨れておりコロコロと入れ替わっている。ほんわか笑顔が実に微笑ましい。
帰り道、先ほど蒼葉が見せた行動にルーリは思わず関心し、同時に彼のことが心配に、そしてちょっとだけ疑問に思っている。たぶん彼が今考えていることは十中八九あの賞金首のことだろうと彼女は確信している。
そしてそのことで今後何か起こるかもしれないということが彼自身を不安にさせているのだということも。
最低でも1000万という賞金首の男。
少なくとも普通の実力を持った人間ではないということと同義である。つまり蒼葉がその暴漢からココを守れたのは偶然と運によるものだったということなのだから。
そんな男が単独犯ではなくどこかの組織に与する人間だったら、、、。
情報なんかは完全に隠蔽することは不可能である。露呈するのは時間の問題だろう。その際に狙われるのは当事者だけで済むだろうか、いやそんなわけがない。少なからず周りにも被害が及ぶ可能性はある。
そんな起きるかどうか分からない可能性が低いことを彼は見据えているに違いない。そしてその中にはローロや姉、自分も含まれているのであろう。
蒼葉は登録後すぐにソフィアさんに頼んで色々と保険をかけた。
ギルドによる彼とココの保護。それもその場の口約束だけでなく正式に書面に念書を取らせたのだ。幸いなことにあの場所にはギルド長だけではなくお偉いさんもいたそうで彼の言質もその念書の中にサインという形でとってある。
蒼葉は普通の家庭で育った普通の一般人だとルーリは聞いている。
それなのにそんなやりとりをなぜ行ったのだろうか、手際が良すぎるのではないだろうか、彼自身への心配と同時に不可解な疑問も尽きない。そして彼からは何か大切な何かを隠している気がするのである。
今の時点でここまで徹底して保険をかけておくには早すぎるのではないか、、、そもそも彼は本当に一般人なのだろうか。
それにしても今は過剰に反応しすぎだとルーリは思うのだ。この街の治安はとてもいい。
二度言うがこの街の治安はとてもいいのである。
それにこの街には今あの男が帰ってきているのだから。
彼女はそんなことを考えながら蒼葉に声をかける。
「ねぇ蒼葉くん。あっという間にお金持ちだね、これから少しは楽できるんだから良かったよね。それに今日は蒼葉くんが作ってくれるんでしょ?私も楽しみなんだよ。ココもだよね」
「うん、おにいちゃんがおいしいのつくってくれるってすごくたのしみだもん」
二人の笑顔を見て蒼葉も表情が薄らいだ。
それからココの柔らかな頭をポンポンしてあげてからルーリにとあるお願いをする。
「あのねルーリさんにお願いがあるんだけど、、、」
どんなお願いだろうか。何をお願いされるのだろうか。お金に物を言わせた事だろうか。今日手に入れたお金で変態なことを大人なことを。まさかエッチな大人のお店を紹介しろとか。それともこのロリコンは幼女を紹介してほしいとか言い出すのだろうか。まさかこの前不可抗力で胸を触らせてしまったことで蒼葉くんが調子に乗ってお金で、、、。
そんなことをもしお願いされたら。
斜め上の予想を持って今度は確実にしばき倒そうと思うルーリなのであった。
帰宅後、夕方まで蒼葉は一人で厨房に篭っている。
何をご馳走してくれるのかは誰も聞いていない。
だから3人は夕食までの時間をそわそわしながら過ごしていた。
まだ日は落ちておらず昨日の夕食の時間帯よりも外は明るい。だがお店の前もすでに人通りは少なくなっている。いつもはもう少し遅くまで遊んでいる子供たちも今日は一人もいないようだった。
その時、ガラリと調理場から食堂へ続く扉が開かれ一気に食堂中に香ばしい香りがこれでもかと広がる。なんと香ばしくて刺激的な香りだろうか。
