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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第11話 つかさ改造計画 【 全 9 回 】
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生徒会に興味はないかい?

 放課後、授業が終わったかおるは剣道着に着替えると、部活に出るため、体育館と併設された武道場へと向かった。


 その後ろから付いて来る気配――


 振り向くまでもない。その正体はつかさだ。


 今日も一日、薫と断絶状態のままだったつかさは、何とか声をかけようとチャンスを窺っていたのだが、残念ながらとてもそのような雰囲気ではなかった。


 薫は今朝よりも神経をピリピリさせている感じで、声をかけることはおろか、近づくことさえもはばかられる。


 その原因がまさか自分にあろうとは、まったく気づいていないつかさであった。


 当の薫にしても、さらなる苛立ちの原因が、今朝、つかさと沙也加さやかが親しげにしていたことだとは自覚していない。


 薫は捨てられた仔犬のように、遠慮がちに後ろを付いて来るつかさを徹底的に無視し続けた。手にしている竹刀に、知らず知らずのうちに力がこもる。


 ――この鬱屈した憂さは部活で晴らそう。


 実戦形式の稽古が待ちきれなくなり、薫の足は早まった。


 その相手を務めることになる剣道部員には気の毒な話だが……。


 武道場へ通じる渡り廊下の入口に差し掛かったところで、薫は反対側の廊下からこちらへ来る 伊達だて 修造しゅうぞう の姿に気づいた。


 一年生の中ではとびきりの美少女である薫に向かって、伊達は得意のホスト・スマイルを浮かべてくる。


 薫にしてみれば、今は社交辞令さえしたくない気分であったが、だからと言って上級生である伊達を無視するのも失礼だ。話しかけようとしてくる伊達に、ぎこちない笑みを返した。


「どうも」


「やあ、忍足おしたりくん。剣道着姿がいつも凛々しいね。これから部活かい?」


「はい。秋の都大会も近いので、これから益々、稽古に励まないと」


「大変だねえ。でも、忍足くんなら大丈夫さ。夏の大会は初出場でいきなり三位だろ? 今度は間違いなく優勝だよ」


 女の子を言葉巧みに持ち上げるのが得意な伊達だが、薫の剣道に関しては別におべっかを使っているわけではない。彼女が全国レベルの腕前なのは周知の事実だ。前回三位で終わったのも、際どい勝負の末、審判の誤審のせいだと言われている。


 夏の大会以降、琳昭館りんしょうかん 高校一年、忍足薫の名は、一躍、都内有力校の女子剣道部員の間に広く知れ渡っていた。


「ところで、私に何か用ですか?」


 いつも伊達は、薫と顔を合わせると、「一緒にお茶でもしないかい?」と誘って来るので、今日もそんなところだろうと思っていた。もちろん薫は、「部活があるので」と最初からやんわりと断る腹づもりである。


 ところが──


「いや、今日は忍足くんじゃなくて、武藤むとうくんに用があってね」


「えっ、ボクに?」


 薫の後ろで二人の会話を聞いていたつかさは、突然の名指しに驚いた。


 伊達とはあまり面識もなく、話したことも数えるくらいしかない。どうして伊達が自分に用があるのか、つかさにはさっぱり分からなかった。


 一方、目を丸くしているつかさに見つめられた伊達は、ポッと顔を赤らめそうになった。何とか自重しようとする。今はまだ薫の手前もあるし、つかさに己の気持ちを悟られるわけにはいかない。


「う、うん、そうなんだよ、武藤くん。実は今後の生徒会のことで、キミに相談に乗って欲しくてねえ」


 そう言われて、益々、つかさは意味が分からなかった。


 現在の生徒会は、そろそろ任期が切れようとしている。大学受験を控える伊達を始め、三年生は退任し、新しい生徒会は一年生と二年生が中心になるだろう。今のところ、次期生徒会長は現副会長である待田沙也加ではないかと目されている。


