13幕:ココと蒼葉の冒険者ギルド 『迷い猫は優しい子猫です』
「「「1000万クール!?」」」
ルーリと蒼葉の口からとんでもない金額が飛び出した。
渡された紙面の詳細一覧の総額には確かに報奨金合計1000万クールと書かれている。
書面の男、賞金首につき報奨金学として1000万クールを支払うと。
現時点での罪状、人身売買、暴行事件多数、殺人ほか。
二人は何度も書面を見渡すが、それ以外に記載されてある内容は問題ではない。
そこには間違いなく報奨金合計1000万クールと書かれてあり、税金分は天引きされていると書かれているだけだった。いや備考欄にとんでもない一文が書かれてある。
これは現時点での金額であり、余罪が判明次第、追加分も含め後ほど纏めて支払われます。
「ええその通りです。今判明している時点で1000万クール。それからギルドと街からの見舞金として100万クール。合計で1100万クールですね。あの男は他にも余罪がたくさん判明していますので今後金額がどんどん増えると思いますよ。金額が金額なので今日は先に見舞金だけですが、、、」
蒼葉とルーリに向かってギルドの受付員が落ち着いた顔で説明をしている。
ブロンドの長い髪に茶色の瞳、そして白いブラウスに黒の細身のパンツスタイル。
体の凹凸が隠せないスタイルであり、ギルド内での制服である。
胸元は全く覗けなくても隠せないスタイルはこのギルド界隈、いやこの街ではとても有名だった。
さらにメガネをかけた姿がとてもできる女性だということを醸し出しているのだが、もちろん見た目だけではない。実際メガネを掛けようが描けまいが、彼女はとにかくとても優秀なギルドスタッフで、こうして高額報奨金の対応を専属で任されいる。またギルドの内外問わずとても信頼が厚い女性だった。
「「最低でも1000万!?」」
蒼葉は左手で顔を覆い天井を見上げ、ルーリは書面を見てさらに全身をガクガクさせている。
どうして?
二人にはまだ現実が追いついていないのであった。
集団記憶喪失麻痺事件が起きた次の日、午前中だが少しだけ遅い時間帯に蒼葉とルーリとココは冒険者ギルドを訪れていた。
仮登録となっている身分登録等の手続きを冒険者ギルドで冒険者登録をすることにより正式なものとするためである。
身分証明ができなくても住民票がなくても冒険者ギルドで登録すれば正式な身分証明の代わりになるのだそうだ。それと同時に住民票も便宜を図ってもらえるとのこと。
だから次の日の朝、少し遅い時間帯に3人はギルドまで足を運んでいる。
ちなみに記憶をなくしていなかったのはローロと蒼葉だけである。
ココはほへ?と小さな頭を傾げて不思議な顔で見返された。
どうやら全く覚えていなかったみたいであり、ローロちゃんは、、、。
彼女のことは触れないでおこう。
ギルド内1Fで受付をすませ応対室で今から二人は登録を行う。
遅い時間帯のせいかちらほらとしか冒険者は見かけない、そのためすぐに!Fの奥に案内された。
応対室で対応してくれたのはとても素敵な女性の方である。
この方を蒼葉は知っている、いや聞いている。確か、、、
蒼葉が話しかけるよりも先に目の前の美人さんは話かけてくれた。
「ソフィアさんおはよー。」
「あらルーリちゃんおはよー。もしかしてこのかわいいお嬢ちゃんが『迷い子猫』ちゃん、それから君が噂の『縄張り荒らし』君ね。宜しくお願いしますね。私は、、、」
「確か『ギルド姫』さんですよね?『ギルドプリンセス』だったかな。」
「えっ!?どうしてそれを!?」
慌ただしい身振り手振りと羞恥心に満ちた顔がとても可愛らしい大人の女性である。
途端に顔が赤くなった気がする。
「マークスさんたちに聞きましたよ。『ギルド姫』さん本当に綺麗な方ですね。」
「、、、。マークスめ、、、」
顔がりんごのようになりました。そして素敵な女性をからかうのはとても楽しいのです。
「蒼葉くんこんなところで鼻の下伸ばして、、、」
「そうそうルーリさんの『堕天使』はどんな感じなの?」
「、、、。」
昨日、受けた分(先日のハンカチ事件)は今返す。返せる時に返すのだ。