普段は開けっ放しになっている扉も今日は何を作るのか秘密にしておきたい蒼葉が故意に閉めっぱなしにしている。
なのでココもローロもルーリも何を蒼葉が作っているのかは予想することさへできなかったのだ。だから3人は実に焦らされた時間を味わうことになった。
それももう我慢しないでいいらしい。
放たれた香りにココとローロはお互いに満面の笑みを浮かべて見つめあった。
二人ともとても楽しみだったらしく、すでに両手にフォークとナイフを装備中である。
蒼葉が両手を使って合わせて二つのプレートと二つのスープをテーブルに流れるような手さばきでお子様たちの前に並べた。
たっぷりの具材と赤いトマトソースが絡んだ特性のスパゲティナポリタン、香ばしいデミグラスソースとトロトロのチーズがのった大きなハンバーグ、揚げたてホカホカのエビフライと鳥肉の唐揚げ。そして大きくて柔らかそうなプレーンオムレツがのった変な形のオムライス。隅には小さな旗が刺された焼きプリンが一皿に盛られれいる。いわゆるお子様ランチである。それに甘い香りがする野菜のスープが添えられている。
お子様たちのためにお蒼葉得意のオムライスをメインにした子様ランチを用意したのである。
子供達の目を見て目立つように派手にナイフを持ち身構える。
その姿はまるで洗練された一流の剣士のようだ。
「1、2、3、、、あおばまじーーっく!!,」
「「「おぉおーーっつ!!!」」」
3人の瞳が天然のダイヤのように輝きを放つ。
その光の先は大きくて柔らかそうなプレーンオムレツに注がれた。
その期待に満ちた視線に気づきながら焦げ目のない綺麗なオムレツを蒼葉はナイフでゆっくりと一筋の切り込みを入れる。中央にまっすぐ切り込まれたオムレツは左右にぱかっと分かれてトロトロっと麦チキンライスの上を広がったのである。
さらにそこに蒼葉は良い香りのするケチャップソースで飾りをつけていく。目に口におひげに耳にあっという間に可愛らしい猫のイラストが描かれた。
うん、実にいい出来映えだと蒼葉は自画自賛する。
「お先に召し上がれ」
「「いただきます」」
ローロちゃんが美味しい美味しいと涙を流しながらハンバーグを齧れば、ココは口をべったりとソースまみれにしてオムライスを口に運ぶ。
2人ともテーブル作法なんか知らないと言わんばかりの勢いである。
そんな二人を見て蒼葉はついつい顔がほころんだ。
そんな彼の右肘をルーリが期待を込めてちょんちょんと指差した。
次は彼女の番である。
「蒼葉くん、私のは?私のは?」
ルーリの透き通るような瑠璃色の瞳が子供のように可愛いく見えて仕方ない。
二人が勢いよくがっつく姿を見て彼女はこの料理がとても美味しいのだと確信したのだろう。
それもそのはず蒼葉がバイトしていたお店でもとても人気があり、よく作っていた料理なのだから。そして蒼葉の得意料理の一つでもある。
「ん、ないよ。お子様用だもん。」
「え!?」
あっという間に可愛らしい瞳が涙色に染まる。淡い瑠璃色涙がすぐにでも決壊しそうなほどに満ちている。
「ち、違う違う、誤解だって。今ちゃんと作ってるんだよ。大人用だから少し時間かかってるんだってば。ルーリさん、、、ごめんね。」
「ん、、、、、。もーっ蒼葉くんのバカバカーっ」
涙を限界まで浮かべた彼女から蒼葉はポカポカと泣きつかれた。
「ルーリさん、ごめん。もう少しだからちょっと待って」
「、、、う、うん」
そんな彼女の頭を優しく撫でながら泣き顔が実に可愛いらしいと思ったのだがその泣き顔だけは心のフィルターに秘めておく。
そんなしおらしい姉にも触れずお子様達は目の前の料理に夢中である。眼中にすらないようだ。
10分後、香ばしい香りが漂うプレートを1つ持って蒼葉が入ってくる。