 しかし、いくらなんでも、これまで生徒会とはまったく縁のなかったつかさが、生徒会長の伊達から相談を受けるとは思ってもみなかった。ひょっとして入閣への打診だろうか。それこそ、有り得ないことだと思う。


 とは言え、生徒会長である伊達が、わざわざつかさに声をかけてきたのだ。ボクには関係ありません、と簡単に断るわけにもいかない。


「ちょっと三十分ばかり、二人だけで話せないかな?」


 そう伊達に言われ、つかさは仕方なくうなずいた。


「分かりました」


「では、外へ出ようか。あまり他の生徒には聞かれたくない話なんでね。──じゃあ、忍足くん。部活、頑張って」


「はあ、どうも」


 伊達とつかさという奇妙な取り合わせに釈然としないものを覚えながら、薫は二人を見送った。


 そのとき、薫は胸騒ぎのようなものを感じたのだが、すぐにそれを打ち消すと、そろそろ稽古が始まったであろう武道場へと先を急いだ。






 つかさは伊達に連れられて、琳昭館高校の最寄り駅周辺にある喫茶店《ラボ》へと入った。


 喫茶店《ラボ》はいささか古い雑居ビルの二階にあり、高校生の伊達が出入りするには渋めの店だ。


 案の定、店内には打ち合わせ中のサラリーマンやお茶を楽しむ年輩の女性グループが目立ち、若い人の姿は見受けられない。つかさは、他の生徒に聞かれたくないということで、伊達がわざと選んだのかと思った。


 だが、今後の生徒会についてというのは、伊達が口から出任せを言ったものだ。つかさを連れ出すための口実に過ぎない。よって、うまくつかさを連れ出し、二人きりになるという作戦の第一段階が成功したことで、伊達は内心でほくそ笑んだ。


 二人は空いている窓際のテーブル席に座った。


「何でも好きなものを注文してくれていいよ。こうして付き合ってくれたお礼だ」


「ありがとうございます。じゃあ――」


 つかさには喫茶店で必ず注文する品があった。メニューも見ずに即決する。


「クリームソーダをお願いします」


「分かった。――すみません」


 伊達はお冷やを運んで来たウェイターに手を挙げた。


「クリームソーダひとつとブルーマウンテン・コーヒーをください」


 注文を受けたウェイターが立ち去ると、伊達はまず水を一口含んだ。そして、向かいのつかさをジッと見つめる。


 まったく動かない伊達の瞳に、つかさは居心地の悪さを感じた。


「あのぉ……相談って何でしょうか?」


 いたたまれなくなって、先につかさが口を開いた。上級生への畏怖は、空手部ですっかり植えつけられてしまっている。妙に緊張して、手には汗まで掻いていた。


 すると伊達は、不意に相好を崩した。


「そう固くならないでくれたまえ。リラックスして、ボクの話を聞いて欲しい」


「はあ」


「まず、武藤くんに訊きたいんだが、生徒会に興味はないかい?」


「えっ? 興味ですか?」


 そんなことは、これまでまったく考えたこともなかった。


 そもそも、つかさはグループをまとめあげて、誰かを牽引していくようなタイプではない。優柔不断で、自分の意見を述べるのが苦手だ。そんなつかさが生徒会の仕事をしている自身の姿など想像できない。


 しかし──


 生徒会には、つかさが憧れている沙也加もいる。もし、生徒会に入れば、次の生徒会長になるであろう沙也加との接点がこれまで以上に増えるだろう。沙也加のそばにいられるのなら、それも悪くないかも、とつかさは想像した。


「キミも知っての通り、我が琳昭館高校は文武両道。学業にも力を入れているし、部活動も活発だ。きっとこれから、もっともっと、よりよい高校になっていくことと思う」


「そうですね」


「それを形にするのは生徒会だ。ボクも入学してから約二年半、ずっと生徒会の仕事をやって来て、学校のため、ひいては生徒たちのためにいろいろと尽力してきたつもりだよ。でも、まだ充分じゃない。改善すべき点は、たくさんあるんだ」


