5幕:小さき者と大きな者 3
コロナ注射で体調崩したので遅くなりました。
あらすじ
サルベスタで盗賊のお祭りが開催予定。同時に世界各地の要人たちも集結中。絵本の謎を知るために蒼葉は大盗賊と帝国の豚との接触を画策しようとして、、、、
食材をかなりの量、確保してから数日後、外国からの使者団が《無法都市サルベスタ》に来訪した。
そのため上陸した当初とは違い島内は非常に活気に満ちていた。
大通りには要人たちを一目見ようと住民たちが群がりろくに身動きも取れないほどに大混雑しており一向に動く気配がない。また集まった人たちを目当てに商いを担う連中が隙間なく店を開いており裏通りから脇道までの支線は全て埋め尽くされているようだ。ただし中央の通りは反して空いたままだ。沿線沿いで等間隔で立ちふさがる兵たちが内側に押入ることを物理的にも魔術的にも防いでいるそうだ。
それも当然だろう。この日もまた外国からの要人の一団がサルベスタに来訪したのだから。
ここ2週間ほどで王国から北の公爵、また皇国からは第一皇子が訪れているという。ほかに何処かの小国の王族、他にも神聖国や南部連合などからもお偉方が来訪しているそうだ。しかしその度にどこからか集まった人々で大通りから何から血管が詰まったかのように溢れてしまうのだから、ここに住む地元民としてはたまったものじゃないだろう。それにしてもその度に島内にこれだけの人が存在するのだと驚嘆に駆られることが信じられないほどだ。
もちろん自分としてはありがたいことである。
そしてこの日、最後の来訪者として、ちょうど目の前の大通りを通過するのは、先日から注視している要人だった。
大陸北部の大国、完全実力主義の国家を象徴する統一された黒光りの装備を閃かせながら一糸乱れぬ統率された動きを見せる帝国の軍人たち。その兵たちの中で一人だけ浮いた存在を確認した。偶然にも今回、訪れた国の中でもかなりの地位にあるという高官の御仁だ。ちょうど視線の先をでっぷりとした体躯に胴長短足、ぎっとりと油肌をした清潔感とは懸け離れた中年の男性がゆったりと通り過ぎるところだった。俊敏さに欠けた動きだがパレード用の馬車上からは忙しなく周囲を見渡しており、赤く鼻の下を伸ばした情けない表情は何かお気に入りを見つけたかのように見える。
彼の視線の先を追うとよく知るエルフの美女が一瞬だけ確認できたところだった。
あの人何やってんだか、、、
本来、この葉乃月のような暑い季節、それも末期のこの時期に外国の要人たちが一斉に来訪するなど本来はありえないらしく都市内は連日、非常に喧々囂々としていた。当然、島内は取り締まりが厳しくなり監視の目が非常に厳しくなっている。
だが仮にも領土問題を起こそうと各国が裏で凌ぎを削っているいわく付きの地域である。それもなぜか公国領のこの島一帯を我が領土と主権を主張する国ばかりが、このタイミングでここに集まったことになる。何のために各国が集まったのは分からない。そのようなものは公衆に公開されることなどありえるはずがない。
だがキャロの話では半年以上前から変な噂話だけが市中の至る所で囁かれていたようだ。
この先、戦争が始まるんじゃないか。
ついに大盗賊の大物採りが始まるんじゃないか。
4年に一度開かれる世界規模の学生祭典の選考の件じゃないか。
先日、起きた連邦国家の大事件の件じゃないか。
、、、、などなど。
とりわけここ最近は滑稽な噂話がさらに取ってつけたかのように住民たちでこっそりと囁かれていた。
豚が家宝の宝石を大盗賊の手から取り戻すために攻めてくる、、、と。