がくっと頭を落とした彼女は傍に放置する。こちらも顔が赤い。
もっと美人さんと話をしたいから面倒ごとはさっさと終わらせるべきだろう。
だから蒼葉は前を見る。素敵なメガネ美人を。
「冒険者登録に来ました。宜しくお願いします。『ギルド姫』さん」
「うぅ恥ずかしい、、、。担当のソフィアです、宜しくお願いします。それから『ギルド姫』は禁止でお願いします。こっちに名前、住所、年齢、職業、などなど記載お願いしますね。それから登録料は今回は無料で結構ですよ、特例扱いですので。それから『迷い子猫』ちゃんは年齢的に準登録になりますので、保護者にも記載お願いしますね。すみません、他の書類を持ってこなくちゃいけないので一度席を外しますね。」
そう言うとお姫様は応対室を後にした。
「今のうちにココ、一緒に書いちゃおうか。」
「うん、あおばおにいちゃん。」
「あれ!?しまった、、、この文字全くわかんない。」
「ココもわかんない。」
書面を覗き込んだ二人の顔はとても渋い顔をしている。
二人とも文字が読めないし書けないのだ。
だからココは困ったように蒼葉に顔を向けた。
蒼葉も困ったようにルーリに顔を向けた。
続けてココもルーリに顔を向けた。
流れるような動作である。
「もうわかった、わかったから二人して泣きそうな顔で見なさんな。私が代筆してあげるから。まず名前は?」
「ブルーベルです。」
「え、もう一度?」
「ブルーベルです。」
「、、、。ココは?」
「ココイチバンだよ。」
「、、、。」
二人とも真顔で答えている。
そんな二人を見てルーリは呆れてしまった。
いきなり偽名を使うとは、、、全くこの二人は、いや蒼葉は何を考えてるのやら。ココは、、、何もわかってなさそうだわ。
ルーリは内心でそう判断して流れるように声をかける。
「ブルーベルに、ココ一番、、、っておい!?蒼葉くんは、、、ブルーベルでいいとして、ココはココナタリアね。それから住所はうちでいいとして、年齢は?」
「20歳ですよー、ココは何歳?」
「わかんない。ココしらないもん。それよりもなたでここがいい、おねえちゃん。」
「蒼葉くん、、、めちゃくちゃ童顔じゃん、てっきり私より年下だと思ってた。ナタデココ?は、、、ちっちゃいから6歳にしときましょう。じゃあ二人の職業は?」
「やり手で年上のスーパー飲食店従業員です。」(ドヤ顔で、、、)
「ココはマジ、、、」
「ココはお兄ちゃんと同じだもんね。飲食店従業員見習い。」
慌てて蒼葉はココの口を誰にも分からないように遮った。
こんなところで正体暴露などとんでもない。ルーリさんにも教えてないし誰が聞いているのか分からないのだから。
「どこの世界に飲食店従業員が冒険者の希望職種になるのよ。冒険者でなりたい職業は何ですかってこと。」
「うーーん、料理人?」
「世界中探したらいそうだけど、、、とりあえず今はうちの台所と食材を相手にしときなさい。」
「じゃぁうーん、、、」
「あおばおにいちゃんはマジシ、、、」
「おっとマジ死ぬかもしれないから変なの困るから、、、どうしよう。マゾがいいかも。」
「あのね蒼葉くん、ココ、魔道士は上級職でしかも限られた人じゃないとなれないのよ。それから性癖をとやかく言うつもりはないけど、、、ロリじゃなかったのね。」
「昔誰かに同じこと言われたような、、、。ってルーリさんそんなわけないでしょ。全く子供に欲情してどうすんの。」
「冗談よ、でも蒼葉くんマゾはありえそうね。それにそんな調子だったらそこは空欄でいいはずよ。」
「おい!?なら魔法剣士がいい!!」
「進捗はどうですか?」
『ギルド姫』が重要そうな封筒に入れたものを持って戻ってきた。
「えーとぶるーべるさん?あなたが果樹園近郊で討伐した男ですが、中々の高額賞金首でしたよ。これがその明細ですね。確認をお願いします。」
「え!?賞金首?」
「ええそうですよ、こちらの書面を見てください。」
「蒼葉くん、すごい。」
蒼葉はその提示された書面を見て固まった。
ルーリは失礼と思いながらも不信に思い横からその書面を覗き込んだ。
「百、千、万、、、、一千万?」
