3幕:青い瞳と帝国の影 1
裏通りの狭い通路で不恰好な4人が屯していた。
下町の裏通りにあるよくある通路だ。
あちこちにゴミは散乱し、吐き気を誘うほどの異臭が湧いており、この場で数分もいれば衣服に染み込み町中で敬遠されることは確実だろう。
ここは地元の人間が使うような通りではない。
どちらかと言えばと裏社会に足を入れかけた人間が好むような通りであり、またその場凌ぎで生きているような連中が仕方なく住むような通りだった。そのため汚らしい孤児や浮浪者たちが、しょっちゅうその場に倒れ込んでいたりもする。当然、治安が良い訳がなく、自然と成らず者たちの溜まり場でもあった。
そのような場所で会合を行うなど目立つ行為のはずだ。
当然、時折響く声にひっそりと息を済ませ耳を傾けている気配がすることに彼らは気づいていた。
それぞれが深くフードを被っているため改めて覗きこまなければ人相が判ることはないだろう。
ただし体格までは誤魔化しようがないのだが、種族や性別を断定できるほどではない。
そのため全員がフード付きの薄手のコートを身につけているわけだ。
「こいつが例の男か、、、本当にSクラスか?見たところ実力は口だけだな。この顔だとCクラスにもとどかねぇだろ」
「いい加減にしろ!!賞金首が腕っ節だけとは限らん。国家転覆を図ったテロリスト、国中の王族や貴族たちを下僕にしたガキ、全てを操り人形にした奇人、、、数えたらきりがない。それに正体や実力を隠すなんてのは当たり前の技能だ」
「それなら隙を見て殺るか?寝込みならいけるだろ?」
「、、、ふん、俺に考えがある。だからしばらくは泳がせておく」
「はあっ!?億越えだぞ、、、一生遊んで暮らせる金を誰かに先を越されたらどうするんだ!?」
「それは坊ちゃんの情報が正しかった場合だ。こっちの元手もそれなりに掛かってるからってガセネタで仕損じたら俺らが降格、最悪奴隷落ちになるかもしれんのだぞ。それに奴の人相までははっきりとしていない上に、この魔法紙の手配書と貰った情報精度には幾分疑問がある。何より弱いはずがないだろ?」
「、、、ふん、坊ちゃんの出所は?」
「当然、帝国の《暗部》だろう、、、」
「きなくせぇなぁ。じゃあそいつはナシだ。危険を犯してまでやる理由がない。それなら行方不明の要人の件はどうなった?こっちが俺らの本当の獲物だろ?どう考えてもこっちが最重要案件だ。時間が経てば経つほど俺らが不利になるんだぞ?」
「ふん、先日、商人ギルド経由でそれらしき人間が発見されたそうだ。ただその後、行方不明になったらしい」
「はぁっ!?冗談じゃねぇ!!くそがっ!!黒髮のガキにブロンドのガキがそう簡単に消えるわけねぇだろっ!?見つけただけで大金ふんだくれるんだぞっ!?」
体格の良さそうな人間は苛立ちを隠せないらしくその場に放置してあった何かの木箱を蹴り飛ばした。瓦礫と化した木箱は通路の壁を若干破壊しながら鈍い音を響かせた。
ただしこの場の誰もは気にする素ぶりはない。
近くでこっそりと耳にしていた者以外。
「ただしそれが本当だったなら億という金が手に入るな。情報提供者にも色をつけてやっても儲かる。こんな暮らしをせずとも毎日、旨いものが食えて女が抱けるなんて夢のようだぜ」
「ここに置いておく。ゴミ溜めから抜け出したいなら情報を持ってこい!!ガキどもの情報だ!!この紋様をした人間に声を届けろ、金が欲しければな」
若干わざとらしい仕草で声を張り上げる。
仲間に伝えているのではない。誰に伝えているなんて分かりきったことだ。彼らには情報を集める方法などいくらでもある。そしてその方法はその場所に適したやり方が一番だった。
「、、、ふん、ゴミ溜めはうまく利用するに限るか、、、」
傍に魔道紙の手配書を掲げ、そして紋様のついた何かを壁へと突き刺した。
《白鷲》のような顔が刻まれた儀式用の鋭利なナイフを。
そして一同はそのままその場を後にした。
「つまらねぇやり方だ。クセェし鼻が曲がりそうだったぜ」
