12幕:ココとルーリの料理 『堕天使が堕天使たる所以』
蒼葉はふと目が覚めた。
何かがおかしい。眼の焦点が全く定まらない。若干ふらつきを覚える
さっきから腹部に重みを感じており、しかもお腹が上下に揺れているのだ。
少しだけ視線を下げるとココが抱きついてスヤスヤと寝息を立てていた。
ぴょこんと飛び出した金色のはねっ毛が寝息に応じてゆっくりと揺れており、とても気持ち良さそうな寝顔である。
天使の寝顔とはまさにこのことだろうと思う。
蒼葉はそんな腹上の天使を見て柔らくて小さな頭を思わずさすってしまった。
どうやら洗濯の後、二人で長い昼寝をしてしまったらしい。
本当に久しぶりに落ち着いて休めた1日だった。
二人揃ってここ最近とても大変だったからこんなにゆっくりできたことに蒼葉はとても嬉しくなった。
それに明日までお休みがあるし、この後は今日の最高の楽しみがある。
ココを起こさないようにそっと抱きかかえると蒼葉は食堂の方へ向かった。
そろそろ頃合いだろう。
おそらくルーリさんの手料理はできてるはずだから。
食堂からは食欲を刺激しそうな香ばしい香りが外にまで漏れ出している。
辺りはすでに夕暮れ時、街中を赤い日の光が包み、街灯もちらほらつき始め家からは魔石光の柔らかい光が外へ漏れ出している。
赤い光のカーテンに輝くような白い街灯の宝石がとても幻想的な世界だ。
自分が住んでいた街とはかけ離れた一面を見せるこの世界に思わず二人は思わず見とれてしまった。
もっともお腹の方は別のことに興味を覗かせていたようだ。
ちょうど良い夕食時だった。
亜麻猫亭の周りにもいい香りが広がっているのだろう。
案の定、漏れ出す美味しそうな香りに、たまらず中に入るとテーブルに出来上がった料理を盛り付けていたルーリさんとローロちゃんに出くわした。
「蒼葉くん、お日様気持ち良かったでしょ?」
バレていたらしい。
ただ言葉とは裏腹にとても良い笑顔をしている。
彼女なりに気を使ってそっとしといてくれたのだろう。
「お兄ちゃんお昼寝気持ち良かったです?」
昼間見た時とは違ったローロちゃんの顔が随分明るい。
小さな彼女の頭を撫でながら蒼葉は返事する。
「知らない間に寝てたよ。ポカポカしてとても気持ち良かったんだ。何か考え事してたけど思い出せないくらい、、、。それにしてもローロちゃん何か良いことあった?」
「はい。お兄ちゃん今日はきっと大丈夫な日です。神様は見ていてくれたです。」
よく分からないが彼女が抱えていた問題は解決したらしい。
昨日から続いていたどんよりとした彼女の暗さは微塵も見られなかった。
ココを起こしてから二人で手を洗い、一緒に夕食の準備を手伝ってから席についた。
目の前に並べられた出来立ての料理の数々。
とても美味しそうだ。
さてさて着席してからの最初の一声はもちろんあのお方。
今日は社長がいないから絶対こうなると思っていた。
そこにはえっへんとドヤ顔を散らす綺麗でかわいい上司が出現している。
さすがは主任だ、期待を裏切らない。
「さぁさぁ新入りよこの私に感謝しなさい。このか弱い女の子が丹精込めて作った手作り料理の数々よ。出すところに出せば物凄い人気なんだから。それに今日は社長がいないから色々と奮発したのよ。いっぱい食べていっぱい飲むわよ。この私についてきなさい。」
「ははぁルーリ主任に感謝いたします。この凡夫まさかこんなところでこのような幸運を授かることになろうとは、、、。これもあれも全て主任さまのおかげでございます。」
テーブル越しに彼女に上半身だけ土下座を敢行する。
どんな俳優にも負けないくらいの大げさなやつだ。
そんな蒼葉を見て主任は豊満な胸を反らせてますますドヤ顔に磨きがかかった。
ちなみに柔らかそうな谷間がちらりと覗けたのが嬉しかったのは言うまでもない。
もちろん言わないが、、、。
「宜しい。新入りにもこの私のありがたみというものがわかったようね。褒め称えなさい、そして跪きなさい。後片付けは全て任せたわ。それからあとで私の肩を揉んでちょうだい。お風呂上がりにね。お姉ちゃんがいないから今日は派手にやるわよー。」
