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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第12話 ようこそ、悪の科学同好会へ 【 全 12 回 】
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お前もあのメガネと同じく、こういう騒ぎには目がないよな?

「あっぢ~ぃ! もう十月も下旬になろうかってのに、何だよ、この暑さは?」


 まるでイヌのように舌を出しながら、開襟シャツの胸元を押し広げ、手の平で大してそよぎもしない風をアキトは送り込んでいた。横で見ているつかさの方が、よっぽど暑苦しい気持ちになってくる。


「地球温暖化とやらで、年々、気温が上昇してんだからさあ、この際、もっと夏休みを長くするべきだと思わねえか? まったく、こんなんじゃ、勉強する気にもなんねえぜ」


 とアキトがぼやくのをつかさは冷ややかな目で見つめた。


 さっきまで、ずっと授業中にぐーすか寝ていた男の言葉とは思えない。今日日きょうびの高校は冷暖房完備だ。どうせ勉強しないのなら、登校してもしなくても同じではないか。


「こういうときは、帰りにラーメンを食うのが一番だな」


「ええっ!? 今日も食べる気!?」


 昨日もつかさたち二人に加え、かおる美夜みやを連れて、琳昭館りんしょうかん 高校近くにある馴染みのラーメン屋《末羽軒マッハけん》に行ったばかりだというのに。アキトのラーメン好きには呆れ返るしかない。


「別にいいじゃねえか。ハンバーガーなんぞ食うより、よっぽど腹にたまるぜ」


 それはそうかもしれないが、アキトが転校して以来というもの、三日と置かずに《末羽軒マッハけん》通いが続いている。さすがに付き合わされるつかさは辟易としていた。それに懐具合だって相当に厳しい。


 しかし、食い意地の張った今のアキトに、何を言っても無駄だろう。つかさは半ば諦めた。


 校門へ向かって二人が歩いていると、それとは逆方向へ、多くの生徒たちが走って行くのに出くわした。どうやら、校舎の方で何かあったらしい。


「何だぁ?」


「さあ?」


 生徒たちの中に学園のマドンナ、待田まちだ 沙也加さやか の姿を見つけた。つかさの憧れの存在だ。


「待田先輩?」


 ところが、沙也加は急いでいたらしく、つかさたちの存在には気づかず、そのまま他の生徒たちと一緒に校舎裏の方へ行ってしまった。何か事件でも起きたのか、つかさは心配になる。


「オレたちも行ってみっか?」


「うん!」


 退屈しのぎに丁度いいと思ったアキトに促され、つかさは駆け出した。


 どうやら現場は校舎に併設された屋内プールのようだった。水泳部が一年を通して練習できるよう、比較的新しく造られた施設だ。すでに黒山の人だかりが出来ている。その中で聞き慣れた声がした。


「こら、押すんやないって言うとるやんけ! ウチの邪魔せんといてや!」


 それは一年C組の新聞部、徳田とくだ 寧音ねね だった。“事件あるところ、必ず寧音あり” である。


 アキトたちは寧音に何事が起きたのか訊こうと思ったが、何しろ野次馬の数が尋常ではなく、近づくことも出来ない。


 そのうちプールから、教職員に抱きかかえられるようにして、ジャージ姿の女子生徒たちが次々と出て来た。女子生徒たちは、なぜか皆、泣いている様子だ。


 すかさず寧音がカメラのシャッターを切った。すると、いかつい体育教師が寧音を遮ろうとする。


「写真はやめろ!」


「先生、何があったん?」


 さすがは新聞部、そうそう簡単には引き下がらない寧音であった。取材根性の逞しいこと。


「うるさい! あっちへ行ってろ!」


 体育教師はしつこい寧音を邪険に扱った。


 プールから出て来た女子生徒たちは、教職員たちに保護されながら、校舎の方へと連れて行かれる。沙也加も副生徒会長として、それに付き添った。


「どうしたんだろう?」


 とりあえず、ジャージ姿の女子生徒たちが水泳部員らしいことはつかさにも察せられたが、彼女たちに何があったのかまでは分からない。ただ、女子生徒たちの様子を見る限り、ひどくショックな出来事があったのだろう。


 野次馬が女子生徒たちの後に続いて移動しようとしたとき、アキトはいきなり地面にかがみ込んだ。


「ん? どうしたの、アキト?」


 つかさが不審に思っていると、おもむろにアキトは落ちていたソフトボール大の石を拾う。それを二、三度、まるで重さを確かめるように軽くお手玉した後、やおら近くに生えていた木の上を目がけて投げつけた。


 ごっ!


「あたっ!」


 ずざざざざざざざっ! どすん!


