始まりのおはなし1
プロローグの1
大学のサークル活動後、休むことなく職場へと向かった。
夜遅くなったが仕方ない、今月の生活のためだ。特殊な働き方のため立場は契約社員とほぼ変わらないがバイトよりは割りが良い。正直バイトといっても差し支えないのだが、一応プロ、、、いやセミプロとして任意に雇ってもらえている辺り少しでも周りには見栄を貼りたい。それで今はプロ未満バイトより少しだけ上だと自負している、、、、そう!!セミプロなのだ。便利な言葉だ。自分を納得させるためのただの方便だ。
ちなみに祝日前と週末はとても美味しい。
今日は週末なので仕事上がりのサラリーマンの方々が多くなる。お酒の入った人生の先輩方は実に気前が良くお金を落としていただける。どこぞの会社の社長さんや部長さん、綺麗いなお姉さんからのチップや差し入れなどはとてもありがたい。そしてお姉さんの甘い言葉と時間はもっとありがたい。色々とごちそうさまです♪
注文が引っ切り無し飛び交っているが、今日は調理場には入らない。今日の”マジカルドロップ”は週末を見越して増員し人手も足りているので調理場に用はない。ステージだけに専念できる。もちろんステージ時間以外は何か手伝うことにはなるが、、、
Cafe & Bar ”マジカルドロップ”は今日も大繁盛だ。
それは美味しい料理とお酒が主な要因に他ならないのだが、ほかに理由がある。それは多種多様な生ライブショーだ。音楽演奏、大道芸、ほか様々なパフォーマンス。”マジカルドロップ”はエンターテイメントを提供するちょっと高めのカフェバーなのだ。中でも週末の目玉は笑いとエロスと観客へのマジック実体験を織り交ぜた参加型のマジックライブショーだ。
ジャズの生演奏をバックにバニーガールとマジシャンによる笑いとエロスあり。前のテーブル席に座っているカップルにコップと水のマジックを実演させたり、好みのお姉さんの胸元から可愛い白鳥と猫のぬいぐるみを出演させたりしながらステージと観客との一体感を作り上げていく。時おり笑いを作るためにわざと失敗をネタとしたコントを披露する。この時、お客さんに助けてもらうのを忘れない。
当然、マジックごとにバックバンドが魅惑的な音色で舞台を煽っていく。今日は、ピアノ、ドラム、ベースのピアノトリオ。普段はこちらにも参加したりするのだが、”マジカルドロップ”の週末イベントではステージに係りっきりになるのでこのときだけはマジックだけに専念することになる。失礼、下手なのだが同時にダンスと歌も披露させられる。
バンド演奏から始まり、コント、じゃんけん大会、そして最後はごちゃまぜマジックイリュージョン。そしてそのラストのネタは人体分断。マジックボックスの中に人を入れバラバラにするのだ。ラストは先ほどの美人のお姉さんに再度出演してもらう。今からお姉さんの解体ショーだ。
常連客の綺麗なお姉さんに再度、登場してもらう。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる年上の素敵な美人さんだ。黒髪に薄い茶色が混じった綺麗な色の長い髪をポニテにまとめ、赤いメガネが知的さを演出し、胸元を軽く覗かせる薄い白のブラウスが、、、エロい。人前に立っても物怖じせず堂々としているし、何事にも興味津々ノリノリな性格で、週末イベントでは良く助けていただいている。
お店としてはお金を落としてくれるお客さんは大歓迎だし、それが素敵な美人さんで、しかもお店の興行を助けて盛り上げてくれる。彼女目当てで集まるお客さんもほんとに多い。お店からしたら一石二鳥ならぬ一石多鳥な存在なのだ。そんなお姉さんとの特別な共同作業。お客さんだけでなく自分も興奮するというものだ。
人体分断用マジックボックスを準備し舞台を整える。3つのボックスからなる分断マジック用のボックスである。ステージ中央で彼女の手を取り二人で少々大げさなお辞儀から始める。それからボックスの中が何もないことを露見させマジックに種もしかけもないことをアピール。マジックで使用するアイテム類には何もおかしいところないのだ。
十分に間を持って視線を興味を引きつけてからお姉さんをボックスの中に仕舞い込んだ。
それから傍に用意している刃がない剣をこれでもかとボックスに突き入れた。種も仕掛けもなければお姉さんの体は剣で突かれ刺され、後でステージ裏で素敵な説教タイムになるのだろうが、もちろんそうはならない。だがボックスの中からお姉さんのわざとらしい叫び声がする。
「えーん、痛い痛いよー。誰かさんに傷モノにされたよー。お嫁に行けないよー。えっく!!」
予定にはなかったが、剣を新たに突き刺し黙らせる。
そしてマジックボックスを3つに分断し、真ん中を取り外してみせる。これで確実にお姉さんはバラバラだ。それから3つをランダムに入れ替える。