「、、、ふん、だが情報は集まる」
「使えねぇ情報だがな」
「精査するのは俺たちではない。坊ちゃんの下っ端たちだ」
「そりゃ可哀想なことで、、、で俺たちはどう動く」
「ふん、決まっているさ」
「なら決行は?」
「いつもの通り当て馬をあててからだろ。これで俺たちはギルドへの貢献間違いない上に、しばらくは贅沢三昧できるだろうさ」
「それで坊ちゃんのワガママはどうするんだ?」
「・・・・・」
「お前、忘れてただろう?」
「、、、ふん、知れたことよ。ん!?」
「あん?どうした?」
「使い魔から、たった今連絡があった。奴らから面白い情報が手に入ったらしい」
「そりゃ黒装束ども、、、どこの奴か?あぁ《暗部》か?もったいぶってんじゃねぇ」
「すまんな、、、どうやら《暗部》の最新情報だ。このSクラスの男、ガキを引き連れているそうだ。例のガキたちをな。しかも俺たちが一番近い場所にいるらしいが、、、、どうやら潜伏していた《花鳥》が表で動き始めたらしい」
「、、、ふん、奴らの挙動など知れたことだ。だが《花鳥》が関わっているとなるとガセネタを掴まされたかもしれん。ん?」
「おい?どうした?」
「もったいぶってんじゃねぇ」
「、、、ふん、それがどうやら《青之秘宝》が見つかったらしい」
男のつまらなさそうな返答に一同の顔がニヤついたのは言うまでもなかった。
それだけのネタであるからだ。
その言葉を耳にした皆が瞬時に頷いた。
状況が変わった。
今こそ好機、それこそ一世一代の生涯に一度あるかないかとい言わんばかりの好機だ。
どんなに実力があろうと。
どんなに金があろうと。
ツキがなければ勝負にはならない。
今まで選択を迫られた舞台で、そのツキを見逃さなかった。
だからこそ帝国に所属するこの冒険者たちは、B級に名前を刻まれているのだ。
この機運を逃すことなどあり得ない。
そして彼らはそのまま闇夜に姿を消したのだった。
カタンコトン、カタンコトンと立て続けに音を立てては軽い振動が小さなお尻を襲った。
それも一度や二度ではない。
回数も振動の大きさも世界中のありとあらゆる呪文のようにたくさんあるらしい。
道沿い近くの小川の中に時折り輝く小石が飴玉のように見えるし、遠くの山々はうっすらと白い雲が掛かっており、ふわふわの生クリームとシフォンケーキのようだ。
次々と変わりゆく景色を窓越しに眺めながらココは移り変わる世界の変化を必死に捉えようとしていた。通り過ぎる世界は単調続きで次第に全てが同じであるかのように感じていた。
終いには、あの雲はソフトクリームのようだとか、あの枝は焼き鳥の串のようだとか、そんなことばかりが頭に浮かんでくる。
暇である。
とにかく暇なのである。
あまりにも暇なのである。
この気持ちを表現しようとして馬車の中では静かにしましょうと言われたことを思い出したのでため息を吐いた。何だかやるせない気持ちである。
む、むぅっ、、、つまらないもん。
何せ一番騒がしい相棒は先ほどからげっそりとした顔をしてココの太ももに頭を乗っけているし、同じように好きな女の子と一緒で騒がしかった男の子も今は席向かい、その女の子の膝の上でダウン中である。そして話し相手だったその子も、適度な揺れに慣れたのだろうか。今はこくりこくりとうたた寝しているようだ。
一方、四人の足元には小さな子牛のヤキニクが気持ち良さそうに横になっており、その頭の上には小さな頭蓋骨のアクセサリーのようなトンコツが静かに乗っかっている。小さなボールのような黒いスライムのマロンはココの頭の上で一緒に外部の観察に夢中である。
そしてまた視線を元に戻すと何か起きないか心待ちにしながら、ココはずーっと窓越しに外の世界を見つめているのだ。
蒼葉お兄ちゃんが何かの依頼で出かけたのは1週間前。
お兄ちゃんにお留守番を言われたのもその頃。
あれから我慢できなくなったココたち二人は、昨日、乗合馬車にこっそりと便乗してラクスラスクの外へと飛び出した。
