私はここに、《秘密結社 悪の科学同好会》の設立を宣言する!
第12話「ようこそ、悪の科学同好会へ」スタート!
世界征服――
それは有史以来、数多の者たちが憑りつかれた妄執であり、これまで誰一人として成し遂げた者のいない究極の覇業だと言えるだろう。破竹の勢いで版図を拡大した、かのアレキサンダー大王やチンギス・ハーンすら、その野望は叶わなかった。
未だ誰も辿り着いたことのない人類を統べる頂点――
だが、ここに、また新たな若者が壮大なる野心を抱き、見果てぬ夢に挑もうとしていた。
彼の名は、田隈 太志。普通とはちょっと違う――いや、かなり違った高校二年生である。
「本当にここでいいの?」
琳昭館 高校のスクールカウンセラーである毒島カレンが、後ろにいる二人の生徒の方を振り返りながら念押しした。
ここは誰も寄りつかない学校の裏手である。校舎の北東に位置するここは、腰よりも高く伸びた雑多な草木によって鬱蒼と覆われているせいで、このちょっとした密林を掻き分けて足を踏み入れようとする物好きは皆無だ。
それゆえ、在校生のほとんどは知らないが、ここには十年以上も使用されていない地下室への階段があった。どういうわけかは分からないが、地下へと通ずる入口はこの校舎裏にしかなく、通常あるはずの屋内から直接下りる階段は存在しない。
つまり、校舎というひとつの建物を共有しながら、地上と地下は完全に隔絶された空間になっていた。
その入口である錆の浮いた鉄扉は長年に渡って固く閉じられたままである。処分に困った古い机や椅子、そしてロッカーなどを押し込めた物置きとして、誰の記憶からも忘れ去られていた。
「ここで充分ですよ、先生」
周囲を見回しながら満足そうにうなずいたのは、二年D組の田隈太志だ。いささか陰気な顔つきをしているが、インテリっぽさを醸し出すノンフレーム・メガネを光らせる。
「確かに少し不便かも知れませんが、静かな環境だと思えば、気にするほどのことでもありません。──なあ、君もそう思わないかい?」
そう太志が同意を求めると、隣にいた女子生徒が黙ってうなずいた。
彼女は太志と同じクラスの同級生で、早乙女 蜂子 という。大きなメガネをかけた従順で大人しそうな顔立ちとは裏腹に、グラビアアイドルも真っ青になるであろう豊満なバストの膨らみが、こうして制服越しにもやけに目立つ。
「それよりも先生がウチの顧問を引き受けてくださり、本当に助かりました。でなければ、こうして同好会として認められることもなかったでしょうから」
太志は顧問に名乗りを上げてくれたスクールカウンセラーに向かって、改めて礼を言った。カレンは艶然と微笑む。
「いいのよ。ウチの学校はとにかく部活動や同好会が多くて、顧問を掛け持ちしなければいけない先生ばかりだから。教師ではないけれど、私なんかの名前でよければ、どうぞ使ってちょうだい」
「ありがとうございます」
「まあ、私はスクールカウンセラーの仕事があるから、こっちに顔出しするのは無理だけど、田隈くんなら安心しているわ。他の先生方も太鼓判を押してくれたし」
太志は成績優秀で、生徒会副会長である 待田 沙也加 と常に学年のトップ争いを繰り広げている。そのため、教師たちからの評判は上々だ。
「――あっ、忘れるところだったわ。ハイ、これ、ここの鍵ね。戸締りだけは忘れないで」
「はい、気をつけます」
「あと、理事長から聞いた話だと、この地下室はずっと使われていなかったそうだから、かなり掃除が大変だと思うけど」
「大丈夫です。早乙女さんと二人でやってみますから」
「そう? ごめんなさいね、顧問なのに手伝えなくて。――ヤダわ、もうこんな時間じゃないの。じゃあ、二人とも、頑張って」
腕時計を確認したカレンは、慌てた様子でカウンセリング室へ戻って行った。カウンセリング室は二階にあるのに、直通の階段がないので、わざわざ昇降口まで回らなくてはならない。確かに不便だ。
「では、行こうか、早乙女くん」
二人だけになると、太志はカレンから渡された鍵を使い、古びた鉄扉を開けた。