「はあ……」


「とはいえ、ボクら三年生はこの秋で生徒会からおさらばだ。残念だが、仕方がない。それが決まりだからね。だからボクは、この際、後継者を作っておきたい」


「後継者?」


「そう。ボクと同じ理想を抱いた後継者だよ。その人物に将来の琳昭館高校を託したい」


「………」


「武藤くん、キミがその後継者になってくれないか?」


「ぼ、ボクが!?」


「そうだ。生徒会役員で一番大切なことは、どれだけ他人のことを思いやれるか、だ。生徒のための生徒会だからね。生徒会を私物化するようなヤツは選ばれるべきじゃない。ボクはね、キミみたいな生徒こそ、打ってつけだと思っているんだよ」


 驚きのあまり言葉もないつかさに、伊達は次々とまくしたてた。


 だが、伊達は本気でつかさを勧誘しているわけではなかった。自分の後継者にという話は、ただ時間稼ぎで喋っているだけだ。


 やがて、伊達の話が熱を帯びてきた頃、注文したコーヒーとクリームソーダが運ばれて来た。伊達が待っていたのは、この瞬間だ。


「──と、まあ、ボクはそのように考えているんだが。なぁに、今すぐ答えを出してくれと言っているわけじゃない。じっくりと考えてもらって構わないよ。さあ、とりあえず遠慮なく飲んでくれたまえ。ボクの話を聞いてくれたお礼だ」


 伊達に勧められ、つかさは目の前のクリームソーダに手をつけようとした。


 そのとき、伊達が窓の外に目をやるや否や、突然、「あっ!」と叫ぶ。


「武藤くん、あれは忍足くんじゃないか?」


「えっ!?」


 つかさは伊達に釣られて、薫の姿を捜した。部活に行ったはずの薫が、どうしてこんなところへ。


 つかさが窓の外へ気を取られた隙に、伊達は手早くクリームソーダの中に小さじ半分程度の白い粉を混入した。つかさは気づかない。白い粉は炭酸の泡と共に、緑色の液体に溶け込んだ。


「あっ、いや、違うなぁ。――ごめん、ごめん。どうやらボクの見間違いだったみたいだ。考えてみれば、部活をしているはずの忍足くんが、こんなところにいるはずがないものな」


 後ろめたさを演技で隠しながら、伊達は笑って誤魔化した。


「そうですか……」


 つかさは、まったく疑いもなく、伊達の言葉を信じる。そして、クリームソーダを飲もうとストローに口をつけた。


 自分のコーヒーを飲むふりをしながら、伊達は上目遣いにつかさを観察した。


 緑色をしたクリームソーダがストローに吸い上げられ、つかさの口へちゅるちゅるっと入ってゆく。それを見届けた伊達は、自分の立てた計画が着々と進行していることに嬉々とした。


 その後も、伊達は適当な会話で時間を引き延ばした。


 すると、次第につかさの様子に異変が表れ始める。瞼が重たそうに閉じられ、頭がグラリと揺れた。


「あ、あれ……? おかしい……な……」


 つかさは強烈な眠気を覚えていた。意識が闇の中に引きずり込まれそうになる。抗おうにも抗いきれなかった。


 クリームソーダの上に浮いているアイスクリームの冷たさで頭をシャキッとさせようと、つかさはスプーンを握った。ところが、スプーンはとんでもない重さで出来ているみたいに、なかなかアイスクリームのところまで持ち上げられない。


 やがて、睡魔に屈したつかさの手からスプーンが滑り落ちた。


「武藤くん? どうしたんだい、武藤くん?」


 伊達は心配するふりをして、つかさの肩を揺さぶった。だが、すでにつかさは混沌とした眠りの中。何の反応も示さない。


「大丈夫かい、武藤くん?」


 周囲の客の目を気にして演技を続けながら、伊達は作戦の第二段階が成功したことに満足していた。


 果たして、伊達の魔の手に陥ちてしまった、つかさの運命はいかに?

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