9幕:海底神殿と謎の儀式4
コアン。
数ヶ月前、行政区の臨時職員として上から派遣されてきた女性である。
ある冒険者を無理やり弾劾した件はともかく、仕事ぶりも悪くはなかったし職員の中ではできる方だろう。むしろ有能な方だったとラズは記憶している。
それに見た目も良く男性陣からの人気もある。
そんな彼女は茶色の髪に少し濃い茶色の瞳に僅かな褐色の肌をしていた。
この辺りでもたまに見かけるしそんなに珍しくはない。砂漠の国や皇国に行けばもっと濃い褐色肌の人たちがいるし、西方へとやってくる人たちは概ねそんな髪色や肌をした人たちばかりだ。
しかし目の前の人物は違った。
着慣れた制服だとはいえ黒色の髪に薄い桃色の肌。
それ以外は表情から目つき、スタイル、髪型といいその辺りだけは見慣れた格好ではある。
「つい先ほどぶりですね。お仕事お疲れ様でした、、、では残りも終わらせましょうか」
彼女の影が全身を覆い尽くすと彼女の目や肌、髪型が瞬時に切り替わる。そしてまた影が覆い尽くすと目元だけを覗かせる衣装へと変化した。
「そうそう私たち本当の姿は誰にも見せませんので」
一瞬の早業にラズは度肝を抜かれた。
こんなことができるのは、、、必死に記憶を紐解いていく。
遠い記憶とつい先日のライブの光景、そしてギルド職員になってからの15年の記憶が一つに繋がっていく。
影を操れる。
瞬時に変装ができる。
裏世界の住人。
特徴的な服装。
黒髪に桃肌、、、東国の人?
でも変装できるなら最初から嘘だった?
でも暗部に関わる人物は間違いない。
ただそんな特殊技術を持つ人には心当たりがある。
おとぎ話の中では大変有名な話だからだ。
そしてラズの中で何かがカチリとハマる音がした。
「コアンさんってシャドー?まさか風月?」
「馬鹿ラズ、口にしちゃダメ!!」
「ラズさんって思ってたより馬鹿なんですね。これであなたを生かしておくことはできなくなりました」
物凄い殺気がラズとグミを突き抜けた。
聞きしに勝るとはこのことだろう。
一端のギルド職員である普通の人間が裏世界で生きる人間の無垢な殺気に耐えられるはずもない。彼女は間違いなくその筋の人間であることは明らかだった。
一瞬で無力化された二人はその場で肩を落とし背筋を凍らせた。
しかしそんな二人にぶっきら棒そうな金髪の男から優しく声がかかる。
「おいおいさっき記憶消すだけだって言ってただろう?」
「ラズさん、グミさん冗談ですよ。ただ邪魔されたら困るので大人しくしてくださいね」
二人の影が肥大し各々の口を塞いだ。
辛うじて息はできるものの声を出すことはできない。
「そろそろ儀式も終わる頃ですから、、、、血を提供してもらいますね」
スッという音とともに足から滴り落ちた赤い液体はそのままゆっくりと魔法陣の中央へと流れていく、そして輝きが増していくのだった。
「こ、ここは何処でしょうか?あなた様はいったい?」
怯える少女の手を優しく取ると蒼葉は地面に腰を降ろさせた。
そしてもう片方で警戒したままの少年の方を向け同じように促した。
先にシートを敷いているのでその上にポットを取り出した。
そのまま二人の前にカップを袖から取り出しお茶を注ぐ。
途端に上品な香りが世界を優しく包み込むように空気を和らげた。
そして懐から皿を取り出し白いハンカチを被せる。
「1、2、3、、、ブルーベルまじーっく」
そこにはとても美味しそうなお菓子が出現した。
焼きたての香ばしくふっくらとしたパイのようなお菓子。上にはサラサラとした雪のような粉砂糖が塗してある。よく見れば可愛い猫ちゃんがデコされていた。
見た目ふっくらサクサクのパイ生地の中には甘くてほっぺが落ちそうなくらいのカスタードクリームがこれでもかとたくさん詰めてある。小麦も砂糖も卵もラクスラスク産。バニラビーンズのようなものは見つけれなかったものの香りづけにはラクスラスクのお酒を使っておりパイ生地とクリームとの相性は抜群である。それでもって甘すぎず口溶けが良く滑らかで何個でも食べたくなるようなもの、、、
そうシュークリームである。
強張ったままの少女は蒼葉を見つつも恐る恐る視線が移動していた。
一方、少年は警戒心剥き出しで手を懐へと忍ばせたままだ。
「早く食べないと、、、食べられちゃうよ。ほらチビたちに、、、」
すぐそばで目を輝かせた子供がじーっとその様子を伺っていた。
さきほど二つも食べたにも関わらずどうやら次の獲物へと狙いを向けているらしい。
白く透明で高そうな衣装に包まれた少女。
そしてこちらも高そうな黒い衣装を着込んだ少年。
なぜか二人は蒼葉たちの上に出現した。