お子様用とは違った香りが広がる、さっきよりももっとスパイシーな感じがする料理である。
これはお子様二人にはきついかもしれないとルーリは瞬時に納得した。
「お待たせ、こっちは大人用だからね」
「うわぁすごいオシャレな、、、」
「味もオシャレだからね、はいどうぞ」
木製の大きなプレート皿に盛られた同じ料理の数々。
お子様達用のと品は同じだけど味が大人向けにアレンジされているらしくスパイシーな香りが立ち込めている。それに見た目があからさまに違うのである。目の前の料理はお子様用と違いとても洗練されている。
蒼葉が飲食店で働いていたというのは本当だったのだろう。見せ方や盛り方といいハーブなどの緑のアクセントの使い方といいルーリはこんなにもオシャレな料理を見るのは初めてであった。
「木製のプレートで、ここに緑のアクセントしたり、こんな盛り付け方したらすごいオシャレでしょ。これすごく女性に受けるんだよね。」
「さっきお願いされて買った香辛料から何からこういう風にするんだね。それに蒼葉くんすごく美味しい。これが希望職料理人の実力、いや魔法料理人の実力」
「魔法剣士です」
蒼葉は誰かさんばりのドヤ顔になりながらお子様達の様子を確認する。
どうやら二人とも次が必要そうだ。
「二人はお代わりはどうするの?」
「オムライスとハンバーグですです」
「おむらいす」
「はいはい」
予想通りの可愛い返事に蒼葉も納得の顔である。
「私も食べたい蒼葉くん」
その時、ガラッと食堂の入口が開く音に加えて一人の綺麗な女性が蒼葉に声を張り上げた。
亜麻猫亭主人でありルーリとローロの姉のレールナさんである。
それに後ろからも次々と声が聞こえる。
「青年、まさか私の分はないということはないだろうな?」
「蒼葉食わせろー」
「俺も食いてーよ」
「俺もぺこぺこなんだよ」
「蒼葉頼むよー」
「縄張り嵐、、、俺も」
マークス商隊、、、顔がマジだよ。
早く食べたかったのに仕方ないかな。
蒼葉は亜麻猫のエプロンを結び直すと調理場に戻っていった。
お兄ちゃんはすごい。
ふわふわしたオムレツがまっすぐ切り込みを入れられてぱかっと花を咲かせた。そしてソースで可愛い猫さんが描かれたのである。
食べずにカバンの中に取っておきたかったけどお腹の声に負けて思わず掻き込んでしまった。それにお代わりもお兄ちゃんに作ってもらった。新しいオムライスも味が最初のと変わってとても美味しかった。
ココはお腹いっぱいになったお腹をさすって最後に一番の楽しみのプリンに狙いを絞る。
ココは楽しみは最後まで取っておく派なのである。
ぷるぷるとしたプリンに香ばしく焼き固めたカラメルソースが絡んで食感の違いを楽しめるようになっている。
蒼葉特性焼きプリンというのだそうだ。
ココには何を焼いているのか分からなかったのだが、とても美味しいことだけはわかった。
隣のローロちゃんもまた涙を浮かべながらプリンを口に運んでいる。
ルーリお姉ちゃんも目を真っ赤にさせてこっちを見てたので、ちゃんと一口お姉ちゃんにあーんとしてあげている。それからはニコニコしながらお水をコップに注いでくれた。
お姉ちゃんはお代わり分を待っているのである。
そんな二人を見てとても幸せそうだとココは感じるのであった。
あとで帰って来たレールナお姉ちゃんとマークスおじちゃんたちも同じような感じだった。
結局、お兄ちゃんはお腹減ったよーと言いながらまたお代わり分を作り直している。
あれから数時間、今ベッドの上でココはお腹を抑えて動けないでいた。隣にはローロも一緒に横になっており、二段ベッドの下で二人とも撃沈している。
食べ過ぎである。
なお兄ちゃんは二段ベッドの上でピクリとも動かなくなってしまった。
美味しい美味しいお兄ちゃんの料理を食べた後がさらに問題だったのだ。