あらかじめ予想していた通り、長年使われていなかっただけあって、中は相当に埃っぽかった。入口脇のスイッチを探し当てて操作すると、グローランプが瞬き、蛍光灯が点灯する。どうやら電気に関して心配する必要はなさそうだ。
ハンカチで口と鼻を押さえながら、太志たちは廊下を進んだ。かなりの埃が床に積もっており、歩くと二人の足跡が点々と残る。そんな中、太志が部室として選んだのは一番奥の部屋だった。
教室と同じ引き戸を開けると、中はガランとしていた。地下は物置きになっていると聞いていたが、どうやら使わなくなった机や椅子は手前の部屋から押し込められたらしい。多分、ここまで運び込むのが面倒だったのだろう。
これなら片づけは簡単そうだ、と部室に選んだ部屋へ入ると、太志と蜂子の二人はまるで申し合わせていたかのように、それぞれ隅の方に分かれ、おもむろに着替えを始めた。
お互いに離れながらではあるが、衝立もない同じ部屋の中である。にもかかわらず、異性としての意識はないのか、どちらも躊躇なく、無言で背を向けながら制服を脱いでしまう。
二人が着替えたのは、掃除で制服が汚れるのを防ぐためかと思いきや、そうではなかった。
太志が袖を通したのは体操着ではなく、第二次世界大戦時のナチス・ドイツを思わせるデザインの軍服だ。
さらには真紅の裏地を持つ黒マントを羽織り、白手袋をはめた手には猛獣使いのようなムチを持ちつつ、左目には黒いアイパッチ、おまけに某独裁者を彷彿とさせるチョビヒゲという扮装だ。
一方、蜂子は自作らしい、一風変わった扮装をしていた。
黒と黄色のツートンカラーで出来たオフショルダーのコスチュームに、頭と腕と脚にはお揃いの帽子とアームウォーマーとレッグウォーマーを装着。顔にはメガネの代わりに大きめのマスクをつけた。どうやらハチをモチーフにしているらしい。
両者が着替え──いや、変身し終えると、最後に太志は軍帽を被り、手にしていたムチをぴしりと床に叩きつけた。埃が立つのも構わず、残忍そうな笑みをこぼす様は、とても教師からの信頼の厚い優等生とは思えぬ変貌ぶりである。
その前で何かのキャラクターめいたコスプレをした蜂子が、片膝をついてうやうやしくかしこまった。
「時は来た! 面を上げろ、《ビューティー・ビー》!」
「はっ、《悪魔大使》さま!」
壇上の田隈太志──《悪魔大使》に、早乙女蜂子──《ビューティー・ビー》は伏せていた顔を上げた。
もし、この場に他の者が居合わせていたら、二人がコスプレを着て演技をしているものと思い、ドン引きしたり、失笑を禁じ得なかったことだろう。しかし、太志も蜂子も決して遊びなどではなく、すっかり悪の首領と女幹部になりきっていた。
「私はここに、《秘密結社 悪の科学同好会》の設立を宣言する!」
「ははーっ!」
「ようやく我々の念願であった悪の組織の発足が、“科学同好会” という表向きの部活動として、学校によって認められた。これもひとえに、お前の尽力があってのことだ、《ビューティー・ビー》」
「滅相もございません、《悪魔大使》さま」
もちろん、学校側は “悪の組織” などとは露知らずに認可したことだろう。それにしても、たった二人だけで“悪の組織”を名乗ろうとは。
「さあ、今日から我々が目指すものは──当然、分かっているだろうな、《ビューティー・ビー》?」
「もちろんでございます。我らの目的はただひとつ! それは世界征服に他なりません!」
「その通りだ! 我々は、まずこの学校を支配し、次には東京を! そしていずれは日本を! さらにはアジア! 最終的には世界を! この手中に収めるのだ!」
「ははーっ!」
……ここまでで茫然とした読者のために念を押しておくが、決して二人は“ごっこ遊び”をしているのではなく、至って大真面目であり、真剣に世界征服を目指しているのだった。
そもそも世界征服は、太志の──もとい、《悪魔大使》の幼き頃よりの夢であった。
幼少時代、ヒーローもののテレビ番組を好んで見ていた《悪魔大使》は、普通の子供が憧れる正義のヒーローよりも、毎週毎週、懲りもせずに斃されていく不遇な悪の怪人たちの方に魅力を感じていたのである。
