9幕:海底神殿と謎の儀式6
薄暗かった地下室の地面だけがより一層輝いた。
満天の星空が覗く夜とは違いそこには輝く星も流れ落ちる軌跡もない。
空に咲く星々はなく輝いているのは法則性を持った幾何学的な文字や紋様だ。
描かれた大地にそれらは宙に浮かび上がり、やがて赤く染まり尽くした。
それから数分後、赤い光の帯から小さい何かが這いずり出てきた。
正確にはその中から飛び出してきたというのが正しいだろう。
邪悪な雰囲気に満たされた魔素、いわゆる瘴気の煙が佇んでおり姿輪郭までは特定できない。
何かがその中央で必死に悶えている。
4足歩行の小さな獣だろうか。
魔素に侵され本能を支配された獣、いわゆる魔獣なのかもしれない。
立ち込む魔素の煙のような瘴気により視界は悪い。
その獣は白色と黒色の斑模様が特徴的だったのだが、ほかに特徴的だったのはその鳴き声だ。
田舎の牧場でよく聞くような鳴き声だった。
「もぉぉぉぉーっ」
仔牛である。
仔牛は何かを振り払うと再度可愛らしい声を泣き続けた。
一見、普通の仔牛のように見えるのだが、頭部だけには違和感があった。
頭だけが頭蓋骨である。
体は仔牛なのだが、頭はスカルに取って代わられたかのような奇妙な姿だった。
恐らく予想していたものとは違っていたのであろう。
一同は驚愕に駆られていた。
その中で真っ先に口を開いたのは壮年の男であった。
「けっけけっけっけ。こりゃあれじゃな血が全く足りとらんわ、、、仕方ないのぉ」
その一言とともに天井や壁から死霊人たちが這い出てきたのだ。
そして彼はその巧みな魔力操作で倒れたままの人たちを宙に浮かび上がらせ一箇所に集めさせた。
「片っ端から取り込ませるかのぉ、、、」
壮年の男が手を下げるとこの世の亡き者たちが魔法陣内に引き寄せられた人々へと詰め寄った。
死神にレイスなどなど。大死霊術師である彼にとってこんな生亡き魔物を操ることなど造作もないことである。
霊体の魔物たちである彼らは各々の武器を取り身構えており、倒れた人々を逃すつもりなはいならしい。
中でも特大な一匹の死神がその大鎌を振り上げ、そして振り抜いた。
両断され地面にさらされたものからは鮮血が迸ったのだが、中央に出現した魔物の様子が変わる気配はない。
「これも違うのぉ、、、、」
用意していた王女と皇子を次に捧げるか、それとも他の獲物を殺した上で捧げるか。
老人から一番近い最前列にいる少女はうっすらと目を開きながらも今にも飛びかからんと警戒しているようだった。いや背後に倒れたままの人間を守るつもりらしい。
「足りんなら仕方ないのぉ、、、」
その人間たちを宙に浮かび上がらせると宙に固定した。
それは先ほど身内が節操を働いて唇を奪った女だった。
「おいおいちょっと待て!!」
身内の男の制止を無視し死神は大鎌を振りかぶった。
そんな光景を前にラズは言うことを聞かない体を膝に力を込めようとした。
多量の出血により震える手足は動かない。
魔力を込め肢体を覆い強制的に動かそうともコントロールが聞かない。
荒ぶる魔力で体に軽い裂傷が生じるだけだった。
どうしようもない事態にラズは顔だけを見上げた。
宙に浮いたままの先輩。
出会ってから何度も何度もお世話になった先輩。
先輩が赴任してきてから、ラズが職員になる前から知り合いだった先輩。
いつも叱られながらも最後まで辛抱強く優しく教えてくれた先輩。
失敗しても率先して庇ってくれた先輩。
なぜかギルド長より立場が強い先輩。
美人で仕事ができて優しくて誰からも好かれる自慢で憧れの先輩。
恋人ができてから結婚すると聞いてからとても丸くなった先輩。
そんな先輩が目の前に浮かんでいる。
手を伸ばしても届くはずの距離だった。
いつもなら瞬時に届く僅かな距離。
そんな距離が今は遠い。絶望すぎるほど遠い。
目尻から涙がこぼれ落ちる。
ラズにはどうすることもできないのだ。
こんなに近くにいるのにラズは何もすることができないのだ。
絶望したラズにすでに覚悟していたグミは声をかけた。
その様子は最後まで彼女を心配してのことだっただろう。
「ラズ、、、ごめんね」
「先輩っ!!!いや!!やめて!!誰か助けて!!先輩先輩先輩先輩!!!!!」
でも立ち上がる者はいなかった。
いや立ち上がることができる者はいなかった。
出血多量による行為によりこの場に攫われた人たちはすでにギリギリの状態である。ラズのように意識があること事態が奇跡と言ってよかった。
その時、ラズの瞳には先輩のグミが微笑んだような気がした。
「、、、、」
彼女が最後に何を呟いたのかは分からない。
見ることしかできないラズにも分からない。
ラズの手は届かないのだから。
そして死神の大釜は振り下ろされた。
一筋の光が閃光のように迸った。
その光は少しずつ霧散し荒削りながらも一直線にある方向へと吸い込まれ壁へと突き刺さった。
その出元は魔法陣の中央、中でも煙のような濃い瘴気の中から伸びていた。
コトンと音がした。
どうやら正確に死神の核を貫いたらしい。
光の粒子となって崩れ去った場には、魔素の残りが伴った魔核が転げ落ちていた。
そのまま光は縦横無尽に空を駆け巡り、この場にいた全ての死霊たちが散りさった。
そして瘴気が少しずつ霧散していく。
誰が予想できたであろうか。
そこに小さな金色の髪をした女の子がいたことに。
そして彼女が小さな両手を必死に差し伸ばしていたことに。
さらさら金髪の女の子(๑• ̀д•́ ):光の長剣!!
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