「ルーリちゃん良い男を捕まえたね、これで美味しいもの奢ってもらえるかも。」
「ソフィアさんこれ本当なの?とんでもない金額じゃない。えーとうちのランチが500クールだから、、、蒼葉くん2万回もランチできるのよ。」
「いやランチはともかく、、、これ桁間違えてません?」
蒼葉もルーリも疑うようにソフィアを見つめ直した。
書かれている数字に間違いがなければ、二人には縁のない金額だったのだから。
「いえこれで間違いありませんよ。この男はここ最近有名な賞金首で懸賞金1000万クールです。」
この数字の持つ意味が何を表しているのか。
特に蒼葉にはその額面の背後を考えずにはいられなかったのである。
まだまだお話の途中だった。
そんな二人をココはつまらない表情で眺めていた。そして頰をぷくーっと膨らませている。
さっきから二人とも全身をわなわなさせている。尤も現状に理解が追いついておらず二人とも現実逃避中だったのだが、そんなことにココは気がつくはずもなかった。
そんなことお構いなしに蒼葉のシャツの袖を引っ張っても、ルーリのスカートを揺らしても全く相手にしてくれないのだ。
ココには何のことだかさっぱりわからなかったし、数字のやりとりで慌てふためいてるし、、、とにかく何が言いたいのかと言うとココはとてもとても暇なのだった。
むぅーもうお兄ちゃんとお姉ちゃんといっぱい遊びたいのに。
むくれたココは二人を置き去りにしてギルド2Fの部屋から飛び出す。
今から一人でギルド内を探検するのだ。
ワクワクが止まらない。
突き当たりの階段を登り2Fの一番奥の部屋まで突き進んだ。
途中、大きな銅像?があったので落ちたペンでお化粧をしてあげた。
頭がツルツルだったので頭の横側だけ黒く髪を書いてあげたのだ。それから色々と、、、。
立派な芸術品の完成である。
ちなみにココは会心の出来だったと思っている。
それから一番大きな扉の鍵を開けてこそっと中に入る。
中にはさっきの銅像の人と白いヒゲがいっぱいのおじいちゃんが話をしている。
「それで牢屋の男ですが、、、」
「ありゃどこからか子猫が迷い込んできたぞい。」
「ほんとですな。えーと飴玉はどこにあったか、、、」
「ギルド長そこの後ろにあるじゃろ。」
「おーそうでしたマスターすみませんな。」
「ほらほら子猫やおいで。」
音を出さないようにココは入ったつもりだったのに二人はすぐに謎の珍入者に気づいたらしい。それもすごく可愛らいしい子供だと瞬時に把握できたようだ。
二人は子猫においでおいでと手招きをして餌付けを開始した。
ココは優しい笑みを浮かべる二人に微塵も怖さを感じなかった。
それよりも自分を相手にしてくれた人がいたことに嬉しさがこみ上げてくる。
少しだけ恥ずかしがりながらも二人に近づいていった。
それからココは二人を後にして2Fの各部屋を探索した。
二人から貰った飴を口の中で転がしながら一つ一つ確認していく。
本や紙が散乱している部屋。
誰かが死人のように突っ伏している部屋。
何もない部屋。
、、、etc
どうやら2Fは面白くないようだ。1Fに戻って探索を開始しよう。
そう思ってココは1Fに進出した。
ギルドの1Fはとても広い空間となっている。
多くの冒険者が詰めかけても対応できるようにするためだ。
階段や奥の部屋は受付等の大きな横に長い応対デスクから裏手にかけて入口右側の壁側から通れるようになっているのだが、少なくとも階段より上に関して普段は冒険者たちにはあまり使われていないようだった。
ココは右側横の壁際から頭だけちょこっと出すように広い空間を覗き込んだ。
ピカピカの鎧を着た人。薄手の綺麗な膜のような服を着た人、ココよりおっきな杖を持った人。
訪れた時とは違いそれなりの数の冒険者が受付前のテーブル席に集まっている。
女性も男性も半々くらいであり、年齢も上から下まで様々である。
もっともココくらいの年齢の人間は一人も見られなかったのだが、、、。
「あっすごく可愛い子がいる!!おいでおいで。」
どうやら綺麗な女性の冒険者が隅から頭だけを覗かせている子猫を発見したようだ。
子猫は少しだけためらったのだが、すぐにその女性の方へとトテトテと歩いて行った。