「えーん、目が回るよー。身体がどこかに行っちゃったよー。痛いよー責任とってよー。誰かさんに回されるよー。」
まだ言うか。お尻辺りの位置のボックスに剣を再度つき入れる。
「きゃっ!!痛い、どこ刺してんのさ!?私の初めてが!?この好き者めー。ちゃんと責任とってよー!!」
客席側からどっと笑いが起きた。言動はともかくお姉さんナイスアドリブ。そしてちょうど良いタイミングだ。相手の反応を見て臨機応変にマジックの構成を変えるこれ基本なり。ボックスから剣を抜いて、、、では締めますか、、、
「さあさあお集まりの皆さん今宵は私お尻大好き物好きめのマジックショーにお集まりいただき有り難うございます。」
再度、笑いが起きる。今必要なのは勢いだ、すぐに畳み掛ける。
「傷モノにしてしまった綺麗なお姉さんを元どおりに綺麗な身体へと復活させてみせましょう。ただしお尻の方は勘弁してください。」
笑いが止まらない。
「さて皆様には今から唱える呪文を私の後に続けて復唱してもらいましょう。さあ、、、行きますよ!!」
「eins!」
「「アインス!!」」
「zwei!」
「「ツヴァイ!!」」
「drei!」
「「ドライ!!」」
「お姉さんのお尻よ綺麗になーーれ!」
「「ぶはっ!?」」
誰かが堪えきれずに吹き出したようだ。気にせず再度並べたボックスの蓋を全て解放した。
これはこれはなんとも不思議なことに綺麗なお姉さんが飛び出してきた。
身体には傷はない。剣で突き刺された後は微塵も欠片もない。
正真正銘元に戻ったのだ。
ただし右手を突き出された、一枚の紙切れを片手に魅力的なほどの笑顔で。
『誓約書』
1.傷モノにした責任を私めは取らせていただきます。
2.何でも言うことを聞きます。
3.もうお尻には何も突き刺しません。
以上、3つの誓約を生涯守ることを誓います。
皆の前で大声で誓約させられました。
「以上、マジカルドロップ週末レイトショーでした。ありがとうございました!!この後も音楽演奏は続いてますので美味しいお酒と料理を音楽でお楽しみください♪」
お姉さんとほか舞台スタッフ、そして他出演者と共にステージで締めの挨拶を行なった。
観客側からは割れんばかりの拍手が送られた。
マジカルドロップは今日も大盛況だ。
「テキスト良し、該当の魔法陣良し、魔法陣用の塗料良し、えーと、、、ほかは間違い、、なし!たぶん、、、いいよね。」
一つずつミスがないか確認をしていく。
少しでもミスがあれば絶対に成功しないから。それだけではない。たった一つのミスのせいで予想もつかないことが起きてしまう。
絶対に失敗は許されない。それに失敗したらまた馬鹿にされる。
だからもう一度、ミスをしてないか確認する。、、、間違いない、、、はず。
何度も修正して苦労して描いた魔法陣に両手をかざし、魔力を練り上げる。同時に固有の呪文を詠唱する。とある者を呼び出す魔法であり、召喚術の一種だ。込められる魔力量に伴い魔法陣から光が少しずつ湧き出て来る。
これで確実に呼び出せるはずに違いない。私の最高の使い魔を、、、
『これで父様と祖父様を見返すもん、、、』
少女はその両手に魔力を纏い、魔法陣を起動させた。
成功したはずだった。自身の力がごっそりと抜け落ち魔法陣に流れ込み、そして何かへと降り注いだ。自身の魔力の本流がその何かを捉えこちら側へ引っ張り込もうとしたはずだった。
だがまた失敗した。何者かにキャンセルされたのだ。犯人は決まっている。父様と祖父様だ。また邪魔したのだ。すでに両手の指を超えるくらいは邪魔をされている。
だからその都度、魔法陣に細工をして妨害されないようにしたのに。認識阻害の術式を加えたり、外部からの力を別ベクトルに受け流すようにさせたり、返還式を組み替えて自分の魔力に変換させるようにしたのにことごとく躱されてしまった。すっごく難しかったのに!!
彼女自身は知らなかったのだが、魔法陣を修正、加筆、アレンジする技術は大人のそれを優に超えていた。誰しもがやれることではないのだ。この世界では魔法をアレンジすることはおろか、魔法をただ使うことすらできない人がほとんどなのだ。
少女はだんだんとムカついてきた。両手に力が入りすぎて地面を何度もポコポコしてしまった。何度も何度も邪魔をされ、その都度思いつきで邪魔されないように頑張った魔法陣を何事もなく突破され台無しにされてしまったのだから。可愛い使い魔(予定)召喚育成計画がまた遠のいたのだから。
次は絶対に邪魔されないもん!!絶対に邪魔されないようにありとあらゆる手で召喚してやるんだから!!
少女は普段、自身で抑えていた感情のリミッターが外れていたことに気づきもしなかった。
そしてもう一度、魔法陣を起動せさた。
床に描いた魔法陣ではなく、空中に新たに描いた魔法陣で。
プロローグの1