1幕:プロローグ 2
後ろめたさだろうか。
何を言われるか分からない不安があるのだろうか。怒られてしまうことへの恐怖心なのだろうか。
手がそわそわするし落ち着いて座ってもいられなかった。目の前に出されたクッキーの甘さもミルクの芳醇さも味わうことができなかった。いつものように頭を撫でられながら職員さんたちにプレゼントされ楽しみにしていたお菓子だったのに、、、
そんなことを感じていた時である。
後ろからそっと軽く抱きしめられた。
ふんわりとした髪と柔らかい肌の感触が実に心地いい。
同じ目線に合わせるように姿勢を変えているのはココアにとって見慣れたギルドの受付職員のラズだった。ココアとココナを心から心配していたのだろう。それに本当の事情を知る彼女には今の二人の気持ちが理解できたのかもしれない。
彼女のその温かさが心の中でモヤモヤしたものを吹き飛ばしてくれるかのように感じた。
母のように柔らかいモノが存在しないのだが、今はそんなこと関係がない。
まるでお日様のような人だった。
「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい」
そんなセリフがとても頼もしく覚えたのは気のせいじゃない。
だからココアも、そしてココナも優しい眼差しをしたラズの胸に顔を埋めたのである。
先日の事件以降、距離がさらに縮まっているのは言うまでもなく、前にも増して二人は可愛がられていた。
「おはようございます」
その時だ。
ココアの耳に聞き慣れた声が木霊した。
身体の一部が一瞬で固まったような気がした。同じようにココナも感じたのだろうか。びくっと身体を怖ばらせるとすぐにラズさんの後ろに隠れてしまった。
そんな追い込まれた二人に気づくこともなく、そのままやり取りが始まった。
対応しているのは商業ギルド部門の受付職員グミだ。
つい先日、結婚したばかりの新婚ホヤホヤで、ただ今幸せ絶好調である。その姿は彼女の持つ魅力をさらに引き立て見る者を次々と魅了したらしく、親しい知人や友人からは結婚してから綺麗になったよねとよく耳にするようになったらしい。また結婚してからも次々と婚約を願う男たちが後を絶たないのだとか。
そんな彼女もまたあの事件以降、さらに親身になって二人を可愛がっているうちの一人である。
「グミさん、例の件よろしくお願いします。冷魔庫?ってやつに大量に納入しておきましたんで、消費期限とかあるんで気をつけてくださいね。あとは手筈通りによろしくお願いします」
「ブルーベルくん承りました。こっちで全部裁いて見せますから安心してね」
「流石はグミさん、お願いします。それからオレンジ色の印が入ってる方は差し入れですから適当に食べちゃってください」
「ありがとうブルーベルくん」
「いえいえ、グミさんが好きだって言ってた果物使った新作もあるんで後で感想聞かせてくださいね」
「おぉぉっ!?やったーっ♪はっ!?はしゃいじゃってごめんなさい。これじゃラズに叱られちゃうわね」
「グミさんがそんな感じって珍しい、、、可愛らしいですね。さてはラズさんが入る前はグミさんも同じような黒歴史の数々を?」
「ちょっとそんなこと一体どこで!?そ、それよりうちのラズから話があるみたい。ね?ラズ?」
さり気なく強引に誤魔化すグミを尻目に、申し訳なさそうな顔で横から出てきたラズ。顔だけちらっと見せているココナはどうやら誰かの顔色を伺っているようだった。そして斜め後ろで隠れていたココアは前に一歩踏み出すことができなかった。足が全く動かないのである。
それでもその引き攣った背中を、そっと支え押してくれた。
今がタイミングということだ。
「蒼兄、、、」
「あおばおにいちゃん」
「「、、、ごめんなさい」」
「ん?どうしたの二人とも?」
目が点のようになった蒼兄は何のことだか分からないようだ。
それもそのはずである。
蒼兄にはこの件について全く関与していない。
つまり蒼葉は全く知らないのである。
「ボス、いえブルーベルさん、、、実は、、、」
語られた真実を前にココアは実に居た堪れない気持ちだった。
今すぐにでもラズさんの後ろに隠れたかったし逃げ出したかった。
蒼兄、、、、ごめんなさい。
不安や恐怖心といったマイナスな感情に支配されていたのも事実なら、謝りたいといった気持ちも事実だった。
だからココアは自分の口から説明することにした。
自分がやったことであり自分たちがやったことである。失敗したことである。
ラズさんのせいじゃない。
全ては自分たちのせいなのだから。
「蒼兄、、、実は、、、」
ココアの簡単な説明が終わるとラズがそれを捕捉した。
ココアとココナが受けたクエストの依頼中に黙って一人の子供がついてきたこと。
植物の魔物がいきなりその子供に襲いかかってきたこと。
慌てて唱えた呪文の制御に失敗したこと。
魔物は倒したものの運が悪いことに、その呪文で近くのお屋敷の何かを壊してしまったこと。
その子供が貴族の子息であり怪我はなかったものの、その被害者であるお屋敷の使用人が弁償を要求していること。
さらに運が悪いことに相手方は黒鷲のレリーフを掲げる大貴族であること。
その金額がそれなりの金額であること。
こっそりと耳打ちされた瞬間、
「「お兄ちゃんが、、、」」
「「動かなくなっちゃった!?」」
まるで動くことを止めたゴーレムのように。燃料が尽きた人形のように。
瞬きすることなく動かなくなってしまったのだ。
それから数分後、やっとのことでスイッチが入ったらしい蒼兄が呟きだした。
両手で頭を抱えながら、、、
「しゃ、借金、、、いやローン、、、保険、、、いや、、、貴族、土下座、、、保証人、、、扶養、、、義務、弁償、、、た、立て替え?利子?利息?いや無理無理、、、、ど、ど、どうすれば、、、、冒険者保険?適用外?対物対人無制限のはずじゃ?」
そして、、、
「ラズさん、グミさん、、、し、し、仕事ください」
その顔は今まで見たことがないほどの焦燥に駆られた表情を浮かべていたのだった。
ココたち(´;ω;`(´;ω;`):ごめんなさい。