 鈍い音と短い悲鳴の後に、何かが木の上から落ちてくる音がした。地面の上に叩きつけられたものの正体を見て、つかさは目を丸くする。


 それは一年B組の 大神おおがみ けん だった。


「お前もあのメガネと同じく、こういう騒ぎには目がないよな?」


 アキトは仰向けに落ちた大神を見下ろしながら、唾棄するように言った。大神の胸の上にはカメラが乗っている。転落しながらも、カメラは守ったのだ。


 大神は痛みに顔をしかめた。


「ひどいですよ、兄貴。いるって分かってるなら、石を投げつけるんでなく、声をかけてくれればいいものを」


「うるせえ。こそこそと嗅ぎ回りやがって。第一、昨日、オレが頼んだことは調べ終わったのか?」


 大神はアキトに学校の地下室のことを調べるよう言われていた。大神は倒れた格好のまま、顔を引きつらせる。


「そ、それは、そのぉ……まだでして」


「だろうと思ったぜ!」


「ギャッ!」


 アキトにお腹を踏み潰され、大神は呻いた。つかさは慌ててアキトを止める。


「あ、アキト! やめなよ!」


「このぉ、イヌの分際で!」


「ひいいいいっ、許してくださいよぉ! 一応、学校の中は調べてみたんですが、そんな地下への階段なんて何処にもなかったんですから!」


「でも、美夜のヤツは行ったってんだろ?」


「そうらしいんスけど……」


 アキトが再び大神を虐待しようとする前に、つかさは二人の間に割って入った。


「まあまあ。──それより大神くん、ここで何が起きたのか知らない?」


 木の上で事の次第を眺めていた大神なら何か知っているだろうと思い、つかさは尋ねた。すると大神はうなずく。


「知ってるよ。女子水泳部の連中が襲われたんだ」


「襲われた!?」


 つかさは二週間ほど前に起きた怪物騒動を思い出した(※ 第5話を参照)。大神はさらに説明する。


「それも人間じゃないんだってさ。聞くところによると、プールの中にワニが出たらしい」


「ワニ?」


 あまりにも突拍子もない話だった。屋内プールにワニ。もし本当なら、前代未聞の出来事だ。


「それで誰かケガしたの?」


「いや、ケガ人はいなかったらしんだけど、ただ女子部員たち全員が……」


「全員が?」


「うん、水着を剥ぎ取られたって話だ」


「ぶっ!」


 すぐ横で話を聞いていたアキトが吹き出した。当然だろう。水着を剥ぎ取っていくワニなんて。


「それ、本当なの?」


 つかさはにわかに信じられなかった。何かの間違いではないかと思う。


 しかし、大神は大真面目だった。


「本当さ。だからこうして駆けつけたのに、一足遅かった! ああ、素っ裸にされた水泳部員たちをこのカメラに収めたかったなあ!」


「………」


 結局、大神の関心はそれか、とつかさは恥ずかしくなった。


 それにしても、いつもならこういう話に食いついてくるはずのアキトが、今日に限っては真面目腐った顔つきをしていた。何やら真剣に考え込んでいる様子だ。


「学校にワニだと……? まさか……?」


 ふと、アキトが視線を転じると、屋内プールのそばにある木陰から、こちらの様子を窺っている人物が。たちまちアキトの目が見開かれる。


「美夜っ!」


 それはアキトの妹、美夜だった。昨日に引き続き、今日も琳昭館高校へやって来ていたのだ。


 そのとき、アキトにはプールに現れたというワニと、ここへ足を運ぶ美夜の両者が結びついた。血相を変える。


「おい、美夜!」


「えっ? 美夜ちゃん?」


 アキトの大きな声に、つかさも振り向いた。美夜はそれにビクンと反応し、その場から逃げ出そうとする。やっぱり、とアキトは自分の睨んだ通りだと確信した。


「待て、美夜!」


 逃げ出す妹をアキトは追いかけた。つかさと大神は、いったい、何が起きたのか分からない。とりあえず、アキトの背中を追うことにした。


 屋内プールの周辺から誰もいなくなると、そこへ一人の女子生徒が姿を現した。早乙女さおとめ 蜂子ほうこ だ。


不味まずいことになったわ」


 どうやら逃げ出した《ワニ》が女子水泳部員を襲ったらしいと分かり、蜂子は青ざめた。まだ、学校の人間に太志が造り上げた《ワニ夫》の存在を知られるわけにはいかない。誰かに見つかる前に、早く回収しないと。


「それにしても……」


 ひとつ腑に落ちない点があった。どうして《ワニ夫》は女子水泳部員の水着などを剥ぎ取っていったのだろうか。太志がそんな行動パターンを入力するとは思えないし。


「とにかく、捜さないと」


 蜂子はプールの近くに《ワニ夫》の足跡が残っていないか、丹念に地面を調べ始めた。

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