誰もがそんなことを耳にしたと口を漏らすが出処は全く分からないらしい。だが盗賊の熊さんが話ししていた『家宝を盗まれた貴族』というのはどうやら彼のことで間違いないらしい。
今回の件で『豚に宝石』と彼を知る人たちほどそう中傷しているらしいく、かなりの誹謗中傷にさらされているそうだ。もともと軍人としては汚名が注がれているらしく不名誉な噂が先行しているらしい。だが目の前の緩みきった表情を見て、焦燥する気配などは微塵も見られなかった。顔を見ても体調は至って健康そうで問題なし。むしろ贅沢の極みを味わっていることは体型からも見て取れる。少し見方を変えて見れば、それだけ彼が腹芸顔芸に長けている、いや流石は帝国を代表する使者、政治家といった人物なのかもしれない。もちろんそんな噂が定かじゃない。
けど、、、そもそも仕事に手がつかないほど顔に出るような人間だったら使者になれるわけも、女性の尻を追いかける余裕があるはずもないだろうし、、、というよりこんな思考事態がナンセンスか。間違いなくヤバイ奴なのは間違いないかな。しばらく豚の動向はギャロに任せて、もう少しコアンさんと師匠に組織の話を聞く必要ありか。
パレードを終え周囲が落ち着いてから店に戻るとシャツの胸ポケットから小さなぬいぐるみの人形がちょこんと飛び込んできた。紛失していた2体のうちの1体であり何かの動物を真似て作られたらしくとても可愛らしいものだ。冒険者ギルドでは女性に大人気の身代わり人形の種類なのだという。ココたちが見たらきっと嬉しがることだろう出来栄えだ。
そんな可愛いはずのヌイグルミが見た目の期待を裏切るように声を高らかに笑い出した。
「かかかっかかかかかっか、、、我こそが世紀の、、、じゃないわい。おっとキャロから伝言じゃ例の件の手配が整ったそうじゃ。それとあれが例の《帝国の豚》じゃて我が弟子よ」
「キャロ、、、晩餐会の件か、、、了解。それにしても師匠の話の通りでした。随分と表と裏の顔が違うようで、、、その見聞、恐れ入ります」
「長く生きただけじゃて。ほぉぅ、、、あ奴め随分派手な登場じゃな、、、ほれ奴がくるぞ」
「奴?あれはいったい!?」
《帝国の豚》が過ぎ去った直後、兵団の最後で天空から光の柱が降り注ぎ、一人の男が出現した。圧倒的なまでの神々しさは全てを支配し瞬きすることすらさせなかった。誰もがあまりの非現実さに思考が追いつかなかったのだ。
天をも貫く光の奇跡の光景が目の前に広がる。
その中から一人の貴人がふと舞い降りた直後、サルベスタは大歓声に包まれた。
誰もが知る帝国の英雄の登場だ。
「あの男こそが帝国最強にして三人おる皇帝のうちの一人、そして《光の大精霊》の寵愛を受けし男、《光帝》ラインバッハじゃ」
「あれが《光帝》、、、」
人々の視線を独占するほど派手な登場をした男は右手を空に突き上げ光を捥ぎ取った。
湧き上がる歓声の中で彼は生み出した光の大剣を天に掲げたのだった。
「せっかくあんなに人がいらっしゃいますのにお客様が全くお見えになりませんわ」
小さな少女が不貞腐れるのも分かる話だろう。
こちらに人が流れて来ないように客足を誘導しているのだ。
「かかかっかかか、、、冒険者ギルドから完全に睨まれたからのぉ、しばらくは誰も寄り付かんじゃろうて、、、こんなに美味しそうなのにのぉ」
漂う香りは大変に香ばしく口の中が唾液ですぐに支配される。
スパイシーに香る軽食とサイドメニュー、相性の良い麦酒から、食べやすいサイズの甘いスィーツ類の数々。
この辺りでは見ない料理の数々は開店当初、物珍しさに大行列ができたほどだ。
