3幕:青い瞳と帝国の影 2
小さなその手をむんずと握りしめた者がいた。
先ほどまで暗い顔をしてダウンしていた女の子だ。
ルビーのような燃え上がる瞳をした彼女が真っ青な表情を浮かべたままこちらを必死に見つめている。
これだけで何が言いたいのかココは瞬時に理解したので手のひらを掲げながら瞬時に魔力を練った。放置すれば、確実に後で煩いだろうことを確信したココはその場で状態異常回復の呪文を口ずさんだのである。
「待たせたわねココナ、、、私が起きたからにはもう大丈夫なんだから!!」
この身の代わり様、、、流石はココアちゃんである。
えっへんという振る舞いとともにドヤ顔を浮かべる友人を綺麗にスルーしながら、もう一人の友人に向け呪文を叩き込んだ。
「うおっ!?ココ此処ココどこだっ!?凄い天国にいた気がしたはずだったのに、、、」
「もぉーっ黒桃くんは少しは静かにしなきゃダメですよ!!ダメダメです!!」
ほんとダメダメである。
話すよりも見せた方が早いと言わんばかりにココは小さな魔法陣から愛用の杖を取り出し自分を見つめる三人に小さく頷いた。
それを見てココアが同じように口を紡ぎながら呪文を唱え、そして黒桃が護符を取り出し魔力を込めた。
「ココアちゃん、コクトー!!」
二人が頷き先に外に飛び出すと続けてココはティーに向けいつものように優しく頷いた。
蒼葉お兄ちゃんとの特訓により不足の事態にはそれ相応の対応が取ること、その現状に相応しい役割を各々が理解し的確に応対できるよう日々の遊びを通して特訓を行っている。
まるでそんな事態を想定していたかのようにそれぞれが取った行動は迅速だった。
短略詠唱が可能なココア、護符を用いて幅広い対応、即動可能な黒桃の二人が真っ先に応対することで率先して状況把握に努める。次点で完全詠唱ならば呪文の対応ができるココが率先して二人のサポートを行うのである。
だから二人が飛び出す前からココはいつもの『意思疎通呪文』を使用している。
【ココナ、かなりの数の魔物?魔獣が襲ってきてる。前のゴースト事件の比じゃないくらい辺り一面だらけよ。小高い丘の上にいるからこのままだと逃げ場はないわ】
【嘘だろ、、、この数やばいだろ。戦力比がヤバすぎる、、、こっちの護衛の数じゃ手に負えないぞ。ココナ早く屋根の上に上がってこい。それとティー?安心しろ俺が付いてるからな】
むうぅ、、、やっぱりである。
ここはやはり真打である自分の出番なのだ。
今回、ココたちが利用したのは、隣国まで行く予定の4足歩行のトカゲ型の魔物6匹、そして連結型の大きな馬車5台による大きな大きな乗合馬車だった。馬車の性質上、隣町に行くような馬車とは違って、小回りは非常に悪い上に前後にかなりのスペースを伴っているので守る範囲は幅広い。ただし作りが頑丈だったことだけでも幸いだろうか。
通常時より護衛として冒険者が雇われているが、今回は悲運にも少なくてたった4名だけだった。また他には馬車の運営として3名が動向しており、二人は御者、もう一人は世話役であり、こちらもそれなりの腕はあるものの戦力は一般人に比べればマシという感じだろうか。
少なくとも護衛に率先して動いた4名は現在、各乗組員や同乗者に迅速に指示を送っていた。
ココは、そんな彼らに見向きもせず、うんしょうんしょと手摺り伝いに屋根の上に登り周囲を見渡した。
一方で4人のやりとりは暗黙して続いていた。
【こ、黒桃くん、、、に、逃げきれませんか?】
【無理だ。もう等間隔で囲まれてる。乱戦になっても十中八九こっちが殺される。遅かれ早かれ時間の問題だ】
【そ、そんな、、、、】
【ティー絶対に戦わないと生き残るのは無理なんだからね。私がいるから安全よ!!】(ココア)
【ちょっと待てココア、俺が守るんだから心配すんなティー】
【う、うん。黒桃くん、ココアちゃん】
【へぇーコクトー?私には言ってれないの?ティーにばっかり優しくして?】
【う、うるせぇぞココア!!】
【ふーんそんな態度でいいんだ?あの件忘れたの?】
【くっ、、、コ、ココアあとでおぼえてろよ!?】(すぐにヘタれる黒桃)
【それそっくりそのまま返すんだから。じゃあ行くわよコクトー!!ココナも早く!!】
他の冒険者4人と協力して自分たち3人で全員を守りきる。
ちびっ子たちの命がけの戦い。
その火蓋が切って落とされた。
魔獣。
魔素に染められた獣。
魔素に侵食された生物の中でもとりわけ厄介な魔物の一部。
諸説多いが、彼らの一般的な見解はこうだ。
彼らは殺戮衝動に駆られ、他の生物を見ると一目散に襲ってくる。
その攻撃は生物たちが死んでも終わることがない。
そのため魔獣に襲われた小さな村などでは、目も当てられないほどの残虐で酷い末路が用意されているという。しかし昔よりも発展した武器や防具、呪文などの恩恵もあり、また身代わり人形が発達し冒険者優遇となったこの時代では、余程のことがない限り、そういった事態に陥ることは非常に稀であった。
ただここ数年、魔物や魔獣の異常現象が頻発しており、突発的な事態に陥った場合はどうなるか。世界中で非常に危惧されていたことは言うまでもない。
そして運悪くココたちがその最悪のカードを引いてしまったのである。
ざっと見渡しても数百匹は下らない数だ。
魔獣は魔物より殺戮衝動に駆られている分、非常に危険な存在である。