やがて、どの番組でも世界を征服することなく滅亡する悪の組織の末路を見届けているうちに、いつしか自分がその野望を受け継ぎ、必ずや達成させてやる、と強く心に秘めるようになっていったのだった。
こうして野望実現のため、一人孤独に勉学に勤しんでいた《悪魔大使》であったが、或る日、ついに同志が現れた。それが早乙女蜂子こと《ビューティー・ビー》である。
彼女はこの学校へ入学したときに太志こと《悪魔大使》と出会い、その野望を密かに打ち明けられて以来というもの、献身的な姿勢で彼に協力を惜しまなかった。
こんなとんでもない思想を持った彼を理解できるのは、世界広しと言えども彼女だけであろう。
そもそも、M気質を持つ《ビューティー・ビー》は、誰かに命令されるということに対し、とても喜びを見出すという性癖があった。しかも、それが背徳感を覚えるものであればあるほど、彼女に快楽をもたらすことになるのだ。
表面上は優等生の仮面を被った太志であるが、その中には悪の首領にふさわしいS気質を秘めており、いささか屈折してはいるものの、これ以上、主従関係としても、共犯関係としても、理想的な組み合わせはないだろうと思われた。
そして今日、ついに二人は念願であった野望への第一歩を踏みしめたのである。
特に意味もなく、《悪魔大使》はカッコつけのためだけにマントを翻した。
「さて、世界征服への第一歩だが……残念ながら、我々にはまだ先兵となる手駒がない。出来れば、戦闘員が何名か欲しいところだが、それを雇えるだけの資金も不足している以上、とりあえず安価で有能な怪人が必要かと考える」
「はっ、《悪魔大使》さまのおっしゃる通りかと存じます」
「うむ。そこで私は怪人の素材となるものを簡単に入手する方法を考えた。──これだ」
《悪魔大使》はスマホを取り出すと、SNSに書き込んだ内容を親愛なる女幹部に見せた。もちろん偽造アカウントであり、容易に追跡できないよう厳重な仕掛けも施してある。
そこには「#拡散希望」として、こう書かれていた。
『あなたが失った、愛しいペットを甦らせます! 簡単な再生手術で死に別れてしまったペットと再会! ご用命はTまで』
「これは?」
「どうだ、素晴らしいアイデアだろう?」
《悪魔大使》はニヤリとした。その拍子に口許からちょっとチョビヒゲがズレかけたので、慌てて直す。
「まずは動物の死体と、その飼い主の肉体で怪人を造る。動物の特徴を持たせることは、怪人の必須条件だからな」
平気でこんな台詞を吐く《悪魔大使》が、普段、学校では人畜無害で、成績優秀だというのだから、まったく人間とは分からないものだ。
そんな《悪魔大使》に対し、《ビューティー・ビー》はただただ感服していた。
「見事な計画でございます、《悪魔大使》さま」
「フフフッ。しかも、早速、この宣伝広告のお蔭か、ペットを生き返らせて欲しいという連絡がいくつか来た。その中でも特別に吟味した素材が、間もなく、ここへ到着するはず。もちろん、罠とも知らずにな。わっはっはっはっはっ!」
「ホーッホッホッホッホッ!」
二人の哄笑は《秘密結社 悪の科学同好会》の地下アジトにこだました。
その戸口で、二人の会話を盗み聞きしていた者が一人──それはカウンセリング室へ戻ったはずの毒島カレンであった。
カレンは二人の会話を盗み聞きして、呆れもしなければ、憤りもしなかった。むしろ、耳に掛かった髪を掻き上げ、艶然と微笑んでいる。
「二年D組の田隈太志と早乙女蜂子か……フフッ、どれほどの混乱を引き起こしてくれるか楽しみだわ。出来れば、その造った怪人とやらを、あの仙月アキトと闘わせてみてくれるといいのだけれど」
最初から太志たちが部活動を隠れ蓑にすることなど、カレンにはすべてお見通しだった。それでいてなお、《秘密結社 悪の科学同好会》の顧問を自ら引き受けたのである。
カレンは太志たちを利用するつもりだった。一度は自ら生み出した 負念獣 と闘わせながら、未だ、その能力を測りかねている高校生 吸血鬼、仙月アキトの相手として。
「期待しているわよ、《秘密結社 悪の科学同好会》さん」
二人に気づかれぬうちに、カレンは地下室から立ち去った。その場に邪悪な微笑と妖艶な残り香を残して。