ココは先日の事件でそれなりに人間不信に陥ったらしいのだが、本来彼女が持つ好奇心がそれを遥かに上回ったようだった。
ココに気づいた冒険者たちは小さな子猫に各々思い思いに視線を向けたのだった。
しばらくして階段側から大くて優しい声がギルド内に反響した。
「ココ買い物してから家に帰るよー。おいでー。」
「はーい、あおばおにいちゃん。」
すぐに冒険者たちに囲まれているココが元気に蒼葉に返事した。
応対室に入る前にいた冒険者たちに加えてすごく凄そうな方々が増えている。
でもそんな人たちもココの前ではすごく柔らかい顔をしているのだ。
そこではとても優しく穏やかな時間が流れていたらしい。
蒼葉とルーリが話し合いをしている間、ずーっと相手をしてくれたようだ。
「まじゅつのおねえちゃん、つるつるのおにいちゃん、ぽっこりのおじちゃん、きしのおにいちゃん、ばいばい。」
「じゃあまたねナタデココちゃん。またお姉ちゃんと遊びましょうね。」
「おーあばよ、ナタデココ。がんばるんだぞー。」
「ぽっこりか、、、ばいばいナタデココちゃん。」
「うむまたでござる、ナタデココよ。」
冒険者の人だかりから蒼葉に向けて小さな女の子が抜け出してきた。
とても良い笑顔だ。
もちろん彼らもとても柔らかな顔をしている。
蒼葉は右手でココの小さくて細い手を受け止めると軽く彼らにお辞儀をしてからギルドを後にした。
2Fのギルド長室前の廊下で二人は話をしていた。
とても大事な話だったのだろう。
誰にも漏れないように2Fのある部分から魔術的な仕掛けをし誰にも入れないようにドアに魔術によるロックをかけていた。
だが一人の可愛らしい子猫が簡単に中に侵入してきたのである。
当然のごとく二人が話題にせずにいられなかったのだ。
一人はこのホルクスの街の冒険者ギルドをまとめている長であり、もう一人はこの国のいやこの連邦国家のギルドの総元締めを担っているギルドマスターと呼ばれる男である。
「ギルド長や、お主気づいたかの?」
「牢屋の男の件のことでしょうか?それとも、、、」
「あの子猫のことじゃよ。」
「やはりあの子猫でしたか。」
「凄まじいほどの魔力の持ち主じゃったよ。あの年にしてな底が全く見えん。とんでもないほどの才能じゃ。簡単に鍵を開けられたぞい。」
「やはりそうでしたか、私には魔術はよくわかりませんが、とてつもない何かを持っていたのだけはわかりましたが、、、。」
「それにとても優しい心をしているようじゃな。」
「優しい心?」
「ほれ見てみなされ。」
そう言うとギルドマスターは廊下の中央に展示されている上半身だけの銅像に視線を向けた。
その銅像は現時点でこのホルクスの街でのギルド長が誰なのかを分かりやすく冒険者に分からせるための側面もあり2Fに飾られていた。もっとも皮肉なことに2Fを利用する冒険者はそれほど多くはなかったのだが。その長の銅像は見た目のごとくつま先から頭まで鈍い銅色の一色に統一されている。
ただし今はその銅像の頭頂部だけは特に異様に黒く塗られており、足元には黒色のペンが置かれていた。
「普通じゃったらあんな書き方はせんじゃろうて。くくくっ。」
そう言ってギルドマスターは笑い出した。
それもそのはずその銅像の頭は全て黒く塗られていたのだ。
ただ実際の本人の頭頂部は違う。
「ははっは、全く違いありませんな。」
だいぶ薄くなった頭を右手でかきながらギルド長も笑い出した。
それからギルドマスターは視線だけをギルド長に向けた。
昔と少しも変わらぬ全てを見通すかのような鋭い眼差しを。
「ギルド長や、しばらく定期的な報告を頼むぞ。あの牢屋の男はちと厄介な奴での、このままで済めば良いのじゃが。それからあの子猫のこともじゃな。例の計画を実行したいでの。」
「御意に。」
「先が楽しみじゃの。」
そう呟くと彼は自身の白い髭を弄りだした。
まさか会合の帰りにこんなタイミングで大問題が起きたときは自分の運の無さを悔いたのだが、神はまだまだ自分を見放したわけではなかったようだ。
ギルドマスターと呼ばれたその老年の男はそう思うと顔がニヤけずにはいられなかった。