3幕:青い瞳と帝国の影 3
「ココナちゃん、ココアちゃん、黒桃くん、、、ごめんなさい」
異様なほどの血と匂い、眼前で繰り返される命のやり取りを前にしてティアは手足を動かすことができなかった。唸るバケモノどもの雄叫び一つで身が手足が声が震えた。
彼女の小さな心は恐怖で常にいっぱいだった。
そして何より彼女の心を攻め立てたのは自身よりも幼い二人をそんな恐ろしい場所へと向かわせたことに対する後悔と羞恥心だった。年上の自分が取った醜態さといったら話にもならない。
これがあの公国を治めることになるべくして生まれた次代の頂点だと他者に問われたら誰もが信じることはないはずだろう。実際、彼女自身には魔法はおろか魔術を操るほどの才はない。ココアやココナのように魔力に恵まれてもいなければ、黒桃のように護符といった魔道具を巧みに操る才もないだろう。魔力を持ちつつもその魔力を制御する術を持たない彼女ではどう足掻いてもあの状況では役に立たなかっただろうことは間違いがない。
そんな断固たる事実を突きつけられてティーは一人塞ぎ込んだ。
当然、ココアがココナが、黒桃がそんなティーに優しく声を掛けたのだが、、、
戦闘が落ち着いて、多少心が和らいでから数時間、どんな言葉が掛かろうともティーの心は晴れることはなかった。
その日の夜、連結させた馬車を円のように並べるとその中央で小さな炎が数カ所で迸った。
すでに星たちが騒めき世界中を静かに祝福してくれている。
そんな時間だった。
そして少し遅い食事の時間でもあった。
乗組員から同乗者に至るまで昼間の件もありココたちは声を掛けられ続けた。
そして誰もが口にするのは賛辞と感謝の気持ち。
三人の周りには笑顔が絶えなかった。
それは率先して前に立ち続けた護衛の四人も変わらない。
ココ達に気さくに声を掛けた後は一貫して褒めちぎられたのだから。
そして彼らはそのまま代わる代わる馬車周囲の護衛の任に付いており食事の時間以外にはこちらへとやってくることはないらしい。
一方、中央に迸る炎の周りには、死を免れた人々が今日、奇跡に立ち会ったのだと喜びを分かち合っている。誰かがその気持ちを歌い出せば、その声に続けて体を揺らし始める者や口ずさむ者もいて和気藹々としていた。
魔石に込めた聖属性の呪文による結界の効果が続いているのか近づいてくる魔物や魔獣の類はいないらしい。眼を深く凝らせば淡く輝く光の幕が周囲に漂っていることだろう。
その眩しすぎる光景から目を背けるようにティーは一人、馬車の上から星空を見上げている。
結局、自分には勇気の星も欠片もないのだ。
そう自身に何度も言い聞かせると深くため息をついてまた頭を腕の中に埋めたのだった。
何もできなかった事実は変わらない。
その時、ポンポンと頭に軽いふっくらとした柔らかさが広がった。
「マロンちゃん、、、、」
トボけた顔をしたような気がする黒い小さなスライムのマロン。
きっと彼もまた自分のことを心配してこちらに来てくれたのだろう。
それからむんずと両手を握りしめられ体の両側から温かさが彼女に伝わった。
「ココナちゃん、ココアちゃん、、、、」
そしてすっと香ばしい香りがする深皿が差し出された。そして胃が意思とは反して動き出すのを体で感じていると、気がつけばずっと彼女を支えてくれている大切な友人が目の前に座っていた。
「ティー、ちゃんと食べないと体が持たないからな」
恥ずかしそうに顔を背けながら語る黒髪の少年もまた彼女を心配する一人だ。
しかしそんな彼に隣からぼそっと呟いた一言は実に怪異な一言だった。
「ココナいい?あれが片思いのジレンマってやつよ」
「おぉぉっ!?ココアちゃんものしりだもん!!すごいもん!!」
「えっへん。もっと褒めていいのよ。だって私はデキる大人なんだから!!」
「おい、、、何いってんだよココア?誰が、か、か、片思いだって!?ガキンチョのくせに生意気だぞっ!!」
「へぇ、、、舎弟の分際で誰にモノ言ってんの?それに別に誰のことなんて言ってないんだからね?それとも誰それのことだからってわざわざ口にされたいの?ねぇ誰に物言ってるのか分かってるコクトー?」
「くっ、、、く、、、コ、コ、ココアさまぁ~」(ヘタれた黒桃)
いつもと変わらない日常だった。
それがある日一貫した。
あんな恐怖に塗れた時間を過ごすことになっても取り巻く環境はいつもと変わらなかった。
攫われてから右も左も分からない日々。
苦難と恐怖と不安と、、、様々な負の感情が幾度となく押し寄せてくることが想像できただろうか。
それでも支えてくれる友人たちと過ごす時間が己に足りない隙間を埋めてくれる。
彼女が抱える事実は少しも変わらない。
それでも彼女は一人ではないのだ。
そんな時、馬車の下からさらに思わず顔を緩めるような鳴き声が響き渡った。
どうやらもう一人の仲間も彼女を心配しているようだ。
流石に屋根上ということもあり飛びかかってはこなさそうではあるが心配してくれていたらしい。
優しく甘い鳴き声にティーは何だか無性に可笑しくなって微笑みだした。
あんなに真剣になって一人考えていたのがバカみたいな気分だった。
事実は変わらない。
魔法も魔術も使えない。
前に立つ勇気もない。
自分よりも小さな友人の背中を守る術すらない。
何もできない公国の王女。
それが今の自分。
それでも救われた気分になるのは目の前に隣にいてくれる友人たちのおかげなのだろう。
「ココナちゃん、ココアちゃん、黒桃くん、ありがとうございます」
心からの言葉を口にした少女はにっこりと笑みを浮かべた。
それは思わず誰もが見惚れるほどの誰よりも眩しい笑顔だった。
笑顔を見てまたまた心を撃ち抜かれる黒桃:ドキュ-(⸝⸝⸝°◽︎°⸝⸝⸝)→ン