1幕:プロローグ 1
お待たせしました。
新章です。
数多くの調度品が飾られた一室に一人の少年が欠伸をしながら小さな小さな客を出迎えていた。
すでに大きな白石のテーブルには朝食の献立が用意されており、どれもが静かに湯気を奏でている。ただし用意された品々は一人分だけだった。
なにせ相手は人ではないのだから。
少年が淹れたてのハーブティーをだらし無く指でかき混ぜながら頰に肘を付いて耳を傾ける姿は本当に聞く気があるのだろうかと思わせるような態度だろう。言わなくても推測できる通り髪はボサボサで寝巻きはグチャグチャなままであり目を大きく開ける素ぶりもない。どうやら本人もその様を正す気はこれっぽっちもないらしい。時たまこくりこくりと上下にゆっくりと頷くような素ぶりは彼の体が眠気との最後の戦いを行なっている証である。
十数分経ち、その瞳の焦点が目の前のテーブルにちょこんと座る何かに写ると彼は合図を示したかのように身振り手振りで何かを伝えようと動き出した。
そんなことをしなくても思考は知らずに伝わるのにと可笑しく思いながらも少年は静かに口を開いた。ただしその口調は幾分だけ楽しさが垣間見えた。何せ数ヶ月ぶりに合うのだから。
「おや君かい?久しぶりだね」
「・・・・」
「なるほど。父さんは討ち死に、お兄ちゃんは行方不明?お姫様たちはともかく、流石は僕が見込んだ人だ。そりゃ世界が執着する訳だね、ぜひ僕も一度会って見たいよ。僕が知らない間にこんなに面白いことになってるなんて、、、くすくすっ。本当にこの縁は大切にしたいところだけど、、、それで彼は今はどこにいるんだい?」
「・・・・」
「えっと北大陸中央南部の同盟の南方ね、、、えっととんでもない移動距離のはずだよね、すごいなぁ。だけどあの辺りの名前は覚いだせないかな。それでこれからどうするのかは彼ら次第だけど、そろそろ組織の動きも気になるよねぇ。僕からも横槍は入れさせて貰ったけど、誰が気づいても可笑しくないからねぇ。先日、公国の反政権派と皇国が手を組んだって連絡が入ったんだ。全くどこもかしこも暗躍してばかりで本当に仕事がやり辛いよ。要人誘拐もやりすぎさ、、、あれは流石に人を舐めすぎだよね」
「・・・・」
「いやいや君もご苦労様だよ。君のその献身っぷりには恐れ入るさ。海底神殿?えっと何だったっけ?でもそこまで付きっ切りで頑張ったんなら上出来だよ。何なら僕が直接会いに行こうか?一応、組織にもちゃんと仕事してますよって言い訳しないといけないしね。でも僕が動くと角が立つよね、、、彼にはもう少し泳いでいて貰いたいからさ。餌にするには十分すぎるほど高価なはずだし」
「・・・・」
「そんな物騒なことを考えるなんて君も見た目の割にドSだよね、誰に似たんだか。でもあんなゴミダメいつでも潰せるんだよ。ただね、ゴミはゴミ同士集めとかないと後で処理するのに苦労するからねぇ。それよりも僕は彼のことが気になるんだ、だって僕以来の高額賞金首だよ。僕も遊んでみたいなぁ」
「・・・・」
「僕に言われたくない!?いやそれでも、、、、そんなにすごいのかい!?それはますます楽しみになってきたよ」
そう言うと彼はボサボサな真っ白な髪を弄りながらも閉じた瞳がだんだんと見開いていた。
「・・・・」
「そっかそっか。だから《縄張荒らし》なんて呼ばれてるんだねぇ。もっと僕にその話聞かせてくれないかな?」
次第に小さな人形さんの手振りは大きく、鋭くなっていく。
それに伴い少年の瞳の黄金の輝きがだんだんと増していくまさにその時だった。
一人の少女がその隣でそっと囁いたのだ。
「ご主人様、、、そろそろご朝食を召し上がっていただかないとバックれますよ」
少年のすぐ側には一人の少女が静かに畏っていた。
