3幕:青い瞳と帝国の影 4
「500万!?子供だと思ってぼったくってるんじゃないの!?」
小さな怒声が通り中に漏れ出した。
その見幕に偶々通りを歩いていた人は仰天したようで何か何かと窓越しに店内を覗く者が現れる始末だ。それだけ異常だということだったのかもしれない。
古ぼけた店内、その奥にある壊れ掛けの番台で小さな子供四人を見下ろすのは欲の深そうな顔をした中年の男性だ。人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる男の右手に持つものこそが小さな子供たちが何とかして手に入れたいもののようだった。
「いいかお嬢ちゃん?この初級の魔術書はここらじゃウチしか取り扱っていねぇ貴重なものだ。普通、魔術書、、、いやいわゆる魔道書といや本来はもっと高価なもんだからな。この値段で取り扱っているところなんざ他にはねぇんだよ。そもそもこのレベルの魔術なら他の店舗だとせいぜい巻物や紙媒体のスクロールといったところが関の山だが、それだけこの魔術書辞典が価値があるもんだっつうこった。分かったらママにお小遣いでも貰ってお菓子でも買いにいくんだな。これだからガキは物分かりが悪くていけねぇ」
「このクソ親父、、、」
ー意思疎通呪文中ー
【ココナもティーもいい?このクソ親父が蒼兄がこの前、話ししたあの《ぼったくり》って奴よ】
【うぉおー!?ココアちゃんすごいもん!!これがでんせつの《ぼったくり》!?】
【確かにこのお方、怪しさ満点です!!とってもアヤアヤですよ!!】
【いや普通のぼったくりだろ!?ガキ相手に馬鹿にしてるだけだろ!?】(黒桃)
【黒桃うるさい!!それにこれがあの有名な《狸親父》って奴よ。ダークシャドーの2巻に出てたでしょ!?だから頭薄いしお腹ぽっこりでしょ!?こんなお店は次来たときは絶対無くなってるんだから二度と遭遇しないレアモンスターよ!!】
【おぉぉ!?これがあのレアモンスター!?ココアちゃんさすがだもん!!】(ココナ)
【ココアちゃん凄いです!!スゴスゴですよ!!】(ティア)
【ふふんっ!!だって大人だもん!!】(ココア)
【いやいや!!どう見てもお腹膨れた中年太りしたおっさんだろ!?】(黒桃)
【黒桃うるさい!!】
【コクトーうるさいもん!!】
【黒桃くんうるさいです!!】
【何か無慈悲、、、】(黒桃)
「もういいわ!!行くわよココナ!!邪魔したわねっ!!」
「うん、しかたないもん」
「おっとごめんよ」
その時、ココアたちと入れ替わるように変なフードを被った人物が出入りしたが、気にも留めなかった。頭の中は魔術書をいかに確実に安く手に入れるかでいっぱいだったからだ。
そして店主の男の言うことは正しかった。
結局、他の魔道具屋や魔法屋、呪文や魔道具に精通したお店を何軒と当たっては見たものの、あれだけ種類豊富な呪文が記載された魔道書は見つからなかった。ギルド紹介のお店といえども魔法紙や巻物の数も種類も遠く及ばない。
完全詠唱のための魔術の呪文が記載されたやつで全属性分。
それも攻撃、防御、補助、回復、その他。
ありとあらゆるものが記載された分厚い辞典のような魔道書。
その教本がこのいけ好かないお店にだけにしか取り扱いがないことは不運だったに違いないが、子供たちが相場というものに対して無知だったことも、子供だったことも、また不運なことだった。
初級の火の呪文が刻まれた巻物や一枚の紙面ですら数万クールに及ぶ場合もあり、そんな物を全属性、全種類、全用法、収集しようとすれば今の子供たちの予算では確実に不可能なことだっただろう。
手持ちの財産は今現在、ちょうど50万クールぐらいだ。
どう頑張っても500万なんて金額を出せる訳がないのだから。
仮に先日手に入れた魔石や魔獣たちの死骸から価値のあるもの(ドロップ品)で代用したとしてもその半額に届くかは怪しいところだった。この子供を客として見ない男が相手なら尚更だろう。
男は自分たちがあくまでもただの子供だということ、そして時間がないということに感づいていたのだろうか。提示した金額、いわゆる卸値ははるかに安かった。つまり当然のごとく足元を見られていた訳だ。
子供相手に足元を見るなど商売を生業にしている者にとって朝飯前の話に違いない。
ただトントン拍子に進むうまい話に待ったをかけたのは男のどんぶり勘定具合と思考パターンに子供達が不振を覚えたからだ。それもこれも蒼葉の日頃の教育のおかげだろうか。
ただしこれで子供達の狙いは完全に頓挫することになった。
先日、突如降り注いだ大問題を前にしてココアたちは完全に項垂れたのだった。
こんなことに至ったのは2日前に遡る。
魔獣による襲撃から数日後の昼、一同はついに国違いの都市へとやって来た。
ラクスラスクよりははるかに大きく、中規模の衛星都市といって差し支えない規模だ。
関所でのやり取りの後、越境のための手続きや物資の補給等のため最低でも3日ほどは滞在することが決まったためココアたちは用意された宿で足を延ばすことになった。
だからチビっ子たちは物資補充を兼ねて町中を探索している。
朝、昼、晩のご飯とおやつ。
飲み物とおやつ。
お菓子とおやつ。
出店とおやつ。
もちろん甘いものには果物も欠かせない。だから至極当然、旅に絶対必須なおやつは外せないのである。それからその町々特有のグルメも欠かせない。特に出店で出されているものは携帯性もよく食べやすいものが多いので、旅の間は重宝することが多い。それに場所ごとに味や風味が全く違うのである。本来、お店ごとに全く違うのに、町によって違うのだから色々と食べて見たいのは仕方のないことであった。
