5幕:小さき者と大きな者 2
お待たせしました。
体調不良により中々進まず、、、
炎の塊は飛来した方向へと跳ね返された。
しかし意を返すまでもなく、まるで呼吸をするかのように炎はすっと消え去った。あるいはその身に取り戻したのかもしれない。
なぜなら神々しい赤色の光を放つ謎の生命体が何事もなかったかのように漂っていたのだから。
光や炎が周囲の輪郭が歪むほどに荒々しく迸り圧倒的なまでに膨れ上がる存在感が目を離すことを許さなかった。時折、黒い何かが溢れ出るように溢れ出していたことも同様だった。
それでも赤黒く透き通る身体からは背後の全てが投映されている。
恐れ慄き一目散に逃げ出すこの場に似付かわしくない集団と近くで倒れている二人組。
吹き飛ばされ窪んだ地形、焼け焦げた樹木の数々。
荒れ果てたこの場で何が起きたか、あの生物が何かを起こしたことだけは間違いないようだ。
相反する位置、そして投げナイフが届かない距離だが、奴から伝わる畏怖感は尋常じゃない。人じゃない謎の生命体はそこにいるだけで格の違いというものを見せつけるように存在した。
状況から考えてあの生命体が暴れたことは間違いない。
察するに逃げ出した集団が加害者で、倒れた二人組は被害者のように見える。
冒険者に似つかわしくない集団と自分と似た低ランクだろう二人。
見ただけの情報で判断するには早すぎるが、これ以上は目の前の奴が思考する時間を与えてくれないようだ。悪寒とあの生命体から感じる凄まじい何かが体を蝕んでいくような感じがするからだ。
何だろうか?
まるで見られてるような感覚、そして吸い込まれるような吸い込みたくなるような感覚が身体中を支配していく。
大まかに説明するとそんな言い表せない言葉にできない感覚が恐怖心と共にだんだんと強くなっていく。カードを持つ手や膝に背筋が思わず凍るほどの恐怖を併せ持って、、、そして僅か数秒後、突如として存在が消えた。
まるで電池が切れた電灯のように生命体は消失した。
「コアンさん、、、あれ何だったのかわかる?」
【、、、、嘘だろ。あいつらまさか、、、あれを《ブラッディ》を使いやがったのか】
「ちょっとコアンさん?ブラッディ?」
【、、、、悪い。まだ半信半疑だから後で話す。それより助けなくていいのか?】
「そうだね、、、じゃあ他はよろしく」
肩の軽さを感じなくなると周囲を警戒しながら二人に近づいた。
倒れた二人組、自分よりも年下の男女のペア。
見るからに成人仕立てぐらいの年頃だろうか。
あどけない様子が残る少年と少女は寄り添うように倒れ込んでいた。
少年が少女を守るように抱きかかえている。いかに大切にしているかを物語っているようだ。
幼馴染かな?
ルーリさんやピーターたち元気にしてるかな。
シドはアイスラさんの尻に、、、絶対敷かれてる。
二人を見て以前、お世話になった人たちを思い出しながら、流れるように謎の生命体が消えた空間を見つめる。突如として現れ消失した謎の生命体と逃亡していた人間たち。湧き出す不安はどう判断しようとしても区別できない何か悪いシコリのようなものを生み出したかのように心に深く刻み込まれる。
ブラッディ、、、すごく嫌な予感しかしないんだけど、、、
周囲にこれ以上の危険がないことを確認しながら、蒼葉は二人を優しく介抱するのだった。
安宿の一室、冷めたお湯入りのコップの中で惚けた顔を浮かべる彼女に視線を向けないようにしながら素材の仕込みを進めていく。お店用と本日の晩酌用である。
血抜きは昼間、完璧に済ませてあるので隠し包丁を入れながら余計な部位を丁寧に取り除いていく。それから食べやすいようなサイズに切り揃えた後は、スパイスやお酒、塩などで最低限の下味を整えて容器に入れて少し落ち着かせる。夏場ということもあり少し多めに地場産の辛味を加えているが、どうやら味には問題はないようだ。
そしてたまに後ろの存在を気にして、ついつい流し目をしようとして、、、現実に引き戻される訳である。
まさか真後ろで美少女が裸でお風呂に入ってるなんて普通は夢にも思わないだろう。
黒髪、褐色肌の女性がうっとりと浮かべる表情は艶かしく美しい。
その下の見てはいけないものを見たいという欲望よりも今は理性が優っている。
とはいえ気にならない訳がない。それが例え小さくなった小人だったとしても。
彼女は美少女だ。
お風呂が併設されてないこの安宿で体を清めるには、たらい入りのお湯か外の井戸、もしくは魔術や魔石を利用するしか手段がない。しかし小さな人形サイズになった彼女にはコップのお湯で身を清めるなど朝飯前の出来事らしい。