「ははぁ全ては主任のためにやらせていただきまする。」
そんな二人を見ていつもなローロちゃんは冷静に呟いた。
「お兄ちゃん相手しちゃいけません。お姉ちゃんがますます調子に乗ります。」
相変わらずな妹さんである。
そんな妹には目もくれずご主人様はまだウトウトしているココにも声をかけた。
「ココもちゃんと目を覚ましてね。じゃあお祈りして乾杯しましょう。」
「るーりおねえちゃん、、、。」
「ほらちゃんと手を組んで。では改めて、、、、」
「今日も素敵な一日を過ごせたことを神に感謝を。」
窓から差し込んでいる赤い光が二人を包み込んでいる。
まるで宗教画に出てくるような乙女のお祈り姿はとても幻想的だ。
蒼葉はルーリさんとローロちゃんの二人を見入ってしまった。
本当にこの二人は絵になるなと思う。
「では蒼葉くん、ココ、ローロ、乾杯♪」
「「乾杯!!」
「かんぱい、、、」
ルーリさんと蒼葉はラガー、ローロちゃんとココはオレンギのジュースで乾杯した。
八百屋さんのお兄ちゃんから頂いたオレンギを使ったサラダの和え物。お肉屋さんから頂いた謎肉と野菜の香草蒸し。干物屋さんから頂いた干物を使った魚介系のスープ。ちょっと辛めのソースを和えた謎肉のボロネーゼパスタ。果物の簡単ミニパフェ。
どれもお店で出せる出来栄えの料理であり、どの料理にもルーリさんとローロちゃんが巻き上げた材料がふんだんに使われている。
そしてその料理から漂う香りは先ほどからこれでもかと4人のお腹を刺激している。
これは絶対に美味しいに違いない。
「お兄ちゃん、今日は過去最高の当たり日です。生きていて良かったです。」
ローロちゃんが涙ぐんでパクパク食べている。
寝ぼけていたココは一口目を口に入れた途端パクパクと勢い良く食べ出した。
そんな二人を見て蒼葉も一口ずつ口に運んでいく。合間にラガーを口に注ぐのも忘れない。
きんきんに冷えたラガーが止まらない。
女の子の手料理最高。
いつもは作る立場だっただけに込み上げてくるものがある。
「ルーリお姉ちゃんの料理はいつも毒薬のはずなのに、今日は違いました。お姉ちゃんは凄いです。」
「そうよ、ローロ。お姉ちゃんは凄いのよ。ココ美味しいでしょ!?」
「うん、おねえちゃん。いっぱいいっぱいおいしいよ。」
ローロちゃんの目はとても輝いており、主任のドヤ顔も過去最高である。
本当に美味しい。
でもいつも毒ってローロちゃんは年の割に言うことは厳しいらしい。
そんなローロちゃんにはお構いなくココはひたすら食べ物を口に詰め込んでいる。
それだけで美味しいってことが解るのだろう。
だからそんなココを見てルーリさんも優しい笑みを浮かべてる。
「おう青年美味しそうなものを食べてるじゃないか。」
食堂の外扉が開いて白髪混じりの赤髪の男性が大量の荷物を掲げてやってきた。
蒼葉とココの恩人であり亜麻猫亭の常連、マークスさんだ。
それに彼の後ろにも人だかりが見える。
「めちゃ良い匂いじゃん。お腹減ったよー。」
「ほんとほんと。」
彼に続いて入ってきたのは商隊のメンバーであり、蒼葉とココを助けてくれた方々である。
今週末の亜麻猫亭には、商隊の6人が宿泊しているのだが、人手不足のため週末の食事等のサービスはお休み中であり、サービス制限中である。そのためこの二日は外で食事をとるか、もしくは外で買ったものを食堂で食べるかどうかなのだそうだ。大量の荷物の一分は今日の夕食らしい。
「ルーリ俺にも何か食べさせてくれよ。」
「もー仕方ないなぁ。今日は余分に作ったし特別だからね。」
商隊の中でも一番若いメンバーの一人が気さくに彼女に声をかけてくる。
年はルーリさんと同じくらいの少年のような青年のような顔立ちをしている男性で彼女の幼馴染、ピーターとか名乗っていたと思う。
茶色のショートヘアーにすらりとした体つき、ルーリさんより高い身長でどことなく生意気そうな顔立ちのイケメンである。この街の出身で何年か前にマークス商隊に転がり込んだのらしい。