だからこそ出店の味はその町を知るにはとても重要だ。
様々な香りの罠に逐一引っ掛かりながら、、、ちびっこ子たちは町中を可能な限り探索した。
他に使用した薬やポーション類、旅に必要な物も一緒に一式揃えると等分してそそくさと手持ちのバッグに入れるふりをして忘れずに収納した。ココアとココナの二人が使用するバッグの中には元々可能な限り役立つモノが揃えてはある。しかし小さな子供が持つバッグのサイズなどしれたサイズでしかない。保護者の言いつけもあり、秘密にしている時空間魔法や時空間魔術といった超高度な呪文を使える二人は容量に限度があるとはいえ旅には欠かせないものを、バッグに入れるフリをして詰め込んでいるのだが、、、それでも優先するべきは決まっている。
お目付役がいない今こそ買い食いこそが旅の醍醐味なのである。
それからちびっ子たちは冒険者ギルドの紹介で魔道具屋さんを訪ねた。
魔道具の補充を兼ねての衝動的な理由だったのだが、偶然そこで目にしたものは1つの魔導紙だった。それも廃棄寸前のものであり、しかも欠陥品のため無料であるらしかった。
場所は完全な町外れ。
本来ならば確実に立ち寄っては行けないような区画にあるお店である。
その軒先の木樽にぶっきらぼうに入れられたものにたまたま気づいたのだ。
「ココアちゃん、これってあのじゅもんだもん」
金色二つおさげの髪をしたココナが口にしたのは例の呪文のことだった。
先日見たばかりのとんでもない呪文である。
当然、ココアもその紋様を見てすぐに理解した。
「やったわねココナ、これで私たちもあの呪文を使えるようになるんだから!!」
二人は思わず無言で互いに見つめ合うとあの時の興奮を思い出したかのように例の呪文を同時に口にした。久しぶりに心を奮い立たせるあのキーワードだったからだ。
「限定解除!!」
「げんていかいじょ!!」
ただし一つだけ問題があった。
古ぼけた魔法紙はだいぶ痛んでおりかなり色あせている。特に厄介この上ないことに魔術習得に扱う魔法陣が記載されている一部が欠けているのである。
それも肝心要の部分であろうことをココアは瞬時に理解した。
たぶんこの部分だと制御に関する項目のはずだから、かなり大問題ね、、、周囲の文字と数字、記号は全部、指定箇所のスペル。外から中に行くほど高度に精密に緻密に施されている。ということは、、、そっちが解放を意味するなら、こっちの欠けた部位は間違いなく制限を意味する部位のはず。円に沿って周囲の幾何学模様を混ぜているのはこの大陸独特のやり方だから、、、これをもっと簡単に制御できるようにするには、、、それなら新たに書き直した方が効率が良いだろうし。
魔術を実践するには様々なやり方がある。
魔道具を媒体とするもの。詠唱を伴うもの。そして魔法陣といったもので仲介するもの。体を使うものから、何かに意味を持たせることで発動するもの。
ココアが住んでいた世界のやり方はもっと簡易で単純だった。一方で、この辺り、いやこの大陸で見た魔法陣やら術式は、かなり複雑に構成されていた。正直、なんでこんなに無駄なものを付けているのか疑問に思うくらい難しいものばかりだ。まるで難解なパズルみたいである。
でも面白い。たぶんこの紋様を追加してから幾何学的なこっちの文字を追加して、あとは白文字で代用できる、、、はず。
たくさんのお菓子が世界中にあるように魔術もまたたくさん溢れている。
ココアは念のため魔法紙に記載された魔法陣の術式を記録石に記録させると頭の中で足りない部分の予測を立てながら新品の魔法紙に記載し直した。時間にして僅か数分の出来事だ。
できた、、、これできっと大丈夫。私の方が早いし確実だと思うけどココナはどうかな?
そう思いながら出来上がったものを自慢しようとしたものの、どうやらタイミングは同じだったらしい。お互いの魔法紙を見比べ、自分のを前に突き出した。
自分が優っていると宣言したのである。
「ぜったいこっちだもん!!」
でもそれはココナも同じらしい。
自分とは違う描き方、、、なるほど。あの書き方だったらスムーズに術式を制御しやすくなるのは間違いない。ひよっとしたら自分のよりも簡単に扱えるかもしれない。だけどあのやり方は初心者限定過ぎる、扱い慣れた人なら逆に扱いづらいわ。
でも流石はココナ、、、やるじゃない。でも私のも絶対に負けないんだから。
「絶対にこっちが正しいんだから!!」
そんな二人を見た黒髪褐色肌の少年、黒桃は呆れるようにぼそりと言い放った。
あくまで我関せずといった態度である。
「はぁまた喧嘩してんのかよ。何の魔術か知らねぇけど、自分のが正しいんだったら自分のでやればいいだろ?」
「黒桃に言われなくても分かってるわよ!!」
「コクトーにいわれなくてもわかってるもん!!」
「もう黒桃くんは余計な一言が多すぎです、、、ダメダメですよ!!」
「無慈悲、、、」
「それにココちゃんたちらなら大丈夫ですよ。だってスゴスゴですから!!」
そして二人は一斉に魔法紙に記載された魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。
「「制限解除(リミッターオーバー!!)」」
ぽふん。
そして二人は魔術を扱えなくなったのだった。
中二心が疼く黒桃(๑• ̀д•́ )✧:俺も、、、やりたい。
一人冷静なティー(乂•̀ω•́):もぉー黒桃くんはダメダメです