大通りの混雑さとは反して、この店舗周囲、いやこの店舗だけがあからさまにぽっかりと閉塞感で泣いていた。一方で通り向かいの冒険者ギルド側にある直営店や他店は人だらけだ。
そんな状況を見て今にも泣きそうな顔をした少女はすっかり傷の癒えた小鳥を抱きかかえながら目尻に涙を浮かべていた。
「お兄様ごめんなさい。私助けて頂くばかりでご恩の一つもお返しできなくて、、、」
年齢不相応の心を覗かせる小さな彼女の頭に優しく手を置いた。
うっすらな桃色の髪のふわふわふさふさな感触が伝わってくる。
「お店を手伝ってくれるだけでも大助かりだよ。それに大丈夫だから見ててごらん。今から唱える《奇跡の魔法》には誰も敵わないってことを証明するからね」
「奇跡の魔法ですの?」
「そう、誰もが笑顔になる《奇跡の魔法》だよ」
そんな時、胸元からジト目でこちらを見上げる小さな美少女の視線が突き刺さった。
その視線は何処となく、、、悲しい気がした。
【お前、、、魔法どころか魔術すらできないだろうがっ!!奇跡の魔法なんて嘘つけよっ!!】
【ふふっふっふふ、、、コアンさん、お兄ちゃんの魔法は笑顔の魔法、大人の真っ黒な魔法だっていつも子供達に言ってるでしょ】
【あぁ大人の真っ黒い魔法、汚い魔法なっ!!】
【失敬なっ!?でもたかがこの程度の妨害でこちらを阻害しようなんて、、、大盗賊も甘いよね】
【それにはボクも同感だ】
手痛い口撃を跳ね除けつつ店舗の方に佇む小さなヌイグルミに目を向けた。
【師匠、ではお店の方は頼みます】
言葉を返すまでもなく彼はゆっくりと上下に頷いた。
大通りから外れた中規模の通りにある冒険者ギルド。
その向かい側に蒼葉が今、間借りしている小さな飲食店舗がある。最初は屋台を引っ張っていたのだが、途中、纏まったお金が入ったこともあり安くて立地条件が良い今の店舗を短期間借り上げた。資金面や期間、人的資源のこともあり、店内に飲食席を設けず全てテイクアウトのみの注文を受け付ける形態で、外には簡易な食事スペースも設けてある。結果、蒼葉自慢の外国料理は物珍しさのためか、洒落ているためか、開店早々からかなりの来客が見られたのだが、ここ数日は嘘のように客足がぱったりと途絶えている。
原因は通り向かい側にある冒険者ギルドにあった。
数日前から彼らが蒼葉を完全に敵視し妨害工作に出たのである。直接抗議に出ても冒険者たちが立ち塞がり取り付く暇もなく、結果、原因は今だに分からない。現に今も等間隔でこちらへ客が流れ込むのを妨害しており露骨な嫌がらせはなお続いている。全く心当たりがないため少なくとも先日の盗賊(大盗賊の子分)の件が絡んでいるだろうということは二人の共通の見解だった。
そんなことを思い出しながら店前のぽっかりと空いたスペースに一人歩みを進めた。
変に目立つのは避けたかったが今は仕方ない。用心たちがここに集まっているということ、《帝国の豚》が近くにいるということがどれだけ危険かなんて考えるまでもない。
でも舐められたままで終わるわけにはいかないし、絶対に子供は笑顔でいるべきだ。
それに小さな子供の前では最高に見せたいのだから、、、
「じゃあ魔法の時間を始めようか」
蒼葉は宙から取り出した帽子を空に掲げ、心地よいフィンガースナップの音を響き渡らせたのだった。
「中々のモノを見せてもらった。また拝見したいものだ」
一人の長身の男性がまっすぐにこちらへと歩み寄ってきた。