透き通るような緑の長い髪に、琥珀色の大きな瞳、白く透き通るような傷一つない肌、そして同年代の誰よりも整った顔立ちに、ふっくらと盛り上がった胸とほっそりとした部位の見事なまでの対比、彼女は誰が見ても美少女と呼ぶに相応しい乙女だった。そんな彼女は肌面積が全くないメイド服に身を包みつつ少年の世話を文句一つなくこなしていた。
ちなみに今朝の献立も彼女が用意してくれたものであり傍で少年の世話を顔色一つ変えずに黙々とこなす姿はまさに人形には目ない美少女だった。
そんな彼女は変わることがない表情のまま口を静かに開いた。
「ご主人様、、、」
「どうかしたかい?君のご主人様だよ」
「・・・・」
「いい加減、僕だけの主人になって貰いたいんだけどねぇ。君もだんまりかい?なら仕方ないね、君の顔色が変わるような話題を一つだけ話そうかな。僕の大切な人形、君の大事な人もそろそろ表舞台に出る気みたいだよ、、、ついに動き出したということさ」
「・・・・」
「そんな目を向けないでおくれよ。こればかりは仕方のないことなんだからねぇ。彼と僕は戦い合う運命にあるんだからねぇ」
「・・・・」
非常に僅かだが感情の小さな揺れを少年は感じたような気がした。
彼女を己の操り人形にしてからどのくらいの月日が経ったのだろうか。
いつもの変わらないやり取りに変わらない態度、何度となく行われた挨拶も全ては規則通りであるが、教則本通りには定まってはいない。
そんなことにも楽しみを見出しながらも少年はふと気になったことを口にした。
「ところで君がこっちに来たのはいいんだけど、代わりの人形に本来の仕事が務まるのかい?身代わりの仕事って結構大変なんだろう?」
「!?!?!?!??!」
「君のそういうおっちょこちょいなところは好きだよ。一応もう一つ予備の人形持ってたんだろう?なら大丈夫さ。それよりビッグニュースなんだけど、そろそろ《青の世界》が崩壊しそうなんだよねぇ。だからね今後の計画のために見解を聞きたいんだけど君、《不死の賢者》(知らないかい?」
「・・・・」
「うーん、、、何処に行ったのかな。もうそろそろ天国か地獄送りにでも?でも彼が死ぬことはありえないんだけどねぇ。この胸の奥に感じる哀愁こそ人間たる証、やっぱり僕には温もりが必要だよねぇ」
久しぶりに語る旧友に懐かしさを感じたのだろうか。
少年は少しだけ哀愁を漂わせる表情を浮かべると勢いよく隣の美少女へと抱きつこうとして硬い地面と口付けする羽目になった。
その衝撃ゆえだろうか、一枚のメモ用紙がテーブルから地面へとすっと落ちてきたのだ。
少年は一望することなく人差し指と中指で挟むと椅子の上へとゆっくり這いずり上がった。
「うーん、、、さすがは僕だけの人形)少しも掴み所がないよねぇ」
すでに少女はこの場にはいない。
その瞬身っぷりは彼女が人形になる前から持っていた性格だった。
一向に振り向く素ぶりを見せない美少女、そして心に秘めた人物を想う乙女。
掌で踊る彼女を心から想うだけで胸が張り裂けそうだ。
「まぁ振り向かない人形を振り向かせるのが僕の趣味なんだけどね」
「・・・・」
「そう言わないでおくれよ。彼に比べたら可愛い性癖だと思うけどねぇ。それよりも早く会いたいなぁ。君のご主人にねぇ、、、格好良いよねぇ。僕なんか《戦慄の人形師》だよ。羨ましいなぁ」
そう呟くと彼はすっかり冷めた朝食の品々を見つめ直した。
色取り取りのメニューのように被る何かに同じものを感じながら。
「見たいよね。早く世界が一つになるところをさ、、、」
そう語ると少年はメモ用紙に目を通すことなく額をその場で突っ伏した。
その報告こそが今後の未来を決定づけるであろうことに気づくはずもなく。