そう冒険である。新たな冒険である。
黙って外に出たらいけません。
そう言われたので、ちゃんとクラムとストーロには伝えてある。
だから黙って町の外に出てはいないのである。
もちろんココアちゃんの入れ知恵である。
ちなみに本当なら今頃、天国を味わうはずだった黒髪、褐色肌の男の子である黒桃、そして銀色の髪に白い肌をした女の子のティアの二人は追っ手からこっそり逃げ出して、ココたちの後を付けてきたらしい。詳しく話を聞くと上手くはぐらされたのだが、ココにはその理由が綺麗さっぱりである。ラズお姉ちゃんたちに見つからないように黙って出てきたので、なおさら人のことは言えないのではあるが、、、上手く町の外まで手引きしてくれたストーロとクラムの二人がお菓子のお土産まで持たせたのは上出来なので、帰ったらクラムとストーロの頭をこれでもかと思うほどいっぱいいーっぱい撫でようと思ったココである。
道中、馬車の中は気兼ねなく互いを知る子供同士、四人はすぐに色々な話やカードゲームに夢中になり時間を忘れて楽しんだ。特に以前、蒼葉が作成したカードゲームは完成度が高く子供達の間では非常に高い人気を誇っている。最近ではヴァージョンⅢとなり新キャラも戦略も増えて益々楽しみが増えた。
これだけで数時間は潰せるはずだったのだが、、、
だけど真っ先に黒髪の相方が青い顔をして倒れこみ、それから程なくして黒髪の少年が負けじと青い顔を浮かべながら窓から顔を突き出し撃沈。
ココは全く気持ち悪くならないのに、、、、不思議である。
でも煩くなるよりも静かな方が旅路は良さそうだと思ったココは、回復呪文を意図的に控えながら二人を最低限介抱しているのだが、、、、
ふとココは馬車内を見渡すと、、、一人の女の子と目線があった。
お爺ちゃん、お婆ちゃんと一緒に馬車に乗ってきたココよりも小さな女の子だ。
つまりココはお姉ちゃんである。
その子はこっちを席越しにじーっと見つめながら何かを観察しているようだ。
ココが外を向けば外を向くし、ヤキニクたちを向けば、その子もそちらに目線を変えているらしい。
こんな時、蒼葉お兄ちゃんはどうしていただろうか?
ココはそんなことを思い出しながら、ふと思い出すように両手を少しだけ上げた。つまり両手に何もないことをアピールするのだ。続けて上下左右におかしなところがないことを見せつつ瞬時に唱えた呪文で飴玉を出現させたのである。
!?
びっくり顔である。
昔、ココも見せたことがあるようなびっくり顔である。
ちょっと嬉しくなったココは、次に飴玉を消したり、また出現させたり、それから他のお菓子に変えてみたりと巧みに呪文を操作しながら変えてみた。今は使えない魔法でも、詠唱込みの魔術なら何とか形にできるようになったのである。それに魔法や魔術を使わなくても《魔法》は使えるのである。口をもぐもぐさせながら両手にまた別のお菓子を取り出してはアピールを繰り返す。
それでも蒼葉お兄ちゃんのように上手くはできないけど、昔よりはいっぱい上手くなったのである。
お兄ちゃんに出会った日から、魔法を教えてくださいってお願いしたあの日から数ヶ月、ココはここまでできるようになったのだ。
そんな健気な頑張りを見て小さな女の子はココが繰り出す魔法の数々に釘付けだった。
「!?」
そして次はとっておきの魔法である。
ココの指が手のひらから取れちゃうあのとっておきの大魔法である。
そのとっておきを披露しようとした時だった。
前のめりになるほどの激しい衝撃、そして遅れて怒号が叫び渡った。
「襲撃だっ!!」
その瞬間、馬車が急激に静止しココたちを変な衝撃が襲った。
まるで空を飛ぶほどの勢いだったものの腰に巻いたベルトのおかげでそんなことは起きなかったらしい。
ココは恩人になった腰に巻いたベルトを瞬時に外すと外に飛び出すために立ち上がったのだった。
小さな女の子│д゜)ジー
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