40代から30代半ばくらいの年齢。190㎝を超える長身、自分よりも分厚い胸板や腕周り、にも関わらず整えられた顎髭が実にチャームな男性だ。金銀様々な刺繍や宝飾で飾られている光沢混じりの黒の軍服のような貴族服は彼の身分が只ならぬ人物であることを物語っている。そして浮かべる口元は周囲の女性たちを瞬く間に虜にするだろう。まさに数々の女性を泣かせてきたと言わんばかりの容姿を持つオジさまが静かに笑みを浮かべなから自分を見下ろしていた。
その姿、まさにダンディな紳士。
なぜこの男がここにいたのかは分からない。少し前まで行列の後ろで光の大剣を掲げるデモンストレーションをしていたはずだった。まさに行軍の最中だったのだ。
三皇帝が一角にて帝国最強。帝国では三人の皇帝が政治を回しているという。各々が今でもSランクの冒険者であり、また帝国で最強と言われるほどの武人、そしてそのランクの中でも間違いなく上位にある人物なのだそうだ。
《帝国の豚》を見に来ただけなのに思わぬ大物が釣れてしまった。
でもこれは逆に最高のタイミングでもあった。彼が皇帝であり、また同時に冒険者というのならのこと。今でも冒険者というのならば、、、
断るわけがない、、、はずだ。だが失敗れば最悪、その場で殺されるかもしれない。
勇気を振り絞り、そして覚悟を決めた。
「お褒めの言葉恐悦至極にございます。皇帝陛下、サルベスタ御来訪を記念しましてぜひ当店自慢の品をお召しいただきたく」
頭を下げ、白いシルクのような光沢あるハンカチから取り出したのは、お店で今、販売している軽食類のセット。そこには辛めのスパイスを使ったハンバーガー、串に刺した謎肉の唐揚げ、キンキンに冷えた苦い麦酒、そして冷たい小さなスィーツが入れられていた。
「うむ、馳走になろう」
一国のトップが下々のものを食すなど本来は絶対にありえないことだろう。側に従者が居たならすぐに遮っていたはずだ。そして差し出した当人は地面に頭を落とされていたかもしれない。だが短い返事の後、彼は躊躇なく受け取り豪快に食らいついたのだ。
時間にして数秒とも掛らないだろう。だが全てが胃袋に収まるかは当然、味次第だ。
「、、、、」
「、、、、、、上手い。これは上手いぞ!!これを食っただけでも足を運んだ甲斐があったわ!!」
「ありがたき幸せ、、、」
膝を地につけ深く頭を下げた蒼葉だけに聞こえるように渋い声が響き渡った。
【楽しませてくれた礼だ。やはり外の世界はいいな、、、馳走になった】
「!?」
そして次に頭を上げた時、視線の先にはもう誰もいなかった。
それからのことは言うまでもない。
たった今、皇帝陛下からお墨付きを頂いたのだから。
本当に大きな人だ。
そして蒼葉はその場で改めて深く頭を下げたのだった。
---------《光帝ラインバッハ》
この出会いが、後に蒼葉の未来、そして世界の行く末を大きく運命付ける出会いになったということを今はまだ誰も知る由はなかった。
影から黙って覗くコアン│д゜)ジー
少女:2章プロローグにて登場した女の子。蒼葉のお店のお手伝いをしている。
小鳥:2章プロローグにて登場した空を泳ぐ小鳥。蒼葉のお店のマスコット。
ラインバッハ:その正体は帝国に三人の皇帝のひとり。二つ名は《光帝》。S級の冒険者にて光の大精霊の寵愛を受ける大柄な体躯をしたイケメンのオジ様。
帝国の豚:帝国高官。見た目通りの容姿を持つ男。裏組織の一員らしい。
無法都市サルベスタ:各国が領土を主張する島に唯一ある都市、公国領。中央から領地運営のため、本国の貴族が代官として派遣されている。また今回の盗賊たちの祭りに選ばれた土地でもある。長年の他国の暗躍により上層部は腐敗しており、そのためこれからの情勢が不安視されている。名前に反して表社会の治安は大変良いが、裏社会はかなり危険。