違いに一息ついた頃を見計らって、こっちから昼間の件を切り出した。
「ブラッディって何?」
「次、ボクの方に視線向けたら髪の毛剃るからな」
「そんな小人ボデ、、、」
「何か言ったか?」
おっと彼女が裏稼業の人間だということを忘れてはいけなかった。
それから彼女はサドスティックなジト目を浮かべたまま湯船に身を落とした。
「コアンさん、これお店用だからもう少し丁寧に扱ってほしんだけど。それからお風呂入るならもう少し人の目くらい気にしてもらえませんかね?」
バッサリと影の刃で切り裂かれた素材を手直ししながら下味を付けた肉に衣を付けていく。後は保存用の大葉で包んでから取り出した帽子の中に一部を突っ込むと油入りの鍋を取り出して魔石コンロに火を掛けた。
10分ほどして香ばしい香りが部屋じゅうに充満仕出したのは幸いだったのだろうか。
少しご機嫌斜めだった彼女の口が静かに開いた。
「正式名称ブラッディスノウ、通称。極めて中毒性の高いやつで全世界で禁止指定されている麻薬だ。製造はもちろんのこと、所持はおろか材料を収集されていると知れたらその場でクビが飛ぶ。ボクが覚えている限りでは、原料や製法も含めて徹底的に葬られたと聞いている。裏世界でも取引されるのは稀らしくて、ボクも未だに見たことがないし、そもそも材料すら希少すぎて手に入らないはずだ。確か生み出されたのは数世紀前くらいだったか。とうの昔に淘汰されたはずだった」
「だった?」
「見ただろ?あの精霊がトチ狂った姿を。あの薬の本当のヤバさは人外にも効く上に他の生命体にも伝染感染させるところにある。いや、、、過去にあの薬の簡易版が広がったことがあったな。ラクスでギルマスが命懸けで潰した話は覚えてるだろ?」
「あぁラウンジでコアンさんが酔っ払ってSっ気出しまくってた時ね。確かあの時はラクス中に広がったって話で相当ヤバイ話だったような、、、。つまり今回は精霊にだけ効くように調整された?それでブラッディに犯されて、要するにどうなったの?」
ジト目で睨みながらもコアンは素っ気なく答えを口にした。ちょっとした冗談に少しも乗らないほどに深刻ではあるらしい。
「消えた」
「死んだってこと?」
「そういうことだ」
「そっか、、、精霊とかの生命体の死は消滅なんだ。ということはその《ブラッディ》のせいで異常性や暴力性等々が顕著に現れた挙句、生命力を暴走させて消滅。周囲の人間に感染していないところを見るとブラッディ系統の試作か、似たようなものを手に入れていたのか。人以外に効くように調整されたもの、、、あれ!?もしかして本来は人だろうが、魔物だろうが伝染対象には関係が、、、ない?」
「お前、、、?」
「ということは人に使えば大量に暴れさせることができるし、魔物に使えば大量の非人道兵器が誕生すると、もしくはそんなモノを媒体にした術が存在する?でもあの暴れっぷりだとコントロールは効いてなかったみたいだから、、、別に支配して操作する必要があった。でも上手く操る方は、、、、、、あるじゃないか!!」
「お前、何の話をしている?」
「ほんとに馬鹿野郎か、、、そもそもあからさまにそんな二つ名だったのにフラグありまくりに何で今まで気づかなかった!?」
今まで足りなかったピース、欠けていたピースが少しずつ形を取り戻していくような気がした。
同時に冷たくざわめく感触が全身を駆け巡っていく。
気づいてはいけなかったのかもしれない。そんな気持ちが芽生えつつも逃げることは許されない。
足りないものの中に自分の欠片も含まれていることは重々認識しているからだ。それも切れ端じゃなく土台に関わる部分、その根幹の中に自分も、、、、今は含まれていた。
以前、体に取り込んだ異物。かつて《災厄》《厄災》などと呼ばれたその異物は現に自分の体の中に存在する。数ヶ月前、自分が街を救うために自ら取り込んだからだ。なぜ自分がその決断を選択したのかは今だに分からない。
あの時、あの《化物》は魔力を持つ者に反応し街の人たちを喰い漁った。また人を操る術があることは知れている。だからあの化物を体内に取り込んだ人物を操ればいいとアイツが堂々と宣言した。人柱として偶然にも出来上がった自分に最後まで固執したアイツがそう宣言したのだ。
炎を纏いし狂人の男が、、、、
だから自分はあの街で、あの時あの場で偶然にも選ばれた。
、、、いや、違う。化物を自分が取り込んだから選ばざるえなかったんだ。でも、もし本来予定していた誰かが人柱として出来上がっていたら、、、くそっ!!推測に過ぎないのに、、、どんどん余計なことが浮かんでくる。アイツはあの時、何と言ってた!?何を狙っていた!?