「今日は張り切りすぎて作りすぎちゃったのよね。蒼葉くん手伝って。」
「はいはい。」
「ちょっと待て縄張り荒らし。お前は邪魔だ、引っ込んでろよ。俺が手伝うからよ。」
蒼葉を乱暴にどけてピーターはすかさずルーリの後を追いかけた。
彼の分かりやすい態度に蒼葉はため息をついた。
野良猫が亜麻猫亭に住み着いてからピーターはことあるごとに蒼葉にちょっかいをかけてくる。この街の男どもといい、彼といい正直うんざりしていているので多少のことでは関わりたくない。それに色々とこの街の男はおかしいので基本相手をしないことにしている。
「すまないな青年、うちのが邪険にして。」
「いえいえ、人の恋路の邪魔をする気はないですから。それに見ていて面白いし魚のネタに最高ですからね。」
「違いねぇ!!」
どっと商隊全員が笑い出す。
ルーリさんのような娘が同い年くらいにいたらきっと誰でも好きになるだろうな、そんな魅力を持っている彼女とともに幼馴染として過ごしてきたのだろうから部外者を近づけたくなくなるのは蒼葉にも理解できる。
それが好きな女ならなおさらだろうが、そんな思春期の男の子も側から見たら格好のネタである。
ピーターをほっといてマークスさんはすでに音頭を取り始ている。
まだお酒は注ぎ分けてないのに。
「では美味しそうな料理と新しく仕入れてきた酒で乾杯し直すとしようか、青年よ。」
「蒼葉、今日は俺たちも付き合うからとことん飲むぜ。」
「そうだそうだ。ガキはほっといて飲むぜ。」
「この街の感想聞かせてくれよー。良い女は見つかったかよ?『ギルド姫』と『姉御』にはあったか?」
「チビたちは寝ちゃってるからここからは大人の時間で行こうぜ。」
ぜひと答えてからマークスさんから渡されたお酒と彼らから渡された惣菜を人数分注ぎ分ける。
片手間で食器類の準備とそれからチビたちを、、、
ココはさっきからすごく大人しいと思ったら食べながら寝ていた。
机に突っ伏してヨダレも垂らしてるし、今日は外ではしゃいでいたから仕方ないか。
ローロちゃんも同じように突っ伏して寝ている。
先にベッドに寝かせた方がいいかな、そう思いながら商隊の皆さんに一度断りを入れて二人を抱きかかえて連れて行った。
「うめぇうめぇよほんと痺れるうまさだよルーリ。」
「感謝しなさいピーター、私の自信作なのよ。」
二人をベッドに寝かせてから食堂に戻ると宴会が白熱していた。
話題のネタはルーリさんの料理についてである。
「ほんといきなり料理上手くなったよなルーリは、この前まで反吐みたいだったのに。」
「あらピーター私も成長するのよ。お姉ちゃんから教えてもらった料理に私が考えたアレンジを取り入れてね。今ならお姉ちゃんをも超えるかもしれないわ。幼馴染が特別に作ってくれた料理感謝しなさい。」
白熱している二人を差し置いこちらは大人同士で飲み始めた。
ずーっと気になっていたことを根掘り葉掘り聞いてみたかったのだ。
知らないことだらけのこの世界を。
数時間後、動かなくなった商隊の皆さんをほっといて後片付けを開始した。
ピーターは酔いつぶれたのか床でひっくり返ってる。
ルーリさんも動かなくなったので蒼葉は彼女をおんぶしてベッドまで連れていった。
背中に当たるものが嬉しい、役得である。
それからまもなく異変が起きた。
だんだんと体が痺れて動かなくなってきたのである。
世界が大きく見える、ルーペはかけていない。世界が何重にも見えてる。
幻聴も聞こえてきた。
力が少しずつ抜けていくような気がするし、力が入らない。
まさかローロちゃんが落ち込み気味だったのは、、、。
彼女の言葉を思い出そうとした瞬間、さらに力がガクッと抜けてしまった。
お姉ちゃんの料理は、、、ど、どく?
そして彼女はこう呟いていた、、、、過去最高の当たり日です、と。
ローロちゃんが心配していたことは、、、
全ては手遅れであった。
すべては、、、、、