小さな子供なら間違いなく抵抗できずに亡き者へと変わるだろう。そしてその亡骸など、この世に残るはずもなく喰われて跡形もなくなるだろう。しかし今はそんなこと考えるまでもなく、また考える余裕もなかった。
4足歩行の獣から2足のようなもの、はたまた6本足、8本足といった身体的特徴を持つものもいれば、首が長いもの、手足事態が長いもの、全てが異様に大きかったりと様々だ。いちいちあれが何とかスパイダーだ、切り裂きウサギだとか、人食い鹿だとか判別している様子はなかった。
魔法が使えず完全詠唱による魔術の呪文しかできないココナが大きな一撃をぶっ放し、短縮詠唱による短期的な間隔で攻撃を与え続けることができるココアはココナの攻撃で漏らした魔獣たち、そして次点で自分たちが追い込まれないような位置どりの魔獣たちを次々と率先して処理していく。
また即応性に優れる黒桃が、防御、カバー中心の行動を取りつつ、同時に前衛として近づき過ぎたり取りこぼした魔獣に率先してトドメを加えていく。また機動力に優れるマロンがバウンドしながら黒桃を必死に援護していた。
一方で4人の冒険者の方も、馬車前方に1人を囲むようにして3人が前の順に立ちふさがり魔獣たちを迎え撃った。当然、その後ろには、御者の二人、世話人と、そしてリブルと馬車が控えている。
それでも馬車前方に目立つように位置取ったのは理由があった。
三人を囮にして魔術師による攻撃を中心としたスタイル。
即応した子供達の動きを見て彼らがとった最善策である。つまり子供達を戦力の一部としてカウントしているのだ。そして明確な時間稼ぎでもある。
膨大な数の魔物たちを前にして少なくない数を2分することで戦力に乏しい馬車を守るために。
「絶対に出過ぎるなよお前ら!!」
「くそっ数が多すぎる!!」
「ふん。時間稼ぎに徹しろ!!」
「補助呪文を切らすな、、、それから間髪入れず呪文を撒き散らせ!!」
それでも多勢に無勢であるらしい。
その事態をココアがすぐに読み取った。
【ココナは超範囲攻撃か飽和攻撃に切り替えて足を狙って!!コクトーは省エネで私の代わり、防御とトドメも兼業!!マロンは逆方向の時間稼ぎ!!このままだとマズイわね、、、ヤキニク出番よ!!】
【ココア!!やるならあのルートで巻き込め!!】
ココアが短縮詠唱を止めたのは前方、冒険者4人がかなりまずい状況にあったからだ。
それもかなり危機的な状況であった。
ココもその様子を横目で見ながら、すぐに事態の緊急度を感じ取った。
どうやら呪文攻撃に晒された魔獣たちの大部分が本能的に、子供たちを避け前衛が中心の冒険者たちの方へと群がり始めたのである。彼らは三人が前衛で、それぞれ剣士、槍使いとタンク役。またもう一人が中衛の魔術師で構成されている。
各々が範囲攻撃も防御も取れる自分たちとは違い、全周囲を囲まれる状況では非常に危ぶまれる。数で押されれば崩されるのに猶予はないだろう。少なくとも彼らがここまで粘ることができているのは、彼らのランクが低くはないからだ。逆にココたちは、そのおかげで先ほどと違い余裕が生まれ始めていた。それでも束の間の余裕であることに違いはないのだが、、、
流れるような指示を放つココアを横目で見ながらココは飛び降り馬車の扉を開け放った。
同時に飛び出したヤキニクの背中に相方が飛び乗ったことを確認すると車内のティーの顔を確認した。
「コ、ココナちゃん?」
困惑した表情を前にココはその震える手を握りしめた。
先ほどから会話がなかったティーを案じたからである。
だいじょうぶ。
そんなことを伝えるためだけにココはその手を握りしめるとすぐに外に飛び出した。
先ほどから紡いでいる呪文を唱えながら一気に展開させる。
それから同時に魔石を6つ馬車を取り囲むように周囲に投げつけた。
自身の魔力を帯びた魔石を利用した強力な聖属性呪文による結界を構築すると黒髪の少年に視線で合図を送った。
「六神憑依、、、行けっ!!白之護符!!ココナ決めるぞっ!!」
「コクトー!!」
構築し終えるとさらに聖属性の強力な加護を黒桃の白い護符に纏わせる。そして少年が放った護符が白く輝きながら周囲を縦横無尽に風のように駆け回った。
一方、骨の鎧を纏った大きな魔牛の使い魔ヤキニクの大突進により、魔獣たちが次々と蹴散らかされて行く。いちはやく冒険者のピンチを悟ったココアがその致命的な隙を逃すはずがなく、休むことなく短縮詠唱で唱える風の刃を同時に浴びせ続けた。
当然、ヤキニクの背に跨りながら。
そんな状況を変える一手に待ちに待った男たちは決断した。
今こそがそのタイミングでありチャンスであることを確信して、、、
数の暴力に取り囲まれ晒され続けた男たちに魔物の群れの綻びを肌で感じ取ったのかは定かではない。しかし周囲を魔物どもに囲まれた四人の男たちもまた小さな子供達のように魂を魔力を燃え上がらせる。
「「「「制限解除!!!!」」」」
己の内に封じ込めた枷を解き放ちながら四人は自身から溢れる莫大な魔力の手綱を操作する。ギルドからB級と判断された際に決め手となった彼らの切り札である。
まるで先程までの時間稼ぎとが嘘だったかのような人外な戦力で四人は魔物どもを塵芥のように片付けていったのだった。
すぐ真似するココたち(๑• ̀д•́ )๑• ̀д•́ ):制限解除っ!!
何か心に突き刺さる黒桃(๑• ̀д•́ )✧:これが制限解除、、、痺れる。