混乱した頭を落ち着かせながら油で揚げている肉を取り上げ調理類を全て終えると取り出した皿に盛り付けながら一息ついた。
自分じゃない予定していた候補者だったら操れた?ブラッディの感染者だろうが、化物を取り込んだ人間だろうが操る術があるのなら、人以外の生命体、そして無機物を操る術も存在している?誰が裏で関わっている?あの時、あの場で、ブラッディに感染伝染した人たちを操って何をしようとしていた?いや待てよ、、、対象に伝染させて人柱にしていたら、、、そもそもブラッディって薬?まるでウィルスの話をしてるような、、、
そもそもアイツらは何を企んでいる?
足りない。ピースが圧倒的に足りない、足りなすぎる。情報の急展開に頭が混乱している。
知らなければいけない情報はこの二人のことだ。
特にそのうち一人は、数日後、この島内に訪れるらしいのだから。
「コアンさん!!《戦慄の人形師》と《帝国の豚》について教えて欲しいんだけど、、、!?」
ふと顔を逸らし目にした先に狼狽した裸体の美少女がいた。
その何らかの企みに多少は関わっていたはずの小さな人だ。
その時、コンコンという音がして、すーっと部屋の扉が開かれた。
ちらりと覗くように顔を見せたのは小さなぬいぐるみの人形だった。
自分用の身代わり人形2体のうちの1体。つまり命が存在しないヌイグルミ人形、そして何故か動く非生命体。
ぬいぐるみ?ぬいぐるみが、、、動く?
なんで、、、、ヌイグルミが動く!?
「師匠ちょうど良いところにって、、、しまった!?ちょっと待ってコアンさん落ち着いて!!聞きたいことがあるんだって!?」
「おい?人の裸見といて何が聞きたいんだっ!?ボクはこっちを見るなとさっきも言っただろうがっ!?」
「ちょっと!?待って!?ご馳走様でした。じゃなくて、ごめんなさい!!」
飛来した影の苦無をまともに浴びながら蒼葉は美少女の裸体を視界の隅に焼きつかせた。
小さな体に適度な胸元とお尻、相反する細くするりとした長い肢体とくびれ。
小人じゃなかったら魅惑的な肢体は深く脳裏に刻まれ、そして活発的な魅力に溢れる彼女の裸体が影を纏い臨戦態勢に入る瞬間を。
そんな事態を見て、、、小さなぬいぐるみは呆れるように呟いた。
「お主ら、、、何やっとるんじゃて」
夜の町に浮かぶ魔石灯の数々は、この世界では珍しくはないらしい。
赤に黄に青と相まって人の叡智の光は星たちの合唱にも負けないようだ。
きっとここ最近続くお祭りめいた日々が続くせいだろう。
宿のバルコニーから覗く光景は久しく見ることがなかった色めいた世界だった。
あの日の夜もひょっとしたらこんな光景を見ることができたのかもしれない。
数ヶ月前、ホルクスという町を襲った大惨劇。
そんな事態を招いたのは一人の男だった。
非生命体を操るという《戦慄の人形師》。
そして大犯罪者が抱える《十指》と呼ばれる狂人たち。
その中でも最恐最悪、世界最高額の賞金首。
《荒れ狂う右の中指》とも《狂炎》とも呼ばれる男。
《厄災》と呼ばれる化物を解き放ち町を燃やし恩人を町中の人たちの命を弄んだ男。
そして自分を、、、、
、、、、殺した男。
食後のコアン:(*´ω`*).美味し、、、
色々と堪能した蒼葉:(*´д`*)ごちそうささまでした。
旋律の人形師:世界的に有名な高額賞金首の一人。謎の組織の一員。
炎を纏いし狂人の男:《荒れ狂う右の中指》《狂炎》と呼ばれる。旋律の人形師が抱える部下の一人。高額賞金首ぶっちぎりの一位の大犯罪者。
帝国の豚:謎の組織の一員。現在情報不明。
コアン:元ラクスのギルドの派遣職員。小人となった現在は蒼葉と手を組む。
師匠:小さなヌイグルミを模した身代わり人形。愛くるしい姿で動く。その正体は不明だが、蒼葉曰く心当たりがあるとのこと。芸術の師匠、そして心の師匠。コアンが小さくなった時期と同じくして喋りだすようになった。1章7幕辺りを参照。
ルーリ、ピーター:蒼葉とココナが以前、お世話になった少女と少年。
シド、アイスラ:蒼葉とココナが以前、お世話になった冒険者。