蒼葉は一通り全員の食事が済むとお腹いっぱいになった人間を放っておいてまだ調理場に戻っている。それから彼が持って来たのは自分用の夕食だ。
ただしみんなに出したメニューとは一人だけ違う。
だから当然、全員の目が蒼葉のそのメニューに釘付けになるのである。
彼が自分用に作ったそれは、見た目茶色や黄色っぽい中にお肉や野菜が入っており、いわゆる見た目が悪いドロドロしたシチューのようなものであったのだが、とてつもない香りを発している。この香りはとても強烈でお腹いっぱいになったその場の全員にある確信をさせてしまった。
そう、これは絶対美味しいに違いないと。
だから、、、
『食わせろと、、、。』
「ココがいちばんだよ」ってまずはココが最初に声を張り上げた。
声を張り上げて椅子の上に立ってアピールするのだ。
だって今日はココイチバンなんだもん。
それからローロが可愛い瞳を輝かせて「お兄ちゃん食べたいです」とすかさず後に続けば、ルーリは赤くなった目で斜め下から見上げて無言のアピールを蒼葉に浴びせるのである。美少女のこの姿は犯罪である。
レールナも口を開けて無言のアピールである。その様子はとてもとても艶かしい。
そんな三者三様を見て固まったお兄ちゃんにココは飛びついた。
そしてすかさず蒼葉の用意した料理とスプーンを取り上げるとパクッと口に運んだ。
おいひい、きゃらいけどとてもおいひぃい。でもきゃらい。
もう一口運んでからローロちゃんの口にも運ぶ。
それからルーリお姉ちゃん、レールナお姉ちゃんの順に口に運ぶのだ。
ちなみに次に順番が回ってきたときには二口ほどココはズルをしてしまった。
「この焼きたてのパンっぽいのにつけるととても美味しいわね。確か南方の料理じゃなかったかしらこれ、、、」
レールナがとある料理の必勝法を探し出してからますます深皿の中の料理が4人で消費される。
取り返す間もなく蒼葉の夕食は減っていくのである。
蒼葉の静止を待つこともなくお皿にたっぷりと注がれた中身はあっという間に空になってしまった。
「青年、早く食べたいのだが?」
「「「「蒼葉ーーーーっ!」」」」
「知らない材料ばかりだから苦労して作った試作のインドカレー、、、もう材料ないのに」
マークスからは催促の声がかかり隊員からは非難の声が上がる。
だが蒼葉は放心したままである。
結局、その深皿一杯分だけだったようでお兄ちゃんは自分用のを食べることができずに諦めたらしい。よっぽどショックだったのだろう。
お兄ちゃんはそれはそれはとても悲しい顔をしていた。
だからココは昨日食べた夕食の残りをお兄ちゃんのように料理して蒼葉に出してあげた。
そしてお兄ちゃんは何も言わずにココの料理を口にしたのである。
昨日食べたルーリお姉ちゃんの料理の残りでこしらえた料理を。
ちなみにココは料理が全くできない。
料理が一体いかなるものであったかは誰も知らないし、そもそも何を最後に食べたのかは誰も覚えていない。
なぜなら興味本位でみんなが一口以上口に運んでしまったのだから。
その料理はそれはそれはとても美味し出来映えだった。
しかしとある問題点が少しも改善されないままである。
何倍にも強力になったその問題点は口にしたものすべてに恩恵を分け与え彼らにこれでもかと幸福と苦しみを運んだ。その時の光景は天国と地獄を足して別次元に飛んだかのような光景だったそうな。
次の日の朝、ココは昨日のとある記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
当然、蒼葉たちがその後どうなったのかは言うまでもない。
そして亜麻猫亭の末っ娘が次の1日を一人でどう過ごしたかは言葉にすらできなかった。