がこん、という音がした後、天上の壁に穴が空き二人が落ちてきた。
地面は岩や石だらけその上突起物まであったりする。幸いなことに蒼葉たちがいた周囲は真っ平らで比較的マシだったもののそれだけである。落下したであろう地面は硬い石や岩だった。
でも二人は怪我することなく五体満足でいられた。
たまたま運良くマロンがその真下にいたのでクッションとなって怪我もなかったわけだ。
ぺちぺちぺちぺちという幼子の合図に蒼葉は根負けし同じものを取り出した。
満面の笑みを浮かべながら頬張ろうとする様はまるで天使のようだ。
さらに同じものをパプリアくんとマロンたちにも分け与えながら小さな魔法を披露することにした。
「なんと指が、、、取れちゃった!!」
有名なマジックである。
いやとても有名な魔法である。
「す、す、すごいです!!すごい魔法です!!すごすご魔法です!!」
「・・・・」
「お、おにいちゃんのゆびがとれたー!!」
「、、、そんな訳ないでしょ、、、もうココナったら子供なんだから」
それぞれの反応っぷりを楽しみながら続けようとしていると、、、少年が重たい口を開いてくれた。その表情は険しいままだったのだが、突然ドヤ顔に切り替わった。
「そんなのは俺でもできる!!ほら、、、どうだ!?」
「すごいです!!黒桃くんはすごすごです!!」
「当たり前だ!!でもこんな子供騙しが俺に通じるかよ!!」
「ゆ、ゆびが!!くっつけなきゃいけないもん!!」
「、、、もうココナったらこんなのボンドで引っ付ければいいのよ!!」
「いや二人してボンド使うなよ!!ちょっと待てって!!こらくっつけんな!!」
ココナのあわあわと慌てふためいて何とかしようとする様子もココアの背伸びしようとする姿もとても微笑ましい。思わずパプリアくんの方に視線を移すと彼も同じように微笑んでいた。
「、、、、もぉーココナったらそんなの私でもできるわよ!!どう!!」
「コ、ココアちゃんのゆびもとれちゃったー!!」
「すごいです!!みなさんすごすごです!!」
「いやお前できてねぇよ」
「師匠、、、」
急にワイワイガヤガヤしたものの一端落ち着かせてからそれぞれ自己紹介をすることになった。
しぶしぶ話してくれたのは少年の方からだった。
10代頭くらいの少年の名前は黒桃。
黒の瞳に褐色の肌、短めの黒の髪が特徴の少年だ。
堀が深く将来は絶対イケメンになる顔立ちである。ただし見た目からしてものすごく活発そうな男の子そうだ。きっとうちの二人にも負けないいたずらっ子のような気がした。そんな彼は黒の漢服をほっそりとさせたような衣装を着ており、どう見ても高貴で洗練された所作が余計に違和感と生意気さを引き立てている。
もう一人の同世代くらいの少女はティアと名乗った。
青色の瞳に白い肌。さらさらとした銀色の髪は長いため後ろで綺麗な桃色の帯で纏めている美少女だ。第一印象は天真爛漫な箱入り娘といった感じだろうか。真っ白なアオザイに近い衣装で身を包み清楚で純真無垢な感じの見た目が筋金入りのお嬢様であることを際立たせていた。
蒼葉にはこの子はきっと揶揄い甲斐がありそうな気がした。
二人とも誰かに襲われて誘拐され監禁されていたらしい。
なおどのくらい監禁されていたのかは分からないそうだ。
そんな二人の警戒心が緩んだのか、それともココナとココアの笑顔のおかげなのか、二人は同時にお菓子を頬張った。味なんて聞くまでもない。
満面の笑みがその美味しさを物語っているのだから。
少し落ち着いた後で先ほどの続きをやることにした。
これは初見だと本当に心臓に悪いが仕方ない。自称世紀の大魔導士の実力は肌で感じてもらわなければいけない。がきんちょに子供騙しと言われたまま引き下がる訳にはいかない。
「はい注目!!」
自分に意識を集めると蒼葉は宣言した。
「あのねお兄ちゃんのお兄ちゃんの、、、、」
「何ですか?すごい大魔法ですか?絶対すごすごです!!」(ティア)
「どうせまた子供騙しだろ!!」(黒桃)
「おにいちゃんのこんどはなーに?」(ココナ)
「、、、絶対、私にもできるやつなんだから」(ココア)
「首が落ちちゃった」(蒼葉)
身体から蒼葉の頭だけがストンと落ちたのだ。
文字通りストンと。
「「「「!?!?!?!??」」」」
結果、子供達の大絶叫が轟いたのであった。
活躍したスライムのマロン:(。ー。)--->( ( (((。⊿。)ゴロゴロ ポヨン
恐れ入りますが、、、ココナとココアの二人の活躍にほっこりされたい方、もし良ければブックマークや評価、twitter等でシェアしていただけると嬉しいです。